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夢を叶える首長尾鳥  作者: すずき あい
4/10

4 拗らせ切った想い



「一応、今は新人の休暇期間だから何処に行こうがこっちに戻ろうが問題はないがな。しかし殴り込むのはどうかと思うぞ」

「殴り込みじゃありません!抗議です、抗議!!」

「似たようなものだろ」



王城の一角。騎士団の団員寮の一番奥にある独立した建物。そこにある騎士団統括団長の執務室をアレクサンダーは訪ねていた。いや、先触れもなくいきなり飛び込んだので、殴り込みと言われても大差がない。



この執務室の主、レナード・ミスリル侯爵。この王城の騎士団を束ねる総括団長である。濃紫の髪を短く刈り込み、長身で細身に見えるが団長職を務めるだけあって、騎士服の下は鋼のように一分も無駄なく鍛え上げられていた。今は書類仕事をしていたために眼鏡をかけていて、そのレンズの下の灰色の目は面白いものを見るように笑っているが、敵を前にした時は周囲を凍り付かせる程の鋭い眼光を放つ。


王城の騎士団は5つあり、王族を守る近衛騎士団を筆頭に、第一から第四まで勤務場所の違いによって分けられている。近衛騎士団だけは独立した部署であるが、他の騎士団は互いに連携をしたり、団員の異動などもある。各騎士団にも団長は配置されているが、それら四つの騎士団を管理するのが統括団長であった。そしてこの統括団長は人事にも深く関わるので、訓練生となる新人は、研修を終えて各所に配属されるまではまずこのレナードの下に付くことになる。



「何で!この時期に!辞令が出るんですか!」

「別に辞令の時期は決まってないぞ。ただ、お前は競争率が低いところだったんで、暇なうちに早々に手続きを済ませようと事務方が思ったんだろう」

「俺は入団後すぐに辺境希望の撤回を申請しましたよね?それに!つ……つ、まの…妻の!帯同が認められないって、どうしてですか!?」

「お前、まだ結婚してないだろ」

「すぐにする予定です!!」


レナードは、大切な筈の正騎士資格認定の辞令が入った封筒を握り潰さんばかりに興奮しているアレクサンダーを呆れたような目で見つめた。アレクサンダーは少し垂れ目の優し気な顔立ちのせいか柔和に見られることが多いが、中身は血の気が多くて負けん気が強い。頭の回転は早い方なのだが腹芸が苦手で、貴族らしからぬ真っ直ぐな気性は悪くないとレナードは密かに気に入っている。絶対本人には悟られることはしないが。



「お前は学生時代からずっと辺境配属希望だったろう。どうせあと半年の研修もクロヴァスで過ごす予定だったんだ。早い辞令が出ようと大差ないじゃないか」

「だからその変更の希望を出しましたよね?」

「そうは言ってもなあ…クロヴァスんとこは知っての通り当主が変わった時にゴタゴタしたろ?おかげで人手が足りないし希望者は少ない。お前は現当主とも親友だし、配属希望は入団時に既に満場一致で即決だったんだよ」

「あの時とは状況が変わったんですよ」


クロヴァス辺境領は、数年前に当主が急逝したことにより当時未成年だった嫡男が跡目を継いだ。先代の死の遠因には国境の森を挟んだ隣国と関わりがあり、それについて国同士が大分揉めた。表向きは両国王がどちらの国も責を負わない形で手打ちとして沈静化されたが、王都から遠く離れた辺境領では未だに緊張状態が続いている。


現在の当主は、アレクサンダーの同級生だった。そんな事情で休学という形を取って学園を去ったのだが、不器用ながらも気のいい男で、アレクサンダーとは親友と言ってもいい間柄だった。

学園入学当初から、騎士団の配属先はなるべく遠い場所、とずっと考えていたアレクサンダーは、それならば親友が治めている領地で…と思い、クロヴァス辺境領への配属を希望していたのだった。



「ああ、急に子爵家を継ぐことになったんだったな」

「そうですよ。だから王都の騎士団か、せめて近郊の領でつ、妻、と共に、と」

「単身赴任で問題ない」

「嫌ですよ!新婚なのに!!騎士団はそういうところは配慮してくれる職場でしょう!」

「まだ結婚してないだろ」

「話をループさせないでください!」



かつて国同士の戦火が絶えなかった時代ならともかく、今は武力よりも会話で国家間が密やかに火花を散らす傾向が世界の暗黙の了解となっている。勿論、その裏側では権謀術数の血なまぐさい暗躍があるにしろ、表向きは平和主義が主流なのである。

その為各国で強大な武力はあまり必要とされてはいないが、魔獣退治や自国の治安維持の為の力は不可欠だ。この国は一定数の武力を維持する為に、基本的に騎士団や自警団などの福利厚生はどの職業よりも手厚い。

専門的に学園で学んだ後も2年以上も掛けて新人騎士を育てるのは、貴重な人材を使い捨てにしない為にきちんとした訓練と相応しい適性を判断する為だ。


「クロヴァス辺境伯も、親友のお前が女を取ったことを知ったらガッカリするんじゃないか?」

「そんな心理的圧力は通用しませんよ。アイツには『婚約者ができた』と伝えたら『それならここで暮らすのは無理だな。お幸せに』ってあっさり笑ってました。もう言質は取ってます」

「何故そこは仕事が早いんだ」

「だってあの土地では、少なくとも女性はあそこで産まれ育ってないと無理ですよ。小さな集落の婦人会でさえ、ちょっと畑に芋を収穫に、ってノリでワイルドボア仕留めて来るんですよ!平均70代の老人会でも酒の肴が足りないって言って酔ったままキラーホーネットの巣を殲滅するんですよ!そんなところに王都生まれ王都育ちの妻を!連れて行ける訳ないでしょう!!」

「すごいな、クロヴァス領民」


クロヴァス辺境領に派遣されてすぐ、歓迎会と称して領民達が料理や食糧を差し入れてくれた。どれもこれも心のこもった郷土料理でありがたくいただいていたのだが、話を聞くと次々と食材にされた凶暴で厄介な魔獣の名前が出て来て思わずスプーンが止まってしまった。それこそ、今年はナスが豊作で、みたいな気軽さで、今年は魔獣の当たり年だねえ、などといい笑顔で言われて、派遣された新人騎士達は一様に「自分達、必要?」と自問するばかりだった。


「まあ、お前の入団時の変更願いが出てたのか確認させる。それが間違いなければ多少考慮はしてもらうように掛け合ってみるが…」

「よろしくお願いします!」

「せいぜい数年単身赴任して、後任が見つかってから王都に戻せる程度だと思うぞ」


レナードの言葉に、アレクサンダーは絶望的な表情になったのだった。



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「ちょっと顔貸してもらえるぅ?」


半年ぶりに戻った団員寮の自室で、アレクサンダーは今後についてどうしようか頭を抱えて悩んでいた。

半年不在をしてはいたが寮母が定期的に換気と掃除をしてくれているので、少し空気が篭っているくらいですぐに使えるようになっている。


そこに、パットが訪ねて来た。顔こそ笑っているが、目が不機嫌さを隠していない。


「あ…ああ。悪かったよ、強引に馬車に乗り込んで」

「おかげで楽しく狭苦しい馬車の旅になりましたわぁ。ってそれも後で絞める予定だけど、今はそれじゃない。いいからさっさと来なさいよ」

「はい…」


ギロリと睨まれて、アレクサンダーは体を小さくしてパットの後に付いて行った。パットとはかなり体格差があるので奇妙な光景であるが、パットを怒らせるととてつもなく怖いということはこれまでの半年で骨身に沁みている。



誰もいない訓練場の隅に連れて来られ、鬼のような形相のパットに「そこ、座れ」と命じられる。怒られる心当たりが色々とありすぎて、アレクサンダーはおずおずと座り込む。


「さっき、ヴィーラお姉様に会って来た」

「ヴィーラに!?何で俺もまだ会ってないのに?いや、お姉様って?」

「そ・れ・よ・り。何だよ、あれはぁ!!」


突如、笑顔を消し去って激昂したパットに胸倉を掴まれる。


「アレクが聞いてもないのにさんっざん惚気るから、さぞや婚約者とラブラブなんだろうなって期待して煽ってみれば!メチャクチャ他人事だったじゃない!!どう考えても政略上の契約婚約者じゃないさ!!」

「お前、サラッと言ってるけど、何やってるんだよ!」



パット曰く、辺境領では遠征中の馬車の中という避けられない空間でどれだけ彼女が素晴らしいかという礼賛をずっと聞かされ続けたアレクサンダーの婚約者に興味を持って、悪戯心で会いに行ったということだった。その際に、アレクサンダーといかにもアヤしい関係ですと言わんばかりに煽ってみたが、ヴィーラからはあっさりした反応しか返って来なかったと言うことだった。



「…お前、ホント何やってんだよ」

「アレクの話聞いてたら、どれだけ絆が深いのか確認したくなったんだもん。それなのに、向こうはアレクのこと、全っ然男として意識もしてないじゃん」

「ぐっ!」

「そこでダメージを受けるなぁ!」


胸倉を掴んだままアレクサンダーはされるがままに揺すられる。その様子は、すっかり魂が抜けているようだった。


「俺…ちゃんとプロポーズしたし…ヴィーラもちゃんと返事くれたし…」

「全く通じてなかったんじゃないの?」

「うぐっ!」

「どうせあんたのことだから、遠回しに言い過ぎて一切気付かれないような求婚だったんでしょうよ」

「うう……」


色々的確に抉られすぎて、もはやアレクサンダーの心は瀕死である。


「ちゃんとヴィーラお姉様に洗いざらい告って来い!一切隠さず!最初っから!全部!!私に聞かせたこと何もかも全っ部!!」

「最初からって…ヴィーラに気持ち悪いとか思われたら、俺、死ぬしかない…」

「死ねばいいのに」

「あんまりだ!」


アレクサンダーはすっかり涙目だった。


「このままじゃヴィーラお姉様が不幸よ!さっさと覚悟を決めて当たって砕けて来い!」

「砕ける前提なのかよ…」

「その後はわたくしが拾って差し上げますわぁ。だから安心して玉砕してらっしゃいませ」

「それだけは絶対イヤだ!」


パットがようやくアレクサンダーの胸倉から手を離す。かなり振り回されてヨレヨレになっていたが、どうにか復活して立ち上がる。

足に付いた土の汚れを払ってアレクサンダーはパットに向かって一度頭を下げると、踵を返して走り去った。


その後ろ姿を、パットは苦笑しながら見送ったのだった。



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アレクサンダーがノマリス家に到着したのは、日が傾いて空が僅かにオレンジ色を含み始める頃だった。



ヴィーラは、パットを見送った後にノマリス家の執務室で書類整理をしていたが、夕刻も近くなったので片付けて自宅に戻る準備を始めた。まだノマリス子爵夫妻は王城から戻って来ていない。


本当は執務を進めるつもりだったが、色々と考えることが多くて全く手が付けられなかったのだ。無理に進めてミスをするよりは、と単純作業の書類整理に切り替えた。


(パット様…可愛らしい方だったわね。ああ見えて騎士団に所属していて、魔法士も目指せるくらい魔法も使えるそうだし、とても優秀な方なのね)


かなり長い間抱きつかれていたので、体を動かすとパットの付けていた香水らしき移り香がフワリと鼻腔をくすぐる。もっと甘い香りも似合いそうなのに、身に付けていた香りは意外とスッキリと爽やかなものだった。


(アレクとも仲が良さそうだし…あ、急に贈って来る品のセンスが良くなったのはきっとパット様に選んでいただいていたんだわ)


パットが身に付けていた同じ意匠のペンダントを思い出す。もともと可愛らしいものより大人っぽいものの方が似合っている自分より、パットの方がはるかに良く似合っていると思った。ヴィーラも可愛らしいものは好きだが、それは自分の身に付けるというより離れた場所で眺めるものという意識が強かった。


(確か一人っ子って言ってたわね。一人娘で騎士団に入るって、グレッグ伯爵は反対しなかったのかしら。お婿さん候補を探しに入るようところではないし…)


そう考えた瞬間、頭の中で色々なもののピースがカチリと噛み合ったような気がした。


(そうよ!何で気付かなかったのかしら!)


アレクサンダーは、昔から当然のように家を出ると考えていた筈だ。長男のウィリアムが商会の婿に入ることなど夢にも思わず、騎士として生計を立てるか、どこかの婿に入ることを予定していたのではないだろうか。

パットとは同期と言っていたので、学園で知り合う機会もあったろう。


その時、ヴィーラの頭の中で、アレクサンダーはパットと将来を誓い合っていたのではないかと閃いたのだ。ウィリアムが家を出ることにより、急に後継になってしまった為にそれが困難になった。そこで自分を婚約者という名の教育係に据えてウィリアムの子をノマリス家で育てるのを任せて、事実上はパットと辺境で暮らすつもりいたのではないだろうか。アレクサンダーが子爵家を継ぐことが決まったことと、卒業直前にパットが魔法士から騎士団所属に進路変更したのも同時期の筈だ。

今回慌てて戻って来たのは、パットが研修を終えて辺境領から去ってしまうため、アレクサンダーも同じ場所への異動を願う為ではないかと思い当たる。


(ん、待って?それだとパット様はどうするのかしら?後々アレクが婿に入るしても、こっちの後継者が育つまでは私を婚約者にしておく必要があるわよね?私がウィルの子を後継者として育て上げるまで何年かかると思ってるのよ)


こうして考えると、アレクサンダーがまるで最低男だ。しかし、よく考えれば事の発端は自分とウィリアムとの婚約解消である。アレクサンダーの人生設計を狂わせたのは他ならない自分ではないか、と思い至り、ヴィーラは血の気が引くのを感じた。


(伯爵家の一人娘にそんな関係を許す筈ないわ…ど…どうしましょう…)


グレッグ伯爵家は、領地は王都からは遠いが広大でとても栄えていると聞いている。子爵家とは爵位こそ一つしか違わないが、力はその上の侯爵家に劣らない筈だ。そんな力のある家を敵に回してしまったら、と思うと冷や汗が出て来る。

ノマリス子爵夫妻はこれまでの様子だと知らない可能性が高い。ヴィーラは目の前が真っ暗になるような心地に陥ったが、こうして一人で考えていても良い考えが浮かぶ筈もない。


(今日は…取り敢えず帰りましょう…明日にでもアレクに会いに行って…騎士団の団員寮に入れるかしら…)


使用人達は、青いを通り越して真っ白な顔になっているヴィーラを心配して屋敷で休んで行くように勧めてくれたが、家に帰ったらすぐに休むから、と言いくるめてヨロヨロと帰路についた。


念の為使用人達には、もしかしたらアレクサンダーがこちらに顔を出すかもしれないから明日にでも会いたいと伝えておいて欲しい、と言伝をしてからノマリス家を後にした時、ちょうど正門を出たところでアレクサンダーとはち合わせた。



「…ヴィー、ラ…」

「アレク?あ、ええと…お帰りなさい?元気そうで良かったわ」


急いで来たのか、いつもより髪も乱れているし服の襟元もよれている。すっかり日焼けした肌と少し引き締まったのか顎のラインがシャープになって、以前より精悍さが増しているように見えるのだが、何となく全体が残念な仕上がりになっていた。


「あ、の…君に、話したい、ことがあった、んだけど、大丈夫なのか?酷い顔色だ」

「私も聞きたいことが沢山あるわ。でも、今日はお互い疲れてるみたいだし、明日にしましょう?」

「家まで送って行く!」


戸惑うヴィーラに、アレクサンダーは有無を言わせぬ勢いでヴィーラを横抱きにすると、凄い勢いでノマリス家に逆戻りした。


「アレク!?家へ帰るんだけど」

「分かってる!近道!!」


連れて来たのはノマリス家の庭の外れにある小さなガゼボだった。周囲を生け垣に囲まれていて、春になると多様な花が咲いて御伽噺のような美しい眺めになる自慢の場所だった。今は季節ではないので、ただ緑の葉で囲まれているだけだが。


「あの、そこは…」

「塞がってる!!」


そのガゼボの植え込みで目隠しをするように、それぞれの屋敷の庭に面した壁の一部に穴が開いていたのだ。お互いの家の正門を訪ねる場合はそれぞれの屋敷を半周しなければならないのだが、この穴を使えば直線で最短で行き来が出来た。子供の頃からずっと家の者だけが使っている公認の抜け穴だった。

しかし、あった筈のその穴は今はすっかり塞がっていた。


「そこ、1年前に塞いだのよ…壁が老朽化して危険だからって」

「……ごめん。すぐにオルタナの家に運ぶよ」

「待って。ここで少し休んで行くわ」

「でも…」

「ちょっと集中しすぎて疲れただけなの。本当に少し休めば良くなるわ。それにこのまま帰ったら家の者を心配させるわ」

「うん…具合が悪くなったらすぐに言って。誰かにお茶とか運ばせようか?」

「ううん、ありがとう、大丈夫よ」



横抱きにしていたヴィーラを、アレクサンダーはガゼボのベンチの上にそっと降ろした。そして宝物を扱うようにスカートの裾を軽く整える。ずっと弟感覚が抜けていなかったヴィーラは、その仕草が何だかやけに大人っぽく見えてしまった。


「ヴィーラ」「アレク」


二人同時に声を出してしまい、気まずそうにお互い顔を見合わせる。少しの躊躇いの後、アレクサンダーがどうぞ、と軽くヴィーラに向かって手を向ける。


「…アレク、正騎士認定が決まったのですってね。おめでとう」

「あ…ああ、ありがとう」


「ねえ…婚約解消、しましょうか」



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