10 夢を叶えた首長尾鳥令嬢
「ヴィーラ、遅くなったけど、これを受け取って」
「ありがとう。……綺麗」
ノマリス家の庭のガゼボで、花に囲まれながらアレクサンダーとヴィーラは並んでベンチに座っていた。今はちょうど花の盛りの季節で、生け垣に囲まれたガゼボはどこを向いても色鮮やかな花が目に入った。
アレクサンダーが、手の中にスッポリ収まるくらいの宝飾品を入れる箱を彼女に手渡した。その箱を開けると、中には緑の石の嵌まった指輪が入っている。ヴィーラの髪の色にそっくりな透明感のある石で、よく見るとその石は中央に向けて青みが強くなっている。まるで緑の石の中に透明な青い花を封じ込めたようにも見える。その色は彼女のやや青みがかった瞳をも表わしているようだった。そしてその石に寄り添うように花を模した金茶の金属の台が包む。
それは以前にアレクサンダーが贈って、彼女が最も気に入って今も身に付けているペンダントの意匠とよく似ていた。
「よくこんな色の石見つけたわね」
「天然のヤツでは見つからなくて、実は作ってもらった。イヤ?」
「ううん、嬉しい」
「俺が嵌めていい?」
「お願い」
差し出した彼女のほっそりとした指に、アレクサンダーがソロリと壊れ物を扱うような丁寧な仕草で彼女の指にその指輪を嵌めた。そしてその手をそっと自分の手の上に乗せると、蕩けるような笑顔でそれを見つめた。
「やっぱりよく似合う。綺麗だ」
「ありがと」
そのまま流れるようにアレクサンダーはヴィーラの指先に唇を落とす。その行動にヴィーラの頬がほんの少しだけ染まったが、幾度も繰り返されて来たおかげで以前程恥ずかしさを感じることはなくなって来た。今のようにぴったりと体を寄せて座っていることも。慣れとは恐ろしいものだ、とヴィーラはしみじみと思った。
「これ、実は魔石なんだ。本来は別の二つの石で、どっちもヴィーラの色だから選べなくて悩んでたら、一つに融合させてくれるって。ついでに攻撃の風魔法と癒しの水魔法も付与してもらった。台に使った金属には反射の防御魔法も付与してある」
「何か凄いことになってない?」
魔石は魔獣の心臓部とも言える部分で、そこに魔力が宿っている。色や大きさ、魔力量は個体差が大きい。本体の魔獣が死んでしまうと、魔石は残るが魔力は殆どなくなってしまう。だが、その魔石に人間が魔力を注ぐと、魔道具を動かす動力源や、魔法が強くない人間の補助として様々な利用価値がある。
魔石は一般的に利用されているのでそこまで高価なものではないが、今ヴィーラの指に光っている石のように透明度の高いものや、複数の属性を有しているものの価値は大変高い。そして二つの違う魔石を融合可能など聞いたこともない技術だ。
「パットが…作ってくれたんだ。お祝いだって」
「パット様が…アレク、会えたの?」
「いいや。レナード団長が仲介してくれたんだ。まだ公にされてない技術で、パットが開発したって。魔石の融合と風魔法はパットが、水魔法と防御魔法は団長が付けてくれた。ヴィーラを守るために頼んだらやってくれたよ」
「アレク、愛されてるのね」
「俺が?何かイヤだな…」
「じゃあ私が愛されてる方がいい?」
「それは絶対駄目!」
いつまでも独占欲がぶれないアレクサンダーは即座に否定する。そしてヴィーラの肩を抱きしめると今度は頬に唇を寄せ、少し大きめにチュ、というリップ音を立てた。やはり慣れは恐ろしい、と、この行動にもたじろがなくなってしまったヴィーラは改めて思った。
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あのグレッグ領での「事故」から1年が経っていた。
ヴィーラとの面会から1週間でアレクサンダーの謹慎は解かれ、正騎士の認定は取り消しになった。その後は再訓練として先輩騎士の下で厳しい鍛錬を受けることになったのだ。謹慎が解けてからしばらくの間は色々と陰で言われ、他の騎士達からの風当たりも強かったが、元来真面目で実力も充分に有していることが分かるに連れて次第に受け入れられて行った。
そして先月、改めて正騎士の認定の辞令が下りたのだった。
周囲の目もあることから、正騎士の認定を受けるまではヴィーラとの婚姻は保留となっていたが、辞令が下りると同時に半年後の結婚式に向けて準備が動き出していた。半年の準備期間は貴族としては大分短い方ではあるが、家同士の契約婚約期間が長いことと、アレクサンダーの非常に強い希望により最短で準備が整う半年後になったのだ。今日渡された指輪も、その準備の一つである。
「こんなに凄い指輪、貰っていいのかしら」
「ちゃんと代金…というか、労働として対価は返してるよ。第一魔石は俺が仕留めた魔獣だからね?ホントは俺が付与したかったけど、こればかりはどうにもならないからなあ…ヴィーラを守る為ならそこは譲った……ホントは全部俺がやりたかった。デザインも俺が考えたのに、パットに修正…というか、全部変えられた」
「パット様は私がこのペンダント付けてたの知ってるから、合わせてくれたんじゃないの?それにアレクの気持ちは十分分かってる。本当に嬉しい。ありがとう」
「うん」
身体強化の基本的な魔法は使えるが、アレクサンダーはもともと魔力量が少ない為、魔石に付与することは全くの門外漢だ。仕方なくパットとレナードに任せたのだが、内心ありがたいと思いつつも複雑な心境であった。何せ女性の付与魔法士を探しまわったのだが、アレクサンダーの希望するレベルの付与を施せる者が見つからなかったのだ。
それを知っているレナードなどは、わざわざ「美しいヴィーラ嬢に愛を籠めて」とメッセージを添えて希望以上の強固な防御魔法を施してくれた。相変わらずである。
パットとは、「事故」から一度も顔を合わせていない。顔を合わせると当人達はともかく、色々と周囲の雑音を多く引き寄せてしまうだろうと配慮されている。おそらく顔を合わせるとしたら、皆の記憶から「事故」のことが殆ど消えてしまったくらいずっと先のことになるだろう。
だが時折、新しい職場の第五騎士団でリハビリを続けながら上手くやっているらしいことは噂程度に伝わっている。
パットのいる場所は通称で第五騎士団と呼ばれる部署で、正確には騎士団とは異なる。そこは引退の年齢に達する前に様々な事情で騎士を続けられなくなった者達が、事務方や後方支援の形で騎士団に貢献することの出来る受け皿の組織だ。
前線に出ることは出来なくても、これまでの経験を生かした職務が与えられる。
騎士団に所属する者達はそこにいる彼らに敬意を表して、正規の騎士団でなくても「第五騎士団」と呼んでいる場所なのである。
パットは、元は魔法科を選ぶくらいに魔力が強いことから、魔石の魔力充填や付与を主に行っているそうだ。
「お二人にちゃんとお礼がしたいわ」
「いいのに」
「もう!そういうのはちゃんとしたいっていつも言ってるじゃない」
「…分かった。今度レナード団長に聞いておく」
口ではそう言いながら態度は渋々なアレクサンダーに、ヴィーラはクスクス笑いながらコテリと彼の肩に頭を凭れさせた。指輪を嵌めた手は、彼の手の中にしっかりと握り込まれている。
「昨日、式のドレスの仮縫いが出来て来たの。すごく綺麗だったわ」
「ドレスのヴィーラ、綺麗だろうな。式が楽しみだなあ」
「あのね、裾をね、少し長くしたの」
「そうなの?俺、隣に立った時に裾踏まないように気をつけなくちゃ」
「大丈夫よ。その分踵の高い靴にするんだけど…いいわよね?」
「勿論。いくらでも好きな靴履いて。歩けないくらい高くても俺が運ぶから」
「さすがにそこまではしないわよ」
柔らかな風が、植え込みの花と二人の髪を揺らす。少し前まで、会話が途切れる時間が全くないくらい、話題が尽きることなくたくさんの話をしていた。今は、こうして会話がなくても互いが寄り添って座っているだけで満たされた空気に包まれているようだった。話題が尽きたわけでもない。そこに何があろうとなかろうと、二人で過ごすこと自体が自然になって来た証だと思っていた。
「…ねえ、アレク。私、小さい頃にね、ずっと憧れてた絵本のページがあったの」
「どんな?」
「細かい話は忘れちゃったんだけど、ラストシーンでね。神殿で真っ白なドレスを着て、踵の細くて高い白の靴を履いたお姫様が、背伸びをして背の高い王子様と誓いのキスをしているページだったわ」
「それって結婚式?」
「うん。そのページがとてもとても綺麗でね、私、大好きで、凄く憧れてたの…」
少し熱を帯びた頬をごまかすように、ヴィーラの声はどんどん小さくなって行った。
「あの背伸びをしたお姫様が、私の夢、だったの」
「うん」
「私の夢、叶えてくれる?」
繋いだ手が暖かくなる。どちらの体温が上がっているのだろうか。それともどちらもだろうか。
「叶えるよ。ヴィーラの夢なら、何だって」
サラサラと風が木の葉を揺らす。ヒラリ、と早咲きの白い花弁が舞って、ヴィーラの緑の髪を飾る。その髪に付いた花弁を取るようにアレクサンダーは彼女の頭に手を回すと、そのまま引き寄せて互いの唇を重ねたのだった。
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その後、当日緊張しないようにと「誓い」の練習をしたいとお願いをするアレクサンダーに、ヴィーラは少しだけ困ったような顔をしながらも特に拒否することはなく、結婚式までに幾度も「誓い」の練習は繰り返された。
が、当日ガチガチに緊張したアレクサンダーがヴィーラの夢を無事に叶えたかどうかは、参列した人々のみぞ知る、であった。
<了>
身長設定
ヴィーラ173cm、アレクサンダー195cm、ウィリアム172cm、レナード180cm、パット155cm で考えてました。
なので、ヴィーラが本気のハイヒールを履いたら夢を叶えられるのはアレクサンダーだけなのです。
因みに他作品に出て来た辺境伯のディルダートは210cmです。
お読みいただきありがとうございました!




