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夢を叶える首長尾鳥  作者: すずき あい
1/10

1 さよならの決断


自分は、いつも誰かの夢が叶った瞬間に立ち会って、それを祝福する役が割り当てられているのだ、とずっと思っていた。



「すげー緊張する…」

「ちょっと、大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとヴィーラの夢、叶えるから」

「ん。頑張ってね」


いつも緩く纏めてあるだけの淡い茶色の髪をきちんと撫で付けて、緊張した面持ちの幼馴染みの顔を見つめた。赤みがかった金茶の瞳も、どこか頼りな気な光を宿している。その表情に幼い頃の面影を見て、つい昔していたようにその頭を撫でたい気持ちに駆られたが、それは後に取っておくことにした。


「じゃあ、待ってる。最後の最後で逃げるのは無しだからね」

「うん。待ってて。必ず行くわ」


お互い緊張をほぐすように幼馴染み故の軽口を言い合うと、彼女はクスリと笑って部屋を後にする彼の広い背中を見送った。



---------------------------------------------------------------------------------



「まあ、あのご令嬢すいぶんと…」

「ああ、噂の首長尾鳥令嬢…」


クスクスという笑い声を背に受けても、ヴィーラは背筋を伸ばして立っていた。



首長尾鳥とは、小麦の収穫期になるとそれを狙って人里の近くに降りてくる大型の鳥型魔獣である。

その名の通り首が長く細身の背の高い鳥で、緑色の美しい羽毛を持っている。繁殖期になると雄は長く輝くような尾の飾り羽根が伸びるので、それを捕らえて貴族女性の持つ扇や帽子などを彩る素材として人気だった。



ヴィーラは、平均よりもずっと背が高く細身の令嬢だった。そして髪色が鮮やかな緑色をしていたのだ。それこそ首長尾鳥の飾り羽根のように。とても美しい色合いではあるが、誰が言い出したのか彼女の姿形とともに髪色も似ていることから「首長尾鳥令嬢」と揶揄されるようになっていた。


(目の色は違うんだから、よく見てよね)


首長尾鳥は大体が黒い目をしているが、彼女の瞳の色は髪よりも青みがかった濃い緑色だ。日の光の下で見ると青みが強く出る少々変わった色味ではあるが、魔獣とは明らかに異なる。しかし、そんな些細な違いをいちいち訂正して回っていてはキリがない。むしろ彼らはそうやって揚げ足を取るのを何よりの娯楽としているのだ。どんなに腹に据えかねていても、そんな手合いは無視するのが一番だった。


「ヴィーラ、ごめん。商談が思ったより順調に進んでしまって」

「いいえ。そろそろ帰りましょうか」

「そうだね」


長らく一人で壁の花になっていたヴィーラを、ようやく婚約者のウィリアムが迎えに来た。1曲も踊らずに帰宅を促す彼女に特に反対もせず、エスコートの為の腕を差し出した。こうして夜会に出て来ても、ダンスをすることなく帰ることはいつものことだ。

なるべく低い靴を選んでいるのだが、並んで立つとほぼ目の高さが同じ位置になる。その為、エスコートの腕を添える位置も腰の下になるので、どうにも不格好なシルエットになってしまう。きっとこの身長差のない同士がダンスをしても、上手く踊れずに嘲笑を買うだけなのはお互いに分かっていた。



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ヴィーラ・オルタナ。オルタナ子爵の三女。歳の離れた兄夫婦が当主で、今は領地を治めるため離れて暮らしている。姉二人はそれぞれ嫁ぎ、王都のタウンハウスには引退した両親と3人で住んでいた。


タウンハウスが隣同士だったノマリス子爵家とは、ヴィーラと年の近い兄弟がいたことから親しく付き合いがあった。ノマリス子爵は何代か前の飢饉の際に国に領地を返上してしまったので領地を持たない貴族ではあったが、その後の当主は国から支給される年金だけに頼らず、王城の上級文官資格や騎士爵を得るなどして十分な働きをし、堅実な家門と言われていた。


家格も釣り合い年齢も近く、互いの仲も良かったことからヴィーラとノマリス家の長男ウィリアムとの婚約が結ばれるのはごく自然な話だった。



「僕は、世界中あちこちの国に行って、色々な特産品を見つけて、沢山の国を豊かにしたいんだ」

「それなら色々な国の言葉を話せた方がいいわね」

「俺はこの剣一本あればどこに行っても大丈夫だ!」

「アレク、その自信は何処から来るのよ!」



外交官になることを夢見て、毎日沢山の本を読んでいる一つ年上のウィリアム。やんちゃで騎士を目指して常に木刀を手放さない二つ下のアレクサンダー。

歳の離れた兄姉に囲まれて年相応の遊びを知らなかったヴィーラは、ノマリス兄弟と毎日のように顔を合わせて遊んだ。どちらかと言うとヴィーラも読書などを好む方だったので、そのうちにウィリアムと二人で頭を突き合わせながら読んだ本の感想を語り合ったり、習ったばかりの外国語で拙い会話を交わしたりするようになった。そしてそこから少し離れたところでアレクサンダーが素振りをしていることがいつもの風景となった。



ヴィーラが学園に入学した頃、ウィリアムとの婚約が正式に結ばれ、ヴィーラの卒業を待ってノマリス家に嫁ぐことが両家の間で決まった。目立つ容姿ではなかったが柔らかな雰囲気の風貌通りに穏やかな気性のウィリアムと、少し痩せ形長身ではあったが美人の部類に入るヴィーラ。二人はよく図書館で並んで勉強をしていた。そのおかげで二人とも成績は上位で、お似合いだと周囲も微笑ましく見守っているような婚約者同士だった。

学園では、それなりに波乱のあった学生もいたようだったが、彼らは何の波風も立たずに平穏な学園生活を過ごした。共にいる時間も長く、ゆっくりと自分達のペースで互いの仲を深めて行ったのだった。



国を代表して国外に出て交渉や契約を結ぶ外交官になる為には、年に一度の資格試験に合格しなければならない。ウィリアムは、在学中から熱心に試験勉強に勤しんだ。しかし、残念ながら卒業してすぐの年の試験は不合格だった。毎年合格者は数名という狭き門で、最初で受かる者は殆どいない。彼は卒業後、国外に手広く販路を持っている大きな商会に入り、仕事をしながら次の年の試験に挑戦した。実践的な知識を深めて臨んだ二度目ではあったが、この年も不合格。とは言え、合格まで何年も掛かる者もざらにいるので、そう珍しいことではない。


この年にヴィーラが卒業のタイミングになったのだが、ウィリアムの強い希望で勉強に集中する為もう一年婚姻を待って欲しいと懇願された。ヴィーラも試験の難しさは十分知っていたので快諾し、自分も社会に出て学ぶ機会が増えたとさえ言って、卒業後は貴族子女の家庭教師として働き始めた。幸い成績もよく真面目で評判だった彼女は、家格が上の家からの依頼もあり仕事には随分恵まれていた。



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義姉(あね)上、2日遅れですが、誕生日おめでとうございます」

「まあ、ありがとう。いつも嬉しいわ」


婚約者の弟であるアレクサンダーが、小ぶりながらもヴィーラの好きな花だけで構成された花束を持って来た。

もう彼女自身も忘れてしまった程昔に教えたらしい好きな花を、彼は毎年渡してくれていた。



アレクサンダーは幼い頃から変わらず一心に騎士を目指していて、学園でも騎士科に所属している。寮で同室の同級生と張り合っているらしく、毎日競って筋トレをし過ぎて授業で居眠りしていることを学園側から知らされたノマリス子爵が学生寮に乗り込んで行って、げんこつを落とされたりもしていた。

それでも楽しい学園生活を送っているらしく、入学してから実家に顔を出した回数は片手もないかもしれない。その頃にはヴィーラに贈って来る花は配達になっていたのだが、今年は誕生日に届かなかったので、きっともう他のところに興味が移ったのだろうなと、半分寂しく、半分成長を微笑ましく思っていたのだ。


その彼が珍しく戻って来たかと思ったら、こっそりヴィーラを呼び出して花束を直接手渡して来たのだ。


「ええと…実は義姉上に相談があるのですが」

「ふふ…本当はそっちがメインね?それにしても貴方に義姉(あね)と呼ばれるなんて、不思議な気分だわ」

「じゃあヴィーラに戻してもいい?」

「いいわよ。私も何だかまだ実感がないもの。でも正式に貴方の義姉になったらちゃんとそう呼んでね」



「あの…誰にも内緒でダンスを教えて欲しいんだ」

「いいけど…貴方、ダンスはそれなりに踊れたんじゃなかったかしら?あ!もしかして…」

「ち、違う!違うって!」


彼女の言葉に、アレクサンダーは真っ赤になって首を振った。


「ええー。好きな女の子をダンスに誘うのかと思ったのに。つまんないわねえ」

「…それが理由だったらどんなに…いや、そうでもないのか…?」

「え?」

「いや、何でもない」



アレクサンダー曰く、同じ騎士科の同級生にずば抜けて体格がよく、極めてダンスが残念な男子いるという。ダンスの授業は必修であるにもかかわらず、足を踏まれることに恐れをなした女子生徒が誰もパートナーになってくれない為、騎士科の男子が持ち回りでパートナーを務めることになってしまったそうだ。



「ヴィーラが前、家庭教師やってるご令嬢のダンスレッスンも付き合ったって言ってただろ。だから俺も教えて欲しくて…」

「いいわよ。男女逆のパートを踊ればいいのね。まさかどっちも踊れる特技が貴方の役に立つ日が来るなんてね」

「俺だって女性パートを習う日が来るとは思わなかったよ…」


女性の中に入ると頭半分程背の高いヴィーラは、昔からダンスレッスンで男性パートを頼まれることが多かった。もしかしたらレッスンの回数も入れたら、トータルでは男性パートの方を多く踊っているかもしれない。


「あら?また背が伸びたんじゃない?」


アレクサンダーと組んだ時、目の高さがさほど変わっていないことに気付いた。幼い頃は、同じ年の子供よりもむしろ小柄だったアレクサンダーだったが、学園に入ってから成長期を迎えたのかスクスクと成長して行った。並んだ感覚では、兄のウィリアムともう大差なさそうだった。


「多分ね。たまに関節が痛むから、もっと伸びるよ」

「それは楽しみね。それに、怒られても鍛えてる甲斐もあるみたいね」

「ちょっ!あんまりペタペタ触んないでよ」

「あ、ごめんなさい、つい」


ヴィーラはアレクサンダーの背中に回した手を動かして、つい筋肉の確認をしてしまった。彼が小さい頃は、毎日のように筋肉が付いたかを触れて確認してもらいにヴィーラに纏わりついていたので、懐かしくなってつい昔の感覚で撫で回してしまったのだ。


「昔はプニプニしてて可愛かったのにねえ」

「それ、忘れてくれる?」

「どうしようかしら」


クスクスと笑いながらも、互いにスルリと動き出す。アレクサンダーは女性パートを踊るのは初めてだったが、ヴィーラが馴れている分ステップに違和感は生じなかった。アレクサンダーも幼い頃から運動神経が良かっただけあって、飲み込みは早かったようだ。数回繰り返すだけで、十分及第点まで踊れるようになった。


「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして。久々に踊ったから明日筋肉痛になってないといいんだけど」

「……ウィルとは踊ってないの?」


苦笑するヴィーラを見て、アレクサンダーが少し眉根を寄せた。夜会に出席した婚約者同士でダンスをしないのは、仲が冷えきっていると邪推されかねないのを心配しているのだろう。


「そんな顔しないで。ウィルはあんまりダンスが得意じゃないから、あんまり身長差がないと踊り辛いのよ。ほら、私が踊ると変に絡まれたりするかもしれないでしょう?」

「それは…」

「皆そのうち飽きるわよ」



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ヴィーラが「首長尾鳥令嬢」と揶揄されるようになった切っ掛け。それは些細なことだった。おそらく言った当人に悪気はなかったのだろう。ある夜会でヴィーラは初対面の高位貴族の令息にダンスに誘われた。細身ではあったが平均より背の高い令息で、身長的に踊りやすそうなヴィーラを選んだのかもしれない。

思ったより踊りやすかったことが印象に残ったのか、他の令嬢と話している際にその令息はヴィーラのことを話題にした。その時の詳しい会話の内容は分からないが、その令嬢が持っていた首長尾鳥の飾り羽根を使用した扇を見て髪色から思い出したのか、ヴィーラを褒めたらしい。通常ならそれで終わる話だが、その令嬢はその令息に心を寄せていたことが良くなかった。自分の持ち物を引き合いに出されて別の女性を褒めた。それが令嬢のプライドを刺激してしまったらしい。


気が付いたら周囲で「首長尾鳥令嬢」という呼び名が定着していた。

しかし、揶揄し始めたのが高位貴族の間であったし、もう誰かの特定は出来ない。一番賢いのは、そのまま別のところに興味が移るまで沈黙を続けることだった。



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「あんなこと気にしなくても…!ヴィーラは悪くないし、婚約者なんだからウィルが守ってやるべきだろう」

「いいんだって。迂闊に反応すると後が厄介だわ。放置しておくのが一番よ」

「…納得行かない」

「貴方も覚えておくといいわ。騎士を目指しているとは言え、貴族と関わらない訳には行かないんだから」

「……分かったよ」


まだ未成年で学生の身のアレクサンダーは、貴族の何たるかを説かれると反論は出来ない。渋々ながらヴィーラの言葉に頷いた。それを見たヴィーラは、幼い頃上手く剣を扱えなくてむくれていた可愛らしかった時のアレクサンダーを思い出してつい昔よくしていたように彼の頭を撫でてしまい、「子供扱いしないでくれる?」と更にむくれ顔になった彼にそう返されたのだった。



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「本当に申し訳なかった」

「このお話、お受け致します」


部屋の中は重苦しい空気が支配していた。


ノマリス家の応接室で、ノマリス子爵夫妻とオルタナ家元子爵夫妻が向かい合い、それぞれの両親の隣にウィリアムとヴィーラが座っていた。


「ヴィーラ嬢、全てこちらの責です。貴女の望む限りの対応と慰謝料を用意します」

「いいえ。これは私も納得してのことです。これまで実の娘のように可愛がってくださったこと、心から感謝致します」



この日、ウィリアムとヴィーラの婚約が解消された。



ヴィーラ自身は慰謝料の受取には難色を示したが、有責のノマリス家側が何もしなかったというのは体裁がよろしくないということで、ごく一般的な金額を支払うということで合意された。


「その…アレクには、決して無理強いはしないでください。彼も、夢を叶える為に幼い頃からずっと頑張って来たのですから」

「ヴィーラ、貴女がそれでいいのなら反対はしないけれど…それでいいの?」


ヴィーラの母親がそっと彼女に寄り添う。彼女はキュッと唇を引き結んで、コクリと首肯した。


「私は、夢が叶った人にお祝いを言えたら、それでいいのです」


「ヴィーラ…」

「おめでとうございます、ウィリアム様」

「……ありがとう、ヴィーラ…嬢」



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三ヶ月前、今年度の外交官資格試験の合否が発表された。


今年三度目の挑戦となったウィリアムは、それこそ死に物狂いで勉強し試験に臨んだが、合格は叶わなかった。自分で自己採点をした時には充分な合格ラインは越えていたにも関わらず。何が良くなかったのだろうと自問しながらも、ウィリアムは腐らず翌年の試験にも挑戦すると心に誓っていた。


しかしまた次の年に挑戦するにしても、これ以上婚約をそのままにしておくわけには行かないということで、ヴィーラとの結婚の話を進めることになった。その矢先、思わぬ話がウィリアムの元に転がり込んで来たのだ。



ウィリアムが勉強をしながら働いていた商会で、国の外交官ではなく商会で国外担当の外商を務めてみないかと持ちかけられたのだ。試験に受からなかったと言え数カ国語を操り成績も優秀。貴族としての教育も受けているので他の国の貴族との交渉にも不安はない。しかも柔らかな雰囲気を持つ彼は、人との信頼を容易く得る才を有していた。商会としてはウィリアムは喉から手が出る程の逸材だったのだ。


ただ、商会の大きな柱ともなる外商を任せるには、ウィリアムはまだ商会での経験が浅い。内外に信頼を示すには、商会と縁戚になる必要があると条件を提示された。商会長には今年成人の一人娘がいる。ノマリス子爵家の家督は次男に譲ってウィリアムは商会に婿として入り、あらゆる国でその力を揮ってみないか、と。



当初ウィリアムは断った。確かに魅力的な誘いではあったが、家や婚約者を裏切ってまで頷くことは出来なかった。しかし、諦め切れなかった商会長は、その話を密かにヴィーラに持ちかけたのだ。もし身を引いてくれるのであれば商会側からも別に十分な慰謝料も支払うし、貴族は無理でも商人や平民で稼ぎや人柄の良い縁談を必ず紹介する、と。


ヴィーラには一つの懸念があった。あれほど合格はほぼ間違いないだろうと試験に手応えを感じていたウィリアムの不合格。それが、もしかしたら自分が少なからず影響を与えていたのではないかと不安がよぎった。



ヴィーラにはささやかな「()()」がある。



本当にささやかであったが、その「秘密」を知るのは両親と、国王を含む王城の上層部の一部。そして嫁ぐ筈であったノマリス子爵夫妻と婚約者のウィリアム。ウィリアムは微塵も態度には見せないが、心のどこかで自分が試験に合格しないのはヴィーラの「秘密」が関わっているのではないかと感じているのかもしれない。



国の外交官ではないにしろ、多数の販路を持つ国内有数の商会の国外外商担当。やりがいにおいては引けを取らない筈だ。そんな立派な商会に将来を見込まれているウィリアムは、本当に才能も実力もあるのだろう。


幼い頃から世界を回って多くの国を豊かにするという夢を叶えるため、一心に努力を重ねて来たウィリアム。その努力を誰よりも近くで見て来たヴィーラ。今年は駄目だったが、彼ならばいつか外交官の試験に合格するかもしれない。しかし、商会と縁を繋ぐのはそれ以上と言っても差し支えない程のチャンスもメリットもある。


ヴィーラは、自ら進んでウィリアムの背を押した。



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話をした当初、ノマリス子爵は烈火の如く怒り、ウィリアムを勘当すると言い放った。しかしヴィーラが説得に回ったことと、最終的には幾つかの条件を譲歩として、ウィリアムの商会への婿入りを認めた。



ヴィーラ、オルタナ家に対する慰謝料は、ノマリス家が一時的に立て替えるが、全額ウィリアム個人が支払うこと。

家督は次男のアレクサンダーに譲るが、当人が拒否し指名すべき後継がいない場合はウィリアムと商会長の娘の間に生まれた子供の一人をノマリス家の後継として指名すること。後継に関しては一切の口出しを禁ずること。

勘当はしないが、今の当主とは縁を切ること。

ヴィーラとの婚約の際に知り得たオルタナ家のことは一切の他言をしないこと。

加えて、商会はヴィーラとの接触を一切禁止すること。



ウィリアムは全ての条件を一切反論することなく呑み、ノマリス家を出て商会と縁を結ぶことを決めた。


何度も両家族が集まって、長い話し合いが繰り返された。時に感情的になり、夫人同士は思わず涙を流すこともあった。ただ、一番の当事者同士のウィリアムとヴィーラは、淡々と婚約解消の為の書類と手続きを進めていた。



もう一人の当事者のアレクサンダーは、最終学年の遠征を模した試験中の為に戻ることが出来ず、概要は手紙で知らされた。彼が戻ったら、また改めて話し合いになるだろう。



「ヴィーラ、嬢。済まなかった。僕がもっと…君を…君の手を借りなくても僕が有用な人材にならなくちゃいけなかった。力、及ばずだった」

「貴方は商会で力を認められたのでしょう。努力が実ったのよ」


お互い、最後の書類に署名をする。



約5年の婚約、いやもっと幼い頃からの付き合いを考えれば15年以上の関係は、あっさりと終わりを告げた。



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