帰郷と宗教と。
『カイ兄ちゃん! 久しぶりー!』
『イラッシャイ! 雪菜チャン。きりと。』
『ゆっくりしていけー、ふたりとも。』
「えぇ! 世話になります!」
「皆さん、お邪魔します。」
村のあちこちから声を掛けられる二人。ある村人は額に角が生えている。ある村人は腕が6本生えている。ある村人は目が三つある。
そう、ここは妖の隠れ里なのだ。普段は結界で隠されているが特定の道具を使うことで入り口が開く。
誡斗達…いや、「天津風」はとある縁によりその道具を譲り受けている。それが先ほどの鈴だ。
誡斗達にとってここは第二の故郷とも言える場所であり村人達も誡斗達のことを同郷であると思っている。
そうこうしてついた集落のほぼ中心にある村長の館に着いた三人。門番を務める妖に話を通し館に入る。
和風の庭園を左手に眺めながら廊下を歩き、奥にある扉越しに先行した一ツ目が声をかけた。
『村長、カイ坊と雪嬢を連れて参りました。』
『ご苦労。入って良いぞ。』
部屋の方から声が聞こえると扉を開けた一ツ目。
12畳程の広さがある和室、座卓を挟み上座に座っているのは、白髪の髪を肩まで伸ばし、梅模様の緑の和服に身を包み、額から2本の角を生やした初老の男がいた。
彼がこの集落の村長である。名前は無い。
「お久しぶりです。村長。」
「ご無沙汰しております。村長さん。」
『誡斗に雪菜、今日はよく来たな。まぁ座れ座れ。』
村長に言われるまま座る誡斗と雪菜、一ツ目は村長の隣に座る。
給仕係の女性妖が4人の前にお茶を出し退出したところで、誡斗は今日集落を訪れた理由を話し始めた。
「本日ここを訪れた理由ですが、村長にお尋ねしたい事があった次第です。」
『ほう。申してみよ。」
「実はですね…」
誡斗は先日あった出来事、風月の森の果樹園に荒らしていた妖が集団行動を執っていた事、その中の上位個体が喋った内容を伝えた。
『群れでの活動に、『人間殺し』の教え…か。』
『前者の方は…俺たちみてぇな妖は群れで生きるが、今聞いた奴らはそうじゃねぇな。』
「はい。あの時闘った妖達は本能のままに生きる野生の動物とほぼ変わりませんでした。そういった妖は基本自らのナワバリでのみ活動し、群れて行動する事はまず無い。ですが…」
「あいつらは群れていた。それだけじゃなく一部統率の取れた動きを見せていました。上位個体なら統率は取れるがあの位のレベルの奴ではそれは出来ない。」
野生の妖の世界は『弱肉強食』
より強い個体が生き、弱い個体は死んで行く。
そして弱者に対する強者の命令は、絶対。
『となると…より強く、より賢い者が背後にいる…か。』
「そして、その者がその教えを吹き込んだ可能性がある。そう思います。」
「村長。この村の周辺、またはこの村でそういう者を見たと言う話はありませんか?」
そう、誡斗達がここを訪れた目的は妖の情報を入手するためである。
妖の中でもより強者であり、ましてや『人間殺し』と言う教えを広めるような妖である。危険性は非常に高い。
『そういえば…この村に、上位の妖が来た事があったな。』
「!? それを詳しく!」
『あぁ。しばらく前にな、『妖神教』を名乗る妖が複数現れてな。似た様なこと言ってたんだよ。』
*****
溯ること約1ヶ月前、この村に複数の上位の妖が現れ、こう告げた。
『我々は妖神教の者である! 隠れ里に住う村民諸君!我等が敬愛する教皇猊下より檄文が下った!』
『-妖神教を信仰せし妖、妖神樣を信仰せし全ての妖は、人間に対し徹底抗戦せよ。-』
『-人間界に生きる妖の為、双界の理の為、人間を討て。- である!』
『隠れ生きることを強いられている妖の諸君! 今こそ悪逆非道な人間どもを打ち倒すとき! 神は我等の聖戦を、生命を掛け闘う者達を祝福するだろう!』
そう言い彼らは去って行った。
この日以来、この村の住民達はあちこちでこの事を話し合い始めた。
”人間達と戦うのか?”
”だが今までの人間達との関わりはどうする?”
”天津風は我々にとって家族のようなものだろう。”
”そうだ。妖神様を信仰している身だが、そんな事をする意味が無いではないか”
”だがそれ以外の人間達、特に月土連邦の主達はそうでは無い。”
”奴らがいつここを嗅ぎ付け、攻めて来るか分からんぞ。”
…そんな話があちこちで行われたが、出した結論は「現状維持」だった。
人間…天津風の面々と親しい間柄である以上、彼らと戦っても何のメリットも存在しないのである。
*****
それ以来、妖神教を名乗った妖達は現れていない。彼等がどこで何をしているかは分からないが、彼等が他の妖を扇動したとすると…
「それに従って、この前の襲撃があった。ちょうど時期も重なってますね。」
「おまけに、妖神…そう呼ばれるのは双界においてたった一人…!」
『そう、界神の一柱、素戔嗚之尊だ。』
- 界神 スサノオ ”素戔嗚之尊” -
アマテラス、ツクヨミと並ぶ双界の神の一柱。妖魔界の神にして、全ての妖の生みの親とされ、知性ある妖の中には「妖神スサノオ」と崇める者も多い。
双界神話において、妖達を率いツクヨミ率いる人間達と争い、ツクヨミにより討ち倒されたとされる。
スサノオを崇める宗教の教皇が教徒に人間に対する徹底抗戦を命じた。それがこの大陸全体に広がっているのだと考えると、その規模は計り知れない。
「…となると、近いうちにデカい戦争になるかもな…」
『…なぁ、二人共ちょっと聞いてくれ。』
「なんですか? おじさま」
『その…だな… お前ら、しばらくここに近づくな。』
「ッ!?」
「なっ…」
誡斗が考え事をしていると一ツ目がここに近寄るなと言ってきた。
突然の事に二人は驚いたが頭の中ではそんな考えがあった事に間違いはない。
なぜなら…
『もし、そうなった時、我等と繋がりがある事が知られたら…お前達はどうなる。間違いなく密偵だと疑われるだろう。それに… 奴等と関わりは無いが、我等も素戔嗚之尊を信仰しておるのだ。』
『今の月土の主は妖の打破を考えてるだろ? 戦争になりゃどうなるか分からん。お前らには恩もあるし、家族と思ってる奴らもいる。お前らに迷惑はかけたくねぇ。』
『故に、そうなる前に手は打っておきたい。…とは言え、何の対策にもならんがな…』
そう言われ俯向く誡斗と雪菜。 少しの間、無言の時が流れやがて誡斗と雪菜は顔をあげた。
「…そうですね。もう二度とあんな事はしたくない。させたくない。」
「誡斗君…」
「村長。おっちゃん。御忠告、ありがとうございます。」
『すまんな…誡斗。雪菜。』
部屋に暗い雰囲気が漂う。あんな事したくないと言った誡斗。彼に何があったのだろうか。
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