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自己紹介

風野葵(かざのあおい)です。宜しくお願いします」 

 

 名前しか分からないであろう簡素な紹介。

 それでもやり遂げたのだと安堵しながら、軽く一礼して席へと戻り、と力を抜いてどしりと椅子に座る。


 不安と緊張に支配されていた自己紹介は、特にトラブることなく果たせたと思う。

 やはり一番ではなかったというのが強かったのだろう。簡素で特徴のないものではあったが、それでも俺にしては上出来だったはずだ。

 良い意味でも悪い意味でも記憶に残らない自己紹介。無味無臭な存在感こそ、平穏な日常を送るのには最適だからな。

 

 ……ま、俺程度が何を言おうと、どうせこのクラスでは霞んでいるだろうけどな。


鍛治田卓夫(かじたたくお)と申します。趣味はゲームとアニメ、夢もゲームとアニメに連なること。勉学も怠ることなくやっていく所存故、どうぞよろしくお願いするでございますぞ」


 ……また随分と個性的な自己紹介だと、小太りな男の紹介を聞きながら前の連中を思い出す。

 黒肌マッチョ、イケメン、隠れない腐女子、そして今の推定オタク。

 まだ三十数人中十にも届いていないのに、誰がここまでの個性を求めていたのだろうか。

 

 物怖じしない彼らに尊敬を覚えながら、頭を下げて締めた彼へ周りに合わせて小さく拍手を打つ。

 

 まったく、どいつもこいつもどうして包み隠さず話せるのだろうか。

 自己紹介なんて妥協か諦観の二択。なじめる奴が耳障りのいいことを言って愛想良くするか、注目を浴びないように短く簡潔にやるかのどっちかだろう。

 匿名でもないのに自らを隠すことなく晒す。それは俺にとって、違う世界の挨拶を見ているかのよう。


 凄いとは思う。自分には到底出来ないことだと思う。

 だが仮に出来たとしても、俺はこんな風に自分を誇らしく他人に示すことなどする気はない。

 所詮はこじらせた盆暗一人。

 この個性の動物園の中でも突出した美少女――春見桜(かすみさくら)と一緒に登校するような仲だったとしても。


 ――人に認められるほどの価値なんて、俺自身にあるわけがないのだから。


「第八中学から来ました春見桜(かすみさくら)です。趣味はいろいろ、好きな飲み物はココアです。みなさん一年間よろしくお願いします!」

 

 こ美少女のはきはきとした挨拶に、今まで一番大きい拍手が教室に響く。

 やはりというか、春見桜(かすみさくら)の存在感は一級品だと実感出来る音の大きさ。

 この叩かれる手の数こそすいい証拠であろう。昨日と今朝の出来事すら未だに夢だと思えるくらいには、隔絶とした不可視の差が俺と彼女にはあるのだ。


 ……それにしても第八中学からだって? 同じ中学にこんな美少女とかいたっけか?


 いきなり投げられた疑問に頭を回していると、席への帰る途中に目が合った春見桜(かすみさくら)に小さく片目を瞑られる。

 心なしか期待を込めたような視線。例えるなら、クイズに悩む子供にヒントを出して解けるのを待っているのに近い感じだ。

 出身中学で正体を見抜けってか。……んなこと無理に決まってんだろうが。


竜坂(たつざか)です。趣味は――」


 前に出ている人には悪いが、今脳を占めるのは中学の頃の記憶のみ。

 いかにぼっちだったとしても、同じ中学であれば名前を聞いたりどこかの廊下ですれ違ったりしたことがあってもおかしくはない。

 だがそんな記憶は無い。春見(かすみ)なんて珍しい名字であれば、一度聞けばぼんやりでも残るだろうし、あれほど綺麗で好みの容姿なら目に焼き付いて離れないはずだ。


 じゃあどこだ。からかうための嘘でないのなら、学内には間違いないはずだ――。


「ういーっす☆ うちの名前は夏原海音(なつはらかのん)。趣味は美味しいもん食べること、よろでーす☆」


 必死に回していた脳みそを現実に引き戻したのは、蜂蜜のように甘ったるい声だった。

 

 顔を上げて声の主を見てみれば、そこにいたのもまた美少女。

 ふわふわと巻かれた金の髪。言動的に間違いなく日本人なんだろうが、海外でモデルでもやってそうな風貌。

 春見桜(かすみさくら)を不純のない夜とすれば、彼女は輝く太陽のよう。勝るかはともかく、決して劣ってなどいない超一級の美人であった。

 ……というかこの学校公立だよな。髪色の制限とかありそうだが、その辺大丈夫なのだろうか。


 その後も九割が濃く、残りの一割が俺と同じような簡素な挨拶をして自己紹介は終わりを迎える。

 正直見かけが強すぎてそこまで覚え切れていない。

 特に印象に残ったのはクラスで群を抜く美少女二人。他もインパクトはあったが、思春期の男子の心を持っていくのは整った容姿の女の子なのは仕方が無いことだ。

 ……それに、どうせ話しかけられることもないし、必要になるまで何となくでいいだろうしな。


 それにしても、クラス内の平均容姿レベルを考えると、自分が場違いなのではないかと思えてくる。

 漫画なら俺みたいな冴えない主人公が美少女にもてるんだろうが、生憎ここは何の変哲も無い現実。都合の良いことは起きず、指を咥えて見ているのが俺にはお似合いってもんだ。


 早速このクラスに対して居心地の悪さを感じながら、前で話す先生へ耳を傾ける。

 とはいっても、内容はほとんどどうでもいい学校の注意事。

 屋上は入っちゃ駄目、部活は来週から、昼食は購買か持ち込みのみ、アルバイトは基本禁止、その他等々。この場でいちいち真剣に聞かずとも、生活している内に何となく把握できることの羅列でしかないだらけだ。

 

 ……なんか中学と大して変わらないな。もうちょっと面白い変化があると思っていた。


 事実は小説よりも退屈なりと、今までそこまで変わるビジョンの湧かない説明に、小さな欠伸が漏れる。

 ま、そもそも学校ってのは人が集まる集団の場。社会の基盤がある以上、求められる秩序はそう変わることはないのだろう。


 変化の無さに少し落胆しながら、そこで俺も少しは浮かれていたことに気付く。

 中学があれだったからか、どうも違う環境というものに理想を描いていたみたいだ。

 

「――では以上。次の時間からは普通に授業なので、変に気を抜くことのないように」


 先生の話が終わってすぐに鳴り響くチャイム。

 ……時計を見る素振りとかしてなかったよな。頭の中に時計でも入ってんのかね。


 前に読んだ小説にそんな内容の男がいたなと思い出しながら、ぱっぱと教室を去る先生を眺める。

 生徒への徹底して無関心。……うん、過剰な贔屓がないだけ全然まともそうだ。


 先生が立ち去って一拍置いた後、教室には再び様々な音が戻ってくる。

 立つために椅子を引く雑音(ノイズ)。煩わしさすら感じる雑談。――学校であればどこにでもあるであろう、人が奏でる青春という名の営み。

 

 その中で、やはり俺は置き去りの置物。

 誰と話すこともなく、誰と戯れることなく。独りで思考や作業、果ては仮眠に没頭して過ごしていくのがお似合いか。

 ……実に馬鹿らしい。

 どれだけ焦がれ妬もうとも、自分が行動していないからこうなっているだけなのにな。


 自らへの失意と呆れを抱えながら、慣れた動きで背を曲げて机に伏する。

 中学から慣れ親しんだ時間潰しの秘技。けれどもどうしてか、今は無性に自分が惨めになったように感じてしまう。


 ――嗚呼、いつも通り情けないな、俺は。

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