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 電車を降りてからも、それで解放となりはしなかった。

 

 制服(こども)スーツ(おとな)も関係なく、鈍感な俺ですら疎ましく思える程の視線の数。

 ……わかっているさ。

 あくまで興味の対象(みたい)は隣の笑顔な美少女。その隣を歩く(じゃまな)俺に向けられるのは所詮、奇異と怪訝を含んだものでしかないことくらいはな。


 身の丈に合わぬ容姿の二人。

 さしずめ美女と野獣……いや、野獣というよりこけしかなんかお似合いか。


 たった一時間程度のはずなのに、感じた疲労は大体三年分くらいの重み。

 苦節時折やら紆余曲折やら。

 いろいろと唱えたい言葉はあるけれど、まあなんとか無事に学校まで到着することが出来た。


「ちょっとゆっくりだったかなー?」


 重い足を上げて階段を上りながら、彼女は隣に聞こえるくらいの声量で呟く。

 こっちはもうくたくた、出来るなら座りこんでだらけていたい気分ではある。

 けれど遅刻は許されない。俺のせいで彼女が遅れてしまえば、クラスの顰蹙を買って碌な事にならないであろうことは馬鹿でも猿でもわかることだ。


 ……っていうか、どうして一年は三階なんだよ。中学の時は下から上がる配置だったんだぞ。


 昨日はどうでも良かったはずなのに、これが高校の洗礼かと嫌になりながら、どうにか教室に辿り着く。

 えっと二組二組……あそこだっけか。昨日入ったし、多分間違いないはずだ。


「……先に行きなよ。俺はトイレしてから行くからさ」

「えー? さては葵くん、私と一緒が恥ずかしいんだなー?」


 俺の魂胆などお見通しだと、肘で軽く(つつ)かれながらの返答。

 ……わかってるならさっさと行ってくれ。俺にとってもお前にとっても、その方が余計な軋轢を生まないで楽だろうよ。


「もー。……じゃあ、今日は特別だよ?」


 仕方ないなと声に出しながら、彼女は小さく手を振ってから教室へと入っていく。

 ……なんでこれからも登校が一緒って感じで言ってくるのだろう。

 これ以上の注目を集めるのは御免だ。明日からは電車の時間を変えようと決心してから、俺も教室の敷居をまたぎ、昨日座った席に腰を下ろした。


 顔を上げて時計を見れば、そこに示されている時間は八時二十五分。

 確か八時半が朝礼だったっけ。なら遅刻はしないですんだと、ほっと胸を撫で下ろす。


 中央列の前から二番目だからだろうか、様々な会話が周囲から聞こえてくる。

 どうやら昨日で輪が出来つつあるようだがどうでもいい。……どうせぼっちだった俺が混ざったところで、碌な会話も出来やしないだろう。


 この三年間も中学と同じようになりそうだと確信を抱きながら、携帯を取り出してゲームを開く。

 今日は電車で開くことが出来なかったからな。夕方に回すと忘れそうだし、ログインボーナスだけはしっかり貰っておかないとな。

 

 ぽちぽちぽちと、自分で褒めたくなるくらいの慣れた手つきでアプリを開く。

 五秒ほどの読み込みが終わり、たいそうなBGMと共に立ち上がるタイトル画面。まずっ、音出したままだったわ。


 内心で割と慌てながら、何てことの無いような動きでミュートに変える。

 

 ……大丈夫、多分誰にも聞こえていなかったはずだ。

 どっちかといえばマイナーなソシャゲだし、変に興味を持たれてへんてこ陰キャの印象を持たれるのは勘弁願いたい。

 叶うなら注目を浴びていじられる陰キャよりは、隅っこで埋もれて忘れられる陰キャでいたいからな。


 ほっと一息ついた後、ログインからデイリーガチャの一連の動作を熟していく。

 派手な演出で進むガチャ。

 一日一回の無料ガチャのくせして有償のキャラも当たる、言うなれば運営の慈悲。初心者に優しいゲームは続いて欲しいなと思っていると、すぐにガチャの結果が表示される。

 

 ……残念。今日も変わらずはずれだな。


 一度くらいは当ててみたいものだと思っていると、早足で教師らしき大人が教室へと入ってきた。

 ソシャゲを閉じて携帯を仕舞いながら、席に座るようにどんな奴かを観察する。

 綺麗な身なりの若い女性。中学の頃に担任だった頑固爺を思い出すと、外見だけで外れではないと思えるくらいには美しい。

 それにしても、あの女──|春見桜(かすみさくら)もそうだが、この高校には美人が多いな。


 そういった部分でも中学とは違う……いや、別に何も変わらないのだろう。

 中身が大事だと綺麗事を宣いながら、その実外面を何よりも意識する。そしてその外面だけが、人の基準を明確にする指標そのもの。

 せめて俺がイケメンならばと、醜い羨望に満たされながら教師の話を聞き流す。


「──以上。一限は自己紹介なので、何か適当に考えておくように」


 いつものネガティブスパイラルに陥ろうとした頃。

 影浦(かげうら)と名乗った女教師は、特に遊びもなく話を締めてから教室か去っていく。

 

 自己紹介……自己紹介かぁ。

 自身のPRなんてコミュ障たる俺には無理難題。叶うなら、生涯無縁であればいいなと思うくらいの苦行。

 今の気分はさながら、地獄へ行くまでの束の間の平穏ってところだろう、うん。

 

 くだらない現実逃避を嘲笑いながら、今やるべきことを考える。

 これから始まる公開処刑に向けて、何か言うことを考えておくべきだろうか。それとも緊張をほぐして十分後のアドリブに期待するべきか。

 

 きっと、ここまで悩んでいる馬鹿は俺だけだろう。

 現に他の奴の大半は、既に組み上がった人間関係を楽しんでいるのが耳から伝わってくる。

 俺のようにあぶれた者達はきっと同じように俯いているか、或いはただ無関心なだけのどっちかか。


 唯一わかる音の持ち主。春見桜(かすみさくら)もまた、クラスメイトとの会話を弾ませているのが僅かに聞こえてくる。

 二日目にして談笑出来る人がいるのだから、結局彼女も光のリア充側。

 どんなに俺なんぞに話しかけてこようとも、根本は華やかな上位関係を望む現実(ふつう)の女性なのだろうな。


 ……馬鹿らしい。とりあえずトイレにでも行って落ち着こうっと。


 彼女と俺。立場と身分の違いを改めて感じながら、席を立ちあがって教室から出ていった。

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