貧乏庶民、転生したことに気づいたのは三十歳の誕生日。
三十歳の誕生日の日、家までの道を歩いていたその時。
思ったのだ。
三十歳の誕生日に、彼氏もいない、寂しいなと
「あれ? おかしいな。前にも同じこと思ったけど、え、え、ええええええええ」
そうだ。前にも三十歳独身、彼氏なし、一人寂しい誕生日を過ごした。そうそう、一人でコンビニのケーキを買って、おめでとう私って寂しくお祝いしたんだ。
それがきっかけだった。
あとはもう、何で今まで忘れていたんだろうと思うほど、記憶が蘇る。
この記憶は前世ということになるのかな。地球の日本で生まれ育ち、三十歳まで生きた記憶はあるけど、その後を覚えていない。誕生日ケーキを前にして途切れる記憶、その後のことはただ忘れているだけなのかもしれないけど。
とりあえず、自分に一言言いたい。
「思い出すのが遅すぎる」
子供の頃に思い出してたら、体は子供、心は大人なんて、楽しそうじゃないか。
前世の記憶を活用して、もっと上手く生きてたのかもなんて思う。
この世界、なんとファンタジーな世界で魔法が存在する。
「しかし、まさか、今の人生でも、彼氏いない歴三十年とは、ははは」
生まれる世界が変わっても、人の本質は変わらないんだなと思う。
貧乏暇なし、これはどの世界でも共通らしい。毎日せっせと働いているのに、大家族に生まれた私の暮しは楽にならない。今日は、三十歳の自分の誕生日に奮発して串焼きを買ったのだ。
前世では、一人暮らしをしていて、家族との関係は希薄だったから少ない給料でも自分で自分を食べさせていけばよかったけれど、今は違う。
「ただいま」
「「「「「おかえり姉ちゃん」」」」」
上から、ライ九歳、リイ七歳、ルイ六歳、レイ四歳、ロイ三歳。
まだまだ手のかかるお年頃の、ラリルレロ五人組と私を含めて、六人の兄弟と、父と母の八人家族。
父と母と私三人家族だったころに借りた家に、無理やり八人住んでいる。みんな大きくなってきて限界を感じる我が家。家を出たいと思うけど、この世界女の人が一人で家を借りるということはまずない。何も理由がなければ結婚するのが当たり前で、私は完全な行き遅れだ。
「肉のにおいがする」
「おにく」
「わーい、おにくだー」
「やったー」
「でも、これ高いんじゃない」
ライの一言に、その場が静まった。みんな贅沢禁止が骨の髄まで染みわたっている。
「今日は特別よ。お姉ちゃんの誕生日なんだから、みんな食べなさい」
「「「「「いただきます」」」」」
「母さんも食べてね」
「あら、じゃあいただこうかしら」
育児で疲れている母もおいしいものを食べて元気でいてほしい。子供たちはお肉一つで本当に嬉しそう笑う。こういう瞬間があるから貧乏でも、家族が多くてよかったなと思う。
「お父さんにも食べさせてあげたかったね」
「ねー」
父は出稼ぎ中だ。普通に働いていたんじゃ家族を養えないからと、ここ数年は出稼ぎに出ている。それでも家計は苦しくて、贅沢なんてできないけれど、今日みたいにたまにお肉を食べて幸せを感じたり、そんな人生もいいじゃないかなんて思ってた。
翌日、父からの手紙を読むまでは。
その手紙を受け取ったのは、偶然だった。私はいつも朝早くに仕事に出かけていないけれど、今日は午後から仕事の日だった。
「こちら、ブラウンさんのお宅でしょうか」
「はい」
扉を開けて、目の前にいたのは騎士団の服を着た大きな男の人だった。
「王国騎士団のトーマスと申します。こちらダニエル・ブラウンさんのお宅で間違いないでしょうか」
「はい、ダニエル・ブラウンは父です」
「お父様よりお手紙を預かって参りました」
スッと差し出された手紙にはこう書かれていた。
すまん。
そこにいる人の指示に従ってくれ。
大丈夫だ。とてもいい人だ。
父より
父よ。何が大丈夫なのか聞きたい。
「説明してもよろしいでしょうか」
「いえ、少し待ってください」
私は叫ぶ。扉の近くで盗み聞きをしているであろう、ラリルレロ五人組に向かって。
「私はこのまま仕事に行くから、戸締りしなさいよ」
「「「「「はーい」」」」」
玄関の扉を閉めて、トーマスさんに向き直ると驚いたような顔をしていた。
「すみません、騒がしくて。お話、家から離れた場所でよろしいですか」
「ああ」
横に並んだら、トーマスさんの大きさがよくわかる。平均身長より小さい私と並ぶと頭二つ分は違うかもしれない。
「ありがとうございます。ここまでくれば大丈夫です。それで父は何をやらかしましたか」
「ずいぶん落ち着いているんだな」
「……いえ、今回のようなことは初めてではなくて。父はお人よしといえば聞こえがいいですが、だまされやすくて、これまでに変なツボを買わされたり、お金がたまるという謎の財布を買わされたり、その、いろいろありまして」
話していて恥ずかしくなるほどだけれど、父は本当に騙されやすい、よく言えばお人よしだけれど、これまでに数えきれないほどいろんなことがあったのだ。悪気はないのはわかっているから憎めないところがまた困る。
「それで、今回は一体何があったのですか」
「私の役目はダニエル・ブラウンさんの家族を主のもとへ連れていくこと」
「それなら、私が参りましょう。母は体調が悪く、私の下は九歳、七歳、六歳、四歳、三歳。私は三十歳です」
「三十歳……三十歳」
トーマスさんよ。女性の年齢を繰り返さない。
「とにかく、私でもよろしいでしょうか」
「ああ、主は馬車で待っている」
「トーマスさん、主ってどんな方なんですか」
「短気、気まぐれ、わがまま、自己中」
「え、いや、性格とかではなくて、役職的なことを聞いたんですが」
あからさまに視線を逸らすトーマスさんに、嫌な予感しかしない。
角を曲がった場所に、馬車が止めてあった。
トーマスさんがドアを開ける。
「遅い」
馬車に入った瞬間の一言目がこれだ。
偉そうと思ったら、この人本当に偉い人だった。
書類を見ているようで、下を向いているけど、見間違いでなければこの立派な赤髪はこの国の王の特徴だ。
豆粒並みに小さい姿を遠くから一度だけみたことがある。
「ダニエル・ブラウンのお子さんをお連れしました」
馬車の中は狭かったけど私は、一礼。
「ダニエル・ブラウンの娘の、アン・ブラウンと申します」
「娘か」
「はい、長女でございます」
「陛下、ブラウン家には、こちらのアンさんを入れて六人ご兄弟がいらっしゃいます。アンさんより下は九歳、七歳、六歳、四歳、三歳だそうです」
「そういえば、ダニエルが言ってたな」
トントントンと指で馬車の壁をたたく王様は、何やら考えているらしいが、私は父のことが気になって仕方なかった。王様は父のことを、ダニエルと親しそうに呼んでいた。二人の関係も気になるし、なぜ父の子供がここに呼ばれたのか知りたい。
「まあ、よかろう。ダニエルの子であることは変わりない」
そこから、王様の説明が始まった。
お忍びで出かけた居酒屋で、父の近くの席に偶然座った王様は一人静かに飲んでいたそうだ。そうすると隣の席の話が聞こえてきて、父がちょうど運がよくなる枕を買わされそうになっていたそうだ。さすがに見かねた王様がその場で相手を理詰めで問い詰めて、嘘がわかったそうだ。
「父がご迷惑をおかけしたようで、本当にありがとうございます」
「まあ待て。話はここからだ」
その時は、それで別れたそうだけど、また別のある日、今度は幸運の猫の置物を買わされそうになっていたそうだ。こんなことが続くと、居酒屋に行けない日も心配になった王様。毎日でもお忍びで出かけたい王様だけど、王という役職にそんな暇はない。毎日分刻みでスケジュールをこなしている王様は、好きな時に居酒屋にも行けないのだ。
「あの頃の陛下は、大変でした。夕方になるとイライラして、城下を眺めてはため息をついて、ついに陛下は脱走します。なぜなら、ダニエル・ブラウンさんは陛下の魂の伴侶だからです」
この世界、生涯で一人、魂の伴侶という人がみんなそれぞれ存在する。異性の場合は結婚する人もいるけれど、友人として過ごす人もいる。とにかく魂の伴侶というのは、性別関係なく自分のお気に入りだ。その人が存在するだけで満たされるし、近くに行けば疲れがとれたりするらしい。しかし広い世界で生涯で一人の魂の伴侶に出会うことはとても難しいとされている。
「それで王様が脱走ですか」
「まあな。若気の至りだ」
「つい最近の出来事です」
トーマスさんの突っ込みをスルーした王様は語る。
その日、いつもの居酒屋に向かった王様は、入ってすぐに父に話しかけたそうだ。
「よう、また騙されてないか」
「大丈夫だよ。王様こそ、疲れすぎてないか」
「おまえ……俺が王って、いつから気づいてたんだ」
「え?最初からだよ。だって王様真っ赤じゃないか。しかも偉そうすぎるし」
その時王様は髪の色を隠蔽魔法で隠していた。それなのに見破った父に驚きつつ思ったそうだ。
こいつただの馬鹿じゃなかったのかと。
それから二人は飲み友達になったそうで、さすが魂の伴侶、驚くほど気が合った。
そんなある日。
「よう、今日も騙されてないか」
いつもなら、大丈夫だよと笑う父が、ネックレスを手に真っ青の顔をしていたそうだ。
私はもう嫌な予感しかしなくて、話の続きが気になるのに聞きたくないという複雑な心境になっていた。
「まさか……金利の高い闇金からお金を借りたり」
「それならまだいい。金で解決できたらよかったんだがな」
大きなため息を吐いた王様は、言った。
「ダニエルは、魔法契約を結んでしまった」
「……ま、ほう契約」
魔法が存在するこの世界では、王族や貴族が大事な契約をするときに魔法契約を行うことがあるらしい。魔法契約で結んだ契約は破ることができないそうだ。その魔法契約を父が結んだという事実に、私は茫然とするのだった。
「魔法契約というだけで厄介なのに、相手は竜族だ」
私の住む国は人間の国だ。右を見ても左を見ても人間しかいない。けれど、世界は広くて、いろんな種族がいるという。それぞれの種族は、みんな自分の国を持っていて自分の国から基本的に出ることをしない。だから滅多に他種族に会うことはないはずなのに。
「それで、魔法契約とはどんな内容なんですか」
「ダニエルが持っていた石が、竜族にとって大事な石だったそうだ」
「石とは……」
父が持っている石ってなんだろうと、思い出してみようとしてもそれらしき物に心当たりがない。
「……金運がアップすると騙されて買ったネックレスについていた石らしいぞ。その石は竜族に伝わる導き石と呼ばれる石だ」
「導き石」
「石が必要としない人間が持っても何も起こらない。しかし石が必要だと判断した時だけ魔法契約が発動し、石は色づく。この魔法契約では、石の所有者が一番大切なものを竜の国にある神殿に捧げなければならない」
父が竜の国に行って、一番大切なものを神殿に置いてくれば終わる話だ。
そうわかったところで、ハッとした。
変なものを騙されて買ったりする父だけど、あまり物に執着はない。
父が一番大事なものは。
「家族」
ポツリと漏れた一言に、王様は頷いた。
「家族の誰かを竜の国の神殿に捧げる、そんなことできるはずがないとダニエルは言った」
そうだろうと思う。だって父は本当に家族が大好きだ。母を愛しているし、子供たちにも優しい。三十歳にもなって結婚していない私に、幸せになれない結婚ならしなくていい、ずっと家にいてといいよと言ってくれた。
「でも、魔法契約なのに、嫌だ断るってそんなことできるんですか? 」
「……代償を払えばな。導き石の所有者の、その命、もしくは体の一部。それが爪の先なのか、髪の毛なのか、瞳なのか、腕なのか、足なのか、詳しいことはわからん。魔法契約を破った代償はその時その時違うそうだ。しかし詳細は不明だ」
「それで今父はどこに」
「一人で竜の国に行くというから、城で軟禁している」
ということで、やってきました王城。
王様の配慮で、父と二人で話をさせてもらうことになった。
お城の中、豪華な部屋に驚く余裕もなく、目に入るのは久しぶりに会った父さんだ。
「アン……やっぱりアンが来たか」
悲しそうに笑う父に私はいつも通り話しかける。
「ラリルレロは元気よ。みんな父さんに会いたがってる」
「アン、話は」
「聞いたよ。王様が話してくれた。導き石のこと」
「ごめん、父さんが変な石買っちゃったから」
「変な買い物するのはいつものことでしょ。それに今回は仕方ないわよ。まさかの展開じゃない」
「ごめん。父さんが竜の国に行くよ」
「いや、それは無理じゃない。父さんがいなくなったら誰がみんなを食べさせて行くの? 私の給料でみんな生活できないよ」
「お金ならなんとでも」
「そうね。確かにお金ならなんとかなるかもしれない。じゃあラリルレロはどうするの? 母さんは? 」
グッと言葉に詰まる父さんだけど、この人も頑固なのだ。
「だからってアンが行くなんて」
「嫁に行ったと思えばいいじゃない」
「ダメだ。父さんが行く」
「私が行って、ササっと帰ってくるわ」
「帰ってこれるかもわからないんだよ」
「父さん、お供え物っていうのはね、仏壇に一度供えた後は食べていいのよ。だからすぐに帰ってきていいのよ」
「え、ぶつだんって何」
「いいから、だって、父さんが行ったら、その命がなくなるかもしれないんだよ」
泣いてしまったのは、父さんがいなくなった時のことを考えたから。父は覚悟を決めているんだろう。私の言葉に全く動揺せずにいつもと同じ顔で笑った。
「父さんは幸せだ。父さんのことをこんなにも心配してくれる家族がいるんだから」
零れた涙を、拭う父の手は昔から変わらない優しい手だ。
絶対行かせない。
私は切り札を口にした。
「その家族がもう一人増える予定よ」
ポカンと口を開けた父。
「母さん最近体調悪かったのはつわりだったみたいよ」
「え?そんな……まさか」
「高齢出産だから不安みたいよ。でもきっと教えたら父さんが喜ぶだろうって言ってた。次に帰ってきたら母さんの口から言うってことになってたんだから、私が教えたって言わないでよ」
父さんの瞳が揺れた。きっと自分が竜の国に行くと決めていたはずだ。それが初めて揺らいだのがわかるから、私はもう一押し。
「父さんお願い。私ほかの国も見てみたい」
「……アン」
「もしかしたら、父さんみたいに魂の伴侶に出会えるかもしれないじゃない」
「王様が魂の伴侶とは父さんも驚いたよ。何かあったら王様に頼んででも竜の国に迎えにいくよ」
「そうね。帰ってこなかったら探しに来て、そのための国家権力よ」
いつからいたのかわからないけど、気づいた時には部屋にいた王様。私と父さんが話しているのを聞いていたんだろう。
「協力は惜しまない」
それから、私は導き石とともに竜の国に旅立った。王様が護衛をこれでもかと用意してくれて、竜の国の国境まではトーマスさんが付き添ってくれた。
「どうやらここまでしか一緒には行けないようだ」
「お世話になりました」
導き石があれば国境を越えてもいいようだけど、石を持っている人しか竜の国には入れないそうだ。私はネックレスをぶら下げて竜の国に足を踏み入れた。
竜の国は、自然がいっぱい。出会った旅人にくっついて山を登ったり、川に落ちて大変な目にあったり、身長が低いからか子供と間違われて警察のようなところに連れていかれたり、本当にいろんなことがあった。
やっとの思いで神殿到着。
神殿の神官のおじいさんに導き石を見せると、すぐに奥へと通された。
「祭壇にどうぞ」
祭壇に私が登った瞬間、導き石は光を失いただの石になった。
導き石の魔法契約が成された証拠だ。
「よし任務完了」
そういって祭壇から降りようとしたのに、見えない壁があって降りられない。
よく見たら、丸いシャボン玉のような膜が私を中心にできていた。
触ってみたら、柔らかな感触はあるのに、破れなくて中から出ることができない。
「え? これは一体……」
驚いているのは私なのに、神官のおじいさんの方が驚いていた。
「少々お待ちくだされ」
慌てた様子で出ていった神官のおじいさん。残された私はツンツンとシャボン玉のような膜をつつくしかなかった。
巻物を手に戻ってきたおじいさんは、震える声で言った。
「問題です」
「へ? 」
「第一問、バナナと言ったら」
「え? 急に」
「バナナと言ったら」
「黄色」
私の住む国にはバナナはなかったけど、広い世界バナナがある国もあるだろうなとこの時の私は思っていた。
「第二問、緑色を作るのには青に何色を混ぜたらいいでしょう」
「黄色」
何この問題と思ったけれど、おじいさんはとまらない。
「第三問、信号の真ん中の色は」
「黄色」
「第四問、扉が開かない、呪文をとなえるなら、ひらけ」
「ごま」
パチンと弾けるシャボンの膜。
神官のおじいさんになぜか拝まれる私。
そこからは、神殿の騎士団に囲まれて連行されて、ついた先は竜の国の王城だった。
やたら広い部屋の中心に置かれた椅子が一脚。そこに座るように言われるがまま腰かけていれば、入ってきたのは、やたら美しい男の人だ。隣に並ぶと引き立て役にもならないであろう、この世界では珍しい黒髪の美貌の主がこちらを凝視している。
「問題だ」
突然のクイズ、おじいさんの時は驚いたけど、二回目だ。
「バナナの色は」
「黄色」
「扉が開かない。呪文を唱えるなら」
「開けごま」
「パンはパンでも食べられないパンは」
「フライパン」
何このなぞなぞ。
「味噌、醤油、塩、とんこつと言えば」
そんなの一つしかない。
「ラーメン」
少し離れた位置にいたその人は、多分、私と同じ転生した人か、トリップした人か、わからないけど、多分日本を知っている人。だから私は聞いてみた。
「年越しに食べるのは」
「……そば」
ギュッと抱きしめてきたのは竜の国の王様だった。話を聞くと、どうやら転生者らしい。日本が恋しくて恋しくて、広い世界で日本を知る人をずっと探していたそう。導き石に膨大な魔力を使い、日本に関係する人と出会えるように願いを込めて石を作ったそうだ。
私を抱きしめて離さない王様の名前はリンタロウ様。
「いや、ちょっと待とうか、その顔でリンタロウはない」
「よいではないか、これからはずっと一緒だ。特別にリンタロウと呼ばせてやろう」
「……それは困りますよ。父が首を長くして待ってますし」
「そうか、いきなりは困るのはわかった。しかし人間の国なら、背中に乗ったらすぐだ。飛行機よりも早いぞ」
「いやいやいや、早すぎでしょう」
「これだ、これ、飛行機と言っても誰もわからない寂しさと言ったら」
「ところで背中ってもしかして」
「竜族は竜になれる」
「……ファンタジー」
「そうだ、ファンタジーだ。結婚してくれ」
「いや、そこはちょっといきなり、っていうか私もう三十歳のおばさんなんですよ」
この美貌の主の、シミ一つない美しい顔と、張りのあるお肌。絶対に若者ではないか。
「わかってないな、ファンタジーだぞ」
「ん? 」
「見た目通りの年齢ではない。今年で二百三十八だったか九だったか、そのぐらいだ」
「まさかの長寿種族」
「なんせファンタジーだからな」
ファンタジーの代表みたいな竜の国の王様が、ファンタジーと言いながら嬉しそうなのは何とも言えなかったけど、これが私たちの出会いだった。年齢を気にしていた私だったけど、竜の国では三十歳はまだまだ子供で、いろんな人に子供扱いされたりしながら私は幸せに暮らすことになる。
転生したのに気づいたのが三十歳なんて遅すぎると思っていたけど、思い出すべき時に思い出したのだろう。