婚約者が真実の愛を見つけたそうですが、それより胃が痛いです。
以前書いた『姉が真実の愛を~』から始まる二作の続きです。
この話単体でも読める・・・と思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「この条件で和議を結んだなどありえんわ!」
「いやその、軍としては此処までという計算でして」
「軍が臆病風を吹かせたのでは?我が国の力であればもっと土地なり取れただろう」
「それはちょっとなんといいますか」
元老院、それは王の補助機関であり、政治に口を出してくる狸ジジイの集まりだ。
今は第一王子が勝手に結んだ平和条約の件で荒れに荒れている。
「そもそも第一王子はどこにいった!!」
「ですよね!申し訳ありません!一大事だったもので!」
そしてこの会議に参加しているのはやっちゃった第一王子ではなくその部下の僕。
伯爵家三男というなんとも地味な立場で、公爵やら侯爵やら王族やらと会議している。
ちなみにその原因は、第一王子にさっさと見合いに来いと発破をかけた僕の愛しく麗しい婚約者である。
ああ、そろそろ胃痛が止まらなくなりそうだ。
ジャネット・コルネー。
僕の婚約者であり、コルネー侯爵の長女。
そして今はコルネー女侯爵だ。
婿入りなのは言うまでもない。
彼女との出会いは数年前に遡る。
軍学校を卒業する年のホリデイに、一度実家に帰った。
僕の家は軍人の家系だから、卒業後の所属部隊について父親と話し合う必要があった。
だが運悪く隣国との小競り合いが始まり、父親は戦地へ旅立った後。
ホリデイが終わっても帰れないらしく、僕は二人の兄と違い自分で進路を決めなければならなくなった。
実家で鬱々としていた僕を、パーティーに連れ出したのは下の兄だった。
下の兄は近衛兵として活動しているので首都におり、戦場に向かう父親と上の兄の代わりに我が家の社交を担っている。
だから貴族の中で名前も顔も知られ、人脈もそれなりにある。
連れていってくれたパーティーも、まさかの公爵主催のものだった。
三男なんて中々行けるものではない。
案の定、僕は壁のしみと化した。
兄のところに女性が沢山押し掛けていたのはあえて見ないようにした。
兄たちは母親に似た金髪だが、僕は父親譲りのぱっとしない茶髪。
軍学校にいたからほどよく筋肉はついているが、このくらいのポテンシャルの男はどこにでもいる。
財産も地位もなにもない僕は壁のしみがお似合いだ。
そんなことを考えていたら、会場がざわめいた。
「おい、ジャネット嬢が来たぞ」
「素敵なドレスねぇ」
「相変わらずお美しい」
皆の視線を辿っていくと、絶世の美女、いやまだ少女の姿が見えた。
大胆なデザインのドレスで、一歩間違えれば扇情的だが彼女が着ていると不思議な気品があった。
夜に咲く薔薇のような魅力的な姿に目を奪われた。
「兄さん、彼女は?」
「ああ、お前は学校に行ったきりだからしらないのか。彼女はジャネット・コルネー侯爵令嬢。この前デビューしたばかりだが、もう社交界の花だ」
「へぇ・・・」
「お前、彼女はやめておけよ」
「なっ!そんなつもりはないよ。それに、もう婚約者ぐらいいるだろう?彼女なら」
「いや、居ない。彼女の立場は少し特殊だからな」
「特殊?」
「彼女は不義の娘。前妻の死後、コルネー侯爵が愛人共々侯爵家に引き込んだんだ。唯一の救いは、母親が娼婦じゃないってとこだな」
「そうなんだ・・・え、なんで知ってるの」
「人の口に鍵は掛けられないからな。みんな知ってる」
兄が教えてくれたジャネット嬢は、腹違いの妹を不幸にした悪女、のようだった。
母親は僕と同じ伯爵家の人で、でも僕の家とは違いかなり没落している。
その家の建て直しをコルネー侯爵が手伝ったことが二人の関係の始まりだった、らしい。
ジャネット嬢には腹違いの妹、シャーリー嬢がいて、まだ五歳くらいのときにシャーリー嬢の母親、つまり正妻が死去。
喪が明けるのも待たずに侯爵は愛人とその子供、つまりジャネット嬢とその母親を家に引き入れた。
シャーリー嬢は昼間のお茶会には姿を見せるが、夜の舞踏会には決して姿を現さない。
それはジャネット嬢が夜の女王のように振る舞っているから、らしい。
「シャーリー嬢の婚約者は・・・ろくでもないが王子でジャネット嬢にはいないのはそういう理由からだそうだ」
「そんなに悪い方には見えないが」
少し遠くで微笑んでいるジャネット嬢は、確かに生い立ちやこれまでの経緯に難はあるかもしれないけれど悪い人には見えない。
ただただ綺麗な令嬢だ。
「おい、あんまり見るな!あっ」
「えっ」
「あとは一人で頑張れよ」
「は?え、兄さん?」
「こんばんは。ご機嫌いかが?」
「わあ!」
兄が逃げた原因がわかった。
目の前に薔薇がいる。
地味な僕の前になぜか咲いている。
「わたくし、ジャネット・コルネーともうしますの。貴方は?」
「あ、あ・・・え、と。オリバー、オリバー・グレイ。グレイ伯爵家の、三男です」
「はじめましてオリバー様」
「は、はじめまして」
近くで見れば見るほど人間離れした令嬢だ。
神が人間を創造したのは彼女を産み出したかったからなのかもしれない。
「オリバー様?聞いておられます?オリバー様?」
「あ!申し訳ありません!なんでしょうか」
「ダンスのパートナーは、もう決まっていらっしゃるのかしら」
「あ、決まってません!僕は軍学校に所属しているので、令嬢と接する機会がなく」
「でしたら、わたくしと踊ってくださる?」
「は・・・はい!喜んで!」
なんで喜んで、なんて言ってしまったんだ。
胃が、胃が痛い。
「どうしましたの?」
「あ、ちょっと・・・大丈夫です」
美しい彼女と踊れるのは嬉しい。
しかし、視線が痛い。
兄から口パクで教えてもらったが、どうやらジャネット嬢はあまりダンスをしないらしい。
だから男性からの視線がやばい。
パーティー主催者の公爵からすら視線を感じる。
その上あまり習ったことないからダンスの腕前がお世辞にも完璧と言えない僕と完璧なステップを踏む彼女とでは月とすっぽん。
女性から嘲笑されている気がする。
五分弱の曲が一時間に感じた。
胃に穴が空くかと思った。
「素敵な時間でしたわオリバー様」
「あ、ええ。こちらこそ。楽しかったです」
「では、ごきげんよう」
「はい」
帰り道、兄に何度か小突かれたがそんなこと気にならないくらい疲れた。
確かに彼女に惹かれたけど、この疲労を感じるなら近寄らない方が得策かもしれない。
と、思ったのに
「あのジャネット嬢。本日はどういう・・・」
「わたくしとお茶をするだけですわ、オリバー様」
夜とは違う、艶やかさを脱ぎ捨てた彼女が目の前に座って優美な姿勢でお茶を飲んでいる。
パーティーの翌日、ジャネット嬢から招待状が届いた。
身分的に逆らえるはずもなく、僕はコルネー邸でお茶を楽しんでいる。
が、これが噂になったら学校でどんな目に遭うか考えると胃がキリキリ痛みだす。
しばらく胃を痛めながら待っていたが、ジャネット嬢はなかなか話し出してくれなかった。
そろそろ限界だ。
「本日は、誰か他に来るのでしょうか」
「え?」
「二人きりのお茶会は、しないと聞いていたので」
そもそも、令嬢が二人きりになれる男は父親か兄弟、でなければ
「わたくし、婚約者を探しているの」
「はぁ」
「いずれコルネー侯爵を継ぎます。そのために伴侶が必要です。出来れば、わたくしの好みの」
「そうなんですか」
「で、貴方に伴侶になってほしいの」
「ブッ・・・は?・・・お熱でも」
「ありませんわ」
「・・・どうして、僕?」
「まあ、色々都合がよろしいのです」
わあ、最悪なことを聞いてしまった。
都合かぁ・・・確かによろしいかと。
だって格下の家の三男。発言権などないから、女性でも爵位を継げるこの国ではある意味都合がよろしい。
「それだけですか」
「あとは・・・ありませんわ」
変な間があったが踏み込んではいけない気がした。
次期女侯爵との婚約は悪いことじゃない。
何より、こんな美しい人を無下にしたと聞かれたら後ろから刺される気がする。
そうしてジャネット嬢と婚約を結び、軍学校に帰った。
案の定軽いいじめや冷やかしはあったが、それより皆ジャネット嬢が僕のどこに惚れたのかを議論していた。
癒し系だから?ワンコっぽいから?いや立場の軽さ?
案外顔かも、などなど。
有力なのは、同じ首都防衛の役目を担うグレイ伯爵家との繋がりが欲しかったんだろ、だ。
コルネー侯爵家とグレイ伯爵家の領地は隣り合わせだ。
首都を中心としたら、内側をコルネー侯爵が、より外側をグレイ伯爵が守るという伝統があるらしい。
他に四家ほど首都防衛の役目を担う家はあるが、適切な年齢の息子なのは僕くらいだ。
娘なら沢山いるらしいけど。
「そういやオリバー、お前は所属は何処を申請するんだ?」
「あ、忘れてた」
「おいこいつ腑抜けだ」
「ジャネット嬢の毒にやられたな」
我が国の軍はある程度所属の希望は聞いてくれる。
それでもコネは必要だし、実力は言わずもがな。
「一応婚約しているし、相談してからかな」
ジャネット嬢に
所属はどうしてほしいですか?
ある程度なら対応できます。
と手紙を送ったら
『わたくしに任せてくださいませ』
と返事が来た。
任せたらどうなるか少し怖いが立場的に彼女に合わせた方が多分良い。
大人しく従っていよう。
そしてなにもせずに迎えた卒業式。
会場に学生が集められ、皆の前で所属の部隊を宣告される。
凄いところだと拍手喝采だが、地味なところだとシラケる。
そんなものです男は。
「オリバー・グレイ」
「はい!」
ジャネット嬢は最後まで勤務先を教えてくれなかった。
いったいどこになったのやら。
「第一独立大隊だ。良かったな」
「・・・近衛兵とかではなく?」
「不満か」
「いえそんな」
会場からは息を飲む音が聞こえた。
第一独立大隊には普通新兵は所属できない。
この国の皇太子が率いる旅団の要となる大隊だ。
凱旋すれば国民からは喝采を受ける、花形ではあるのだが。
「早々に前線行きか」
今大隊は、最前線で戦っている最中だ。
ジャネット嬢は僕のことが嫌いなのだろうか。
あ、胃がやばい。
国境に聳える黒い砦には、いつも大鴉が鳴いている。
そんな噂が軍学校では言われているが、それは本当だった。
ジャネット嬢からプレゼントされた馬から降りて、見上げた門には鴉がズラリ。
歓迎されているのか追い返されようとされているのかわからない。
同期はこんな前線までは来ず、結局一人だ。
「オリバー!よく来たな!」
「待ってたぞ!!」
「父上!兄上!お久しぶりです!」
この砦には父上と上の兄がいる。
それだけが心のよりどころだ。
「じゃ、殿下に挨拶しにいくか!」
「そうだな!わしは訓練があるから頼んだぞ!」
展開が早い。
「殿下!うちの末っ子です!こき使ってやってください!」
「オリバー・グレイと申します!」
かつてない程のプレッシャーに押し潰されそうだ。
連れていかれたのは執務室らしい。
ほぼ会議室?というくらい資料の山が築かれた部屋。
そしてその部屋の真ん中に立たされ、椅子に腰かけた皇太子殿下と正面から向かい合う形になっている。
胃が、千切れる気がする。
「ジャネット・コルネーから推薦状が届いた。彼女からの頼みだから受け入れたが、無傷で帰せる保証はない」
「構いません!誠心誠意、国のため働きます!」
「いいだろう。今年の新兵はお前だけだから、フレッドと同室とする。明日から実践だ。心しておけ」
「明日!?はや・・・了解しました!」
フレッド、は上の兄だ。
同室にしてもらえるのは有難い。
「いや~まさかお前が来るとはな!補給部隊あたりかと父上は考えていたから驚いたぞ!しかもあのジャネット・コルネー嬢と婚約とはな!!」
「婚約、そういえば良かったの?良くない話もある令嬢なのに」
「構わないさ!確かに産まれはあれかもしれないが彼女ほど良い令嬢はいないと軍では評判だ!」
「そうなんだ。軍学校ではそれほどだったんだけど」
「実戦に出るほど有難い存在だと思うはずだ。この砦、使えるように修繕しろと言い出したのはジャネット嬢だ。父上の侯爵を動かしたらしい。そのお陰で軍は最高強度の砦に逃げて来られる。適当だった街道の整備や馬の補充、武器開発を進言し裏で狸を手玉にとって動かしたって話だ」
「僕、凄い人と婚約したんだ」
「だろ?だからいじめられることはない。彼女を怒らせたら補給を止められそうだからな!」
コルネー侯爵を見ると平和ボケした家だなと思うが、侯爵家は元々軍功で名を挙げて来たと聞いている。
ジャネット嬢は先祖返りのようにその気質を継いでいるのだろうか。
「これを着ろ、オリバー」
「はい・・・?」
翌朝、殿下から渡されたのは隣国の新兵が着る服だった。
汚れてるし穴は開いているが、サイズはしっくりだ。
嫌な予感で僕の胃にも穴が空きそうだけど。
「今日の午後、攻撃を仕掛ける」
「はい」
「それに紛れて敵軍に紛れ込め。あちらは職業軍人が少ないから農民か何かのふりをしろ」
「それで?」
「情報が欲しい。三日後、合図を送るから何かやれそうならやってから逃げてこい。駄目なら逃げろ」
「了解しました!」
「おいこっち手伝え!その包帯もってこい!」
「はい!」
なんとも無茶な作戦はなんとか成功し、僕は敵軍に潜り込んだ。
隣国だからと言語を学んでおいたからコミュニケーションに問題はないが敵陣のど真ん中とは胃が痛い。
「お前は大丈夫だったのか」
「あ、はい。腕を掠めただけで。止血も済んでます」
「そうか。なら、悪いがもう少し助手しててくれ」
皇太子の仕掛けた奇襲で敵軍はかなりの痛手を受けた。
そして僕も撃たれた。
弱れば話す。だから救護班の手伝いに紛れ込め。
そんな理由で腕を軽く撃たれた。最悪だが、皇太子の思惑通り色々話してくれた。
この戦争は戦果がほしい隣国の王子が無理矢理起こしたもので、軍では鬱憤がたまっている。
クーデターもあり得るかもしれない。
また今いる兵士のほとんどは徴兵されたもので、職業軍人は皆無。
「おい、お前新兵だよな」
「はい!そうであります!」
「なら、あの崖には近寄んなよ。なんかあったら死ぬぞ」
言われた方向には確かに崖があり、小さな小屋が幾つか作られていた。
ぞんざいな作りで、雨や日光が防げればよし、というよなものだ。
「死ぬ、とは?自陣なのに?」
「あそこは火薬と、お偉いさんの酒が置いてあるから敵に火を投げ込まれたらドカンさ。」
「へぇ・・・」
「顔色悪いな。やっぱりどっか怪我してんじゃないのか?」
「いえ、ストレスによる胃痛です!!」
「お、信号弾か。新色か?伝えられてないが」
上がった色は青、白の二発。
合図だ。
「三日、お世話になりました!」
「あ?おい新人!」
昼食のために起こされた焚き火から枝を抜き取り崖に走る。
後ろから怒声と足音が聞こえるが必死に走る。
たどり着いた小屋、火薬が剥き出しだ。
本当にずさんな軍だ。大丈夫かなと心配になるけど僕も必死だ。
「ごめんなさい!」
小屋に枝を投げ込み、崖から飛ぶ。
後ろからくる爆風を感じながら、僕は意識を飛ばした。
「オリバー様!オリバー様!!」
なんだかふわふわしたものに包まれている。
でも体は動かない。
手が暖かいものに包まれているようだから、腕は失くさなかったようだ。
「ジャネット嬢・・・?」
目だけ開くと、見知らぬ天井と、涙を流すジャネット嬢が見えた。
初めて彼女と一緒でも胃痛がなかった。
「ここは?」
「砦です。作戦は成功しました・・・馬鹿!」
こんなに取り乱す人だっただろうか。
しかし、美しい人が泣くと、美しさが際立つんだな。
「オリバー」
「殿下。お見苦しいところを」
「楽にしていろ。今回の武功で勲章が与えられることになったから、それだけ伝えに来た。ご苦労だったな」
「ありがとうございます」
勲章か。
これで少しはジャネット嬢の横に立っていても文句を言われなくなるだろうか。
いや、それはないか。
「レギオン、わたくしの婚約者になんてことを」
ジャネット嬢?
先程とお顔が違いますよジャネット嬢?
「お前がコイツに武功をあげさせろと言ったんだろう」
「やり方があるでしょう!!」
「がっ!」
「殿下!」
ジャネット嬢の平手打ちが殿下にクリーンヒットした。
僕のために怒ってくれるのは嬉しいが、今呼び捨てにしてその上殴ったのは評判の悪い第二王子ではなく評判のよい第一王子。
胃が軋みそう。
「オリバー様が死ぬような事態になったら、補給を絶ちます。それが嫌ならさっさとケリをつけてくださいませ?」
「ジャネット嬢・・・」
「あとオリバー様。これからは週に一度お手紙をくださいませ。こちらがレターセットです。この王子のことも事細かに連絡してくれると嬉しいわ」
「あ、はい」
体のよい諜報員なんだろうか僕は。
取り敢えずレギオン殿下とはこの件を通じて仲良くなり、ジャネット嬢とは文通という名の定期報告が始まった。
隣国との戦闘は、僕が勲章を貰った戦闘が決定的だったらしく、しばらく膠着状態が続いた。
砦で睨み合ううちに僕もジャネット嬢も成人を迎えた。
そんな頃、
『第二王子がなにか怪しいのでどんな噂が届いても信じないように』
という手紙が僕に来た。
その手紙と遅れて一通、殿下宛のものもジャネットから送られていた。
「何かあったのでしょうか」
殿下は難しそうな顔でジャネットからの手紙を読んでいる。
よほどの事があったのだろうか。
「・・・シャーリー嬢が婚約解消したらしい」
「シャーリー・・・ジャネット嬢の妹の」
「そうだ。オリバー、すぐに隣国と和議を結ぶ。馬を用意しろ」
「は、はい!」
和議で慌ただしくしている間に、情報が届いた。
なんと、第二王子はジャネット嬢と結婚するからシャーリー嬢と婚約解消したらしい。
最初はジャネット嬢にとうとう捨てられたと思ったが、その後第二王子を階段から叩き落としたという話が来たのでそうではないとわかった。
ただ相手は王族だ。
非はこちらにないとは言え、不安だ。
「ジャネットなら大丈夫だろ」
「そうでしょうか」
「・・・コルネー侯爵は先代こそ腑抜けだったが、元々気性の荒い一族だ。王家はそれを知っている。父上はシャーリー嬢のことでごねるだろうが、ジャネット嬢には手を出せんだろうな」
「なら良いのですが」
「婚約者が心配で仕方ないようだな」
「それは、そうですよ。当たり前です」
「なら、一刻も早く首都に戻るぞオリバー」
「はい!」
「それと、オリバー」
「は!・・・薬ですか」
「捕虜にした医務官のものからだ。良く効く胃薬で、お人好しの新兵にだそうだ。爆破するなら人を集めてからにしろ、という助言つきでな」
「・・・有難いですが、そんなに僕は顔色悪かったでしょうか」
「腹、押さえるの癖になってるぞ」
そして冒頭の少し前に戻る。
うるさい元老院のために資料を用意していたところにジャネット嬢がやってきた。
ヒールの音を王城に響き渡らせ、鮮やかなドレスを身に纏っている。
「オリバー様、レギオン殿下は?」
「今、着替えてる最中で」
「レギオン!貴方遅れるってどういうこと!?わたくしの可愛いシャーリーは今日のためにドレスを新調したのよ!眺める時間が減るじゃないですか!」
最近発覚したことだが、ジャネット嬢は腹違いの妹シャーリー嬢を心底愛しているとのことだ。
仲が悪いと噂が流れていたのも、シャーリー嬢が社交界で同情されるようにとの工作だったのだ、と教えて貰った。レギオン殿下から。
そしてレギオン殿下が婚約者を持たないのは、シャーリー嬢を愛していたからだそうだ。
自分の腹違いの弟の婚約者に恋したから、流石に同じ王族では手を出しにくいため膠着していたと。
生涯独身を貫き、シャーリー嬢の子供を自分の跡継ぎにする予定だったが、弟が婚約解消したため、今日、シャーリー嬢とお見合いする。
なのによりによって元老院はこの日を指定してきた。
レギオン殿下としてはこれを蹴ってお見合いに行きたいところだが、そこは流石に止めた。
前線に出ない代わりに殿下の使いっぱしりをして、信頼関係を築いていなかったら止められなかったかもしれない。
それに怒ったジャネット嬢が殴り込みに来たと言うわけだ。
「あら、軍服はなかなか良いじゃない。あの馬鹿の成金みたいな服より好感持てるわよ」
「いやこれは見合いのための服ではなく」
「わたくし、軍人が勲章をひけらかすの好きですわよ?むしろもっと誇るべきよ」
「ジャネット、幼い頃から強引だが今回は元老院が相手だ」
「その会議、貴方でないとならない理由は?」
「作戦の全貌、和議の詳細を言える者が必要だ」
「なら、オリバー様に任せましょう。いいですわよね?オリバー様」
確かに、使いっぱしりだから作戦についても和議についても諸々手配したりしたから全部説明できる。
勲章と伯爵家の地位があるから、元老院会議にはギリ参加可能。
なによりコルネー侯爵家の後ろ楯がある。
「可愛いシャーリーの将来がかかってます。お願いできませんかしら・・・?」
そんな美貌をフル活用したお願いを断れる男が居ようか。
居るわけない。
それに未来の妹になる令嬢の将来がかかってると言われては、ずっと下の子が欲しかった僕には断れない。
「十分だけください」
「では、先に家に戻ってますわ。オリバー様に免じて、五分追加して差し上げます」
妹のためなら国も落としそうなジャネット嬢は黒い笑顔で帰っていった。
婚約者相手なはずなのに、胃が辛い。
「あの敵国から亡命してきた医務官の胃薬追加で奢ってくれたら良いですよ。あとこの書類の山にサインを。五分で」
ジャネット嬢の十五分はイコール五分と思った方が良い。
特にシャーリー嬢が関わっている時は。
そして冒頭に戻る。
王子を連れてこい、王子じゃないと話にならんと騒ぐ狸もとい老人たち。
もう革命でも起こそうか。
ああでもそうすると、胃に穴が空く。
「お待たせしましたわ元老院の皆様」
「ジャネット嬢?」
「わたくしの婚約者がお世話になりましたわ。皆様に御報告がありますの」
そういえば、あの馬鹿、いや第二王子の婚約者はシャーリー嬢が良いと進言しコルネー侯爵家の力を削ごうとしてたなこの老人たち。
つい先日、僕が殿下とジャネット嬢に報告した。
まさか・・・
「つい十分前、レギオン殿下はわたくしの妹シャーリー・コルネーと婚約いたしました。つきましては、婚約者不在のため延期されていたレギオン殿下の即位及び現国王の退位を即刻承認していただきます」
ああ胃が痛い凄く痛い。
胃薬の追加量増やして貰おう。
「さらに」
さらに!?
「新国王即位に先んじて元老院再編成を実施いたします。こちらが新しい元老院のメンバーですわ」
ジャネット嬢が広げさせた紙には、現元老院メンバーの名前は一つもない。
全てレギオン殿下派閥の貴族で固められている。
「政治は文民が。確かにそうです。ですから、世迷い言を吐く老害にはその席譲っていただきます。」
あ、よほど怒っていたんだな。
確かにシャーリー嬢への対応は良くなかった。
第二王子を助長したのは元老院という報告は上がっているし、婚約解消騒動も止められたのに止めなかったわけだから。
怒るのはわかる。わかるけど。
「これからはわたくしとオリバー様が王家を支えますから、安心してくださいませ。お礼にわたくしの結婚式に招待してさしあげますわ。もしお断りになるなら」
美しい顔で怖いことを言う僕の婚約者。
そろそろ胃が限界だ。
「コルネー侯爵家の手練れ達がお相手いたします」
この日の夕方から僕は緊急入院した。
シャーリー嬢とは病院で初めてお会いした。
茶髪の可愛い令嬢だった。なぜ馬鹿王子が婚約解消したのか本気で疑問なほど可愛かった。
やはりジャネット嬢の神がかった美貌が常に横にあるのが原因だったのかもしれない。
そんなこんなで退院し、もう明日は結婚式となった。
シャーリー嬢の花嫁姿を見るまで結婚出来ないと言ったジャネット嬢に気を遣ったシャーリー嬢の提案で僕とジャネット嬢、レギオン殿下とシャーリー嬢の二組同時の結婚式となった。
国の歴史上最大の結婚式にするとジャネット嬢は意気込んでいる。
「あの、ジャネット嬢」
「明日結婚するのですから、ジャネットと呼んでくださいませ?オリバー様」
「ジャネット・・・」
「はい、オリバー様」
改めて名前を呼ぶとやはり気恥ずかしい。
女神のようなこの人が明日には妻になるなんて、長い夢でも見ている気分だ。
「ジャネットは、どうして僕を選んでくれたんですか?都合は良いかもしれないけれど、それならいくらでも居たはずなのに」
「ああ・・・最初は、シャーリーに似てて、その上諸々都合が良いと判断したからです」
「シャーリー嬢に?」
「ええ。可愛い茶髪の可愛いお顔。正直、二人の方が血縁に見えるくらいそっくり」
確かに、コルネー侯爵家とグレイ伯爵家は昔縁があったから薄い血の繋がりはあるかもしれないけれど、あんなに可愛い令嬢と似ているだろうか。
まあ、それはジャネット嬢から見ての話でしかないかもしれないから悩んでも仕方ないか。
「ただ、貴方が死にかけた時に胸が張り裂けそうになったの。シャーリー以外にこんなに心動かされたのは初めてで驚いたわ」
「はぁ・・・」
「だからね、オリバー様」
ジャネット嬢・・・ジャネットが僕の横に座る。
美の女神が、なんだか一人の女性に戻ったような不思議な感じがした。
「わたくしが真実の愛を捧げるのはシャーリーです。
けれど、わたくしが生涯、恋慕うのはオリバー様です」
美人にこんなこと言われては、真顔なんて保てたものではない。
この人は自分の美しさの破壊力をわかってないのだろうか。
「・・・では、僕は生涯、ジャネットに恋していて貰えるように頑張ります」
「ありがとう、オリバー様」
真実の愛を捧げるのはシャーリー嬢。
まあ、それで良いと思う。
個人的に愛することの持続より恋心を持続させることの方が難しいと思う。
その難しいことを、僕のために続けてくれるなら、僕も、おそらくこれからも続くであろう彼女の無茶と胃痛に付き合っていこう。
「それでねオリバー様。新婚旅行はこの前和議を結んだ隣国にしたいの」
「理由は・・・」
「わたくしの可愛いシャーリーを側室に、自分の娘を王妃にって言ってきたそうなのよ」
「それは・・・一大事ですね」
やっぱり退院しなければ良かった。
僕の胃はまたキリキリと痛みだした。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。