巨・獣・討・伐
妖精に導かれるまま城門の前まで戻ってくる。
補強した甲斐あってか、再び破られるような事態には陥っていなかった。
「やあ、随分な活躍だったね。お手柄だ」
紅葉と合流し、案内してくれた妖精を彼女に返した。
「どこかから見ていたみたいな言い回しだな?」
「あぁ、その通り。この子を介してね」
どうやら紅葉は妖精に拘わる魔法が得意らしい。
「逃げ遅れた親子はこちらで保護しよう。キミがいなければ助からなかった命だ。二人に変わって感謝する」
「ですって、灯也さん」
「あぁ。なんかむず痒いな」
ひとまず紅葉に親子を引き渡し、二人はほかの兵士に運ばれていった。
「市街地に入り込んだ魔物は掃討し終わったはずだ。あとは防衛に徹していれば乗り切れる。奴らは数が減れば自ずと去って行くからな」
「……これがはじめての襲撃って訳じゃなさそうだな」
幾度となく経験してきたような口振りだった。
そもそも魔物はなぜこの城郭都市を襲っている?
ここに、なにがあるんだ?
「疑問は尽きないだろうが、キミはあくまで部外者だ。今の段階では詳しく話せない。ただまぁ、キミほどの実力があれば容易に居住権を得られるだろう。戦力は喉から手が出るほどほしいからね」
「ありがたい話だけど、物騒なことだな」
城郭都市にくれば安全かと思いきや、実際はその真逆だった。
まぁ、それを差し引いてでもこの城郭都市に身を置くメリットは大きい。
老人達が言っていた人らしい生活って奴が、ここにはある。
「――あぁ、わかった。すぐに向かうよ」
話していると紅葉に連絡が入り、またどこかに加勢するようだった。
「悪いが、もう一仕事頼めるかな? 大型の魔物がいて手が回らないそうだ」
「了解。手柄を立てるいい機会だ」
ここで実力を示せば、居住権も認められやすくなるはずだ。
「という訳だ。もうすこし戦闘が続くけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。一人にされるよりずっとマシですから」
「そっか」
そうして紅葉に案内されて防壁の天辺まで上り、通路を駆け抜ける。
外周をぐるりと回っていると、件の大型の魔物が見えてきた。
森の中で遭遇した魔物よりも一回りか二回りほど大きい図体が二体ほどいる。
マンモス然としていて、周囲に浮かべた氷塊を大砲のように打ち出している。
今のところ城壁は耐えているし、夥しい数の反撃も放っているけれど、戦況は予断を許さないものだった。
「斑目!」
紅葉が名前を呼んだのは、通路の先で戦況を見据えていた男。
紅葉と同じく他の兵士とは一線を画すような上等な装備に身を包んでいた。
「戦況は?」
「よくねぇな。火力が足りてない」
彼は視線を戦場に向けたまま答える。
城壁に備わった迎撃兵器から撃ち出される極彩色の魔法群。
次々に撃ち出される魔法が件の大型の魔物を寄せ付けないようにしている。
だが、殺しきるほどの威力はないようだった。
「どちらか片方に集中砲火すりゃ持って行けるだろうが……」
「そうするともう片方が突っ込んでくるか。あの巨体で突進されたら城壁に亀裂が走るな」
「それで済めばいいけどな」
現状、取れる手はこのまま現状維持に徹して魔物が撤退するのを待つくらいか。
その間にも放たれる氷塊が防壁を傷つけているが、それも無視できるような威力ではないはず。
このまま耐久戦をしていて城壁が持つかどうか、はっきりとしたことは言えないか。
「……つまり、片方を潰せばいいってことか」
「あん? まぁ、それが出来りゃ苦労はしないが……ってか誰だ、お前? 馬?」
ここに来て初めてこちらに視線が向き、俺達の存在に気がついた。
「私が連れてきた強力な助っ人だ。キミになにか策があるのか?」
「まぁ、策ってほどのものでもないけど」
そう言いつつ大型の魔物を指差す。
「俺が片方を始末してくる」
「はぁ? なに言って――」
斑目という男の発言を遮るように紅葉は手で制した。
「出来るのか?」
「ちょっと無茶をすれば」
「わかった、行ってくれ」
「おいおい、お前等なに考えてんだ?」
斑目の反応も無理はないが、実行に移すなら早いほうがいい。
その場で結界の足場を伸ばし、城壁から飛び出して空中を駆ける。
「ど、どうするんですか?」
「あの巨体だ。ちまちました攻撃は効果が薄いだろうから」
ぐんぐんと距離が近づいてくる。
「一撃で決める」
十分な距離にまで近づき、目測で距離感覚が正確に掴める位置に立つ。
それなりに近づいたが大型の魔物たちはこちらに見向きもしない。
降り注ぐ魔法の雨をその身に浴びつつ、氷塊で城壁を攻撃することに夢中になっている。
こちらとしてはそれがありがたかった。
「ふー……集中しろ」
脳内に結界の設計図を描き、詳細をより鮮明に詰めていく。
「と、灯也さん! 魔物! 飛んでますよ!」
「大丈夫だ」
飛行型の魔物が近づいて来ても、周囲に展開して置いた結界剣が斬り裂いてくれる。
気を散らすことなく設計図を完成させ、大型の魔物に向かって右手を伸ばした。
「現出しろ」
結界術によって一振りの剣が魔物の上空に構築される。
それは巨人ですら持て余すであろう特大の結界剣。
構築の過程で脳に負荷が掛かり激しい頭痛がする。
だが、それでも柄頭から剣先までを完璧に作り上げた。
「行け」
指先を下ろし、特大の結界剣を落とす。
剣先は真っ直ぐに、その毛深い背中へと突き刺さる。
肉を裂き、背骨を砕き、内臓を破壊して刀身の半ばまでが食い込む。
血を吐き、悲鳴を上げても、結界剣は止まらない。
そのまま何もかもを貫いて地面に魔物を縫い付けた。
「はぁ……はぁ……どーにか、倒せたな」
軽く目眩がするけれど、宣言通りに片方を始末できた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ、平気だ。それより……」
片方が倒れたため、城壁の迎撃兵器の火力が一点に集中する。
生き残ったほうの魔物はその火力に押され始め、嫌がるように後退った。
あの様子なら問題はなさそうだ。
「役目は果たした。帰ろう」
「はい。き、気をつけてくださいね」
「大丈夫だ。もう治った」
頭痛も引き、踵を返して城壁の通路へと帰還する。
「はぁー、こいつは驚いたね。まさか本当にやっちまうとは」
「よくやってくれた。今の光景を多くの人が目撃したのは間違いない。誰もがキミを欲しがるだろう。そこでだ、私の名前を憶えておいてほしい。紅葉だ。いいな? 紅葉だぞ」
「わ、わかったわかった」
詰め寄ってくる紅葉にそう返事をして事なきを得る。
戦場を見れば迎撃兵器に押されていた大型の魔物は撤退を選んでいた。
ほかの魔物達もそれに続くかのように続々と城壁から離れていく。
紅葉が行っていたように、数が減って撤退が始まったようだ。
「波乱の幕開け、でしたね」
「そうだな。でも、なんとか乗り切れた」
見上げてみると、月が夜空の天辺に君臨している。
時刻はすでに深夜あたりか。
今日は結界術を多用したし、久々に体を激しく動かした。
流石に眠い。
「ふぁあ……」
あくびを一つし、こうして波乱の一日が幕を閉じる。
§
その翌日。
俺と七奈の居住権はあっさりと認められた。
「是非、うちの部隊に彼を!」
「いやいや、彼の能力を生かせるのは私のところだろう」
「それなら自分の隊も負けてはいない」
「俺のところにくれば出世は間違いないぞ!」
「まず、彼の意思を聞くべきでは?」
「紅葉、お前このために……」
そして話の焦点はどの部隊に所属するかに移り、大揉めするのだった。
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