緋・色・剣・閃
妖精に導かれてユニコーンを走らせる。
蹄が舗装された地面を叩き、軽快な音が響いていた。
そうしているとすぐに市街地に入り込んだ魔物の一団を発見する。
視認すると共に展開した結界剣が残光を引いて飛び、即座にそれらを切り刻んだ。
「便利ですね、それ」
「あぁ。でも、使うたびに魔石を消費するんだ。ほら、小さくなってるだろ?」
「あ、ホントだ」
結界剣が魔物を刻むたび、魔石が消費されてなくなると自動操縦が終わってしまう。
常に残量を把握しておかないと、肝心な時に使えなくなってしまうのが難点だ。
「おっと、こっちか」
妖精が角を曲がったのを見て、そちらに舵を切る。
すこし大回りになって角を曲がると、その先に再び魔物を発見した。
以降それを繰り返し、時折結界剣に魔石を補充しつつ市街地を駆け回る。
「あとどのくらいだ?」
すでに数え切れないほど魔物を斬った。
残党は残り少ないはず。
妖精も魔物を探すように高い位置から周囲を見渡している。
「――」
そうしていると何かを見つけたのか、妖精が目の前まで降りて来た。
その小さな手を伸ばし、衣服を掴み、強く引っ張ってくる。
急げと急かすように。
「なにか見つけたみたいだな」
様子からして緊急事態のようだし、すぐに向かおう。
再び蹄が地面を叩く音が響き、俺達は妖精に導かれる。
そうして何度か角を曲がった先に、それはいた。
「オォオオォオオォオオオオッ!」
見上げるほどの巨躯を有する人型の魔物。
その右手に握り締められているのは、荒く削った丸太の棍棒だった。
それは天を向いており、振り上げられている。
奴の目の前には腰を抜かした母と子の姿があった。
「そう言うことかよ!」
大きく振り上げられた棍棒が振り下ろされる
その威力は舗装された地面を叩き割るほど。
直撃を受けた親子はひとたまりもなく原型すら残らない。
俺が間に合っていなければ。
「間一髪だな」
衝撃の瞬間、結界の構築が間に合い親子を囲めた。
その堅牢なる結界は見事に棍棒の一振りを耐え抜き、親子の命を守り抜く。
「こっちだ、デカブツ」
展開していた結界剣をすべて射出し、その背中に突き立てる。
「オォオオォオオオオオッ!?」
背中に走る痛みで俺達の存在に気がついた人型の魔物が視線をこちらへと向ける。
真正面から見た奴の姿からして、あの魔物はトロールか。
相手の詳細がわかったところでユニコーンの足を止めて地上に降りた。
「と、灯也さんっ」
「大丈夫だ。そこで待っててくれ」
軽く笑って見せて、トロールへと歩いていく。
あの巨躯からして、城門を破ったのはこいつか。
人間とは比較にならないくらい強靱な肉体を持っている。
筋肉が分厚すぎて結界剣が深くまで刺さってない。
担い手のいない結界剣じゃ致命傷は与えづらいか。
「久しぶりにアレをやるか」
ゆっくりと近づく俺に対して、トロールは吼える。
轟音を轟かせ、その太い足で地面を叩いて駆け出した。
その歩幅は人間の比ではなく、あっと言う間に距離が縮む。
すでにトロールの間合い、振り上げられた棍棒が振り下ろされる。
俺はその攻撃を人並み外れた身体能力で躱し、民家の壁に貼り付いた。
「っと、ちょっと鈍いな」
屋根に手を掛け、壁に足を付け、トロールと視線を同じくする。
「悪いけど、ウォーミングアップに付き合ってもらうぞ」
魔法陣というものがある。
特定の形をした陣であり、魔力を流せば対応した魔法が発動する。
その材質は特に定められていない。
地面に描いた落書きだろうと、壁を削った溝であろうと関係なく魔法は発動する。
そう、たとえそれが結界でも。
「オォオオォオオオォオオオッ!」
陥没した地面から棍棒が振り上げられ、下方から迫る。
俺は両足に貼り付けていた結界製魔法陣に魔力を流し、人知を越えた跳躍力を得て上空へと飛び退いた。
世界が逆さまになり、天に足が向く。
視界では打ち上げられた民家の瓦礫が天に向かって落ちていた。
「よっと」
着地を決めて世界が正しい位置関係に戻る。
「まずはその腕からだな」
左手に結界刀を構築し、柄に右手を掛けた。
向かいの屋根に映った俺を視認したトロールがまた棍棒を振り上げる。
その右腕を狙って屋根を蹴った。
「術式壱番」
呼称してより鮮明な魔法陣の形状を脳内に描く。
それが手を介して刀身に伝わり、魔法陣が刻まれる。
魔力を流せば遺憾なく魔法は発動し、刀身が緋色に燃え盛った。
「――」
緋色の剣閃が過ぎ、軌道上にあった一切を焼却する。
肉を焼き、骨を灰にした。
トロールの手首から先は、もはやない。
「オォオオォオオオォオオオオオッ!?」
腕から切り落とされた手が落ち、棍棒が地面と衝突する。
その音を掻き消すような悲鳴が、すっかり黒に染まった夜空に轟いた。
腕を押さえ、巨躯が怯み、後退る。
「逃がさない」
向かいの屋根に着地してすぐ、追い打ちを畳み掛けた。
腕を、足を、腹を、胸を、背を、燃え盛る太刀筋で斬り付けて跳ねる。
傷口が焼けて鮮血すら散らず、それはより深刻な負傷へと悪化した。
「オォオオォオォオオオオオオッ!」
叫び、自らを奮い立たせ、トロールは残った左手を握り締める。
そうして地面から跳ねたばかりの俺を狙い撃つように拳を突き出した。
でも、それが届くことはない。
俺は正面に結界を張り、それを足場にして別方向へと跳んで回避した。
同時にいくつかの結界を周囲に浮かべ、巡回するように蹴り上がる。
辿り着く最終地点はトロールの頭上。
最後の足場を蹴って跳び、真っ直ぐに緋色の一閃が馳せる。
路上に降りて刀身を払い、火炎を掻き消す。
その後に、ごとりとトロールの首が地面に転がった。
「ふー……」
最後まで刀身をきっちりと鞘に納め、結界術を解いて掻き消す。
振り返ると首を無くした巨躯が仰向けに倒れた。
「久々にやると体が軋むな」
定期的にやって体を慣らしておかないと。
「……灯也さんって、何者なんですか?」
蹄が鳴る音と共に、ユニコーンに乗った七奈が近くに来る。
「なにって結界術士だよ」
「結界術士ってこんなに凄いこと出来ましたっけ?」
感心したような、呆れたような、そんな表情を七奈は造る。
「まぁ、いいです。灯也さんは灯也さんですから」
どうやら納得したらしい。
「ほかに魔物は? いない?」
そう問うと妖精は頷くように上下に揺れた。
「よかった。じゃあ、親子を保護して戻るか」
気絶していた親子を結界ごと回収して俺達は帰路につく。
その後、俺はこの城郭都市の面々に結界術を披露することになるのだった。
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