魔・物・行・進
「準備できたか?」
「あ、あとちょっとだけ! 待ってください!」
玄関先で声を掛けると、七奈の慌てた返事が返ってくる。
なので、昨日仕留めた巨鳥の魔石をまず回収することにした。
巨大な魔物を討伐した際には、大きな一つではなく小さな複数の魔石になる。
指を鳴らして屋根の一部を動かし、その上にある複数の魔石を放り投げた。
それを地上に展開した結界の入れ物で受け止め、まとめて転送させる。
「これでよし」
そうしているとバタバタと足音が聞こえ、勢いよく玄関扉が押し開かれた。
「お、お待たせしましたっ」
外に出てきた七奈の綺麗に解かれたショートカットの髪が揺れる。
「寝癖は直せたみたいだな」
「はい。トウヤさんが櫛を造ってくれたお陰です」
手櫛ではどうにもなりそうになかったからな、あの跳ね具合は。
「じゃ、消すか」
指を鳴らして結界を解除し、建てた一軒家を掻き消した。
「改めてみると本当に結界だったんですね……」
虚空を見つめてしみじみと七奈は言う。
「ほら、行くぞ」
「あ、待ってくださいよー」
追いついた七奈と共に森を移動した。
§
「でも、ついて来てくれるとは思わなかったです」
「まぁ、俺も気になったからな。城郭都市」
もし本当に文明が生き残っているなら、是非とも行ってみたい。
だから、俺も城郭都市を目指すことにしたし、どうせなら七奈と行こうと思った。
「噂が本当かどうか確かめるのも悪くない。どうせ行く当てもないしな」
「灯也さんが一緒なら心強いです」
それから数日を掛けて俺達は城郭都市を目指した。
山を越え。
「キャァ! おっ、落ちるっ!」
谷を越え。
「わっ、落石ですよっ!」
川を渡り。
「結界の橋、便利ですね」
魔物と戦う。
「お、落ち着けば私だって!」
そうして七奈の耳にした噂を頼りに進み、それらしい土地にまで足を運んだ。
「や、やっとここまで来られました……」
「大変だったな」
主に七奈ばかりが不幸な目に遭っていたような気がするけれど。
「私、灯也さんがいなかったら絶対ここまで辿り付けませんでした……」
「そんなことないって言いたいところだけど」
たぶん、辿り付けなかったろうな。
山から滑落して、落石に潰されて、川に流され、魔物に負けていた。
咄嗟に抱き寄せ、結界で受け止め、大橋を渡し、魔物を引き裂いたから助かったものの。
俺が咄嗟に反応できていなかったらどうなっていたか。
「もう灯也さんなしでは生きられないかも知れません」
「まぁ、そう卑屈になることないって」
聞けば魔法の基礎すらまともに習っていないらしい。
すべて独学で扱える魔法も少ないとか。
それでも魔法の才能がない俺から見れば優秀だ。
きっとどうにかなる。
「噂によるとこの辺にあるんだよな? 城郭都市」
「あ、はい。そのはずですけど」
周囲は相変わらず木々ばかりで代わり映えしない。
遠くから鳥の鳴き声が響き、近くからは虫が奏でる音が鳴っている。
人の手が入っている様子もないし、まだすこし移動しないとなんとも言えないな。
「もう日が落ち始めてるな」
生い茂る木々の枝葉の隙間から眺めた空は、かすかに茜色を帯びていた。
はるか彼方に浮かんでいる雲も染まりつつある。
今夜はこの辺で足を止めて、どこかいい立地に拠点を建築するとしよう。
「じゃあ、いい場所を探さないとですね」
ここ数日で七奈も慣れたもので、俺の意図を察して立地探しを手伝ってくれた。
拠点建築に適した立地は適度なスペースと遮蔽物の有無で決まる。
七奈に出会った際のような広く開け過ぎた場所だと、魔物に見つかって襲撃を受けてしまう。
「うーん」
空の様子を気に掛けつつも好条件の立地を探していく。
周囲を見渡しながら歩いていると、ふと違和感に気がついて足が止まった。
「どうしたんですか?」
「いや、やけに静かだなと思って」
先ほどまでしていた鳥の声や虫の音が聞こえない。
周囲は静寂に満ちていて、木々の枝葉を揺らす風だけが音を発していた。
「そう言われてみると……」
七奈も違和感に気がつき、周囲を注意深く見渡し始める。
俺も眉間に皺を寄せつつ警戒していると、前方の茂みががさがさと揺れた。
「魔物っ」
たしかに七奈の言う通りそれは魔物だった。
だが、それはこちらに見向きもせずに走り抜けていく。
「んん?」
首を傾げていると、背後でまた音が鳴る。
急いで振り返るも、やはり魔物は俺達を無視して駆け抜けていった。
「どういう、ことだ?」
次いで、断続的に魔物が現れては駆け抜けていく。
それも次第に数を増し、その誰も彼もが同じ方向を目指していた。
「この先になにがある?」
魔物はなにに引き付けられているんだ?
「と、灯也さん……」
明らかな異常事態に七奈が不安そうに俺の名前を呼ぶ。
「……そうだな。ここに留まるのは危険かも知れない」
どちらにせよ、こう魔物が多くては拠点を建てられない。
「はやいところ移動し――」
その時、背後で樹木がへし折れるような破壊音がした。
咄嗟に振り返ると、見上げるほどの巨躯を有した魔物が木々を薙ぎ倒す様子が目に入る。
「あぁ、不味い」
即座に結界術を発動し、ユニコーンを模した結界を構築する。
それはけたたましく嘶いて動き出し、俺は七奈の腰を持って脇に担いだ。
「わっ、わっ!」
驚く七奈を余所にユニコーンへと騎乗する。
「さぁ、走れ! 躓くなよ!」
結界製ユニコーンは命令を忠実に守り、勢いよく駆け出した。
「しっかり掴まってろ」
「は、はい!」
担いだ七奈を後ろに乗せつつ、背後の様子を確認する。
「嘘だろ、数が増えてやがる」
自然を破壊しながら掛ける巨躯の魔物が、確認できるだけでも五体はいた。
それらが足下の魔物を踏み潰しながら波のように押し寄せている。
「追いつかれたら、ぺしゃんこだな」
「と、灯也さん! 前! 枝!」
そう七奈に指摘されて前方に向き直ると、ちょうど行く手を塞ぐように太い枝が伸びていた。
それを伐採するために結界剣を両脇に展開し、それを回転させて引き裂いていく。
こうして置けばとりあえずは大丈夫なはず。
たまに俺達に跳びかかってくる魔物もいるが、漏れなく回転する結界剣に引き裂かれていった。
「にしても、この先になにがあるんだ?」
乱雑に生えた木々を躱して突き進み、魔物達が向かう先へと駆けていく。
そして森が途切れて視野が大きく開かれる。
目に飛び込んできたのは広い平原と、幾千幾万の群がる魔物。
そしてそれをはね除ける巨大な城壁だった。
「城郭都市……」
城壁の上からは絶え間なく魔法が放たれ、地上の魔物を攻撃している。
明らかに人がいて、数多くの魔物を相手に防衛線を繰り広げていた。
「本当に……あったんですね」
「あぁ、みたいだな」
俺達はようやく噂の城郭都市を発見した。
考えうる限り最悪の状況ではあるけれど。
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