夜・襲・迎・撃
「ふー……美味しかったですー」
俺が振る舞った料理は、どうやら好評のようだった。
七奈は満足げに背もたれにもたれ掛かっている。
「なにからなにまでお世話になりっぱなしで、申し訳ないです」
「まぁ、旅は道連れ世は情けって言うしな。困ったときはお互いさまだ」
情けは人のためならず。
いつか巡り巡って自分のところに帰ってくることを期待しよう。
「灯也さんも旅をしているんですか?」
「ん? あぁ。前にいたコミュニティが解散してさ。今は行く当てもない根無し草だよ」
幸い、結界術を極めたお陰で特に不便もない旅が出来ている。
雨風しのげて寝床があって風呂とトイレがあれば文句ない。
寧ろ、贅沢すぎるくらいだ。
「そういう七奈はどうなんだ? 女の一人旅なんて度胸がいるだろ?」
「私ですか? 私の場合は……とある噂を聞いてコミュニティを抜けたんです」
「噂だけで? 随分と思いっきりがいいな」
「あはは、元々抜けようと思っていたところだったので、ちょうとよかったんです」
「ふーん」
俺みたいに維持が困難になって解散した訳じゃなく、抜け出してきたのか。
相当、居心地が悪かったみたいだな、そのコミュニティ。
「その噂って言うのは?」
「なんでも、そう遠くないところに城郭都市があるとかないとか」
「城郭都市か」
四方を城壁で囲んだ堅牢な都市か。
「そこにはまだ前時代の技術や文化が残っていて、すこしずつ発展しているらしいですよ」
「いかにも噂って感じの夢物語だけど、実在するなら行ってみたいもんだな」
ありえない訳じゃない。
城壁が堅牢なら魔物の襲撃にも耐えられる。
数十年間、都市機能を生かし続けることが出来るかも知れない。
あくまで噂は噂だが、確かめてみる価値はある。
「ふあぁ……っと、そろそろ寝るか。あぁ、でも風呂に入っておかないとな」
今日も一日、森を歩き回ったんだ。
シャワーだけでも浴びておかないと。
「あ、じゃあ見学しててもいいですか?」
「あぁ、いいよ。別に見られて困るものもないしな」
そう返事をして脱衣所に入り、服を脱いでシャワーを浴びにいく。
バスルームに入るとまだ湯気の立つ浴槽が目に入る。
設計時に組み込んで置いた保温機能は正しく働いているようだった。
「久々に湯船に浸かろうかな」
ずっとシャワーだけだったし、たまにはいいかも。
「あぁ、いや……」
そう言えば先に七奈が入っていたんだっけ。
七奈が、先に。
「……やめとこ」
熱めのシャワーを浴びて、その日は終わることにした。
§
「こっちが寝室で、そっちが来客用だ」
風呂から出て見学を終えた七奈と合流する。
階段を上った二階部分にある部屋をそれぞれ指差して、七奈にそう伝えた。
「照明は壁の魔法陣に魔力を流せばオンオフできるから」
「はい。ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
そう言って寝室の扉を開いたところで、ふと視線を感じて振り返る。
すると扉の影に隠れてこちらをじっと見つめる七奈がいた。
「……なにしてんだ?」
「いえ、その……本当に寝るのかなって」
「警戒しなくても夜這いしたりしねーよ」
「よ、よばっ!?」
その反応の仕方にすこし笑いつつ寝室に入る。
そのままベッドに直行し、また一つあくびをして寝転がった。
側にある魔法陣に魔力を流して照明を消して目を閉じる。
そうしてゆっくりと眠りについた。
§
不意に家が揺れるような衝撃がして、叩き起こされた。
「なっ、なんですか!? 今の!」
七奈も跳ね起きたようで、寝室の扉が開け放たれる。
「落ち着け。たぶん魔物だ」
魔法陣に魔力を流して明かりを付け、七奈を落ち着かせる。
「おっと」
「あわわっ」
照明が付いたことに反応したのか、また家が大きく揺れる。
「やっぱり目立つ位置に建てたのが災いしたな」
近くの壁に触れて、屋根と天井だけを透明にする。
色が抜けて見えたのは夜空に遍く星々と、巨大な嘴を振り下ろす巨鳥の姿だった。
「ひぃっ!?」
嘴が屋根を突くたび、衝撃が伴い亀裂が走る。
たぶん、この辺はこの巨鳥の縄張りなのだろう。
自身の陣地に得体の知れないものが出来ていたから、壊そうとしているんだ。
だから目立つ場所に建てるのは避けたかったのだけれど。
まぁ、今更言ってもどうしようもないか。
「ど、どうするんですか!? 壊されちゃいますよ!」
「俺が設計したんだ。あのくらいじゃ壊れたりしないから安心してくれ。それにこういう状況を想定してないわけないだろ?」
この一軒家は俺が造った結界だ。
結界術士であれば意のままに形を変えられる。
変形させるのは、ほかでもない屋根。
尖らせ、伸ばし、槍の一突きのように突き上げる。
「ギャァァアアアァアアアアアッ!?」
屋根から変形して突き出た槍の複数が、次々と巨躯に突き刺さる。
巨鳥はたまらず悲鳴を上げ、それが断末魔の叫びとなって命を落とす。
その散り様を表現するように、数多の黒い羽根が雨のように屋根に降り積もった。
「はい、終了っと」
「あんなに大きい魔物を、そ、そんなあっさり」
魔力を流して屋根と天井に色を戻し、魔法陣に触れて再び消灯する。
屋根に亡骸が乗ったままだが、どうせ魔石になるから家を出るときに回収しよう。
「あ、あの……また大きく揺れたりとか……」
「ないとは言い切れないな」
一応、色を戻すついでに外側の塗装を保護色にしておいたけれど。
それでも見つかる時は見つかってしまう。
「うぅぅ……あの、そこのベッドを使ってもいいですか?」
指差されたのは、すこし感覚を開けて並んでいる二つ目のベッドだった。
「また魔物が襲って来たり揺れたりするかと思うと……怖くて」
「いいけど……あっちの寝室でも一応は安全だぞ」
「こっちが、いいんです」
「まぁ、そう言うなら」
俺がそう言うと七奈はベッドに倒れ込んだ。
よほど今のが怖かったらしい。
そう言えば今日――ついさっきに七奈は魔物に食い殺されかけていた。
その時の恐怖心が、先の襲撃で蘇ったのかも知れない。
あれからまだ数時間、恐怖はまだ新鮮なほうだ。
こうなってしまうのも、当然なのかも知れない。
「明かり、消すからな」
「は、はい。どうぞ」
魔法陣に触れて消灯する。
寝室は一気に黒に塗り潰され、すぐに視覚が十分に機能しなくなった。
それからしばらくして。
「トウヤさん。まだ起きてますか」
暗闇の中で声が響く。
「あぁ、起きてるよ」
そう返事をした。
「今日は色々と、本当にありがとうございました。私、こんなに親切にされたの初めてです」
「……そっか」
踏み込む気はさらさらないけれど、どんな環境で育ったんだろうな。
「実は私、ずっと灯也さんのこと警戒していたんですよ? お風呂に入るときも、寝室に入るときも、でも灯也さんは本当にただの良い人でした」
良い人、か。
「本当に私のこと好きじゃないんですか?」
「まだ言うか」
「えへへ、冗談です」
流石にわかってくれたみたいだ。
「さぁ、もう寝といたほうがいい。朝に起きられなくなる」
「そうですね。じゃあ、今度こそおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
そうして夜は更け、朝を迎えた。
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