結・界・建・築
「わぁ、すごい」
結界建築の家に入ると、七奈は感嘆の声を上げる。
靴からスリッパに履き替えると、物珍しそうにきょろきょろと視線を動かしていた。
「こっちだ」
「あ、はい」
廊下を渡ってリビングに出ると、七奈は更に驚いた。
「食卓に椅子、照明、カーペット……これ、本当にすべて結界なんですか?」
「あぁ、その履いてるスリッパもな」
「これも!?」
視線が下を向いてまじまじと見ている。
「どうしたら結界でそんなことが……」
「まぁ、研究の成果って奴だよ」
「研究、ですか?」
「あぁ、十年くらい結界術だけを突き詰めてたんだ。そしたら大抵の物は結界で造れるようになってた。わかりやすく万能結界って呼んでる」
「万能……まさに読んで字の如くですね」
感心したように周囲を見渡し、キッチンのほうへと歩いていく。
それを横目にしつつ身に纏う衣服をラフなものへと変貌させる。
この衣服もまた結界製だ。
「灯也さーん。この先にはなにがあるんですか?」
呼ばれて振り向くと、リビングの奥にある扉のまえに七奈がいた。
「ん? あぁ、脱衣所とバスルームだよ」
「バスルーム!? お風呂に入れるんですか!?」
大きな足音を鳴らして詰め寄られる。
「あ、あぁ。浴槽もあるから好きに使っていい。あと洗濯機も」
「わぁ! やったぁ! 久しぶりに湯船に疲れるんですね! 夢みたい! ありがとうございます! 早速、行ってきますね!」
捲し立てるように早口で言葉を紡ぎ、七奈は脱衣所に飛び込んだ。
「いってらっしゃい……」
その様子に呆気に取られつつも、背中を見送った。
「……まぁ、喜んでくれたならなによりか」
客を招いたからには持て成さないとな。
「さて、晩飯の用意でもするかな」
キッチンに立つと、結界でまな板と包丁を構築する。
同時に空中に四角形の結界を造り、昼間に仕留めた鳥形の魔物を転送させた。
魔物は死ぬと魔石になるが、魔力を流すことで阻害できる。
食用に向き不向きが多い魔物だが、この魔物は大丈夫なはずだ。
「簡単なものしかできないけど……」
どう調理したものかと、鳥形の魔物の羽根を毟りながら考える。
そうしていると――
「あ、あのー……灯也さーん」
蚊の鳴くような小さな声で七奈が俺を呼んだ。
聞き取りづらいので魔物を置いて、脱衣所のまえまで足を進めた。
「どうかしたか?」
「わっ、声が近い。もしかして……側にいます?」
「あぁ、ちょっと聞き取りづらくてな」
この結界製の家には強めの防音機能を備えてある。
夜中に魔物の遠吠えで叩き起こされることがないようにだ。
まぁ、それが災いして話を聞くために近づかざるを得なくなっているのだが。
「扉のまえにいるけど」
「ぜ、絶対に開けないでくださいね! 私、いま全裸なんですから!」
「心配しなくても開けたりしないから安心しろ!」
人のことを性欲の魔人かなんかだと勘違いしてないか?
「それで、どうしたんだ?」
「あ、そうでした。あの、シャワーの使い方がよくわからなくて……」
「あぁ、そう言えば説明してなかったな」
普段、人を招くことなんて滅多にないから、説明が抜け落ちていた。
「まず魔法陣が二種類あるだろ? 赤と青の奴」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね」
確認に行ったのか、小さな足音がする。
「あぁ、はい。ありました」
「赤いほうに魔力を流すと熱湯がでるから、まず青いほうに魔力を流して冷水を――あぁそうだ。先にシャワーヘッドを傾けて置かないと」
「――冷たいっ!?」
「……今のは俺が悪かった」
その後、浴槽にお湯を張る方法やら、脱衣所のドライヤー機能などを説明してからキッチンへと戻る。
やりかけの料理を再開し、羽根を毟り取ると腹を裂いて内臓を取り出した。
その中から可食部位を選別しつつ残りは廃棄し、本体をよく洗って解体作業に移る。
それが終わるとフォークで適度に穴を開けた。
「塩とこしょうと……だけでいいか」
シンプルな味付けほど失敗がない。
再び空中に四角形の結界を造り、その内部に森で採取した香草を転送させる。
それを細かく刻んで肉に振りかけて馴染ませれば、あとは焼くだけで香草焼きの出来上がりだ。
「これで、よしっと」
フライパンを魔法陣の上に乗せて、魔物の脂身を熱して油を引く。
そうしてじっくりと肉を焼いていると。
「あのー……灯也さーん」
また蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「今度はどうしたんだ?」
魔法陣の機能を停止させて脱衣所の扉前に向かう。
「……失敗しました」
「なにを?」
「全部、洗濯機に入れてしまって……着る物が」
「あー……」
着替えがないのを失念していたか。
「一応、上下は用意できるけど」
そう言いながら脱衣所の中に結界製の上下衣服を作成する。
流石に女物の下着は設計していない。
「男物だからサイズが合わないかも知れないが」
「わっ、おっきい。けど、大丈夫です。助かりました」
脱衣所の扉が開いて、七奈が現れる。
やはりサイズは合っていなかったけれど、元の衣服が乾くまでの繋ぎとしては上等だろう。
「でも、灯也さんがその気になれば私は一糸纏わぬ姿に――」
「下らないこと言ってないで席に着け」
「あ、はい」
七奈は素直に食卓についた。
「まったく」
魔法陣を再点火して料理を再開する。
「そう言えば……」
俺が用意した上下の衣服しか着ていないということは。
「……なに考えてんだ、俺」
雑念を振り払って、魔法陣の火力を調節した。
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