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少・女・救・出


 木の根を飛び越え、木の枝を折り、落ち葉を散らす。

 地面に刻まれた足跡を追って駆け抜けると、広く開けた場所に出た。

 生い茂る枝葉でも覆いきれず、茜色の雲が空に浮かんでいるのが見える。

 その真下に、その誰かがいた。

 腰を抜かし、尻餅をついた彼女に魔物が跳びかかる。


「間一髪だな」


 その牙が届くまえに、俺は彼女を結界で覆った。


「ギャウッ!?」


 石を噛んだかのように牙が折れ、魔物が怯む。


「え、え? なに、これ」


 困惑した表情で彼女は結界に触れた。


「もう大丈夫だ」


 そう声を掛けながら結界剣を展開する。


「すぐに済む」


 彼女と魔物たちの視線が一斉にこちらを向く。

 その時にはすでに空中に展開した結界剣を薙ぎ払っていた。

 地面と平行に過ぎた一閃が、群れの半数を斬り裂いて馳せる。

 頭数が半減した魔物達は、目の前に転がる亡骸に目を彷徨わせ、低く唸った。


「ぐるるるるるるるるッ」


 こちらを鋭く睨み付けながら、魔物達は一歩ずつ後退る。

 今の一撃で彼らは逃走を選んだようだ。

 しらばらく睨み合いは続き、そして彼らは背を向けて森へと消えていった。


「行ったか。もう安心だ」


 結界剣ごと彼女を囲んでいた結界を解除し、手を伸ばした。


「立てるか?」

「は、はい」


 まだ状況が飲み込めていないのか、呆気に取られた様子で彼女は手を取った。

 立ち上がった彼女は乱れた髪を正し、戸惑うように視線を逸らす。

 後ろ手に手を組み、その場で小さく足踏みをする。


「あ、ありがとうございます。助けていただいて」


 意を決したように言葉を紡いで、彼女は頭を下げた。


「どう致しまして。ちょうど見える位置にいたから、思わず手が出て」

「そうだったんですか。えっと、そうだ! なにかお礼をしないとですね」

「いや、礼なんて別にいいよ。それより……」


 空の彼方が黒く澄んできた。

 しばらくしたらすぐに暗くなってしまう。

 今は礼に割く時間を移動に使ったほうがいい。


「……んですか?」


 空に気を取られていると、彼女の声を聞き逃してしまう。


「ごめん、なんだって?」

「だ、だから……」


 彼女は顔を真っ赤にしながら言う。


「私のこと好きなんですか!?」


 訳のわからないことを問われた。


「……はい?」


 意味がわからなすぎて一瞬、言葉に詰まった。


「なんでそんな結論に?」

「だ、だって! 初対面なのに親切にしてくれたし、お礼もいらないって言うし……それってもう私のことが好きじゃないと説明がつかないじゃないですか!」

「そんなわけあるか。ただの善意だ!」

「そんな親切な人なんてこの世には存在しません! この世は打算まみれです!」


 きっぱりと彼女はそう言い切った。


「ひねくれすぎだろ……」


 どんな生い立ちをしていたら、こんな風になるんだ?


「人に親切にしてもらったことないのか?」


 あまりに行きすぎた主張に、思わず口をついて出たのがその言葉だった。

 ただその問いに対して彼女は後退りして目を逸らした。


「あ、ありません。そんなこと」


 ぽつりと呟いた言葉を、今度は聞き逃さなかった。

 思ったよりも複雑な生い立ちをしているらしい。


「……まぁ、いい。もう薄暗くなったことだし、今夜はここにするか」


 彼女に背を向け、この広く空いた立地に結界術で一軒家を建築する。

 ここは開けすぎていて周囲の魔物の目を引いてしまうが、しようがない。

 彼女の件がなくても、ほかに候補地は見つからなかったかも知れないからな。

 そう考えるうちに結界の一軒家が完成した。


「な、ななななっ。なんですか、これ」


 その過程を見て、彼女はあんぐりと口を空けていた。


「見てわかるだろ? 家だよ。ほら、入ろう」


 もう夜がくる。今からでは寝床探しは間に合わないだろう。

 助けたからには、ここでさよならバイバイするわけにはいかない。

 幸いベッドは二つあることだし、寝床くらい提供しよう。


「家に……い、いま家に連れ込もうと――」

「隙あらばそっちに持っていこうとするな」


 彼女に対する善意がすべて好意に変換されてしまっているようだ。

 でも、たしかに彼女の言うことにも一理ある。

 仮にも男女だ。初対面ですらある。

 そんな彼女が警戒してしまうのも無理はない。

 もしかしたらすでに寝床を見つけてあるのかも。


「わかった、無理強いは出来ないからな。ここで別れるとしよう。お互いに生きていたらまたどこかで会おう。それじゃあ」


 そう告げてから彼女を残して結界術で建築した家へと向かう。

 けれど、数歩ほど歩いたところで服を引っ張られた。


「あ、あの……ごめんなさい。お願いします、中に入れてください」


 どうやら寝床を見つけてはいなかったみたいだ。


「あぁ、もちろん」


 彼女を連れて玄関の扉に手を掛ける。


「そうだ」


 ふと思い立って彼女に向き直る。


「自己紹介がまだだったな。俺は日下部灯也だ。そっちは?」

「あ、はい。七奈です。白百合七菜しらゆりなな

「我が家へようこそ、七奈」


 そうして玄関扉を開いた。

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