好きいろ日和〜私のことを諦めてもらう代わりに小さかったあの子には幸せになってもらいたいと思います〜
聞いておきたいことがある。知らないことだらけの私、篠山りいな はヒントもなしに動けない。
「みゆ、女の子が好きなの?」
「……はぁ」
歳下で幼い頃から妹のように可愛がってきた端咲みゆ はなんとも言えない顔でため息をついた。
なにその顔。老けるからやめなさいよもったいない。まだその価値がわからないかもしれないけど私と違ってあなたは女子高生。"華のJK"なんだから。
「言ったじゃん、いいひと紹介するって。それくらい知ってないと後々つらいでしょ?」
私の言葉に対しみゆは何も答えない。もしかしたら聞かれたくない質問だったんだろうか。慌ててごめんと謝れば、顎をクイッと持ち上げられた。
「私が好きなのはりいなちゃんだよ。言ったでしょ?」
「で、でもいい人紹介してあげるとも言ったよね」
「はぁ、ほんとにこの人はもう‥‥」
ため息つかれたって困る。この子、端咲みゆは私より二歳下の女の子なんだけど私のことが好きらしい。
可愛いルックスと愛らしい表情で、本人はその気がなかったらしいけどクラスの人のみならず他校や近所、もっと言えば町中の人をトリコにしてきた女の子だ。
そんな子が幼い頃から他の恋愛を捨ててまで私を思ってくれていたと知り、気が気じゃないし罪悪感がすごい。
「結婚してくれるって言ったくせに」
「だからあれは小さい頃のノリでーー……謝ってるでしょ」
「はぁ、いいよ。じゃあ女の人が好きってことで」
「分かった。年上がいいならすぐに紹介できるけど」
「……」
だんだんと機嫌を悪くしていくみゆ。だけど仕方ないんだ。私は今さらみゆを特別な目で見れないし幸せにしてやれる保証もない。
私以外を好きになった方がきっとみゆも幸せだろう。
「一つ言っとくけど」
「う、うん」
ようやく離してくれた手と顔に、あれが顎クイって言うのかななんて緩く考えた。
「私はおねぇちゃん"自身"が好きなの。たとえ性別や年齢が一緒だったっておねぇちゃん以外にときめいたりしない」
「まぁまぁ、ものは試し、だよ」
人の感情はよくわからないものがある。
今はこうだと決めつけていても、そうとは限らない場合もあるのだから。
というか、そうでないと困る。主に私の良心が。
幼い頃に好きだと言われ、舞い上がって将来を約束するような発言をしてしまった結果がこれだ。ほんとに心が痛い。
「‥‥はぁ。で、誰に会えばいいの」
「んー、じゃあ まゆか かなぁ。覚えてる?花崎まゆか」
「覚えてるもなにもその人‥‥」
私の同級生、花崎まゆか。
小さい頃は何度か三人で遊んだ記憶があるしまゆかもけっこうみゆを見ていた気がする。
「やっぱ覚えてるかぁ。まずは知ってる人の方がいいでしょ?」
「さすがだよね、おねぇちゃん」
さすがって何が?聞いてもみゆはそれ以上教えてくれなくて、時間と場所だけ伝えるとはいはいとだけ返事を残して家に帰っていった。
「まぁ女子高生が隣に住む社会人の家に毎日遊びに来るのも変な話だけど」
まぁでも、どんな形であれ久しぶりに同級生に会えるわけだからちょっとオシャレしていっちゃおかな。
少し機嫌が悪くなったみゆをよそに、私はるんるんで服を選びにクローゼットへ向かった。
☆☆
自分は思えば、あまり周りを見てこなかったのかもしれない。
近所の女の子を紹介したいという事実は少しふせ、何度か会ってから核心に触れようと思いかつての同級生、まゆかを呼び出した。
ーーは、よかったが。
「りいな久しぶり、なんか2人に会えるって聞いて紹介したくて。恋人のゆりかだよ」
「あ、蜜浜ゆりかです‥‥よろしくお願いします」
「こんにちはゆりかさん。まゆかさんお久しぶりです。端咲みゆと言います」
「えぇー‥‥‥‥」
なんなんだろうこれは。どういう状況なんだろうか。
「あの姫雪学園の一年生でしょ?」
「は、はい! まさか白雪工業のみゆさんにお会いできるなんて光栄です!」
「やめてよ、私なんか注目されるほどじゃないって」
「でも私、端咲さんのサックスに憧れて吹奏楽部に入ったんです! 去年のソロコン、素敵でした!」
着いていけない私と盛り上がる二人。というかみゆ、吹奏楽部だったんだ‥‥。しかもなんか有名っぽい?
「おねぇちゃん、ゆりかって心当たりない?」
「え、初めて会った気がするけど‥‥」
「りいな覚えてないの? 私たちが小5のとき、短期間だけ同じ学校にいたんだよ。すぐ引っ越しちゃったけど何度か四人で遊んだし」
「そうなの?!」
「ゆりかはみゆにすごい懐いててさ、ずっとくっついて歩いてたの可愛かったなぁ」
う、ウソでしょ‥‥。私、ここまで記憶力なかったっけ。一緒に遊んだ子を忘れるほど?
「みゆさんが大好きだったのもあるんですが、それ以上にまゆかちゃんのこと‥‥大好き、で。
近くにいると緊張しちゃうからみゆさんの後ろに隠れてまゆかちゃんのこと見てたんです」
「私も会えたときは今しかないって思って。告白してOKもらえた時は飛び上がりそうだったよ」
「そ、ソウナンダー‥‥」
「その様子だとみゆにはお見通しだったかな?」
「もちろん。ちょこちょこ二人きりにしてあげたでしょ」
「えぇっ?!あれみゆさんの策略だったんですか!?」
いやいやいやいやいやいやいや。
えっと、いや、待ってほしい。私を置いて盛り上がられても困る。そんな運命的なことあるの? というか忘れてた私、すごい失礼だし。これから何話せばいいんだろう。残念ながら一欠けらもゆりかちゃんとやらを思い出せるピースはない。
「うっ‥‥」
「どうしたのりいな?」
「りいなさん?」
「‥‥‥‥」
なんだろう、いろんな罪悪感でお腹いっぱいだ。私はここまでやってしまったか。
「ごめんなさい、りいなちゃん今日あんまり体調よくないみたいで。また日を改めて連絡させていただきますね」
「へっ?」
「そうなの? ごめんねりいな。無理させちゃって」
「久しぶりに話せて嬉しかったです! またぜひお会いしましょう」
呆然とする私をよそに私の腕を引っ張ってお店を出る。ご丁寧に私の分のお勘定まで置いて。
「ちょ、みゆっ‥‥。私べつに体調悪くな」
「あのまま四人で話してたっておねぇちゃん心ここにあらずだったじゃん。おねぇちゃんが楽しくないのにいる意味ないでしょ」
「そんな‥‥! みゆは楽しそうだったし帰らなくても」
「おねぇちゃんがいないのにいたって楽しくないよ」
おねぇちゃんが世界だって言ったでしょ?なんて続けられて、なんて返せばいいのか分からない。
「どうせ小さい頃にまゆかさんが私の方見てたから私を好きだとか誤解してたんでしょ」
「う‥‥」
「あれはゆりか、私の後ろにいたゆりかを見てたんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、じゃあみゆは全部 知ってたの?」
「当たり前だよ」
そんなさらりと言わなくてもっ。
「じゃあ教えてよ~!恥ずかしかったじゃん」
「なんで?」
なんでって‥‥。罪悪感と恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっちゃったし、まゆかにも申し訳ないし‥‥。
「おねぇちゃん、忘れちゃったの?」
「へっ?」
あれ、なんで私、みゆの家の前に‥‥?
「えっ、ちょ‥‥!離してよみゆっ」
私の家は一つ向こうなのに、みゆは構わずぐいぐいと私を引っ張って歩き出す。靴はなんとか脱げたけど、みゆの家に用事なんてないのに。
「私たち、賭けをしてたんでしょ?」
カチャリ。
されるがままに引っ張られて止まった先はみゆの部屋で。振り向きざまに鍵を閉めながら、ゆっくり抱きしめられた。
「おねぇちゃんが私の"いい人"を見つけてくれること、もし私がその人を気に入らなかったら‥‥」
ふにっ。
唇を指でなぞられてようやく理解する。
完全に忘れてしまっていた、約束。
「キスさせてくれるって」
「!!‥‥っ、んぅっ‥‥!」
吐息まじりに囁かれて、ゾクリとしたのとほぼ同時、あっという間に私の唇はみゆのそれに奪われてしまった。
「んっ、ぅ‥‥‥‥んんっ」
「ちゅ‥‥ん、だから最初からナシになるって分かってる人と会うのは、私にとってラッキーなんだよ」
「や、くるし‥‥!んっ」
「おねぇちゃんとキスできる口実がうまれるもの」
リズムを刻むように唇をもてあそばれる。恋愛未経験者には激しいそのキスは、抵抗しようと足掻いても、体がうまく動いてくれないほどだった。
「ん、む‥‥‥‥はっ‥‥!」
「言ったでしょ? おねぇちゃん以外の人を好きになるなんてありえないって」
苦しい口付けから解放されて慌てて息を吸う。うずくまって咳をする私をみゆは楽しげに見下ろした。
「大丈夫だよおねぇちゃん。今度は優しくしてあげる。どうせ次も、私が勝つんだから」
完全に油断していた。
みゆが私をいくら好きでも私以上の相手なんてたくさんいると思っていたのに。
これほどまでにみゆの中で私の存在が大きいだなんて知ろうともしなかった。
「ねぇ次はどんな人を紹介してくれる?私たのしみだなぁ。こんなに可愛いりいなちゃんがまた見られるんだから」
完全に私の負けを確信している顔。ドキドキしたなんて、絶対にありえない。
口を拭えばからかうように近付いてくる。
「キスしてる時のりいなちゃん、すっごくそそられちゃった」
「ーー!!」
「好きだよ、りいなちゃん」
「だ、だからどこでそんなの覚えたのよー!」
あの頃はあんなに小さくて可愛くて純粋だったのに、どこでこんなに変わってしまったんだろう。
私の悲しい叫びは、みゆの部屋で静かに響き渡った。
おわり