おはようございますではなく、おはようしちゃった話。
読んでくださった皆さまのお蔭もありまして、拙作、『うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。』が、この度アニメ放送開始することと相成りました。
そのアフレコ現場訪問での、当方のただの失敗談です。相変わらずエッセイとしては微妙です。
以前のサイン会でのレポートでも申し上げましたが、CHIROLU家には、やれるものはやっておけばいいんじゃね? 的なスタンスが存在しております。故にアニメのアフレコ現場には、極力お邪魔させていただきました。頼んでも見ることの出来るものでもないし、めったに体験出来る機会があるものでもありませんから、行かないという選択肢はそもそもなかったのであります。
元々、初回と最終回のアフレコには、出来れば来て欲しいとは言われておりました。関係者の皆さまへのご挨拶をしなくてはならないということですね。うん。わかっておりますです。はい。
そんなことで向かった、初回のアフレコでの出来事です。
因みに当方、アフレコがある日も、普通に出勤していつも通りに働いておりました。アフレコの開始時間の関係で、早退する旨だけは職場に伝えておりましたが、事前に了承も得ていたので問題ありません。
「詳しい事情は言えませんが、私事で暫く毎週早退します!」
と、言い放った当方もどうかと思いますが、それで別段問い質すこともなく了承したうちの職場も大概だと思っております。
当方、職場につくと、まず仕事着に着替えます。
汚れても良い動きやすい格好という奴です。その時、ふと気づきました。
(……あ、靴下、おはようしそう……)
起床時の当方の脳の処理能力は著しく低下しております。その為、経過年数により強度が非常に低下した靴下を装着してしまってきたことに、この段階で気付いたわけであります。
(※仙台あたりの方言に、穴のあいた靴下を『おはよう靴下』と呼ぶものがあります。当方、仙台方面とは縁もゆかりもありませんが)
そして、それが限界を迎えた瞬間が来たことにも、仕事をしている最中に気付いたのであります。
とはいえ靴を脱ぐことも特にはないだろうし、別に良いか――と、まだ処理能力の低下したままの当方は判断してしまったのでありました。
それが大きな間違いのもとであったのを知ったのは、スタジオ最寄りの駅に到着し、もうすぐ到着という段階で担当編集の放った一言だったのであります。
最初回のアフレコということで、この日の当方は、まずはホビージャパンさん本社に向かいまして、担当編集などのホビージャパンサイドの方たちと合流した後、アフレコスタジオに向かいました。
その際、何気なく編集さんが仰ったのが「そういえば言い忘れてたんですが、CHIROLUさんが今日ブーツ履いてこなくて良かったって思いましたよ」って台詞でございました。
「は?」
「いや、これから行くスタジオ、土足禁止なんですよね。ブーツだと、脱ぎ履き大変じゃないですか」
「は!?」
「スタジオでは結構珍しいんですけどねー」
なんでよりによってその珍しい事象と、このタイミングが重なっちゃったかなあ!?
おはようしてるんですけど、おはようしてるんですけど!?
自己弁護するわけでもないですけど、穴のあいた靴下履いて過ごしちゃうなんてことは、一年に一回も起こることではないのです。基本的に気付いたらすぐ処分するようにしていますし、今日のこれも、朝、家を出る段階ではあいてなかったんですっ!
もう少し、早く言って貰えれば、コンビニ寄れたのにっ!
いや、スタジオ目前というこのタイミングでも、気心知れた編集さんだけならコンビニ戻ってと言えたんですけど、今日はあんまり知らない人同行してるしっ!(錯乱)
などと当方が混乱の極致にいることなど露知らず、無情にもスタジオにはあっさり到着してしまったのでありました。最寄駅徒歩五分では、猶予なんてなかった。
いや、土足禁止ってことならば、スリッパが用意されているに違いない。まだ絶望するには早い。ささっと履き替えてしまえばきっと何とかなる。
そう、気を取り直して、当方はスタジオ内部に潜入したのであります。
……入り口付近、めっちゃ人いるぅ……
もうへこたれそうです。スタッフの方や声優さんの事務所の方など、多くの方が談笑するスペースがスタジオの入り口付近に設けてありました。
「こちら、CHIROLU先生です」
担当編集によって紹介されます。紹介されれば、皆さまの視線はこちらに向かいます。注目しないでください。お願いだから今はあんまりこっち見ないでください。内心そんなことを思いつつ、無難に挨拶をしながら靴を履き替えようと下駄箱に向き直ります。
……爪先出るタイプのスリッパ……だと……!?
隠れないじゃん……!
スリッパ履き替えても、おはようが、むしろ、こんにちはじゃん……!(錯乱)
動揺のあまり、思わず硬直します。
「どうしましたー?」
どうしようか、考えてます!
よりにもよって、何でこんなに人いるんですか……っ!
それでもこのまま固まり続けるわけにもいきません。
ということで、とりあえず、靴を脱ぐのにもたつく振りをしながら、靴下の該当部分をそっとつまんで指の間に挟んでみました。
あえて、挨拶している最中に、他人の足先に注視する人はいない筈……(希望的観測)
そこでとりあえずは関係者の皆さま相手にご挨拶合戦であります。
靴下気になって、正直どんな顔で挨拶したかもよく覚えていません。
その後、スタジオ内部のスタッフのいるブースに入りました。もう、出来るだけ奥の隅っこに入っちゃったのも、現在の心境では仕方のないことだと思います。
でも、とりあえずは一安心……
「原作者の先生と監督は、まずは演者の皆さんに挨拶宜しくお願いします」
ですよね!
そうなるとは、薄々思っていましたよ!
色々あってすっかり吹っ飛んでいましたけど! 何、挨拶して良いのかもわかんないんですが。今、頭の中の大部分はおはよう靴下のことでいっぱいですからね!
この状態で、再び、大勢の人の前に立つ……だと……
再び混乱の極致に追いやられながら、声優の皆さまの前に立つことになった当方なのでありました。えーと……うーんと……
混乱してる上に。こんな事態も人生初だから、気の利いた挨拶の文言なんて出てきやしねぇ……!
挨拶やスピーチの例題集みたいなハウツー本にも、きっとこんな事例は載ってやしねぇよ……
内なるCHIROLUは、かなり荒ぶって柄も悪くなっておりました。
もう、いっぱいいっぱいなのであります。
それでも何とか、当方、やりきりました。
帰宅後、速攻、履いていた靴下を処分しました。
洗濯に出して、忘れてついうっかりなんてことは、してたまるかであります。
そしてその週の休みに、判断能力の低下した朝方に同じ轍を踏まぬよう、全ての靴下を念入りに確認し、少しでも傷んでいる様子のあるものは処分しました。
めちゃくちゃ反省したのであります。
そしてしばらく、反動なのかトラウマめいたものなのか、新しい靴下をことあるごとに買いまくった当方なのでありました。
今、めっちゃ靴下、積まれております。
教訓。経年劣化には気をつけろ。そして朝はもう少し余裕を持て。
拙作にこのような機会が頂けましたのも、拙作をお読みくださった皆さまのお蔭と存じます。本当にありがとうございます。
CHIROLU