怪しい二人組
「ビャクヤ様、身元不明の二人組を貴賓室に招きました」
モルタリースの兵士が報告を読み上げる。
燕尾服の男は首を傾げた。おおよそ門番には似つかわしくない装い。多くの人は、その恰好から兵士より"執事"を思い浮かべるだろう。
だが、首から上を見ればその評価もひっくり返る。
ビャクヤの顔は道化師の仮面で隠されているからだ。
「身元不明ならば、そのまま冒険者ギルドに案内すればいいでしょう。なぜ貴賓室に?」
「それが……その、身分証を持ち合わせていないにしては、通行料を何事もなく払えたり、小奇麗すぎる身なりだったり、言動がチグハグなのです。あと、男の方はヌイグルミを頭に乗せており、非常に不審です」
兵士のまごつき具合から、事態がただ事ではないことを察するビャクヤ。
すぐに他国の間者の可能性を疑ったが、怪しまれる間者などマヌケでしかない。すぐさまその選択肢を除外する。
(身分証がないが懐に余裕はある……ということは他国から亡命してきた貴族か商人、もしくは優秀な冒険者でしょうか? なんにせよトーナメント直前で面倒事が起きるのは避けたいですね)
ふうと一息。
「わかりました。私が直接対応する必要がありそうですね」
ビャクヤは重い腰を上げた。
二人組を拘留している貴賓室まで兵士の案内を受けると「少々お待ちを」と告げる。
「失礼、お体に触りますよ」
突如、ビャクヤの容姿が変化した。
顔や体格、装備まで目の前の兵士のものに成り代わる。
「お顔を拝借しますね。"ラングさん"」
「は、はい……どうぞ」
まるで鏡写しのような自分を見つめながら、兵士は生返事で答えた。
"ミリオンマスク"は触れたことのある存在の姿を完全再現するユニーク魔法。その能力ゆえに、ビャクヤの素性は限られた者しか知らない。
「最近、奥様との仲がよろしいようで」
「えっ……?」
「夫婦円満なのはいいことですね」
「あ、ありがとうございます」
「では」
貴賓室に入っていくビャクヤを尻目に、兵士はポツリと呟く。
「あれが陛下の懐刀"ブレイブ"……すげえな」
レグノム王国の王家直属組織"ブレイブ"。
そこに属するビャクヤのユニーク魔法"ミリオンマスク"のもっとも恐ろしい能力は……
「あれ? 俺、ビャクヤ様に嫁さんのこと話したっけ……」
再現した者の数日間の記憶を知ることができる、だろう。
*
三度のノックと共に、一人の兵士が貴賓室に入ってきた。
兵士はドア前で一礼し、ソファに座るアスターたちに挨拶する。
「お待たせして大変申し訳ありません、アスター様とウズメ様。私はラング。この度はお二方の案内をさせていただきます」
「ラングさんか。俺たちモルタリースは初めてなんだ。助かるよ」
「いえいえ、これが私の仕事ですので。それでは参りましょうか」
アスターたちはラングに案内され、門の内側に出る。
途端に、人の気配とむわっとした熱気が頬を撫でた。
街道の脇に所狭しと並ぶ露店。周囲にはレンガ造りの家が立ち並び、遠くには時計塔とコロシアムが見える。
その中でアスターとウズメは若干浮いており、少なからず視線を集めていた。
「凄い活気だな」
「今はトーナメント期間ですから。さ、冒険者ギルドへ参りましょう」
どうやら仕事熱心なラングは寄り道する気がないらしい。
ジェスチャーで後を付いてくるよう指示を受ける。
「ところでモルタリースは初めてだと仰いましたが、ご出身はどちらなのですか?」
「えっと……言わなきゃダメかな?」
「ええまあ。身元をはっきりさせないことには身分証とは言えませんから。それに冒険者登録のときに書くことになりますし」
ラングの爽やかな微笑みを受けて、アスターは迷った。このまま正直に話した方が疑われないのかどうか。
というアスターの考慮を無視するメイドが一人。
「二人ともタイランター出身だ」
「タイランターですか」
(おい!?)
表面上はポーカーフェイスを装いつつ、ウズメにアイコンタクトを送る。
(変に迷う方が疑われる。ここははっきり言った方が良かろう)
(さすが219歳)
ズン。
「おふっ」
「アスター様、どうかされましたか?」
「い、いや、なんでも」
ウズメの肘が脇腹に突き刺さった。若輩扱いだけでなく、年寄り扱いされるのも嫌らしい。難しい年頃である。
「冒険者ギルドが見えてきましたね」
「本当だ。それに混んでるな」
冒険者ギルドのマークは分かりやすい。3階建ての立派な建物に、剣と盾のシンボルが描かれている。
人混みをかき分けてギルドに入ると、様々な人種が目に入った。亜人種の獣人に、妖精種のエルフやドワーフ。レグノムでは珍しい完全自立型魔導人形……いわゆるオートマタまで。まあ隣には幻の種族ドラゴンメイドがいるけれども。
だが少なくともアスターにとっては衝撃的な光景だった。人種の坩堝感が半端ない。ここでもやはり、メイド連れのアスターに奇異の視線が集まる。
意味合い的には貴族の坊ちゃんがなにしにきた? ってところか。
しばらく受付の列に並ぶと、アスターたちが回ってきた。すかさず案内役のラングが助け舟を買って出る。
「この二人の冒険者登録を頼みます」
「かしこまりました。手数料と登録料含め銀貨2枚が必要となります」
「はいよ、銀貨2枚」
「たしかに頂戴いたしました。ではこちらの書類に――」
アスターたちは流されるままに書類に記入をしていく。
ラングは興味深そうにそれを眺めている。
「タイランターでは平民の識字率が良くないと聞きますが、お二人はかなり達筆ですね」
「「……」」
しまった、と二人の筆が止まる。
元貴族で読書家のアスターと200年分の教養を持つウズメ。週一で魔法講座を行っていた二人にとって、字を書くというのはあまりに自然な行為だった。
「ま、まあ、かなり練習したからな」
「……うむ」
「それは素晴らしい」
嘘ではない。真実を語っていないだけである。
だからラングの称賛で心が軋みを上げているのは気のせいだ。
多分。
記入が終わると二つスクロールが運ばれてきた。アスターはこれに見覚えがあった。
「ステータススクロールか。これが身分証になるのか?」
「ご存知でしたか。しかし、スクロールだけでは身分証足りえません。これを元に発行するギルドプレートが各国共通の"身分証"となります」
「なるほど、じゃ早速……」
ステータススクロールの使用には血液が必要だったはず。アスターは腰に下げたミスリルナイフに手を伸ばしかけた。
が、ラングがそれを止めた。
「魔力を通すだけで結構ですよ」
「そうなのか?」
「血液を使えばユニーク魔法や魔法適性の詳細な情報を得られますが、冒険者はフリーランスな立場ゆえ、弱点の漏洩を嫌う方もいらっしゃいますので」
他にも魔力だけだと性が表示されないなどの細かい違いがあると教えてくれた。なるほど、それはまずい。うっかりゼスティベルクの家門名が露出すれば大惨事になる。
というわけでウズメ共々、魔力をスクロールに通すと……
―――――――――――――――――
名前:アスター
種族:%&#
魔法適性:なし
ユニーク魔法:なし
―――――――――――――――――
名前:ウズメ
種族:%*#%$&#
魔法適性:火・空間
ユニーク魔法:なし
―――――――――――――――――
「「……お二人とも人間ですよね?」」
ラングと受付嬢の両方から突っ込まれた。ウズメは幻の種族かつインペリアルが創造した種族なので仕方ないとしても、アスターまで判別不能なのはおかしい。
だが、正直に話す必要はないだろう。
というわけで、
「見た目通りだよな、ウズメ」
「う、うむ」
限りなくぼかした返答をしておいた。あとさっきからウズメが焦りで「うむ」しか言えてない。
「ではギルドプレートを作成してきますので、少々お待ち下さい」
受付嬢がスクロールをカウンターの下に隠すと、アスターの死角で光が生じた。
「こちらがギルドプレートになります。無くすと再発行に金貨1枚かかりますので、しっかり管理なさってくださいね」
「金貨1枚!?」
金貨1枚というとタイランターでは平民の年収を少し下回るくらいだろうか。銀貨にすると100枚分だ。そこまで厳格化しないと、冒険者というのは管理が杜撰になるのだろう。
二人は注意事項を言い渡されてから、受付嬢から鉄製のタグを受け渡された。
「お二人ともユニーク魔法はお持ちでないので、最下級の鉄級スタートです」
「ユニーク魔法があったら変わるのか?」
「はい。ユニーク魔法持ちは魔鉄級、その上ですと銅級が魔銅級、銀級が魔銀級、最上位の金級であれば魔金級と呼ばれます」
とはいえ、金級はほとんどいないらしく、魔金級にいたってはレグノム王国には1人もいないとのこと。
「じゃミスリルがトップみたいなもんか」
「そうですね」
受付嬢は用が済んだら早くどっか行けよいう態度を表に出しながら答えた。
「あとは……」
「あとは私が教えておきますので、失礼します」
アスターがまだ質問をしようとするのを、ラングが横から遮った。後ろに並んだ冒険者たちの苛立ちが大きくなり始めたのに気を遣ったようだ。
集団生活に馴染んでいないアスターとウズメは、どうにもこの辺が慣れない。
壁際に寄ったアスターはラングに「ありがとう」と礼を告げた。
「いえいえ。しかし、厄介事に巻き込まれる原因になりますから、次からは気を付けてくださいね」
「ああ、しかし皆ピリピリしてんな」
「ピリピリしているのはトーナメント出場の連中でしょう。毎年恒例ですよ」
それで、とラングは一拍置いて、
「受付で尋ねようとしていたのはなんだったのですか?」
「いや、そのトーナメントについてだよ。俺たちも出場したいんだけど」
「はい?」
その瞬間、穏やかだったラングの表情は一変して硬くなった。




