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見るも無残な姿

 キマイラは本山へ連れて行けない。

 思い返せば、ウズメは明確にアスターのみを指名していた。鮮明に覚えているのだから、聞き間違いはあり得ない。


「ちょっと待ってくれよ。キマイラは俺の相棒……いや家族なんだ。コイツがいなきゃ……」

「アスター…………いいんだ。一人で行ってくれ」


 真っ向から抗議しようとしたアスターを、あろうことかキマイラ自身が止めた。信じられない、というようにアスターの顔が歪む。


「なんでそんなこと言うんだよ。お前は、俺の味方だろ!? インペリアルと闘うことになっても、俺の味方でいるって言ったじゃねえかよ!」

「確かに、私はアスターの味方だ。だが、どうしても本山へは行けぬのだ」

「だからどうして……!」


 アスターは理由を尋ねようとしてキマイラに詰め寄る。

 だが、キマイラが断るより先に、ウズメが口を挟む。


「本山の魔力壁結界は、各階層の守護龍が認めた存在しか通過することが許されない。つまり、キマイラがここを通りたければ、ヴァイパーを倒し、続く第二、第三……そして第八階層守護龍であるオレを打倒する必要がある」

「…………キマイラはそんなこと一言も言わなかったぞ」

「それは一緒に進むのなら言う必要はなかったからだろう」


 せめてもの抵抗というべきか、アスターはしどろもどろに反論するが、ウズメは有無を言わさず言い切った。


 本当ならアスターやファランクスと一緒に本山を越える予定だったのだ。キマイラが結界についてアスターに話すのは無意味なのだ。

 そんなことにも頭が回らなかったとは、アスター自身この展開に頭が混乱しているようだった。


「そうかよ」

「分かったならさっさと行くぞ。インペリアル様がお待ちだ」


 ウズメは話を切り上げながらアスターの腕を取ったが、アスターは頑として動こうとしなかった。大樹が大地に根を張ったかのように動じない。


「俺はお前なんかに案内されるつもりはねえ。行くなら一人で戻りな」

「なんだと?」


 掴まれていた腕を振り切ったアスターは、感情の抜け落ちた表情で佇んでいた。


「こいつは俺の大切な家族だ。その家族が一緒じゃねえなら行く意味がねえって言ってんだよ。それぐらい分かれって無能な主人に伝えとけ」

「アスター、お主というやつは……」


 キマイラは困惑半分、嬉しさ半分と言った様子で尻尾をおどらせた。


「貴様……」


 ウズメは今にもブチ切れそうに青筋を立てた。自身を侮辱されるよりインペリアルを貶した方が感情的になるようだ。


「幸い攻略法はお前が教えてくれたからな。なあ、守護龍ウズメ。ようはお前ら守護龍全員ぶちのめせばいいんだろ? すぐにたどり着いてやるから八階層に戻りな。全員コイツ()で粉砕してやる」


 それはウズメの怒りを引き出すための安い挑発だった。ここまで気に食わないことをされたのだから、少しくらいやり返したところで誰も文句は言うまい。


 ただ、ウズメ本人を除いては。


 ウズメは金の龍眼を血走らせてアスターを睨んだ。


「……オレの前でインペリアル様を侮辱したやつはまだいない。なぜか分かるか?」

「さてね」


 軽口をたたいた瞬間、ウズメの姿がかき消えた。


(早い……!)


 完全に油断していた。

 ウズメはアスターの隙を突き、槍の穂先のように鋭利な貫手を繰り出したのだ。それもただの貫手ではない。爪は朱色に染まっており、彼女が龍族なのを象徴するように尖っている。


 下手な武装より物騒な貫手だった。


「ヴァイパーに殺されるからだ」

「ぐっ……」


(なんだこの貫手、手の平が……外側を向いてる!?)


 肘と貫手を正中線にそろえた貫手の構えは、奇抜という他なかった。さらにウズメの貫手は接触したと同時に変化した。


「"龍爪りゅうそうねじ貫手ぬきて"!」

「く……!?」


 大気が炸裂するほどの威力が鳩尾で爆発する。


 アスターは回転が加わった貫手を受けて吹っ飛んだ。かろうじて魔纏装が身体を守ったが、かなりの衝撃を受けた。ノーガードなら致命傷になり得るレベルの一撃だ。


「チッ、堅固だな。ヴァイパー!」

「おう!」


 ウズメが叫んだのは、アスターが態勢を立て直すより早かった。


「ぐあっ……!?」


 檄を飛ばされたヴァイパーが一瞬にしてキマイラを捕らえた。長い胴体に締め上げられたキマイラは苦しそうに呻いた。尻尾の毒蛇たちは必死に噛みついているが、固い鱗と皮に覆われたヴァイパー相手では焼け石に水程度の効果しかない。


「さて、貴様の望んだとおり2対2だ。まさか卑怯とは言うまい?」

「シシシ、動いたらコイツ絞め殺す」

「この……!」


 アスターは自分の迂闊うかつうれいた。まさか個の力を重視する龍族が連携を取ってくるなど考えてもいなかったのだ。


 その結果がキマイラの人質化。


 ヴァイパーはキマイラをなぶるように絡みつき、力を強めたり弱めたりしている。たまに毒牙をチラつかせているのは恐怖心を煽るためだろう。


「動かない方がいい。ヴァイパーの毒牙はかすり傷だけでも死に至らしめる劇毒。喰らえばキマイラとて数分と持たないぞ」


 ウズメは勝ち誇った表情でアスターの前に立った。まるで殴ってみろとでも言いたそうな面構えに拳を握りたくなるが、キマイラを人質に取られている以上、相手を刺激するような行動は慎むしかなかった。


「半殺しだ」

「何?」

「さっきインペリアル様を侮辱した罪は貴様を半殺しにすることでチャラにしてやろう。喜べ、たったその程度のことでキマイラを救えるのだから……なっ!」


 華奢な割に威力の高い拳が撃ち込まれる。

 アスターの体は銅から綺麗に折れ曲った。魔纏装のおかげでダメージは無いが、腹部に残る不快感までは消せない。


「……!」

「やはり頑丈だな。こちらも威力を上げるのが面倒だし、その魔纏装を解いてもらおうか」


 キマイラに手を出されるのは嫌だった。

 素直に魔纏装を解くとウズメはニコリと微笑んだ。繰り出した拳と共に。


「ぐっ……」

「素の頑強さも大したものだな。魔金オリハルコンを殴っているようだ。これは痛い」


 かなり強く殴ったらしく、ウズメは手をプラプラさせていた。律儀なことに、向こうも魔纏装は解いている。


 それでもお構いなしにパンチが飛んだ。その度、拳がヒットしたとは思えない大木を揺るがすような音が響き渡る。


「中々どうして……耐えるじゃないか」


 古びた貴族服は跡形もなく破れ、痣の浮き上がった上半身が丸見えになっていた。途中からは顔面も殴られており、口の中が切れて血の味がしている。


 正直、今までに味わったことのない激痛に足が笑っている。


「ペッ……へなちょこパンチ」

「減らず口を」


 血の混じった唾を吐けば、ウズメは更に激昂した様子で両足に力を込めた。ウズメの立っている地面に放射状の罅が走った。


 今度は手より先に足が飛び出した。


「叩くな!」

「ぐはっ……」


 紅のパンプスのヒールが腹部に突き刺さり、アスターはヴァイパーの身体に叩きつけられた。


 拳より威力のある蹴り技、しかも圧力の強いかかとの前蹴りは威力が桁違いだった。どうやら内臓が傷ついたらしい。アスターは赤黒い血を吐く。


 アスターは膝を屈さないように手を膝について立った。


「その体でよくやる。人間にしては恐るべき強靭さだ」

「フー……フー……」


 アスターは瞳をぎらつかせながら睨んでいる。


 舌打ちをしたウズメは、ぼさぼさの黒髪を掴んでグイッと顔を上げさせた。パッと見ただけでもアスターの顔は内出血で痛々しい。口元は腫れあがり、まともにしゃべれるかどうかすら怪しい。


「だが、一矢報いてやろうという目が気に食わない。まともな人間なら心が折れ、無様に助けを乞うのが道理」

「…………」

「なのに泣き言一つ漏らさないとは気味が悪い。よほど育ちが悪いと見える」


 普通の人間ならそれは辛辣な罵詈雑言でしかなかった。

 しかし、十年間ゼスティベルク家で苛め抜かれたアスターは歪に微笑む。


「そいつは、最高の、褒め言葉だ」

「…………憐れな奴め」


 ウズメは最後の手刀でアスターの延髄を打ち、軽く昏倒させようとした。


『その辺りで手打ちにせよ、ウズメ』


「……!」


 どこからともなく届いた声が、すんでのところでウズメの手刀を止めた。

 それは全身にのしかかるような重低音だった。何年も熟成させたワインを溶かしたように脳が酔いしれそうな声だ。


 意識の飛びかけているアスターだったが、声の主が誰かくらいは予想が付いた。ウズメが素直に言うことを聞く存在など、この世に一人しかいない。


「絶対、龍皇…………」


 姿が見えないのになぜ声が……?

 アスターの疑問は届かずに意識が遠のいていった。



「んん…………」


 意識が覚醒を始めたのは、体から激痛と熱が引いてからだいぶ時間がたった頃だった。


「なんだここは、貴族の屋敷かなんかか?」


 アスターは森の中でウズメにいたぶられていたはずだ。それがいきなり、豪邸の部屋に移動していれば目も丸くなる。


 瞼を開いたアスターの瞳に映ったのは、天井の絢爛豪華なシャンデリア。それに、周囲には公爵家顔負けの調度品の数々が見受けられる。アスターが寝かされているベッドは、平民には手が出せないスプリングの効いたものだ。


「すげえ……すげえけど」


 一つ、アスターが呆れたのは花瓶に活けられた真っ赤な花だろうか。


「怪我人にヒガンバナって……センス崩壊してんな」


 身体中にあった傷や打ち身の痣、それに内蔵の痛みは消えていた。回復魔法か高価な回復薬ポーションでも使って治してくれたのかもしれない。


 そして、そこまで手を尽くしておいてヒガンバナを添えるとは皮肉が効いている。


 あわよくば二度とこの世に戻ってくるな、とでも言いたげなチョイスだった。選んだのはウズメに違いない。いやそうに決まっている。


「…………そうだ、キマイラは!?」


 はっとしてキマイラの姿を探すが、当然そんな巨体は見当たらない。そもそもキマイラなら頭が天井に着いてしまうだろう。


 アスターは一度頭を冷やした。


「クソ、破壊の限りを尽くしてやるか? そうすれば誰かくるだろ」


 これっぽっちも頭は冷えていなかった。むしろ熱した鉄が冷水で焼き入れされるかのように頑なになっていた。


「呆れたな。まさかこうも分別がつかない者がインペリアル様の"客人"とは」

「お前、ウズメか」


 ゆっくりと開け放たれたドアから、ふてくされた様子のウズメが入ってきた。尻尾でテシテシと床を叩いているのは、人間でいうところの貧乏ゆすりに見えた。


「ここがどこかは訊かねえよ。大体アタリはついてるからな。だが、キマイラはどうした?」

「さあ、どうなったかな? もしかしたら見るも無残な姿になり果てて――――」


 いるかもしれないな? とウズメが言い終わる前に、アスターが動く。

 息もつかない間に龍鱗の見える首を掴んで壁に張り付ければ、ウズメは苦しそうに喘いだ。ギシリ、と骨の軋む音がする。


 アスターはウズメの耳元で低く囁いた。


「お前こそ、分別はついてるんだろうな」

「……ん! ……んん!」

「キマイラはどこだ。ちゃんと(、、、、)答えるなら殺しはしない」


 ちゃんとと言うのは、暗に「キマイラは無事か?」という意味を込めている。

 足が浮くほどの力でウズメを締め上げながら、アスターは尋ねた。その殺気たるや、ウズメが素直に頷きかけたほどだった。


「待て、アスター。私は大丈夫だ」


 するとどこからか聞きなれたキマイラの念話が届いた。


「あれ、キマイラ?」

「ゲホ、ゲホッ!?」


 拘束を解かれたウズメは地面に倒れ込んだ。

 そんなウズメに見向きもせず、アスターはキマイラを探した。最初はウズメの後ろに付いてきたのかと思い、ドアの外を観に行ったが見えない。


 すると、こんどは後ろから声が聞こえた。


「こちらだ。下だ」

「え?」


 声がした方――――つまり下を向くと確かにキマイラらしき生物が四足歩行でトコトコ歩いていた。妙にデフォルメされた姿が可愛らしい。まるで牙の抜け落ちた獣である。 


「キマ……え? ヌイ……キマ……ヌイ……ええ?」

「ダメだ。完全に思考が止まっている」


 黒塗りの木材と思われる目玉がアスターを見つめていた。金糸で編まれたようなボディに、みょんみょん跳ねる三つの蛇頭。爪は布素材なのか柔らかそうに床に反発している。


「お前、キマイラなのか?」

「だからそう言っているだろう。姿形は情けないが、私はキマイラだ」


 えへん、と小さなヌイグルミ……ではなく、キマイラは胸を張った。

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