#03 世界樹
【星幽領域】が問題なく稼働しているのを内部から確認した私は、宇宙を漂流していた際に過ごしていたワンルームを再現した部屋に人格情報のバックアップを保存して離脱する。
次いで衛星の公転と自転の周期を同期させ、惑星からは一定の範囲しか目視出来ないよう調整を施す。
地球の月と同じように惑星からは裏側が見えないとなると様々な想像をする者が現れることを期待しての措置だった。
想像の余地が有るというのは物語を生み出す切っ掛けとなってくれるので私はそういったものをなるべく多く配置するつもりでいた。
とりあえず衛星側の調整は大方済んだので、惑星側の調整に取り掛かる。
まだ空白となっている衛星の一部を使用して【固有宙域】内で最新の私の容姿を模した人格容器を構築し、人格情報を格納した。
数十万年ぶりに得た物質的な肉体自体には違和感を覚えなかった。
ただ私は【固有宙域】で再現された地球上でしか生活していなかったので、現在居る衛星が月の重力と同じに設定されていたとしても体感したことのない感覚に違和感を覚える。
それに加えて人格容器はナノマシンの集合体なので呼吸する必要もなく、生身で宇宙空間にいるという状況そのものが違和感だらけで何とも不思議な感じで、これまで過ごしていた仮想世界よりもよっぽど現実感がなかった。
なのでその非現実的な状況を楽しむように私は衛星に生じた網目状のひび割れの上を兎のように跳ねながら散歩気分で惑星が視認出来る位置にまで無駄を承知で自力で移動した。
のだが最初に居た位置が悪かったのか、一向に惑星の姿が拝めなかった私は肉体的な疲労はなくとも精神的な疲れを感じたので早々に自分の脚での移動を取り止めた。
一旦、人格容器を衛星と同化させてから惑星を観測出来る位置にある空白の衛星部位に人格情報を転送し、そちらで改めて人格容器を再構築した。
衛星の上で腰に手を当てて仁王立ちし、惑星を眺めるという行為はちょっとした昂揚感を掻き立てられた。
そんな私の視線の先に浮かぶ巨大な球体は紅く、生物が生息している雰囲気はまるで感じられない。
原生生物くらいは生息していたりするのだろうか?
何にしてもナノマシンを投下してしまえば、全て素材として取り込むことになるので現状の環境など関係ない。
私が人格容器で直接惑星に降下してもよいが、衛星にバックアップを残してはいても事故が怖いので念のため人格情報受信用の端末を投下することにした。
突入時の軌道計算などはナノマシンの方でいろいろとやってくれるだろうと適当に用意したバスケットボール大のナノマシンの塊を接触増殖機能を最大にして惑星に向けて射出する。
1日2日で到達する訳でもないので拡張現実で空中投影ディスプレイめいた観測ウィンドウを眼前に複数呼び出す。
全身を構築しているのがナノマシンなのでこういった機能を肉体に内蔵出来るのはゲームめいていて何かと使えそうである。
私は衛星の上に寝転がり、ナノマシンが地表に到達するのを待ちながら【星幽領域】内の映像を呼び出して面白そうな人間を雑にピックアップしてそれらを閲覧しつつ暇を潰した。
やがてナノマシンが惑星の地表に到達した通知が入る。
惑星内部の映像を即座に転送させたが、案の定不毛な荒れた大地が広がるばかりで何もなかった。
そんな惑星表面を観測をしながらナノマシン侵食状況を呼び出すと素材になっている物が次々とリストとして羅列されていく。
リストの中には水もあり、どうやら地中深くに相当の量が氷の状態で埋蔵されているようだった。
程なく惑星全域のナノマシン化が完了し、ウィンドウから目を離して直接惑星に目を向ける。
衛星侵食時と同様に接触増殖機能を最大にしていたために惑星にも網目状のひび割れが生じているのではないかと思っていたのだが、想像していたのもとは別の変化が惑星表面に現れていた。
確かに網目状の物が惑星を覆うように拡がってはいたが、それは地表でなくかなりの上空で大樹が枝を伸ばすようにして拡がっている。
その根元はどうやらナノマシンが最初に到達した地点のようで、私が衛星から通信を行なっていた影響でナノマシンがこちらに向けて伸び上がって来ていたらしい。
惑星の自転の影響もあり、樹木のように伸び上がったナノマシンはそれに合わせて枝を伸ばして惑星全天を多くように網を張ってしまっていた。
それによって通信の強度は上がっているようなので問題はないが、このまま放置すると衛星にまで伸び上がって来そうだったので早急に対処する。
想定外の事態だったが、これはこれで物質世界を構成する要素としては面白そうだったのでそのまま残す。
樹木のように伸びて世界を覆っていることもあり、ファンタジーの定番としてある世界樹のようなものだと思えば、いろいろと新たな要素を組み込めそうで今後の物質世界構築の楽しみが増えた。