#02 星幽領域
衛星に漂着するなり接触増殖機能を最大限に発揮させ、急速に記憶領域を拡張させる。
その影響なのか衛星の表面にはマスクメロンのような網目状のひび割れが生じてしまった。
ナノマシンの動作に影響はないようなので、それはそのままにして衛星内部にのみ接触増殖機能を残して表層部分の機能は切った。
下手に増殖して惑星と一体化されてしまっては困ったことになってしまうのである。
何にせよ【楽園】をスケールダウンさせた記憶媒体の準備は整った。
私はこの衛星を利用し、大規模な仮想世界を一時的な居住空間として構築することにしていた。
現在、私を保存しているナノマシン集合体には【楽園】の一部であったときのような制限がかけられていないのは漂流中に把握済みである。
物質世界を再構築するだけなら現状でもナノマシンの一部を使用して人格容器を用意することで再現可能だったが、私には別の目的があった。
それは物語の観測である。
漂流中に固有宙域内での私の前世的な記憶を暇潰しに眺めていてひとつの欲求が湧いた。
『他者の物語を傍観していたい』と。
正直、覗き見的な嗜好で悪趣味とも言えなくもなかったが、何千何万と固有宙域内で私という主人公を演じ続けたからか、私の主観を伴わない価値観と行動原理を持った人物の生涯を客観的に見てみたくなったのである。
だからこそ【楽園】の枷を取り払われたことで出来る新たな世界を構築することにした。
衛星には【楽園】と同様に仮想世界を用意して人格情報を生活させる。
仮想世界の文化レベルは私が最後に過ごしていた21世紀をベースにするつもりだった。
そして惑星に物質世界を用意するつもりだが、そちらではナノマシンの機能を用いた魔法のような新たな法則性を持ったファンタジー的な世界を創るつもりでいた。
【楽園】では物理法則に基づく固有宙域しか構築されず面白みに欠けていたので、娯楽めいた世界を物質世界で再現するのは私の知り得ない物語を生み出すのに最適な環境なのではないかと思えたのである。
また物質世界で死亡した者は衛星内部に構築した仮想世界【星幽領域】で生まれ直し、そちらで科学文明がそれなりに発達した世界で生活をさせることにした。
逆に【星幽領域】で死亡した場合には物質世界で産まれて人格情報が相互に循環するようにするつもりだった。
死亡後の記憶の引き継ぎ等は超低確率で発生させるのも物語を生み出す要素としては面白いかもしれない。
それを思うと今から楽しみだった。
そんな訳で私は手始めに【星幽領域】の構築に取り掛かった。
記憶領域を衛星規模にまで拡張したことで構築出来る仮想世界も大幅に拡大したので、私の前世めいた数多の記憶を用いて21世紀に程近い地球を再現する。
様々な地域で生まれ過ごした記憶が役立ち、それなりに多くの言語・風土・文化・歴史などの情報には事欠かなかった。
加えてナノマシンには地球上に存在していたあらゆる生物の遺伝子情報も保存されていたのでそちらの生態に関しては私に専門的な知識はなくとも充分に補ってもらえた。
ただ私の前世めいた記憶を基にした人格情報の総数が少なく、数万程度しかなかったのには困った。
世の中には同じ顔をした人間が3人はいるといった迷信を直前の人生で聞いていたこともあって、複製するにしても3倍程度に留めておくのが好ましいと思い下手に量産するのは避けた。
なのでそれらを不足分を補う措置として私の記憶の中にある人物の反応を模倣した人格情報のない架空人物を設置する。
あとは人格情報を増やす手立てとして人格情報持ちから子どもが産まれた場合には、新たな人格情報として固有の記憶領域を与えることにした。
【楽園】では固有宙域内で子を得たとしても仮想世界の構築者の生涯が終了した段階で、世界が再構築されていたのであくまでも一時的なデータであり私たちと同じ人類として認められることなく消去措置が取られていた。
それは記憶領域の圧迫を考慮された末の選択だったのかもしれないが、今となっては事実がどうであったのか知る術はない。
などと【楽園】での方針のことは今はどうでもいい。
今は新たな情報生命の誕生を受け入れらるだけの記憶領域が大量に余っているのである。
それを利用しない手はない。
私は前世めいた記憶をベースにした人格情報の複製体たちの年齢や性別などを操作して同一の個体が生じないよう調整して【星幽領域】内の世界各地に配置していった。
全ての準備を整えた私は物質世界が完成するまでの間は死後も【星幽領域】内で人格情報が性別や出生地などを変更されながら各地で子を育みながら循環するよう一時的な措置を施して21世紀めいた仮想世界を構築させた。




