表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
96/157

*** 96 『神田メソッド研修会』5 長距離ランニング ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……

また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……

みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。





「それでは次に、野球選手にとっては無意味どころか害になるトレーニングをご指摘させて頂きたいと思います。

 いわゆる『神田メソッド』の禁則事項その3になります。

 端的に申し上げまして、それは『長距離ランニング』ですね」


「「「 !!!!! 」」」


「あ、あの、特にピッチャーは足腰を鍛えるために毎日最低でも5キロ、出来れば10キロ以上は走るべきだと……」


「それも無知から来る迷信です。

 しかも野球選手にとってはメリットどころか真逆の害を齎す最悪の迷信です」


((( ……………… )))



「それではこちらの写真をご覧ください」


 壇上に布の掛かった大判ポスターほどの4つのパネルが出て来た。

 そのうちの1つの布が取り除かれる。


「これは神田選手が中学校に入学したばかりの時に撮った貴重な写真です。

 自分で後からトレーニングの成果を確認するために、短パンひとつで写っていますね。

 この時の彼の身長は170センチ、体重は50キロ。

 どうですか、とてもではないですが、12歳とは思えない均整の取れた筋肉のついた素晴らしい体でしょう。


 このころから彼は長距離走の練習を始めました。

 そしてあの全体大陸上部の長距離走班に加わって、2年間もの間毎日30キロも走り続けたのです。

 つまり2年で2万キロ以上、なんと地球半周分ものランニングをこなしていたのですよ。

 それも1キロ3分のペース、つまり1500メートル走ならば4分30秒という驚異的なペースでずっと。


 一般の高校生では、たった1キロですらこのペースで走ることは出来ません。

 仮にみなさんが仰る『ピッチャーに必要な足腰を鍛えるためのランニング』が正しいとするならば、彼以上に足腰を鍛えられた者は存在しなかったでしょう」


((( 確かにとんでもない距離とスピードだ…… )))


((( それだけ走って体を鍛えていたなら、強靭な足腰と凄まじい根性を手に入れて当然だな…… )))


((( だからこそ、あのように途轍もない投手になれたんだろう…… )))



「その結果、2年後のオリンピックの際には、神田くんの身長は175センチになっていましたが、体重は逆に45キロに減っていたのです。

 これがそのときの写真です」


 2枚目のパネルの布が外された。


「「「 !!!!!!!!!!!! 」」」


「どうです、ガリガリでしょう。

 脚も腕も肩もこんなに細くなってしまって……

 実際に各部位の筋力も3割近く減っていたそうです」


「な、なぜこんな姿になってしまったのでしょうか……」


「それは毎日長距離ランニングを続けていたからですね」


「な、なぜ走ることで足腰や体が強くならずに逆にこんなに痩せてしまったのでしょうか……」


「あの、筋肉には3種類あることをご存知でしょうか」


「い、いえ、恥ずかしながら知りません……」


「ひとつめは心筋です。文字通り心臓を動かしている筋肉です。

 もう一つは平滑筋と呼ばれる筋肉で、血管や腸など内臓を動かす筋肉ですね。

 これらは自分の意志で動かすことが出来ないので不随意筋と総称されます。

 これに対して、腕や脚を動かす筋肉が骨格筋です。

 我々が言う普通の筋肉のことで、自らの意志で動かすことが出来るので随意筋と呼ばれます。


 そうして、この骨格筋はさらに2つの種類に分けられます。

 それが速筋と遅筋ですね。

 速筋は大きな力を出せる反面、持久力がありません。

 また見た目が白いために白筋とも呼ばれます。

 普段はあまり動かないのに、瞬間的に逃げるスピードの速いタイやヒラメなどの魚は皆この白い筋肉を持っています。

 だから白身魚と呼ばれているのですね」


「な、なるほど……」


「これに対して、低負荷の運動を長時間続けられるのが遅筋です。

 この遅筋は見た目が赤いために赤筋とも呼ばれます。

 常に泳ぎ続ける必要のあるマグロやカツオなどの回遊魚に赤身が多いのはそのためです」


((( ………… )))


「この時点での神田くんは、毎日マラソンのトレーニングを続けていたために赤筋が発達していましたが、赤筋はいくら鍛えても構造上それほど太くはならないのです。

 そして、マラソントレーニングは大量のカロリーを消費します。

 長時間走り続けていると、体に蓄えたエネルギー源であるグリコーゲンを途中で使い果たして、余分な筋肉や骨などを分解してエネルギーに変えてしまうのですよ」


「「「 !!!! 」」」


「もちろんこのエネルギー源チェンジはグリコーゲンを消費し尽くしたと同時に行われるのではありません。

 実験の結果、3キロ以上走った辺りから徐々にグリコーゲンだけでなく脂肪や使っていない筋肉を分解し始めて、走るためのエネルギーに変換していることがわかっています」


((( ………… )))



「肥満している人であれば、その脂肪が主にエネルギーとして使われます。

 ですからランニングはダイエット手段として優れているわけですね。

 ですが、既に十分なトレーニングを行っていて、脂肪の量が少ない人はこのグリコーゲンに代わる代替エネルギー源が限られてしまうのです。

 このとき、使っていない白筋などは、格好のエネルギー源ですね。

 まあ、筋繊維そのものは無くなりませんが、この時の神田くんの体には、重量ベースで10%ほどの白筋しか残っていなかったものと考えられるのです。

 残りはすべて長距離走のための赤筋です」


「つ、つまり走れば走るほど、瞬間的な力を出せる白い筋肉が減ってしまうというんですか……」


「その通りです。

 それにしてもみなさんよかったですね。

 もしも皆さんが生徒さんたちに5キロや10キロではなく、毎日20キロも30キロも走らせていたとしたら、生徒さんの筋力はどんどん落ちていって、投手の球速も打者のパワーも激減していっていたことでしょうから」


((( そ、そうだったのか…… )))



「ところでみなさん、不思議には思われませんでしたか?

 神田くんの身長は現在2メートルを超えています。

 ですが中学1年からオリンピックまでの2年間という成長期に於いて、彼の身長は5センチしか伸びていなかったのですよ」


「な、何故だったんでしょうか……」


「それは毎日30キロもの長距離走訓練のために、自身の骨も分解してそのエネルギー源に変えてしまっていたからだと考えられます」


「「「 !!!!!!! 」」」



「ことほど左様に、長距離走というものは筋肉だけでなく、骨の発育にすら害を為すものだったのですね」



(そうか…… ウチの監督は尋常小学校のころから毎日15キロも走って学校に行っていたおかげで、全国中等学校野球大会では延長18回まで投げ抜くことが出来たっていつも自慢してるけど……

 でも身長が145センチしかないのはそういうことだったのか……)



「皆さんも国内のマラソン大会やオリンピックのマラソン中継を御覧になられたことがありますでしょう。

 その中でもトップランナーと呼ばれる2時間20分を切るような選手たちの中に、筋肉質の選手は一人もいないのにお気づきではありませんでしたか?

 また、画面上ではわかりにくいのですが、彼らの中に長身の選手もほとんどいませんでしょう」


((( ……そ、そういえばそうだった…… )))


「これは若いうちから毎日長距離ランニングをしていなければトップランナーになることは出来ないからですね。

 つまり彼らは長距離走の記録のために、身長と筋肉を犠牲にしていたのですよ」


((( ………… ))) 



「で、ですがランニングをしないとピッチャーに必要な持久力が……」


「あの、持久力にも2通りあるのはご存知ありませんか?」


「い、いえ……」


「心肺持久力と筋持久力です。

 もちろん心肺持久力とは文字通り心臓や肺の機能のことであり、主に体内に酸素を運ぶ能力のことになります。

 筋持久力とは白筋に何度も大きな力を出させることの出来る持久力のことです。


 そうして、長距離走ではほとんど心肺持久力しか鍛えられないのですよ。

 白筋の筋持久力を鍛えるには負荷が足りないのです。

 もちろん筋瞬発力は全く得られません。


 しかも走っている際には腕や肩の白筋はあまり使っていませんので、走るためのエネルギー源として使われてしまい、腕も肩もどんどん細くなっていくのです」


「「「 ……(あぅ)…… 」」」



「野球には心肺持久力を必要とされる場面はほとんどありません。

 味方の攻撃中はベンチで休んでいられますし、タイムを取って呼吸を整えることも出来ます。

 そして野球に必要な持久力とは、全て筋持久力なのです。

 試合中に力いっぱい球を投げ続けたり、バットを何度も振ったりするのに必要な持久力は、全て白筋の筋持久力なのですね」


((( ………… )))


「この場にいらっしゃる方々は、そのほとんどが高名な野球指導者でしょう。

 にもかかわらず、このような初歩的なことをどなたも認識されていないのです」


((( ……………… )))



「おかげで野球選手に長距離ランニングをさせるなどという、真逆の効果を持つ非常識なトレーニングが堂々とまかり通ってしまっているのです。

 しかもこの非常識が蔓延した結果、多くの指導者がこれを常識と誤解して生徒さんに強要しているという誠に不幸な状況に陥っているのですね。

 そしてこれも、『鍛錬は苦痛を伴うほど効果的である』という愚かな誤解に基づくものだったのですよ。

 多くの生徒さんにとって長距離走は大いに苦痛ですので」


((( ………………………… )))


「それに野球とは、世界の主要スポーツの中で最も運動量が少なく、スタミナを必要としないスポーツと言われていますし」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「まあ確かに攻撃している側が1人もしくは数名を除いて椅子に座っているスポーツなどそうはありませんからね。

 おかげで試合時間の半分近くはただ座っているだけですので。

 また、守備側の選手もピッチャーを除いて守備時間のうち9割以上は単に立っているだけですしね」


((( そ、そういえばそうだった…… )))


「サッカー選手は90分の試合時間中に10キロ近く走っていると言われています。

 ですが野球選手の場合は、投手以外はベンチから守備位置への移動を除いて、合計1キロも走っていないのではないでしょうか」


((( ………… )))



「その野球の練習で、長距離走によって心肺持久力を鍛えるというのも如何なものかと思いますが」



「そ、それでは野球に必要な筋持久力とはどのような練習で身につくものなのでしょうか……」


「まずは強負荷トレーニングで筋肉量そのものを増やす必要があります。

 細く未熟な筋肉に筋持久力をつけても意味がありませんので。

 それではこちらの写真をご覧ください」


 3枚目のパネルの布が取り除かれた。


「「「 !!!!!!! 」」」



「これは神田選手が高校に入学した時、つまり先ほどのオリンピック直前の写真の時に比べて8か月後の写真になります」


「ま、まるで別人だ……」

「な、なんという筋肉の増え方……」



<研修記録員:さ、最前列の若い方が神田さんの写真を見て突然泣き始めましたっ!>


(神田: あーそれたぶん新大久保だから気にしなくていいぞ……)



「彼はその8か月間をほとんど筋トレ方法の研究とその実践に費やしていましたからね。

 因みに身長は180センチ、体重は70キロまで増えています。

 ただし、このときの体脂肪率は5%だったそうですので、体重増加分はそのほとんどが脂肪ではなく骨格と白い筋肉でした」


「や、やはり腕立て伏せや腹筋運動などで筋肉を増やしたのですか?」


「いえ、すべて彼が実践研究した筋トレ手法です。

 これこそがいわゆる『神田メソッド』になりますね。

 因みに彼は、試しに1日千回の腕立て伏せを1か月続けてみた結果、ほとんど筋肉量が増えなかったのでがっかりしたそうです」


「せ、千回……」


「はい、千回です。

 さらに彼は自分は何回腕立て伏せが出来るのだろうかと思い、試しに限界まで試みてみたそうですが、5千回を数えたところでキリが無いので中断したそうです」


「ご、ごごご、5千回……」


「それでも筋肉は増えず、むしろ減ってしまっていたそうですね。

『筋肉は使わなければ衰えてしまう。だが使いすぎても衰えてしまう』という言葉は本当のことだと納得出来たことが唯一の収穫だったそうですが……


 加えて、やはり腕立て伏せや普通の腹筋運動では負荷が足りないために、いくら回数をこなしても筋持久力しかつかずに筋肉は増えず、筋瞬発力もつかないことを実感出来たそうです。

 それでウエイトを使った強負荷トレーニングを研究し始めたのですよ」


((( ……………… )))


「この8か月間のトレーニングで、神田くんの筋力はほとんどの部位で50%以上も上がっています。

 そして、オリンピック後から毎日続けたオリジナル筋トレの結果、大学3年生の時にはこのような体になりました」


 4枚目のパネルの布が取り除かれると、研修参加者たちが盛大に硬直した。


「「「 !!!!!!!!!!!!!! 」」」


「ば、化け物……」

「き、筋肉の塊だ……」


「彼は身長が高いせいもあって、相当に着痩せして見えますからね。

 因みに彼は、このころパワーリフティングというウエイトを挙げる競技会に出て、そこで全日本チャンピオンになっています」


「「「 !!!! 」」」


「このパワーリフティングとは、ベンチに仰向けに寝た状態でバーベルを挙げる競技なのですが、このとき挙げた重量は実に400キロだったのですよ」


「「「 !!!!!!!!!!!!! 」」」


「この記録は未公認ながら世界新記録にもなります。

 こうした筋力こそが彼の野球能力の元になっているものなのですね。

 それではこのような人類最高の筋力を得た神田くんが、そのトレーニングの際に最も気を付けていたことをお伝えさせて頂きましょう。

 まずは、『1日3キロ以上は絶対に走らないこと』だったそうです」


((( ………… )))


「彼のランニングペースは1キロ3分です。

 つまり3キロのランニングとは10分にも満たない短い時間でした」


((( ……………… )))


「実際には彼は全身の筋持久力を上げるために、20メートルダッシュを1日30本ほど熟していましたので、ランニングはもっと短かったそうです。

 せいぜいグラウンド2周ほどだったそうですね」


((( ………… )))



「これはもちろん、それ以上走ることでせっかく身に着けた白い筋肉が長距離走のエネルギー源として使われてしまうことを避けるためでした。

 次に気を付けていたのが、筋トレ後の栄養補給です。

 タンパク質を補給するために、必ずトレーニング後に大豆を砕いて塩と水と牛乳を加えたドリンクを大量に飲み、そのタンパク質が筋肉に変るのに必要なビタミンやミネラルを補給するために野菜ジュースもたっぷりと飲んでいました。

 彼の持論は『筋トレはトレーニング3割、食事7割』でしたから」


((( …………………… )))



「実際には豆類の摂取だけではアミノ酸バランスが悪いのですが、自宅で摂取する米などの穀類と併せると良好なアミノ酸バランスになるのです」


「そ、そうだったのか……」

「は、初めて聞いた……」


「そういえば彼は実に旨そうにそれらのドリンクを飲んでいました。

『ああ、筋トレで傷ついた筋肉が修復材料を貰って喜んでいる……』と言いながら。

 まあ材料が無ければ、どんなに大工が練習して腕を磨いても家は建ちませんからね」



((( ………………………… )))



「先ほどのご質問に戻りましょう。

 こうして十分な筋肉とそれに伴う筋瞬発力を得て、初めて筋持久力のための練習を行います」


「そ、それはどのような練習なのでしょうか……」


「白筋の筋持久力をつけるためのトレーニング、それは軽度の負荷を持った運動を繰り返すことであります。

 ここで神田くん自身の言葉をお伝えしましょう。

 それは、

『軽度の負荷を持ったトレーニングならば、20メートルダッシュ以外にも、バットを振ったりボールを投げたりすることも十分な筋持久力トレーニングになるだろう。

 つまり、野球に必要な筋持久力をつける方法は、野球をすることなんだよ』

 という言葉でした……」


「「「 !!!!!! 」」」



<研修記録員:こ、今度はあの最前列の方が号泣してますっ!>


(神田: あー、ま、まあカンベンしてやってくれ……)



「みなさんは『野球のために』と称して、何故か野球以外の練習をさせたがる傾向が強いように見受けられます。

 例えば、

『野球に必要な根性を鍛えるために、水を飲むな、うさぎ跳びをしろ!』

『野球に必要な足腰を鍛えるために長距離ランニングをしろ!』

 などですね。


 ですが、野球のゲーム中にはうさぎ跳びも長距離ランニングも行うことは無いですし、球場には水道もありますので水も飲めるのですよ?

 そんな無駄どころか害になることばかりさせずに、生徒さんを最も野球に上達させてあげる方法は『野球をさせること』だと思われませんか?」


((( ……………………………… )))





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ