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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
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*** 95 『神田メソッド研修会』4 うさぎ跳び ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……

また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……

みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。





<午後の研修>


 原宿助教授は参加者が3分の2に減った会場を見渡した。


(ふむ、この中の半分ほどは真剣に『神田メソッド』を知りたいと思う方々でしょう。

 ですが残り半分は単に学校側から研修出張費を貰って参加しているだけの方々でしょうね。

 まあそれでも構わないでしょう。

 そうしたほんの一部の方でも安全で効率的なトレーニングを知るようになれば充分です)




「それでは午後の部を始めさせて頂きたいと思います。

 最初に、生徒さんたちに命の危険までは無いものの、その練習自体が危険か、あるいはまったく効果の無いものをご紹介させて頂きます。

 いわゆる『神田メソッド』の禁則事項その2になりましょう。


 まずは『うさぎ跳び』ですね。

 これは人体の構造上最悪の鍛錬方法であり、まさに膝を壊すための方法と言っても過言ではありませんのでメソッドでは固く禁じられています」


「そ、それはなぜですか?」


「人間の膝は0度まで曲げてはいけないのですよ。

 正座の時には膝を折りたたんでいるではないかとのご指摘も頂くんですが、正座の場合には足の筋肉の力が抜けています。


 ですがうさぎ跳びでは筋肉に力が入っている上に重力加速度までかかるために、膝蓋骨周りの軟骨や靭帯が梃子の原理であっという間に損傷してしまうのです。

 あの練習で膝を損傷しない人がいたとしたら、それは膝関節が変形している特異体質の方か特に小柄で軽量な生徒さんだけでしょうね。

 ですから、本物のアスリートを育てたければ正座すらさせない方がいいのです」


((( そ、そうだったのか…… )))


「う、うちの生徒たちには必ずうさぎ跳びをやらせているが、部員に故障者はいないぞ!」


「それでは春に入部して、1年後の春に残っている生徒さんは何%いますか?」


「うっ……」


「たぶん、かなりの生徒さんが脚の故障で病院送りになり、退部されていたと思われます。

 あなたはそうした生徒さんの負傷を、ご自分の愚かな指導の結果とは認識されずに、単に『根性が無かった』として敢えて目を逸らしていたのでしょう。

 人間誰しも自分に都合の悪いことは認識したくありませんから」


「……な、なんだって……」



「まさか皆さんの中に『カラダの大きな奴ほど根性が無く、すぐに膝を故障したとか言って野球部を辞める』などと思っていらっしゃる方はいませんよね。

 それは体格が良く、体重の重い生徒さんほどうさぎ跳びによる膝へのダメージが大きいからなのですよ?」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「それは、その生徒さんに根性が無かったからではなく、あなたの指導方法が根本的に間違っていただけのことなのです」


((( な、なんだと…… )))



「そしてどうやら、このうさぎ跳びなどのいわゆる『根性練習』と呼ばれるものは、冬から春先にかけて多く行われているようなのです。

『もう一度根性を鍛え直す!』と称して。

 まさかとは思いますが、冬や春先では水分摂取を禁じても生徒さんがあまり苦しまないために、次に苦痛を与えられる『根性練習』を行わせているのではありませんよね?」


「「「 あぅっ! 」」」


((( そ、それってまさにウチの監督の練習方針そのものじゃないか…… )))



「そうしてこれも『業務上過失傷害罪』に当たります。

 もしもあなたがあの練習を強要していた場合、そして負傷された生徒さんやその父兄が訴えた場合、監督などの責任者が刑事罰の対象になり、民事賠償の対象にもなるでしょう」


「「「 !!!!! 」」」



「これは神田くんの考察なのですが、あのような危険で愚かな練習方法が日本全国に蔓延している原因は、あの『巨人の〇』という人気アニメの影響が大きいのではないかとのことです。

 なにしろ主題歌が流れる後ろで、高校時代の主人公が苦しそうにうさぎ跳びをして根性を鍛えていますからね」


((( そ、そういえばそうだった…… )))


「ですがみなさん、漫画家や漫画原作者はトレーニングの経験もトレーニング理論研究の経験もありません。

 どうかアニメの真似をして生徒さんを負傷させるようなことは止めて下さい。

 それはまるで仮面〇イダーごっこや戦隊ヒーローごっこをして怪我をする子供さんと同じですよ」


((( ……あぅ…… )))



「それにしても不思議なのですが、うさぎ跳び以上に下半身の鍛錬になる安全なトレーニング方法があるのに、なぜみなさんは敢えて生徒さんにうさぎ跳びをさせるのでしょうか?」


「そ、それはどのようなトレーニング方法なのですか?」


「ウエイトスクワットと呼ばれる強負荷トレーニングです」


((( ………… )))


「ご存じありませんでしたか……

 主なトレーニング方法を解説した本には必ず載っているものなのですが。

 バーベルを肩に担いでスクワットを行う方法です」


「そ、そのような道具を買う予算が……」


「それにやはり膝を痛めることには変わりないのではないでしょうか?」



「それでは今機器を用意させますので少々お待ちください」


(昔日比山高校で使われていた機器が運び込まれる)


「これは神田選手が高校時代に実際に使っていたウエイトスクワット用の機器です。

 ご覧のように、鉄の棒の左右から鉄製の籠がぶら下がっていまして、この中に石やコンクリートの塊を入れて担いでスクワット、つまり膝の屈伸運動をしていたそうです。


 この籠が地面につくことによって膝の角度が60度以下にならないために、彼や部員が膝を故障することはありませんでした。

 もちろん籠は地面ギリギリで止めて、その負荷で筋肉を鍛えていたのですが。

 どうですか、彼らしい創意工夫に満ちた素晴らしいトレーニング機器だと思われませんか?」


((( …………… )))


「しかもこのトレーニングでは、脚部のさまざまな筋肉を鍛えることが出来るのです。

 ピッチャーの足腰の安定に重要な大腿四頭筋群のためのトレーニングは足幅をやや狭くして、そうして打球の飛距離に必要な内転筋群のトレーニングは足幅を広げて行います。

 また、ベンチプレスのバーベルの代わりにもなりますし、ショルダーシュラッグにもバーベルフロントランジにも使えます。

 そうした各部位のトレーニングを可能にする万能機器だったのですよ。

 そしてもちろん、この機器を用意するのに予算はほとんど必要ありません」


((( 知らない言葉ばかりだ…… )))



「つまりですね。

『うさぎ跳び』による故障者が続出していた理由とは、単なる指導者の無知と怠慢によるものだったのです」


((( ……………………… )))



「みなさんを始めとする有名強豪校の監督やコーチの方々は、自分たちが今まで行ってきた指導方法を否定されることを極端に嫌われる傾向があります。

 推測するに、強豪校の監督やコーチに成れたこと自体がその方の成功体験であり、従ってその成功の元になった練習方法を否定されることに我慢がならないのでしょう」


「そ、その通りだ! 我々は指導者としての成功者だ!

 それがなぜ練習方法を変えねばならんのだ!」


「その成功は或る日突然終わりを迎えます。

 生徒さんを死亡させればそれは殺人罪です。

 うさぎ跳びを強要して膝関節を損傷させればそれは傷害罪です。

 いったん刑法犯になれば、それまでの成功をすべて失うのはもちろん、賠償責任まで発生するのですよ」


((( ……………… )))



「戦前から戦後しばらくにかけては、それでも教師や指導者の行う暴行事件は見逃されてきました」


「ぼ、暴行事件だと!」


「はい、ベンチ入りなどの条件を盾にうさぎ跳びなどを強要して負傷させたり、水分摂取を禁じて気絶させたりすれば、それは脅迫罪を含む傷害罪などの暴行事件に当たります。

 仮にわたくしが裁判所で専門家としての意見を求められたらそう証言します」


「な、ななな……」


「去年、ある高校の剣道部で練習中の水分摂取を固く禁じられていたために、ロードワーク中に倒れて頭部を損傷し、全治3か月の重傷の上に後遺症も負った生徒さんがいらっしゃいました。

 この生徒さんの親御さんがたまたま弁護士であったために、この事故は裁判所にて責任が争われることになったのです。

 そうして教師でもあった剣道部の監督は、水分摂取を絶って根性を鍛えるのは常識であると主張し、自らの過ちを認めず示談に応じなかったために『禁固2年、執行猶予6か月』の有罪判決を受けています。


「「「 !!! 」」」


「もちろんすぐに控訴したそうですが、控訴審が終了するまでは教員を休職処分になっているために、剣道部監督は辞任させられています。

 まあ控訴中とはいえ有罪判決を受けたのですから当然ですね」


((( ………… )))


「そうしてわたくしの法学部の同僚によれば、過失を認めて示談にした場合には巨額の示談金の支払いを、あくまで過失を認めずに敗訴した場合には、教員を懲戒免職処分の上賠償金の支払いを命じられるそうです」


「「「 !!!!! 」」」



「懲戒免職ともなれば、退職金も出ませんし公務員年金も支払われません。

 また、控訴審のために莫大な弁護士費用がかかっており、その監督は持ち家を売却してこれに充てています」


「な、なんと……」


「これからは日本もアメリカの影響を受けて訴訟社会となって行くでしょう。

 このような部活動中の事故はそのほとんどが訴訟の対象になることは間違いありません。

 裁判所で有罪判決を受けるような練習方法が果たして『正しい』のでしょうか?」


「で、ですがいままではそれで成功して来たわけでして……」


「本当に成功されたと思われますか?」


「い、一応うちは甲子園出場経験もありますし……」


「それでは、これからたった一つの事故であなたが職と財産を失うことを覚悟の上で、生徒さんたちを指導してください。

『業務上過失致死罪』や『業務上過失傷害罪』に相当する可能性のある方法で」


((( ………… )))


「そして、現状あなた方が行われていることは、十分に『傷害未遂罪』に相当するのです」


「「「 !!!! 」」」


「つまり、現時点でも既に逮捕拘束されるに十分な行為なのですよ。

 そのような犯罪行為を犯しながらの『成功』は本当に『成功』なのでしょうか」


((( ……………… )))



「さらに言わせていただければ、一般の方々には業務上過失致死罪と殺人罪の区別はつきません。

 ですから、もしも生徒さんが水分不足で意識を失い、不幸にもそのまま死亡されてしまって監督が有罪判決を受けたならば、その方は『人殺し』と呼ばれることになります」


「「「 !!!!!! 」」」


「もちろんその生徒さんは運が悪かったのではなく、その日の体調が悪かったのでもありません。

 監督やコーチであるあなた方が殺したことになりますので『人殺し』と呼ばれるのは当然ですね。

 もちろん傷害罪で有罪判決を受けてもあなたは『犯罪者』と呼ばれます」


((( ………… )))


「その際にはあなた方だけでなく、ご家族も人殺しや犯罪者の家族として人殺しや犯罪者の妻、息子、娘と呼ばれ、不幸のどん底に落とされるのです。

 また、万が一水分不足で意識を失った生徒さんをグラウンドの隅などに放置して救急車も呼ばず、そのまま死亡させた場合などは重過失致死罪に保護責任遺棄が加わり、より罪が重くなるでしょう。

 その生徒さんが亡くなったのは運が悪かっただの水を飲ませないのは常識だなどと主張して責任を認めなければ、5年から10年の懲役刑が科されると思われます」


「「「 !!!!!!!!!!! 」」」



「それほどまでのリスクを負って、生徒さんに水分摂取を禁じられたりうさぎ跳びなどを強要されたりするメリットはどこにあるのでしょうか?

 そして、これからもそのような危険極まる行為を続けて行かれる理由はどこにあるのですか?」


((( な、なんということだ…… )))


「つまり、あなた方は今まで単に運が良かっただけなのです。

 もしくは、被害に遭われた生徒さんや親御さんが、訴訟を起こさず泣き寝入りしていただけですね。

 もしも誰かが訴訟を起こし、それが全国的なニュースになったとしたら、あなた方も全員が訴えられて有罪判決を受けてしまいますよ?」



((( ………………………… )))


((( で、でもそれって全部監督の責任で、俺たちコーチには、せ、責任無いよな…… )))


((( そ、そんなことを監督に言ったら、口も利けなくなるぐらいぶん殴られた挙句にコーチ馘にされるぞ…… 

 そんなことになったら、すぐメシも喰えなくなっちまうわ…… )))



(神田: こいつら↑阿呆なだけじゃなくってクズでもあったか……)





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