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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第1章 転生~中学生篇
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*** 9 市ヶ谷先生よかったね ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 俺の入院は長引いた。

 ま、まあ魔法使えば一発で全快なんだけど、入院当初に検査されて「重症」って診断されてたから、一瞬で治したりしたらヤバいから。

 どうやらラスト1キロは体中の筋肉やら骨やらを燃やしながら走ってたせいで、筋肉はズタズタで、骨は亀裂骨折だらけになってたそうだ。

 とりあえず酸素不足でぶっ壊れてた脳細胞だけは治しといたけど……


 市ヶ谷先生もずいぶん心配してくれて、ずっと付き添ってくれてたよ。



 それにお友達も出来たんだ。

 スタジアムにいたドクター陣の中に、お手伝いとして参加していたドイツ人のゲオルギーくんっていうヤツがいたんだ。

 彼はもともと西ドイツの選手団に帯同したスポーツドクターの助手で、西ドイツでは大学院で研究員をしている青年医師だ。

 それがまあ、マラソンの時にはボランティアでスタジアムドクターのお手伝いをしていたんだな。


 俺はこのゲオルギーくんと仲良くなった。

 彼は英語も堪能だったんで、俺は毎日午後には当時最先端のスポーツ医学や、効率的なトレーニング方法について教えて貰ったんだ。

 ついでにドイツ語も。


 まあ、ゲオ君の方も、金メダリストのレース中の行動や心理状態について、直にヒアリング出来たから喜んでいたよ。

 西ドイツの選手団や帯同ドクターはもうとっくに帰国してたけど、ゲオくんは上司のドクターの許可を得て、論文を書くために俺につきそってくれていたそうだわ。


 こうして俺は、午前中はリハビリと受験勉強、午後の面会時間には英語やドイツ語の勉強も兼ねて、ゲオ君から最新のトレーニング理論を教わっていた。

 そうして夜は、その理論と21世紀の理論を照らし合わせてチェックしてたんだ。

 これ、21世紀の理論といえども、その半分以上はこの時期の西ドイツで確立されてたものだったんだな。

 さすがはスポーツ医学最先端の西ドイツだわ。


 俺はゲオくんに西ドイツの論文誌販売先のアドレスを聞くと、神保さんに頼んで取り寄せてもらった。

 ついでにアメリカの論文誌もだ。

 こうして俺は、最先端のトレーニング理論を身に着けて行ったんだよ。


 それにしても……

 当時の日本のコーチや自称専門家たちって、まるで勉強してないなー。

 現役時代に活躍したから指導者になったんであって、きっと脳筋なあまり英語の文章なんて読んだこと無いんだろう。


 もし翻訳して貰っても、今までの自分の指導方法と180度違うもんだから、「所詮は大和魂を理解出来ない毛唐のたわごとだ! それが証拠に根性を鍛える方法がどこにも書いてないではないか!」とか言うんだろうな……




 ああ、それからさ。

 レース後に担ぎ込まれた病院で血液検査したとき、俺のヘモグロビン量が異常値を示したんだわ。

 それで一時血液ドーピングが疑われて、IOCの継続検査対象になっていたらしい。

 あの「事前に自分の血を少しずつ抜いて溜めておいて、それをレース前に大量に輸血する」っていうドーピングな。


 でも、日時が経過するにつれてさらにヘモグロビン量が増えて行くもんで、連中は混乱したそうだ。

 まあ、レース当日にヘモグロビン減らすドーピングなんか有り得ないからなぁ。

 それですぐに俺への疑惑は晴れて、単に生まれつきヘモグロビン量の多い少年、っていう扱いになったんだ。

 貰った検査結果をゲオ君にあげたら、ものすごく喜んでたよ。



 レースから1か月が経過し、ようやくまともに歩けるようになった俺は退院することになった。

 もう記者もいないし、退院発表もしていないから、神保さんと2人で静かに帰国出来そうだ。

 市ヶ谷先生も2学期が始まる前に渋々帰国してたし。

 でも、俺が退院するときには、病院中の医師や看護師さんが総出で見送ってくれたんだよ。

 入院患者さんまで。

 さすがの俺もちょっと涙目だったわ。


 そうしてもちろん、飛行機に乗るとすぐに自分に『キュア(超勇者級)』をかけて全快したんだ。





 自宅に帰ると両親は俺を待ち構えていた。


「お前、オリンピックで金メダル取ったって本当かい?」


「ああ、本当だよ」


「賞金はいくら貰ったんだ」


「オリンピックに賞金は無いよ」


「嘘をつくなっ!」


「ねえ、ほんとは貰ったんでしょ。

 お母さんが預かっておいてあげる♪」


(その前にせめておめでとうぐらい言えよ……)


「オリンピックは(当時)アマチュアの祭典だから賞金は無いんだよ」


「ママチェアだろうがなんだろうが、金メダルなんだから貰えたに決まってるだろう!」


(なんだよママチェアって……)


「だったら神保さんに聞いてごらん」


「「………………」」


(この強欲親も神保社長にだけは弱いからな)



「ところでお前今までどこにいたんだ!」


「どこにって、神保さんから連絡行ってたでしょ。

 カナダの病院に入院してたんだよ」


「そ、そんな…… 

 こんなに長いこと入院してて、入院費はいくらかかったんだい?」


(その前に「もう体は大丈夫なのかい」ぐらい言えよ……)


「神保さんが払ってくれたよ」


「まさか神保さん、給料から引くとか言わないよね……」


「そんなカネ、請求されても払わんぞ!

 お前が中学卒業したら働いて返せ!」


「了解」


「それで金メダル見せてくれるかい?」


「ほら、これだよ」


「意外と小さいんだね。

 でもこれ金なんだろ。

 いくらぐらいで売れるんだろうね、100万円ぐらいで売れないかね?」


(売り飛ばす気満々かよ……)


「それ表は金だけど、メッキだから金自体の価値は1000円もしないだろうね」


「嘘をつけ!」


「おまえ、そんなこと言って、こっそり売ってひとりだけおいしいもの食べるんじゃないだろうね」


「だから売らないってば」


「じゃあお母さんが預かっておいてあげる♪」


(なんだよ「じゃあ」って! 意味わかんねぇよ!)


「いやこれ、神保さんが(親に)盗まれたら大変だから、両親に見せたら持ってくるようにって言ったんだ。

 会社の金庫に入れておいてくれるってさ」


「………… ちっ …………」


(なんだよ「ちっ」って!)




 翌日から中学校に行ったけど、最初はまあ大騒ぎだったわ。

 でもその日の放課後、俺が帰ろうとしたら馬鹿がやってきたんだ。


 そいつは少し体の大きな隣のクラスの奴なんだけど、まあすっかりウチの中学の「番長」気取りだったんだな。

 当時の少年漫画誌の学園物には、必ず「番長」が出て来てたし、当時の厨二病は「影の番長になること」だったらしいからなあ。

 あー、取り巻きを8人も引き連れてるわー。



「おいこら神田!

 デケぇツラしてんじゃねぇぞこの野郎っ!

 これ以上のさばる気ならこの俺様がただじゃおかねぇからなっ!」


(1人称に「様」つけんなよ…… すっげぇ馬鹿に聞こえんぞ。

 あ、そうか、こいつ有名人の俺をシメれば、それだけで自分の株が上がると思って俺を脅し付けに来たんか…… まあ典型的な便乗戦略だな)


 あー、柔な拳を振りかざして俺にガン飛ばしてるわー。


 だから俺は親切に言ってやったんだ。


「うるせえチンピラ! ツラぁひん曲げてイキってんじゃねぇ!」


 同時に俺は立ち上がり、自称番長を含めて取り巻き全員に『威圧Lv0.01』を放射した。


「「「「「 うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~っ! 」」」」」


 ぶりぶりぶりぶりぶり……


 あー、全員う〇こ漏らしてやがんの。

 汚ったねぇなぁ……


「とっとと逃げ帰ってパンツ洗えや、この馬鹿ガキどもめ!」


 それでみんなズボンのケツんとこ膨らませたまま逃げてったんだけどさ。

 あー、何個かブツが落っこってるわー。

 仕方ねぇ、『クリーン』。



 その後バカどもは俺と顔を合わせるたびに、「おー、おはようンコ垂れ。最近ケツの調子はどぉだぁ?」とか言われるもんだから、すっかりおとなしくなってたわ。

 なんか「自称番長」は不登校になっちまってたみたいだけど……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 日本に帰国して2日後、俺は市ヶ谷先生と一緒に全体大陸上部長距離走班の合宿所に向かっていた。

 まあ「金メダル報告会」っていうところだ。



「やはり決心を変えるつもりはないのか……」


「はい…… お世話になった先生には誠に申し訳ないんですが……」


「わたしのことはどうでもいい。

 君の人生は君自身が決めるべきだしな」


「ありがとうございます……」



 全体大では、長距離走班のみなさんが出迎えてくれたよ。

 あ、信濃町名誉教授もいる……


 報告会会場には「神田勇樹君、金メダルおめでとう!」なんていう横断幕まであったわ。



 俺は挨拶を始めた。


「信濃町先生、四谷先生、それから長距離走班のみなさん。

 みなさんのおかげでモントリオールで金メダルをもらうことが出来ました。

 本当にありがとうございました」


 俺は腰を90度曲げて30秒近く最敬礼をした。


「また、御礼に伺うのがたいへん遅くなったこともお詫び申し上げます」



 四谷先生が口を開いた。


「先日退院して帰国して学校に行って、そうしてすぐ来てくれているじゃないか。

 遅くなんかないよ。

 それに我々は、あんなにたくさん一緒に走った仲じゃないか。

 つまりキミはもうウチの名誉部員みたいなものなんだ。

 その名誉部員がそれこそ命を懸けて気絶するまで走るのを見せてもらって、我々も大いに勇気を分けてもらった。

 お礼を言うのは私たちの方だよ」


 千駄ヶ谷キャプテンも言った。


「あのレースはこの部屋で全員で見てたんだ。

 そうして、あのラストスパートは全員が泣きながら応援していたんだ。

 ゴール後に君が倒れてからは号泣に変わったけどね」


 ああ、このひとたちって、ほんっといいひとたちだよな……


「重ねてありがとうございます……

 それで…… もしも本当にわたしを名誉部員だと思って下さるのなら……

 これもあのトロフィー棚に飾ってやって頂けませんでしょうか」


「こ、これは君っ! き、金メダルじゃないかっ!」


「はい」


「こ、こんな大切なものを……」


「私にとっては、あのみなさんとの練習の方がよほど大切なものですので……

 それに、あの棚に飾って頂けたら、名誉部員としてとても嬉しいです」


「本当にいいのかい?」


「もちろんですよ。

 でも、実は今日はみなさんにとても申し訳ないご報告もあるんです」


「ああ、市ヶ谷先輩から聞いているよ。

 君は高校に行ったら野球を始めるんだってね」


「ご存知でしたか……」


「君がウチの大学に入って陸上部に来てくれないのは残念ではあるけど、君はもともと野球をするためにランニングをしていたそうだからね。

 まあ、神田くんだったらどんなスポーツでも最高の成績を残せるだろう」



 信濃町名誉教授が立ち上がって俺に近づき手を握った。


「神田勇樹君、本当にありがとう。

 君はここにいる長距離走班の皆だけでなく、長らく低迷していた日本陸上界にも大いなる栄光と希望を齎してくれたのだよ。

 陸上競技に人生を捧げた身として、これ以上の喜びはない。

 もう一度言う。ありがとう……」


「こ、こちらこそありがとうございます……」


(あー、信濃町名誉教授、泣いてるわー)



「四谷君」


「はい、信濃町先生」


「わたしは来年引退する」


「ははっ! 長らくの日本陸上界への御貢献、誠にお疲れさまでしたっ!」


「最後の仕事として、君を助教授に推薦しておいた」


「あ、ありがとうございます……」


「そうして、全体大陸上部総監督補佐として、今後は陸上部全体を見てやってもらえないだろうか……」


「はっ! 及ばずながら精いっぱいやらせて頂きますっ!」


「それから市ヶ谷くん」


「はい先生」


「君も我が大学に助教授として戻って来てもらえないだろうか……」


「!!」


「君は、この神田くんを金メダルランナーにまで育てた男だ。

 その力を、これからは全体大陸上部長距離班のヘッドコーチとして、後進の育成に注いで欲しいのだ……

 どうか引き受けてくれ……」


「も、もったいないお言葉…… あ、ありがとうございます……」



(あーそうか。これって大英帝国時代の英国海軍の伝統とおなじだな。

 海戦で大功績を挙げた艦長がいると、その部下である副長を艦長に昇進させることでその艦長の栄誉を称えるっていう……

 ま、まあ、市ヶ谷先生も四谷先生も俺の部下じゃないけど、関係者っていう点では同じようなもんなんだろう……


 それにしても、一介の中学教諭がいきなり母校の助教授かよ……

 市ヶ谷先生よかったね。

 これで俺も少しは恩返しが出来たっていうことなのかな……)










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