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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
89/157

*** 89 オーナールームにて *** 


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……

また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……



 



 後楽園球場オーナールームでは、『読買グループ最高顧問』の老人の静かな激白が続いていた。



「我がラビッツの愚かな2軍首脳陣が壊してしまった、たったひとりの大リーガーというサンプルをもって、あなたは大リーグの実力を過小評価していたのかもしれませんね。

 これで第3戦で同じようにラビッツが大敗すれば、その人気は間違いなく地に堕ちるでしょう。

 テレビ視聴率も広告出稿量も、読買新聞の販売額すら激減するかもしれません」


「そ、そうだ……

 だ、第3戦は中止しよう……」


「本気で言っておられるのですか?」


「き、球場設備に不備があったことにすれば……

 もしくはチームの皆が集団で風邪を引いたとか……」



 読買グループ最高顧問の老人は呆れたように首を振った。


「無理ですよ。

 後楽園球場に不備があったとすれば、先方は神宮球場での試合を要求するでしょう。

 それから彼らにはチームドクターも帯同してきています。

 そのドクターがラビッツの選手を診断したいと言ったらどうするんですか?

 ラビッツは大敗するのが嫌で仮病を使ったと日本中に報道されてしまいますよ?」


「だ、だがなんとか中止の理由を考えてだな……

 そ、そうでもしないと本当に我がラビッツの人気が……」


「ふう、それでは補填金と違約金合計10億円をお支払いになっても構わないのですね」


「な、なにっ! い、違約金だとっ!」


「ええ、事前の契約でギガンテスのアメリカでの放映権料は全てギガンテスとMLBの収入にすることとあります。

 これが800万ドルですので日本円で約20億円になります。

 そのうち1試合をキャンセルすれば、ギガンテスとMLBの減収分6億円強をラビッツ球団が補填する契約になっていますし、加えて違約金もございますので合計10億円の出費になります。

 ラビッツの1軍合計年俸の倍以上の損失になりますね」


「そ、そんなまさか……

 う、ウチの国内放映権料の20倍以上の収入だと……」


「アメリカと日本の人口比はたったの3倍に過ぎません。

 それではなぜこのような放映権料の格差が生じているのか。

 これもあなたの経営の失敗によるものです」


「な、なんだと……」


「あなたはラビッツの試合という人気コンテンツを、ほぼ読買テレビとその系列局で独占して来ました。

 おかげでラビッツ戦の中でCMを放送出来るテレビ局が日本全国で4つしか無いのです。

 特に最近日本でも出来始めた有料ケーブルテレビ局には、系列局の独占を維持するために、一切ラビッツ戦を放送させていません。

 これに対して、アメリカでは全国に1500近いケーブルテレビ局があります。

 一つ一つは小さな局ですが、その放映権料を合わせれば莫大な金額になるのですよ」


「そ、そんな……

 お、俺はグループのために良かれと思って……」


「その経営戦略が間違っていただけのことですね」


「こ、このままではラビッツ戦の視聴率はガタ落ちだ……

 な、なにか打開策を……

 そ、そうだ!

 あの神田とかいう若造にもう一度ラビッツからオファーを出せ!

 どうせ2年目では大した年俸ももらっていないだろうし、そろそろ味噌汁も恋しくなっていることだろう!

 い、今の倍の年俸を出してやると言って、必ずラビッツに引っ張って来い!」


「本気ですか?」


「な、なんだと……」


「今期の神田投手の年俸は、推定で180万ドルですよ。

 つまり日本円で4億5000万円ですが……

 本気で倍の9億円を提示されるのですか?」


「「「「「 !!!!! 」」」」」


「あ、あの若造1人の年俸が、我がラビッツ球団の全選手の年俸合計より多いというのか!」


「はい」


「な、なぜだ!

 なぜ1年目の若造がそこまでの年俸を手に出来るのだっ!」


「ふう、やはりこれもご存知ありませんでしたか……

 彼は去年のナショナルリーグのMVPでしょうに」


「「「「「 !!! 」」」」」


「それだけではありません。

 ポストシーズンMVP、それからワールドシリーズMVP、ああ、それにオールスター戦MVPも貰っていましたか。

 もちろん新人王も獲得していましたし、月間MVPに至っては4月から9月まで6か月連続で受賞しています」


「そ、そんな……

 いったいどれだけの勝ち星を上げたらそこまでの賞が貰えるというのだ……」


「彼は去年、31戦に先発しました。

 そこでの戦績は31勝0敗です」


「「「「「 !!!!! 」」」」」


「この31連勝という記録は大リーグ新記録になります。

 そして防御率はなんと0.2。

 ノーヒットノーラン以上の試合は13もありました。

 これは今までの大リーグでも、1人のピッチャーのシーズン記録としては3試合が最高でしたから、彼は断トツの記録保持者になります。

 加えて100イニングス連続無失点という記録も大リーグ新記録ですし、1試合奪三振数23も、シーズン奪三振590も新記録です。

 おかげで10年ぶりにコミッショナー特別顕彰を受けましたし、サンフランシスコ市は彼に『サンフランシスコの英雄』という称号を贈っています」


「な、ななな、なんだと……」


「ということで、神田投手はあなたの脅迫的な勧誘を蹴ってアメリカのマイナー球団にテスト生として入団し、すぐに1軍に上がって信じられないほどの大成功を収めていたのですね。

 なにせあなたの提示した契約金の5倍以上の年俸を手にしたわけですから」


「ぬががががが……」


「そしてつい先月彼はサンフランシスコで結婚式を挙げたのですが、その式には、サンフランシスコ市長はもちろん、サンノゼやサクラメントなどのサンフランシスコ市郡の市長たちに加えて、上院議員も複数の下院議員も出席していました。

 しかも結婚披露パーティーが開かれたのは、市長公邸のメインダイニングだったそうですな。

 出席者たちに言わせれば、『サンフランシスコの英雄』の為であり当たり前のことだったそうですが」


「お、俺はそんな化け物をラビッツにぶつけてしまっていたのか……

 だ、だがなぜそれほどまでのピッチャーを俺たちは知らなかったんだ……」


「それには3つの理由がありましょう」


「ど、どんな理由だというのだ……」


「ひとつめは、やはりあなたのせいで読買新聞が一切彼のことを記事にしなかったことです。

 ここにいるメンバーは、ほとんど読買新聞しか読みませんしね。

 2つ目は彼の登録名が神田ではなく『ミラクルボーイ』だったということですな。

 おかげで日本のマスコミ人すらも、ほとんど気づかなかったものと考えられます」


「な、なぜそんな登録名を……」


「これも日本ではあまり知られていないことですが、彼がモントリオールオリンピックのマラソンで金メダルを取ったときについたニックネームが『ミラクルボーイ』だったのですよ。

 北米大陸では『ミラクルボーイ』と言えば伝説の名ですし、その認知度は90%を超えていますからね」


「な、なんだと…… き、金メダルだと……」



 老人はまた大きくため息を吐いた。


「そんなこともご存知なかったのですか……

 彼は9年前、なんと中学生だったときにオリンピックのマラソンで金メダルを得たメダリストでしたでしょうに」


 その場の全員が驚愕に硬直している。


「それからもう一つの理由は、彼に関する情報は日本語では全く得られないことなのです。

 私が彼のことを知ったのはすべて英文の記事からでした。

 いやはや、今後は読買新聞や読買テレビの入社試験には英語を導入すべきでしょうな……」



「そ、それにしてもだ!

 や、奴にも恩師はいたはずだ!

 そ、そのコーチをラビッツに呼んで選手を鍛えさせれば……」


「無理ですな」


「な、何故だ! 何故無理なんだっ!」


「彼自身が言っています。

 彼には恩人はたくさんいるそうですが、野球の師はいないと。

 そして、彼の練習方法はすべて彼自身が小学生のころから自分で考えて来たものなのですよ。

 従って彼以外に彼のコーチはいないのです」


「そ、そんな……

 一流選手には必ず恩師がいるはずなのに……」


「それはあなたが創られた一般大衆向けの捏造美談でしょうに。

 ご自分で創られた嘘をご自分でも信じておられるというのですか?

 本物の一流選手は自分の師を自分自身だと思っていますよ」


「し、しかし本当に若造が自分で考えた方法で、そこまでの怪物に育つものなのか」


「ははは、彼が東大のスポーツ医学研究室に所属していたこともご存知ありませんか?」


「い、いや、初耳だ……」


「ついでに彼が自分で考えたトレーニング方法で自分自身を鍛え、パワーリフティングという純粋パワー種目で、全日本チャンピオンになっていたことは?」


「「「「「 !!!!!! 」」」」」


「因みにそのときの記録は、未公認ながら世界新記録だったそうです。

 人類最高の筋肉を持った男が人類最高の球を投げることになんの不思議もありますまい」


「な、なんということだ……」


「これからは対戦する選手のことはもっと調べた方がよろしいですな。

 そして、彼は自らのトレーニング方法について論文を書いています。

 そして英文で書かれたその3つの論文が、昨年『全米スポーツ医学学会』の論文審査で新人賞を獲得していました」


「「「「「 !!!!! 」」」」」


「おかげで彼のところには全米8つもの大学から招聘のオファーがあったそうです。

 特にかのスタンフォード大学からは医学部長自身が勧誘に来て、研究室の設置と研究費7500万円と助教授の地位を約束するので来て欲しいと言ったそうです」


「「「「「 !!!!!!!! 」」」」」



「な、ななな、ならばだ……

 そ、その東大のスポーツ医学研究室に依頼して、その論文にあるトレーニング方法をラビッツに授けてもらってだな……」


「ふう、あなたは本当に自分に都合の悪いことは全て忘れるのですね」


「な、なにっ……」


「ラビッツ球団はその東大の原宿研究室に既にコーチの依頼を出していたではありませんか。

 それも単に東大の研究室からコーチを招いて箔をつけるためだけの目的で。

 そうして、ファームの首脳陣と練習方法を一切変えようとはしていませんでした。

 さらに米国人スカウトであるワシントン氏との契約も打ち切っていましたよね。

 彼がファームの練習方法に意見したというだけの理由であなたが激怒して。

 原宿研究室はワシントン氏の紹介が無ければコーチは派遣しませんよ。

 それも医学博士号を持った超優秀なコーチは」


「そ、そんなものはカネでどうにでもなるだろう!」


「どうにもなりませんよ。

 原宿研究室はギガンテス球団に4人ものコーチを派遣しているために、新規のコーチ派遣は断っていますから」


「だ、だがコーチ料を倍にすれば……」


「今期の彼らのコーチ料は4人合わせて1億2000万円ですが、本気でその倍額を払うと仰るのですか?

 今のラビッツの1軍平均年俸は1000万円ですから、選手24人分になりますが……」


「「「「「 !!!!!! 」」」」」



「ということでですね、メジャーの一流球団とは、その実力も選手育成環境も資金力もケタ違いなのですよ。

 とてもではないですが、井の中の弱小球団が太刀打ち出来るものではなかったのです。

 世界最強のギガンテスを呼んでラビッツにぶつけるなどという愚行中の愚行は決して行うべきではありませんでした……

 まして大リーグMVP投手の神田くんを相手にするとは。


 これでラビッツの人気はガタ落ちでしょうし、萎縮した選手たちもしばらくは使い物にならないでしょう。

 ということは、日本のプロ野球の人気もあと数年は低迷したままになります」


「そ、そんな……」


「まあ仕方がありません、全てはあなたの責任ですから」


「す、全て俺の責任だというのか……」


「その通りです。

 あなたの作り上げた今までの日本プロ野球界のビジネスモデルとは、多少野球の上手な選手を集めて来て、箱庭のような狭い世界で試合をさせることでした。

 加えて捏造美談と恣意的報道でスーパースターをデッチ上げて。

 そこには選手を育てて野球を上達させようという視点が決定的に欠けていたのです。


 今まで通りの箱庭リーグでならば、それでもよかったでしょう。

 ですがあなたは本物の強さを持った大リーグ球団を呼んでしまったのです。

 それも単に、あなたに真っ当な意見をしてメンツを潰した若者に仕返ししたいがためだけに」


「……あぅ……あぅ……」


「彼らの収入は、その強さに明確に比例しています。

 ですから毎年毎年必死で強くなることを至上命題として成長してきたチームでした。

 その彼らに、強さを捏造されて育って来たチームが勝てるわけがないでしょうに。

 今日の超大敗は当然の結果です」


「あうぅぅぅぅぅぅぅっ……」



「さて、それではわたくしもそろそろ失礼させて頂くとしましょうか。

 今日をもちまして、読買グループの全ての職を辞任致します。

 それではみなさんお元気で……」


「ま、待てっ! そ、そんなことは許さんっ!」



 老人は満面の笑みを浮かべた。


「ほらそれです。

 あなたはカネと権力があれば何でも自分の意のままに出来ると思っておられる。

 世の中にはカネと権力だけではどうしようもないものがたくさんあるのですよ。

 その中で最たるものが、野球を始めとするスポーツですし、引退しようとする老人の意志なのです。

 あなたも引退するかその哀れな性格を矯正するまで、日本プロ野球界の低迷は続くでしょう。


 それではみなさんごきげんよう……」



「「「「「 …………………… 」」」」」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「そういえば神保さん」


「はい、勇者さま」


「俺の両親には後楽園球場のバックネット裏席のチケットを渡して下さってたんですよね」


「……はい……」


「やはり2人とも試合には来ませんでしたか……」



 そうなんだよ。

 俺が買った辺りの席のうちで、2つの座席だけが空席になってたんだ。


「それが……」


「どうかしましたか?」


「あの……

 チケットに書いてあった18000円という数字を見て、お2人とも近所の友人に売りつけようとされたんですが、『もう既に買ってある』とか『1000円なら買う』とか言われていまして……」


「…………」


「それではということで後楽園球場の周辺で3万円で売ろうとしたのですが、ダフ屋行為を警戒中の警察にタイホされてしまいました……」


 しょーもなっ!!!





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