*** 88 日米親善試合2 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
ダグアウトに引き上げたらジョーが俺に近寄って来た。
「おいユーキよ。このままでいいんか?」
「どういう意味だいジョー?」
「いや昨年度の日本チャンピオンだというからどんなチームかと思えば、これじゃあシングルAか高校生のチームを相手にしてるみてぇじゃねぇか。
それにここはお前ぇの母国だし、これは親善試合だからな。
少しは手加減してやった方がいいんじゃねぇかと思ってよ」
「いやジョー、心遣いはありがてぇが思いっきりぶちのめしてやってくれや」
「それでいいんか?」
「実はよ、この国のプロ野球って、ファームの若手たちに無理やり無茶な練習させてぶっ壊してばかりなんだ。
ピッチャーに毎日500球投げさせるとか、野手に毎日500本ノックするとか……」
「なんだと……」
「それでチームオーナや監督は、50人の若いのを2度と野球が出来ない体にさせておいて、たったひとりのスーパースターが出来りゃあいいっていう考え方なんだ。
それも大した実力も無ぇのにマスコミ操作で褒め称えるだけでな」
「酷ぇ話だ……」
「だから奴らの幻想をここらでぶっ壊してやりたいのよ」
「…………」
「それに俺がアメリカに行く前に、このラビッツのオーナーに勧誘されたんだけどな。
壊されんのが嫌で断ったら、『2度と日本で野球が出来ないようにしてやる!』って脅されたんだわ」
「…………なんだと…………」
「だからまあ、徹底的にやっちまってくれや」
ジョーが後ろを振り返った。
チームの全員が俺たちを見ている。
「おう、お前ぇら今の話聞いてたか!」
はは、全員がおっかない顔して頷いてるよ。
「いいか、一切の手加減は無用だ!
この貧弱球団を徹底的にブチのめしてやれや!」
「「「「「 おおおうっ! 」」」」」
次の回先頭バッターのクリスが2塁打打った後に、俺は今度はバックスクリーン上部の時計直撃破壊の特大ホームランよ。
それでショックを受けたピッチャーはまたも打たれまくって交代させられてたわ。
2回にして3人目のピッチャーが出て来てたぜ。
はは、この回も打者一巡で7点取ったか。
さて、次はとうとうOさんとの対戦だな。
でもさOさん、そのフラミンゴ打法って、体重を打球に乗せて飛距離を出すためのものだろ。
つまりタイミングが合わなきゃどうしようもないんだよ。
要はいつも対戦しているピッチャーじゃないと打てないんだ。
それじゃあ、日本では絶対にお目にかかれない175キロのストレートからだな……
【放送席】
「ああっ! O選手、ストレートに全くタイミングが合いません!
球速表示は…… 175キロですっ!
またもとんでもない豪速球ですっ!」
「ぐぐぐぐぐ……
こ、故障だ…… き、機械の故障だ……」
「ああ、落ちるボールにまた空振り……」
「な、なんであんな球を打てないんだ……」
(さて、仕上げはまたカットボールか……)
「ああっ、155キロのストレートを空振りで三球三振だぁっ!」
「ほ、ほほほ、ほらやっぱり150キロ台だよ……」
(この莫迦解説者、球速表示しか言わなくなってるわ……
それ解説じゃあなくってただのイチャモンだろうに……
誰だよこんな奴呼んだの……)
それでまた三者三球三振で抑えたあと、相手の三番手ピッチャーが投げ始めたんだけどさ。
ストレートの最速が145キロしかないんだぜ。
変化球もカーブしか無いし。
そんなんでよくローテーションピッチャーやってるよな。
こんな球しか投げられないんじゃ、ロースターどころか3Aのローテーションにすら入れんぞ。
それでやっぱり打たれまくってたわ。
そしたらさー、次の回に俺が投げ始めたら、バックスクリーン上に出してたご自慢の球速表示が出なくなっちゃってたんだ。
場内アナウンスでは機械の故障とか言ってたけど。
どうやらサベツネの命令だったらしいんだけど、セコいことするよなー。
それでゲームは進んで6回終了時点で両チームの得点は33-0よ。
ラビッツはなんと全員三球三振で抑えられてたんだ。
まあいつも6球団しか無い狭いリーグで、おんなじピッチャー相手にしてたんだからしょうがないよな。
そのころオーナールームでは……
「な、なぜだ……
なぜあんな若造の球を打てないんだ……
それになぜ我がラビッツの誇る強力投手陣がこうも打たれるのだ……」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「ええい! ベンチに命令を出せ!
パーフェクト負けだけは絶対に許さんっ!」
「は、ははっ!」
グループ最高顧問の老人はため息を吐いた。
(やれやれ、自分の命令は全て実行されるとまだ思っているのか……)
7回の裏、俺が肩を温めるために投げたストレートを、相手の1番がなんとバントして来たんだ。
いくらなんでもそれは無ぇんじゃね?
俺今パーフェクトピッチングしてるんだぜ。
『大量得点差のある中で相手投手がパーフェクト、もしくはノーヒッターゲームを継続中の場合、7回以降はバントをしない』っていう暗黙のルールはどこいったんだよ……
あー、3塁線に転がったボールをフィリーのやつ歩いて取りに来てるよ。
はは、1塁に送球もせずにニガ笑いしながら俺にボールを渡して来たわ。
それで1塁側のベンチもスタンドもまるで勝ったかのようなお祭り騒ぎになってたんだけどさ。
バックスクリーンの公式記録に『FC』(フィルダースチョイス)の表示が出たもんだから、みんな凍りついてたよ。
バントヒットでノーヒッターゲームを逃れられたと思ってたのに、FCだったらノーヒッターのままだからなぁ。
ラビッツのベンチから監督が飛び出して来た。
アンパイアに今のはヒットだろうって猛然と抗議している。
はは、アメリカ人のアンパイアが笑いながら公式記録員室を指さしたよ。
そりゃそうだよな。
公式記録は主審の仕事じゃなくって記録員の仕事だからな。
それで今度は監督が公式記録員に猛抗議よ。
普段なら記録員も相手にしないんだろうけど、この試合はまあ親善試合でもあるからグラウンドに出て来て、FCにした理由を説明したんだわ。
まあ実際にはメジャーの暗黙のルールを説明しただけなんだけどさ。
ラビッツ監督のものすごい剣幕に恐れを為したのか、その説明の中で日本人通訳が、相手投手の偉業に対して「紳士的でない」っていう部分を意訳しすぎて「セコイ」って訳しちまったんだわ。
おかげで監督がさらに激怒して5分近くも抗議を続けたんで、主審に退場させられてたわ。
当時の日本って、監督がその気になったらいつまででも抗議を続けられたんだ。
中には選手を引き上げさせて1時間以上も抗議してた監督もいたし。
でもメジャーでは30秒以上執拗に抗議したら即退場だからなぁ。
まあ、親善試合だっていうことで主審も多少は許容したみたいだけど、5分は長すぎだよ。
ラビッツの監督は、口開けて硬直したまんますんげぇ衝撃を受けてたようだわ。
暴力行為以外での監督退場なんて、当時の日本では有り得なかったからな。
『俺は監督なんだから誰よりも審判よりもエラいんだ!』みたいな夜郎自大意識がカラガラと音を立てて崩れている様を見ているようだったわ。
その後すぐゲームは再開されたんだけど、1塁ランナーはもう走る気満々よ。
あーあ、ベースから2メートル以上も離れちゃってまぁ……
そうか、コイツ確か去年のリーグ盗塁王だったか……
それでランナーは俺の必殺牽制球の餌食になって茫然としてたんだけどさ。
今度はヘッドコーチが飛び出て来てボークだって執拗に抗議し始めたんだ。
でも主審は取り合わないよな。
だって去年1年間、俺の牽制球をボークだってコールした審判は、メジャーで一人もいなかったんだし。
それでとうとうヘッドコーチも退場処分よ。
ああそうか……
こいつ大敗北の責任を少しでも逃れるために、ワザと退場処分を狙ってたな。
あとでサベツネに馘にされないように、少しでも言い訳を残そうとしとるんか……
なんてセコい奴らなんだ……
そのころオーナールームでは……
「な、なぜだ……
なぜあのバントヒットがヒットでなく野選なのだ……
そ、それになぜあの牽制がボークではないのだ……」
「も、もちろんでございます!
あれはヒットでしたし、牽制も完全なボークでございました!」
「大方アメリカ人の主審や記録員が身贔屓をしたのでございましょう!」
「日本人審判や記録員でしたら、間違いなくボークとヒットという判定でございました!」
「だ、誰だ……」
「「「「「 は? 」」」」」
「誰が審判と記録員をアメリカ人なぞにしたのだと聞いているっ!」
「「「「「 そ、それは…… 」」」」」
「ええい! そ、そ奴は馘だぁっ!」
そのとき部屋の隅にいた老人が静かに言葉を発した。
「はて?
お坊ちゃま、いや現オーナー。
ご自分でご自分を馘になさるのですかな?」
「な、なんだと!」
「あなたの指示は唯一、『神田投手の所属するチームを呼んでオープン戦をしろ。
その際には3試合中2試合のラビッツ戦で神田投手に投げさせろ』というものでございました。
皆それに従って動いただけですよ。
審判と公式記録員をMLB側が用意するというのは、この親善試合を開催するための先方の条件でしたから」
「な、ななな……」
「それに契約書はご覧にならなかったんですか?
読買グループのオーナーともあろうお方が。
契約書にはちゃんとそのように明記してありましたが……」
「ぐぎぎぎぎぎぎ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それでまあ、どうにかこうにか、長かった試合もようやく終わったんだ。
さすがにウチの打線も打ち疲れたのか、52点しか取れていなかったよ。
俺はホームラン6本打ったけど。
ラビッツは5人のローテーションピッチャーに加えて、控え投手5人も注ぎ込んだんだけど、やっぱりウチの打線は抑えられなかったようだ。
そういえば俺は打者27人で終わらせるノーヒッターゲーム達成だ。
まあ完全勝利って言っていいんじゃね?
そのころ再びオーナールームでは……
「なぜだ……
なぜ史上最強といわれる我がラビッツが、これほどまでの大敗を喫したのだ……
だ、誰か答えよっ!」
「「「「「 ………… 」」」」」
部屋に広がる沈黙の中、再び最高顧問が静かに声を発した。
「簡単なことでございますよ。
ラビッツが弱すぎて、相手が強すぎただけのことです。
全ての点において」
「な、なんだと!
わ、我がラビッツが弱いだと!」
「その通りです。
そうでなければこれほどまでに酷い負け方はしなかったでしょうね。
まるで高校生とプロの試合を見ているようでございました……」
「なぜだ…… なぜそんなに力の差があるのだ……」
「あの…… まさかとは思いますが、オーナーはあのギガンテスが、去年ワールドシリーズを制した大リーグ最強のチームだということをご存知無かったのですか?」
「!!!!!」
「やれやれ、先代様も事前調査には絶対に手を抜くなと仰られていましたのに……」
「な、なぜキサマら俺にそれを教えなかったんだっ!」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「それは当然でございましょう。
あなたはご自分が不機嫌になる報告をした者は、必ず左遷するか馘にしていましたから。
誰も好き好んであなたに不都合な報告など上げるはずがありませんよ」
「そ、それにしてもだ!」
「さらにあなたは読買新聞に命じて、アメリカ大リーグの記事を一切書かせませんでした。
他のマスコミに対しても、人気球団ラビッツの取材から締め出すという脅迫によって、大リーグの記事を書かせていませんでしたし。
まあたぶん、あなた個人が神田投手の名前すら見たくなかったというだけの理由からでしょう。
そのせいで、あなたは大リーグのことをまるで知らないでいたのですよ」
「お、俺のせいだというのか!」
「そうです、すべてあなたのせいです。
加えて、あなたは無意識のうちに大リーグの実力を恐れていたのでしょうね。
ですから大リーグの記事はご自分でも遠ざけていたものと思われます」
「だ、だが8000万円ものカネを積んで呼んだあの木偶の坊は、去年はまったく役に立たなかったではないか!」
「それでは何故大リーガーなどを呼んでいるのですか?
ラビッツだけではなく他の球団も、何故高いカネを払って呼んでいるのでしょうか?」
「そ、それはだな…… そ、即戦力というか補強というか……」
「8000万円ものカネと仰られましたが、彼の一昨年の大リーグでの年俸は日本円で4000万円ほどに過ぎません。
米ドルでは16万ドルです。
倍額ものカネを払わなければ、遥々日本までは来てもらえなかったわけですな。
そして16万ドルと言えば、大リーグでは1軍の最低年俸レベルなのですよ」
「!!!」
「つまり、彼はそもそもアメリカでは1軍と2軍を行ったり来たりの選手だったのです。
まあ年齢もあって、引退前にひと稼ぎということで日本に来ることを了承したのでしょう」
「……な、なんだと……」
「その程度の選手を即戦力だの補強だの言っている時点で、既に日本プロ野球界の実力の無さを証明していると思われますが?」
「ぐぅぅぅぅっ……」
「それに、彼が活躍出来なかった理由は、膝や肩の故障のせいでもありました。
オーナーは彼がどこで故障したのかご存知ですか?」
「も、もともと傷物を掴まされたんだろう!」
「違いますよ。
彼は来日してすぐの調整で、我がラビッツの2軍で故障していたのです。
それも筋挫傷に加えて利き腕の靭帯損傷と半月板損傷まで負って……
2軍の監督やコーチたちが、寄ってたかって『特訓』とやらを命じたせいで。
まさにあの神田くんやワシントン氏の指摘の通りでございました。
高校を卒業したばかりの若い選手ならいざしらず、40歳近い選手に1日10キロも走らせたり1000本ノックを受けさせたり、1日に500球も投げさせたり、うさぎ跳びまで強要するとは……
あれはまさに、大リーガーに対してマウントを取ろうとした2軍首脳陣の愚かさの象徴でしたね。
ワシントン氏が我がラビッツに大リーガーを紹介しないのも当然です」
「ぬぐぐぐぐぐぐ……」
「彼は入院先の病院で、見舞いに行ったわたしに、ワシントン氏の忠告に従わず日本のラビッツなどという愚かな無法球団に来てしまったことを心から悔いていました」
「ぬがぁぁぁぁぁ―――っ!」




