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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
86/157

*** 86 ワイルドキャッツファンの集い *** 


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……



 



 それから渋谷物産のもうひとつ興味深い経営戦略が、『どんなものでも少しずつ手を出してみよう』っていうことなんだそうだ。


 当時までの商社って、主に商品の輸出入を収益源にしてたんだけど、それだけじゃつまんないって言って、亡くなった創業者がいろんなものに少しずつ手を出してたんだな。

 例えばサウジアラビアの油田を買ったり、北海油田の開発に出資したり、メキシコ湾の油田を買ったり、オーストラリアやブラジルの鉄鉱石や石炭の鉱山権益も買ったり。

 まあどれがポシャっても会社が傾かないように、どれも少しずつだったそうなんだけど。


 驚きだよ。

 まるで21世紀の商社経営みたいだわ。

 それを1960年代からやってたんだから、渋谷のひい爺さんって大した人物だったんだな。

 それで1973年と1979年のオイルショックで会社は大儲けしたそうだ。


 それで完全に経営が安定すると、次に打ち出したのが『地域への還元政策』だったんだ。

 つまり、サウジアラビアの油田で儲けさせてもらった分の半分はサウジアラビアに還元するんだと。

 そのための専門の部署すらあるそうで、渋谷物産はサウジに道路だの病院だの学校だのを作りまくったらしい。

 おかげで、会長はサウジ国王にサシで会えるほとんど唯一の日本人だそうだ。


 上野がそんな会社の後継者候補っていうのも驚きだけど、上野の性格から言って全く問題は無いだろう。


 それで、渋谷の爺さんや父ちゃんによれば、上野は渋谷物産に就職したら2年ごとに係長、課長、次長、部長と地位が上がって行って、10年目には役員になる予定だったんだ。


 でも、上野は頭を下げてお願いしたそうだ。

『甘え心が起きないように、最初の5年だけ関係の無い企業で修行させてください』って……

 まあさすがは上野だよ。


 そしたら爺ちゃんと父ちゃんが感激しちゃって、諸手を上げて大賛成してくれたそうだな。




 上野が修行先に選んだのは、なんとあの八王子製作所だった。


 会長さんも専務さんもびっくりしつつもすっげぇ喜んだそうだ。

 なにしろ上野と言えば、八王子製作所の主力商品になった野球防具を日本で最初に使った奴だからなぁ。

 それも甲子園や神宮球場でさんざん使って宣伝してくれてたわけだし。

 しかもあの渋谷物産の将来の社長候補生だし。


 それでさ、どんな仕事がしたいかって聞かれて、上野が答えたのが、『アメリカで八王子製作所の製品を売りたい』だったんだ。


 これ、一見無謀なように見えて実はかなりいいトコ突いてるよ。

 これだけ野球が盛んな国では、あの防具には相当なニーズが期待出来るだろう。

 しかもあのジョーが既に使っているわけだし。


 それで上野は会長さんから5億円の資金を預かって、アメリカでビジネス武者修行をすることになったんだと。

 ついでに同年代の八王子康介くんっていう会長の孫と一緒にな。

 まあこの康介くんも少し大人しいけど芯の強い真面目ないい奴らしい。


 それでまずは俺のいるこのサクラメント周辺で代理店をしてくれる企業を探してみるつもりだそうなんだ。



 でも当時って日米貿易摩擦が凄かったんだ。

 アメリカ側の対日貿易赤字が巨額になっちまってて、まるで今の米中貿易摩擦みたいだったんだよ。

 だから輸入代理店だとマズいかもしれないよな。

 場合によったら報復関税とかかけられるかもしれないし。


 だから輸入・販売代理店じゃあなくって、出来れば合弁してくれる企業を見つけて、『メイドインアメリカ』製品にした方がいいんじゃないかってアドバイスしたんだ。


「ただし上野、その預けてもらった5億円、絶対にすぐ全部ドルに変えてアメリカに持ち込むなよ」


「は、はい。それにしてもなんでですか?」


「あのな、巨額の対日貿易赤字に悩むアメリカの最後の手段が、対円でのドル安誘導なんだよ。

 だから、今ドル転するカネは最小限にしておけ」


「はい、わかりました」



 そうなんだよ。

 俺今から2021年までの大まかな歴史知っちゃってるだろ。

 だから1985年9月に『プラザ合意』が起きることも知ってたわけだ。

 あの1ドル250円だったドル円相場が2年と少しで半分の125円になっちまう為替の大変動だ。


 ん?

 俺のドル建て年俸はどうするのかって?

 そんなもん別にどうでもいいぞ。

 俺はアメリカで暮らしてるんだし、チート知識でカネ儲けなんてする気は無いから。

 だけど、そんなことで上野が大損したら可哀そうじゃないか。



 そういうわけで俺はまた考えたんだ。

 このサクラメント周辺で合弁の相談に乗ってくれる誰かいいひとはいないかなって。

 まあ、サクラメント市長さんも何かあったらすぐ相談に来いって言ってくれてたけど、さすがに市長さんに頼るのは最後の手段だよな。


 それで俺が思いついたのはやっぱりエリックだったんだ。

 それでエリックに恐る恐る相談してみたら、上野たちと一緒に2月末の『ワイルドキャッツファンの集い』っていうのに来いって言うんだわ。


 それでまあ行ってみたんだけどさ。

 びっくりしたよ。

 会場になってたミリーフィールドにはガキンチョからジジババまでとんでもない数の客がいたんだ。

 これ全部ワイルドキャッツのコアなファンなんだと。

 それでワイルドキャッツ出身で去年メジャーで大活躍した俺が来たもんだから、そのファンたちが大喜びよ。

 まあ、他にも何人かワイルドキャッツ出身のギガンテスの選手はいたけど、俺はサインなんか何百回したかわかんねぇし、子供たちに囲まれて写真も5000枚以上撮られたんじゃねぇか。



 そうした行事が終わったら、今度は300人ぐらいのおっさんやジジババが集結してる部屋に連れていかれたんだ。


 そしてそこには15人ぐらいの外国籍とみられる若い連中が、緊張した様子で座ってたんだよ。

 そうしてエリックが1人ずつ紹介すると、おっさんたちが数人でその若いやつらのところに行ってなにやら相談を始めたんだ。

 後でエリックに教えてもらったんだけど、これ、努力及ばず退団勧告を受けちゃった連中の就職相談会だったんだわ。

 ワイルドキャッツは馘になったけど、家族に仕送りをするためにアメリカで働きたい奴らのための。

 まだ給料は圧倒的にアメリカの方が高かったからな。


 そうして再就職先が決まった若いやつらもほっとしてるし、そいつらを雇ったおっさんたちもすっげぇ嬉しそうなんだ。

『これでとうとうウチのチームに最高のピッチャーが加わったぜ! ライバルチームに目にもの見せてくれるわ!』とか言いながら……


 このおっさんやジジババたちは、みんなサクラメントの中堅企業のオーナーで、かつみんなワイルドキャッツファンクラブ歴10年以上の中核メンバーなんだと。

 中には会員歴50年以上のメンバーもいるそうだし。


 そうか……

 エリックは、こうやって馘にした選手たちの再就職の面倒まで見てたんだな……

 それを支えてるのが地域のファンたちだったんだ……




 それでとうとう俺たちのプレゼンになったんだ。


「さて、こちらにいるのはユーキと日本で長年バッテリーを組んできたシンヤだ。

 彼は日本の野球用具メーカーの社員として、ここサクラメントで一緒に防具を作ってくれる企業を探している。

 必要な技術はチタン合金の鋳造技術と強化プラスチックの加工技術と革製品の加工技術、それからケブラー繊維の加工技術だそうだ。

 誰か相談に乗ってやってくれないか?」


「その野球防具というのは、もしかしてあのジョーが試合で使っているものかの?」


「はいそうです。ウチの会社で作ったものです」


 どよめきが起きた。


「あの防具、うちも欲しかったんだよ……」

「孫が少年野球チームでキャッチャーをしとるんだが、先日ファウルチップを受けて怪我をしてしまっての。あの防具を買って欲しいとねだられておったんじゃ」

「うーん、子供たち用の防具も作ってやれたら素晴らしいのう……」

「それらを作る会社がここサクラメントに出来るかもしらんのか……」

「これは子供たちのためにも応援せんといかんな……」



 そうしてあれよあれよという間に相談先企業が決まって行き、そうして俺たちは別室で面談に入ることになったんだ。


 まずは、サクラメントチタニウムっていう名のチタン合金製品製造会社のオーナーであるアメリアさんという老婦人との面談だった。


「ウチの会社はね、10年前に亡くなった主人が若いころに作った会社で、主に航空エンジン向けのチタンブレードやチタン製の人工関節を作っている会社なの。

 でもわたしたちには子供がいなかったし、わたしももういい歳だから会社の将来を心配していたのよ。

 たいせつな仲間である従業員たちが困ったりしないように、どうにかしていい会社に身売りできないかって。

 だから3年ぐらい一緒に仕事をしてみたらどうかしら。

 それでお互いが満足するようだったら、私の持ってる会社の株を全部売ってあげてもいいわよ」


 それで上野は前向きに検討することにしたんだ。


「それにあなたたちは、あのジョーを守ってる防具を作っているんですものね。

 わたしはジョーがワイルドキャッツに入団した頃から知ってるの。

 おカネの無いあの子のために、ウィンターホリデーには家に住まわせてあげたり、ステーキをご馳走したりしてあげてたのよ♪」


 驚いたよ。

 そんな昔からジョーを知っていたんだな。



 3月に入ってキャンプインしたときに、ジョーにアメリアさんのこと話したら盛大に硬直してたわ。

 その後、こそこそ俺から逃げて行ったし。

 はは、これはジョーのウィークポイントを見つけられたかもだ。



 アメリアさんの会社以外にも、強化プラスチックや皮革加工やケブラー繊維加工技術を持った会社との話し合いも順調に進んだ。

 これらの会社とは、合弁するんじゃなくって部品の供給体制を整えてもらうことになったんだよ。

 それで後日上野が各種防具を取り寄せて、全員でチェックしてもらうことになったんだわ。


 やっぱりさ……

 人と人との繋がりや地域の繋がりって、大事だったんだなぁ……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 3月1日。

 俺たちはアリゾナのキャンプ地に集合していた。

 さすがにみんなあちこちで自主トレをやっていたらしく、体調不十分な奴はひとりもいないようだ。


 最初にGMのブレットが話し始めた。


「みんなにも予め連絡していたように、3月15日には日本に行き、そこで親善試合を兼ねたオープン戦を3試合行う。

 みんなそれまでに体を仕上げておいてくれ。

 その結果如何によっては、日本のテレビ局と我がギガンテスが放映契約を結ぶことになるかもしれん。

 もしそうなれば、また諸君の年俸の原資が増えることになるからな。

 頼んだぞ」



 でもさ、そうは言っても時差が16時間もある国へ行っての試合だろ。

 だからみんな多少は不満に思ってるかもしれないよな。


 そんな心配してたら、練習が始まる前に、みんなが俺のところに集まって来たんだよ。


「な、なあユーキ、日本に行ったらまたあの肉喰えるのかな?」


「そ、それから土産に肉買って帰れるかな?」


「あ、ああ、それじゃあ俺のおごりで1回あの肉食い放題ディナーをしよう。

 それから希望の量を言ってくれれば土産分の肉も手に入れておくよ」


 そしたらさー、みんなすっげぇ嬉しそうな顔してるんだわ。

 気を遣って損したよ。


 まああれだな。

 何日も狩り(仕事)で家を空けてたとーちゃんが、帰りに旨い肉持って帰って来るっていうのは、原始時代からの本能に訴えかける喜びなんだろうな。

 そりゃあヨメも子供も喜ぶだろう……




 3月16日、ギガンテスの専用機は羽田空港に降り立った。

 2日後の18日には後楽園球場で対ラビッツ戦が予定されている。

(当時まだ東京ドームは出来ていなかったんだ)


 俺はみんなの時差ボケを少し心配してたんだけど、普段からデーゲームの翌日にナイトゲームだその逆だってやってるもんだから、みんなそういう時差には強いみたいだ。

 まあ、国内でも時差が何時間もある国で暮らしてるんだから当然か。

 俺も最初に見た時にはびっくりしたんだけど、腕時計を2つつけてる奴もけっこういるんだぜ。

 まあ、国内出張者とか旅行者なんだけど。


 それに専用機のフルフラットシートは高級ベッド並みに快適だし、間仕切りもあって半個室状態だし。

 さらには機体後部にはラウンジや軽い運動用のスペースまであるからなあ。

 まるで空飛ぶホテルだわ。

 こういう贅沢な設備は、当時海外航空会社の一部ファーストクラスやプライベートジェットにしか無かったから、日本人はほとんど知らなかったんだよ。




 翌日後楽園球場で軽く汗を流した俺たちは、試合当日3時に球場入りした。


 俺は事前に球団職員さんに、バックネット裏席を50人分、3塁側最前列席を100人分確保してもらっていて、神保さんに頼んでお世話になったひとたちに配ってある。

 バックネット裏は中学時代と高校試合にお世話になった先生方と八王子製作所のみなさん、それから東大原宿研究室のみんな。

 あの全体大付属の水道橋監督とコーチたちもだ。

 それから3塁側席には元全体大陸上部のみなさん、日比山の元チームメイトや東大野球部の連中が並んでいる。

 あの比嘉高校の新大久保くんたちもだ。



 試合開始時刻が近づいて来た。

 球場は既に超満員になっている。

 あー、スタンドには懐かしい顔がいっぱいいるじゃないか……



 このギガンテスを招いての親善オープン戦については、開催が決まってから読買新聞と読買テレビがさんざん宣伝をして来たそうだ。

 それも当初は『互角の戦いが出来るかもしれない』っていう論調だったのが、オーナーのサベツネが激怒したんで『大リーグ何するものぞ!』っていう風に変って来ていたんだと。

 特に先発がプロ入り2年目の俺だっていうんで、かなりの確率で勝てるだろうって言われてるらしいな。

 加えて、去年の日本プロ野球にメジャーから招かれた助っ人たちが総じて不調だったもんで、余計に俺たちの前評判は低かったそうだ。


 ははは、俺もナメられたもんだぜ……





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