*** 83 優勝パレードと祝賀会 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
サンフランシスコで優勝パレードが行われた。
サンフランシスコって、半島の先端にある海に囲まれた街だから、実はあんまり広くないんだ。
おおよそ11キロ四方ぐらいかな。
その中心部の3キロ四方ほどを通行止めにして、オープンカーに乗った俺たちギガンテスの選手たちがパレードして行くんだ。
なんでも50万人近い市民が集まってたそうだわ。
シスコ市の人口が80万ちょっとだから、半分以上か……
すっげぇお祭り騒ぎだ。
それでさ、フィリーとクリスがなんかヘンなもん持って来たんだ。
ヅラみたいなもんに扇形の黒いもんがついてるんだよ。
「さあユーキ、これ被ってファンの声援に応えてやれや」
それさー、モヒカンの被り物だったんだわー。
それも毛の長さが50センチもあるやつ……
特注で作らせてたんだとよ。
仕方ねぇから被ったわ。
沿道を埋め尽くしたモヒカンたちも大喜びだったぜ……
なんかモヒカン族の王様になった気分だったな……
パレードの後に行われたサンフランシスコ市長主催のギガンテス優勝祝賀会も大盛況だったよ。
地元カリフォルニア州選出の上院議員さんも下院議員さんたちも、それから州議会議長さんもサンノゼ市長さんもサクラメント市長さんも来てたし。
それからサンフランシスコの名士さんたちも大勢。
でもさ、最初はなんか政治的なイベントかとも思ったんだけど、どうやらそうでもないみたいだな。
みんな大喜びで選手たちと写真撮ったりサイン求めたりしてるし。
俺も何百枚写真撮られたかわかんないよ。
そうした合間を縫って、俺はジョーを始めとするチームのメンバーたちに、来年のキャンプイン前の2月下旬に結婚することを伝えていったんだ。
もちろんGMのブレットやエリックやアンジーも含めて。
それで出来れば式とその後の結婚披露パーティーに出席してくれないかって頼んだんだ。
みんな随分と祝ってくれたし、出席も約束してくれたよ。
そしたらさ、それをサンフランシスコ市長さんに聞かれちゃったんだ。
「なんと! ミラクルボーイが結婚すると言うのか!
それはなんとおめでたいことだろうか!
それでもしよかったら、わたしも式に参列させてもらっていいだろうか?」
「も、もちろんです。
すいません、あまりにも目上の方をお誘いするのは却って失礼かと思いまして……」
「なにを言うかね!
君はサンフランシスコの英雄だぞ!
その英雄の式に市長が出なくてどうするね!
これはもはや公務に等しいだろうに!」
「あ、ありがとうございます……」
そしたらまたエラいさんが集まって来ちゃったんだよ。
でもって全員が参列してくれるって言うんだわ。
「そうそう、教会と結婚披露パーティーの場所はもう予約してあるのかな?」
「い、いえ、これから準備しようと思ってたんですけど……」
「それならわたしに任せてくれないか。
私の方からサンフランシスコ大聖堂の大司教に頼んでおくよ。
それから結婚披露パーティーは、是非この部屋を使ってくれたまえ」
「!!!!!」
さすがにちょっとびっくりしたんだけど、これがアメリカっていうものなのかもしれないな。
アメリカンドリームを実現した奴はとことん讃えるっていう……
ついでにこれだけしてやれば、俺が日本に帰るとか言い出さないだろうっていう目論見なのかもだ。
そんな心配する必要全く無いのにさ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同じころ東京でも『読買ラビッツ日本シリーズV5祝賀会』が開かれていた。
先ほど選手たちを立たせたまま1時間に及ぶ大演説をかました読買グループオーナー佐田部恒夫は、ひと際豪華な椅子に座って読買新聞社長、読買テレビ社長、読買ラビッツ社長らのグループ首脳陣からの追従を受けている。
「それにしても見事な日本シリーズ5連覇でございましたなぁ」
「昨日の読買新聞には、今や我がラビッツは史上最強とも書かれておりましたぞ」
「これも全ては佐田部オーナーのご指導の賜物でございましょう」
「はっはっは、そうかそうか、史上最強か。
わが父が作った当時のラビッツよりも遥かに強いというのか」
「それはもう」
「アメリカなんぞに渡ったあの生意気な若造も、わたしの温情によるラビッツの誘いを蹴っていなければ、めでたいこの席にいられたかもしれんのに、本当に馬鹿な男だ」
「「「 ………… 」」」
「そういえばあの男は大リーグの1軍に上がれたのか?」
「は、はい、今年4月の段階では、5番手のピッチャーとしてベンチ入りしていた模様でございます」
(き、気をつけねば……
ここであの神田とかいう若造がメジャーで活躍したなどと言えば、オーナーを激怒させてしまうからな……)
「だがどうせ1軍と2軍を行ったり来たりだったのだろうの。
そうだ!
来年3月にあの若造が所属するチームと我がラビッツの親善試合を組め。
そうだな、ラビッツと2試合、それからオールジャパンと1試合も組めばよかろう。
先方には必ずあのガキにラビッツ戦の2試合に先発させろと伝えろ。
我が史上最強のラビッツ打撃陣にメッタ打ちにさせてやるのだ!
よいか!
この企画は必ず実現させろ!」
「か、畏まりました……」
少し離れた位置にはその場を見ている1人の老人がいた。
『読買グループ最高顧問』の肩書を持つ男である。
老人は心の中でため息を吐いた……
(去年わたしが出張している際に、神田選手に無茶を言って逆に怒鳴りつけられたそうだが……
先代様以外に叱られたことのないお坊ちゃまは、相当に激怒していたらしいな。
それに何故か恥をかかされたとも言っていたが……
どんな恥だったかは、その場の全員が口を閉ざして語らなかったが、まあ応接室の絨毯とソファが全て替えられていたから、想像はつくが……
それにしてもお坊ちゃま、いや現オーナーは、本当にあのミラクルボーイの活躍を知らないのだろうか……
しかも相手はワールドチャンピオンのギガンテスだぞ……
そうか、確か読買新聞はオーナーに遠慮してあの神田くんの活躍は一切記事にしてはいなかったか。
さらにラビッツ球団も、神田くんの記事を書いたマスコミはすべてラビッツの取材から締め出すと脅迫していたしな……
これがオーナー独裁の弊害か……
全てはオーナーに追従するしか能の無い茶坊主どもの責任だし、その茶坊主しか周囲に置かないオーナーの責任だろう。
先代様からお坊ちゃまの教育を任された私の責任でもあるがの……
今更私が何を言ったところで耳を貸すまい……
せめて私も少しその神田選手とやらのことを調べておくか……)
1週間後、俺はGMのブレットから呼ばれたんだ。
「いやシーズンオフに突然呼び出して申し訳ない」
「構いませんよ。それよりどうかしたんですか?」
「先日、日本の読買ラビッツという球団と日本プロ野球機関から、来年3月中旬に我がギガンテスと日本でオープン戦を行いたいという申し入れがあってな。
実は今、密かに日本のMHKテレビが日本でギガンテスの試合を放映したいということで、MLB本部とウチと放映権料交渉に入っているのだよ。
それでMLBの市場を日本に広げるに当たって、MLB本部もウチも前向きに検討しているんだが、念のために君の意見を聞かせて貰いたいと思ったのだ」
「はは、そんなことでしたか。
去年私がアメリカに来る前に、ラビッツのオーナーであり日本のプロ野球オーナー会会長でもある『サベツネ』っていう奴から、ラビッツに来るように大金を提示されて勧誘されたんですよ」
「それでなぜ君はラビッツに行かなかったのかね?」
「それは日本の球団のファームの環境があまりにも劣悪だったからです。
監督やコーチが碌にトレーニング理論も知らずに若手選手に怪我ばかりさせていたからですよ」
「それで君はワイルドキャッツを選んでくれていたのか……」
「それで、俺がラビッツを断ったことにサベツネが激怒しましてね。
『2度と日本で野球が出来ないようにしてやる!』って言いやがったんで、俺が説教してやったんですわ。
どうやらそれを相当に根に持ってるみたいですねぇ」
「なんだと……
そ、それにしてもだ。
その『サベツネ』という男は、今の君とギガンテスを相手に勝てるとでも思っているのかね?」
「ははは、実はサベツネは新聞社とテレビ局のオーナーでもあるんですけどね。
その新聞社とテレビ局は、オーナーの逆鱗に触れることを恐れて、俺のアメリカでのことは一切報道していないんです。
他のマスコミ各社に対しても、日本最高の人気球団であるラビッツへの取材を拒否するという脅しで俺の報道をストップさせているそうですし。
ですから当のサベツネ本人もMLBのことは全く知らないんでしょう」
「な、なんと愚かな……」
「それで、あいつらはオープン戦をやれという以外にどんな条件をつけて来てるんでしょうか」
「3試合開催するうちの2試合はラビッツ戦で、残りの1試合はオールジャパンが相手になるというものだ。
そのうちラビッツ戦の2試合に君を先発させることだけが条件だ」
「はは、それたぶんサベツネが言ったことそのまんまでしょう。
奴の側近には俺のことを多少知ってる連中もいたでしょうが、サベツネの怒りが怖くて誰も何も言えなかったんでしょうね。
それでは僭越ながら俺から提案があります」
「是非聞かせてくれたまえ」
「まずはその3試合のアメリカでの放映権料は、すべてMLBとギガンテスのものとすること。
入場料収入は折半でいいでしょう。
次に審判は全てMLB側が用意すること。
あ、公式記録員もですね。
それから試合で使用するボールは、全てMLBの公認球を使うか、もしくはギガンテスが攻撃するときだけは日本の公認球を使えるようにしましょう」
「先方はそんな条件を呑むかね?」
「大丈夫ですよ。
日本側の交渉窓口は、サベツネの意向に沿って試合をすることだけしか考えてませんから。
ですからどんな条件でも呑みますよ」
「そうか……
それではMLB本部にも連絡して、日本側のオファーを受け入れる方向で話を進めよう。
いや、貴重なアドバイスをどうもありがとう」
「どういたしまして」
「ところで君はこれからオフをどう過ごすのかね」
「去年と同じようにドミニカに行って、ミゲルやホセたちと一緒にキャンプを張ろうと思っています」
「さすがだな。
それでは申し訳ないんだが、若手のキャッチャーも3人ほど連れていってくれないだろうか。
それから出来ればワイルドキャッツのピッチャーも3人ほど。
もちろんサポートしてコーチやスタッフもつけよう」
「もちろん構いませんよ。
なんせコーチングフィーとして30万ドルも貰ってますからね。
でも一応ミゲルの村に宿泊費と食費を落としてやって頂けませんか」
「当然のことだな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2週間後、俺はドミニカに行った。
といってもまあ実際はロリンゲス村に行く途中のリジルっていう街に転移しただけなんだけど。
神保さんが街の外れに転移用の小さな家を買ってくれてたんだ。
パスポートを見たら、ちゃんとアメリカからの出国印とドミニカの入国印が押してあったんで驚いたよ。
さすがはなんでもありの大天使だわ。
因みに現在ロリンゲス村には俺の家を建築中だ。
外見は村の建物と同じ木と草の家だけど、強化魔法と結界魔法でガチガチに固めて、部外者の侵入は不可能にするらしい。
ついでに内部は空間拡張の魔法まで使って、広さを10倍ぐらいにするそうだ。
完成したら転移魔方陣で神界とも繋げて、めーちゃんも来ることが出来るようにするんだと。
ミゲルたちの結婚式は実に印象的だったよ。
顔と手に白い塗料で模様を描いて、カラフルな民族衣装を纏って。
そうして花嫁のマリーアは、髪や衣装にたくさんの花の飾りをつけてるんだ。
この時期に咲く花をマリーアの両親が一生懸命育ててたそうだわ。
そうして不思議な抑揚をつけた誓いの言葉が終わると、村人たちが静かに踊り始めたんだよ。
新しい夫婦を祝福して村の仲間として認める踊りだそうなんだ。
ミゲルもマリーアも、感激してずっと泣いてたな。
うん、たぶんこういう結婚式って、この地で何百年も、ヘタしたら何千年も受け継がれて来たものなんだろう。
なんか素朴さの中にそういう歴史の重みと荘厳さを感じたわ……




