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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
76/157

*** 76 初登板 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 いよいよ俺のデビュー戦の日になった。



 このころようやくジョーの新型防具が完成したんだけど、八王子製作所の専務さんがわざわざアトランタまで届けに来てくれたんだよ。

 それはそれは素晴らしい出来だったぞ。

 俺は心から礼を言って、専務さんとその部下の人にホーム裏の特等席のチケットを渡したんだ。


 ジョーも随分と喜んでたけど、作ってくれたクラフトマンに会って直接お礼が言えなかったのをかなり残念がっていたわ。



 そうして、このとき初めてジョーが特殊防具をフル装備したんだ。

 今までの4試合ではグレーのネックガードと手首ガードしかしてなかったから目立ってなかったけどな。


 おおおー、この暗黒騎士風特殊防具、な、なんてカッコいいんだ……

 見た目もすっげぇおっかないし。

 あはは、ミゲルが腰抜かしてるわ。


 そうそう、俺が投げるときだけミゲルはギガンテスに呼ばれてベンチ入りするんだ。

 まだ俺の球を受けられるのはジョーのおっさんとミゲルだけだからな。

 ミゲルは貴重なバックアップ要因っていうこった。

 あっちこっちに移動するのはミゲルも大変だろうけど、でもまあ嬉しそうだったからいいか……


 これは随分後になって聞いたんだけど、ミゲルのヤツ、移動用に球団が用意してくれてたファーストクラスのチケットを、全部エコノミークラスに変えてたんだと。

 それでだいぶ貯金が出来たって喜んでたわ……




 ジョーのおっさんがフル装備でグラウンドに現れると、スタンドが盛大にどよめいてたよ。

 ブレーブスたちの選手まで目が点になってたし。

 ホーム裏席で見ている専務さんも嬉しそうだわー。


 それにしてもすんげぇ威圧感だ。

 お、おっさんがアンパイアに防具見せて確認しとる。

 でも野球用具制作のプロが作ったもんだからな。

 ルール的な問題は全くないだろう。




 それから俺、ブレーブスの本拠地アトランタ・フルトン・カウンティスタジアムを見て、今更ながらにフリーズしちまったんだわ。


 だって観客席とフィールドを隔てるフェンスもネットも無いんだぜ!

 バックネットも無くって完全に素通しなんだぜ!


「ははは、ユーキよ、今頃気づいたんか。

 メジャーの球場はみんなフェンスなんぞ無ぇんだ」


「……………」


「よく見ろ、客がみんなグラブ持ってるだろうに。

 だがまあ当面ライズボールは封印だな。

 ファウルチップならまだしも、お前ぇの球が直接客に当たって怪我でもさせたら気分悪ぃからな。

 そのうち投げさせてやるからそれまで待ってろ」



 ま、まあしょうがないよな……

 気づいてなかった俺が悪いんだから……


 でもさ、これでなんか緊張が解れたわ。

 あとはジョーのミット見てサイン通りに投げるだけだ。

 配球を考えなくて済む分、ピッチングに集中出来ていい感じだろう。





 俺は初回の1球目からゾーンに入っていた。

 もうジョーのサインとミットしか見えてねぇんだ。

 しかもなんか周りがスローモーションみたいに見えるし。

 ああ、これ『投げ禅』の境地か……

 これほどまでの集中はモントリオール以来かも……


 俺の打順が回って来ても、早くピッチングしたくって、初球から思いっきり打ってすぐに打席を終わらせてたよ。


 こんなに投げたいって思ったのは初めてかもしらん……



 もちろん試合経過とかはぜんぜん覚えていなかったわ。

 ただ意識の外側ではなんか違和感もあったけどさ。


 最初は『ナイスピッチング!』とか言ってくれてたチームメイトがなんにも言わなくなって来たとか、ダグアウトで誰も俺の近くに座らなくなったとか……

 それにみょーにスタンドが静かなんだよ。

 1塁側も3塁側も……

 なんでだろうな……



 それでなんか1人の打者を三振に打ち取ったら、球場全体に大歓声が炸裂したんだ。

 客は全員立ち上がって拍手してるし。


 なんだなんだ?

 何が起こったんだ?


 それでチームメイトがマウンドに集まって来て、ジョーに握手を求められて、俺はようやく試合が終わっていたことに気づいたんだ。


「お前ぇ、まさかゲームが終わってたことにも気づいてなかったんか……

 マジでとんでもねぇヤツだな……」


 ジョーの呆れたような声を聴いて、俺は初めてスコアボードを振り返った。


 ギガンテスの得点は8。

 ヒットは10本、ホームランは5。


 ブレーブスの得点は……

 ああ、ゼロか。

 っていうことは俺はメジャー初登板で勝てたみたいだな……


 ん?

 打たれたヒット0?

 ウチのエラーも0?

 そしてもちろん四死球も0だ。


 ってぇことは……

 またパーフェクトゲームやっちまったのか……

 へへへ。



「ほれ、帽子を脱いで客のスタンディングオベーションに応えてやれや」


 ジョーに促された俺は、マウンドを降りて10歩ほど3塁側に移動して帽子を脱いで上に上げた。


 ん?

 なんでみんなどよめいてるんだ?

 あ、ああ、俺の髪型か……

 どよめきの後はまた拍手と大歓声が凄かったけど。


 それからバックネット方向に歩き、また帽子を上げる。

 あはは、専務さんが号泣しとるわ。


 それから1塁側、ライトスタンド、レフトスタンド、最後にもう一度3塁側を向いて帽子を上げた俺は、笑顔のチームメイトに肩を叩かれながらベンチに戻ったんだ。


 はは、ミゲルまでわんわん泣いてやんの。



 そしたら俺、その場で無茶苦茶眠くなったんだ。

 そう言えば前世でも敵の軍団を殲滅し終えると、アドレナリンが分解されて急に眠くなってたか……

 あの時ぁ『警戒』と『絶対防御』の魔法だけ張って爆睡してたけど、今世では魔法の必要が無いからラクでいいなぁ……


 そんなことを考えながら俺はベンチに座ったまま寝ちまったんだ。

「おいおい、この野郎寝ちまったぞ!」っていうジョーの声を聴きながらな。



 翌朝俺はベッドの上で目が覚めた。

 あ、ユニフォームだけ脱がされてるわ……


 それでシャワー浴びて着替えてレストランに行ったらみんなに笑われたよ。

 かなり驚かれてもいたけど。


 それでみんながいろいろと教えてくれたんだ。

 昨日はベンチで寝ちまった俺が、揺すろうが叩こうが一向に起きないんで、仕方がないから神保さんたちがストレッチャーでホテルまで運んでくれたんだと。

 なんかホテルの支配人がぎょっとしてたらしいぞ。


 それにどうやらニュービーの初登板パーフェクトゲームって、長いMLBの歴史の中でも初めてだったらしい。

 ついでに一試合奪三振20は、メジャータイ記録だそうだ。

 どうやら集中のあまりまたやらかしちまったみたいだわ……



 それにしてもだ。

 まあ、3塁側のギガンテスファンは分かるんだけど、1塁側のブレーブスファンも拍手してくれてたんか……

 メジャーでは敵味方関係なく素晴らしいプレーには拍手してくれるって、本当だったんだな……

 薄汚ねぇオヤジがヤジばっかり飛ばしてる日本の球場とはエラい違いだわ……


 それにこれも後で知ったんだけど、ジョーがホームラン1本打ってて、俺は2本も打ってたそうだ。

 俺がそれ聞いて驚いてたら、驚いた俺を見てチームメイトがもっと驚いてたよ。



 こうして俺は最高のメジャーデビューを飾れたんだけどさ。

 翌日から俺の登録名が『ミラクルボーイ』になっちまったんだ。

 どうやら球団側は、俺が無難なデビューが出来たらこの名前に変えようとして準備してたんだと。


 まあ、『ユーキ・カンダ』とか言っても完全に無名だけど、『ミラクルボーイ』の名前は北米大陸では伝説になってるからなぁ。

 多くのMLBファンが、『ミラクルボーイ再び!』とか叫んで俺を注目してくれるようになったらしい。

 しかもあの『ソフトモヒカン』は『ミラクルボーイ』の象徴だし。


 それじゃあ俺もその声援に応えなきゃだわ。

 でもたぶん、ゲーム中にはまたなーんも考えていないだろうけど。




 そうそう、あの専務さんが別便で送ってくれてた打者用防具一式が届いたんだ。

 特にケブラーのベストには脇腹と背中部分にチタンの輪がついてて胴体の保護もばっちりだし、腰から腿までを覆うプロテクターもある。

 動きやすさと堅牢さを両立させるのに相当に苦労したそうだ。

 俺も試しにフル装備して打撃練習してみたんだけど、ほとんど動きは阻害されてなかったよ。

 20球も打つと装着してることも忘れたほどだし。

 さすがは専務さんだわ。


 それに、これもチームカラーの黒とオレンジで塗装されててすんげぇカッコいいんだぜ。

 オレンジの部分が少ないから相当に厳つく見えるし。



 へへへ、これでもうデッドボールも怖くねぇな。

 それで俺やジョーが打席に立つ度にその防具つけるもんだから、これが実に目立つんだわ。

 そのせいでみんなにもせがまれて、ベンチ入り人数分追加発注することになったよ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 俺の鮮烈なデビューを見たチームメイトたちが奮起したこともあって、ギガンテスはロード9連戦を5勝4敗で終え、ホームのサンフランシスコに戻って来た。

 そしてサンディエゴ・パドレスを迎えた第10戦目、俺はまたマウンドに立ったんだ。



 ジョーがホーム用のモビルスーツ風防具をつけて出てきたら客は大喜びだったわ。


 でも……

 うーん、ホーム開幕戦だっていうのに1塁側は満員じゃないんかよ。

 まあ80%ぐらいの席は埋まってるけど。

 3塁側は50%ぐらいか……

 外野席に至っては半分も埋まってねぇな……


 後で聞いたんだけど、これでもいつもよりは客の入りは良かったそうなんだ。

 やっぱりリーグ8位のチームだとこんなもんらしい。

 去年はホームゲームでも客の入りは50%行ってなかったそうだし。


 ファンって贔屓のチームに感情移入して応援するから、味方チームの負けが込んで来るとそんなゲームを見てるのが辛くなって、どうしてもボールパークから足が遠のくんだと。

 だから去年のギガンテスの試合の地元テレビ視聴率も8%行ってなかったそうだし。

 だからみんな勝つために必死になってるんだな……




 試合開始前にバックスクリーンの大型画面に、ピンポーンとかいう音と共に球団からのお知らせが表示された。


 なになに?


『お客様にお知らせいたします。

 ミラクルボーイの得意とする球種の中に、ライズボールと呼ばれるホップする変化球があります。

 この球は、投げ出しは普通のストレートに見えますが、途中から急上昇してそのまま観客席に飛び込みます。

 当面の間、ミラクルボーイが投球する際にはお客様の危険を避けるために、ネットを降ろさせて頂きたいと思います。

 ホーム裏席のお客様にはご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません』


 そうして軽快な音楽と共に屋根の上から15メートル四方ぐらいのネットが降りて来たんだわー。

 よく見たら屋根の上に球団職員の兄ちゃんたちがいて、手動でネット降ろしてるし。



 それでゲームが始まったんだけどさ。

 あー、やっぱり初球のサインはライズボールかよ。

 まあいいか、ファンサービスだな。


 そしたら、驚いたことにパドレスの先頭バッターが思いっきり空振りしたんだ。

 メジャーの選手たちって、初球からガンガン振って来るし、この球って途中までは真ん中やや低めの絶好球に見えるから。


 もー観客は大喜びよ。

 初めて見る変化球が特設ネットに突き刺さってるんだもんな。

 その後大型スクリーンで3回も再生映像流してたし。

 バッターの顔は真っ赤になってたけど……




 そうして有難いことに、それから俺はまたゾーンに入れたんだ。

 なんか今まででも最高に周囲がゆっくり動いてたな……

 ん?

 この感覚……

 前にも一度味わった覚えがあるぞ……


 そうか、これは前世で敵の皇太子率いる5個師団との最終決戦に挑んだときと同じ感じか……

 頭の奥底は冷えてるのに体は熱いままで勝手に動く感じだな……





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