*** 75 ロースター入り ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織や用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
俺たち一行はアリゾナの地に降り立った。
俺はまた天使さんたちに頼んで髪型を『ソフトモヒカン』にしてもらったんだ。
まあ俺の『勝負髪型』だな。
なんか俺の頭見たおっさんが硬直してたけど……
チームメイトもあんまり話しかけてくれなくなってたけど……
なんでだ?
それで翌日のオープン戦の先発を言い渡されたもんで、俺のモチベーションは爆上がりよ。
オープン戦とはいえついにメジャーデビューだぜ!
でもさ、翌日のメンバー表見てちょっとがっかりしたんだ。
だってギガンテスの先発メンバーはほとんどサクラメント組なんだもんな。
相手チームもどうやら全員マイナー組のようだし。
どうやらこの時期はどのチームもこんなもんらしい。
なんだよ、これじゃあウインターリーグと変んねぇじゃねぇか!
その鬱憤をボールに乗せて、俺は全力で投げて打ったよ。
それで責任投球分が終わってみたら、6回までで三振18個だったわ。
つまり全員三振な。
場外ホームランも2本打ったし。
ま、まあ、ちょっとだけすっきりしたか……
相手チームの監督の目が真ん丸になってたけど。
そうそう、ミゲルもホセもサンディもヒット打ってたぞ。
なんかすっげぇ嬉しそうだったなぁ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アリゾナのキャンプ地に幕張さんと稲毛さんが到着した。
とうとうギガンテスと正式契約を結んだらしい。
それで年俸聞いてびっくらこいたよ。
1人10万ドルだってさ!
それ日本円で2500万円じゃねぇか!
2500万円以上の年俸貰ってる日本のプロ野球選手なんて、当時は半分もいねぇぞ!
なんせNPBの1軍平均年俸がようやく1000万円に届いた時代だし。
メジャーって、すげぇんだな……
そしたらさ、幕張さんと稲毛さんが俺の肩を叩いて微笑んだんだ。
「神田くん、おめでとう。
君の論文が全米スポーツ医学学会の新人賞を獲得したよ。
たぶんこれからたくさんの大学から招聘が来るだろうけど、断るのがたいへんだろうね」
「でも今3Aで投げてて、もう少しでメジャーに上がれそうだからって断ったらみんな納得してくれるんじゃないか?」
「それで君の論文の正当性が実証されて、さらに勧誘が激しくなるかもね♪」
そしたらさー、本当に招聘が来ちゃったんだよー。
それもなんとスタンフォード大学の医学部から。
なんでも医学部長が俺の論文読んで、その斬新な発想と実践姿勢にいたく感激してくれたそうなんだ。
なんでも『研究者は机上の研究だけじゃあなくって、現場で実践しろ!』っていう信念の持ち主らしい。
それでラボと研究費30万ドルと助教授相当の地位を用意するから、スタンフォードに来てくれって言うんだわー。
でも、今3Aのワイルドキャッツにいて、もうすぐギガンテスに上がれるかもしれないからって言って断ったら、なんと医学部長本人がアリゾナまでやって来たんだ。
アメリカのエラいさんってフットワーク軽いのな。
それでその学部長さんは、俺が先発してまたパーフェクトに抑えた試合を見た後に、ジョーのおっさんと球団のGMがいる前で俺と話をしたんだけどさ。
『わたしがあの研究をしていたのは、すべてわたしの野球能力を上げるためだったんです。ですからお誘いは大変ありがたいんですけど、今ようやく夢が叶うかもしれないところまで来ていますから……』
って言って断ったんだ。
そしたら、
『気が変わったらいつでも来てくれたまえ。それにこれからは論文を書いたら是非私のところにも提出して欲しい。アメリカでも博士号が取れるようにサポートさせてもらうよ』
って言って、にこにこしながら帰って行ったんだよ。
どうやら俺の行動が究極の実践だと理解して嬉しくなったらしいわ。
さすがのジョーもGMさんも目が点になってたぞ……
そういう話が広まったせいもあって、『ユーキメソッド』の打撃訓練は大盛況よ。
しかもそれを推進してたのがチームリーダーのジョーだからな。
それで俺はまたみんなの前で練習の見本をやらされたんだ。
もちろん練習の目的を説明しながら。
そしたら驚いたことが二つあったんだ。
一つ目は、全ての訓練が室内練習場で行われたことだ。
つまり観客や報道陣を完全にシャットアウトしていたんだわ。
室内でティーバッティングすると音が煩くって耳に良くないんだけど、わざわざ小さいイアープロテクターつけたり天井近くの窓を全部開けたりしてたよ。
そういえば他球団のスカウトっぽいやつらも大勢スタンドにいたし。
でもどうやらこいつらって偵察に来てるっていうより、自分のチームに足りない人材をトレードするためにチェックしに来てるんだそうだ。
それで3月下旬には、サンディがアメリカンリーグの球団にトレードされて行ったんだ。
どうやら先方は若くてバッティングのいいレフトフィールダーを探していたそうだな。
それで契約がメジャー契約だったもんで、サンディは泣いて喜んでたわ。
向こうのチームに合流するためにキャンプを出発するときには、俺の手を握って号泣しながらお礼を言ってたし……
それから俺が驚いた2つ目のこと。
初日の『ユーキメソッド』の練習が終わってすぐ、俺は2人のデカいおっさんたちに呼び止められたんだ。
こいつら確か3番打ってるサードのフィリップと、5番打ってるファーストのクリストファーとかいう奴らだよな。
「おい若ぇの。
お前ぇさっきジョー・キングのことを『ジョー』って呼んでたな」
「それでよくぶん殴られなかったもんだわ。
いいか、ギガンテスの若手は全員あいつを『ミスター・キング』って呼んでるんだぞ」
「あいつをジョーって呼べるのは俺たちクリンナップぐらいなもんだわ」
「はあ、それがミスター・キングから、『俺のこたぁジョーと呼べ、次にミスター・キングとか言いやがったらぶん殴るぞ』って言われたんスよ……
それで仕方なく……」
「な、なんだと……」
「も、もうジョーがお前ぇを一人前だって認めたっていうんかよ……」
「仕方ねぇな、俺のことはフィリーと呼べ」
「俺はクリスだ」
「いいんスか?」
「バカ言うなよ、あのジョーが名前呼びさせてんのに、お前ぇに俺たちをファミリーネームなんぞで呼ばせたら、俺たちがジョーにぶん殴られるぞ」
「そのとおりだな。
ユーキよ、これからよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします……」
ははは、さすがにメジャーでも発想は体育会系だったんだな……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺がオープン戦の3試合目に投げる頃、味方も相手もメジャーの選手が増えて来た。
まあ、それでもこの時期はバッターに比べてピッチャーの方が仕上がりが早いからな。
俺は去年からずっと仕上がったままだけど。
それで、その試合も6回までノーヒットに抑えてマウンドを降りたんだ。
これで3試合、18回を投げて未だにヒットゼロだ。
でもさ、そのころになるとサクラメント組はもうあと6人しか残っていなかったんだわ。
俺とドミニカン2人とあと3人は2年前の国内ドラフト上位指名選手だったよ。
他のみんなはまだメジャーは無理だっていうことで、ワイルドキャッツに戻されてたんだ。
まあ、いつものことらしいけど。
そして3月下旬のロースターの発表日、エクスパンドロースター40人に残れたのはこの6人だけだったんだ。
そのうちアクティブロースターに入れたのは俺だけだったし。
ん?
エクスパンドロースターっていうのはいわゆるメジャー契約をする選手だ。
そのうちベンチ入り出来る25人をアクティブロースターって言うんだよ。
そしてベンチ入り出来ない15人は、メジャー契約をしつつもマイナーリーグで野球をすることになるんだ。
「明日からワイルドキャッツに戻る5名の諸君。
君たちはがっかりする必要は無い。
たぶん諸君の全員がシーズン中に一度はギガンテスに呼ばれることになるだろう。
よって、いつ呼ばれてもいいように、常に万全の状態でいて欲しい」
GMさんにそう言われて、みんな嬉しそうだったよ。
ミゲルとホセの年俸は5万ドル。
まあメジャーの最低年俸だけど、2人ともやっぱり泣いて喜んでたわ。
俺の手を握って何度もお礼を言ってたし。
俺の年俸提示は10万ドルだった。
それで、アンジーとも相談した結果、年俸を7万ドルにする代わりに、インセンティブをつけてもらうことにしたんだ。
勝利数10勝で2万ドルのボーナス。
その後は1勝に付き1万ドルのボーナス。
ホームランは10本で2万ドルのボーナス。
その後は1本に付き5000ドルのボーナスってな。
そしたらGMさんが笑って、インセンティブはそのままOKで、年俸も10万ドルのままにしてくれたんだ。
へへ、ルーキーにゃそんなインセンティブ獲得はいくらなんでも無理だと思ったのかな?
それから球数制限についても聞かれたんだけどさ。
まあ俺には必要無いよな。
イザとなったら左投げもあるし。
その代わり、8回まで無得点に抑えてたら、9回も余程のピンチにならない限り続投させてくれって言ったら、GMさんが驚いてたよ。
因みに俺の背番号は30番になった。
けっこう小さい番号を貰えたのは、それなりに期待してくれてるんだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3月下旬のオープン戦最終戦。
相手はアメリカンリーグのチームだったんだけど、この時期にはもう両チームともアクティブロースターの選手ばかりになってたよ。
そして先発は俺。
シーズン開幕したら、俺は5戦目の先発予定だったからな。
それで無難に投げてたんだけど、さすがはメジャーで相手の3番と4番に1本ずつヒット打たれちまったわ。
まあ球数制限も外れてたし、散発安打だったんで9回まで無得点に抑えられたけど。
いわゆる完封勝利ってぇやつだ。
そうそう、ジョーに言われてあの牽制球はオープン戦では一度も投げてないんだ。
シーズン始まってから、ここぞというときまで取っておけって言われたわ。
これで明日は移動日になって、明後日はいよいよ適地ロサンゼルスに乗り込んで宿敵ドジャースとの開幕ゲームになる。
因みにウチのギガンテスって、当時はピッチャー主体のチームだったんだ。
投手陣はかなり防御率が低くって優秀だったんだけど、打撃陣があんまり打てなかったんだよ。
チーム打率も24.2%しか無かったし。
だから去年の成績はリーグ8位で西地区4位だったんだ。
それが去年、エースの1人が怪我と年齢で引退しちまったもんだから、今年の下馬評はさらに下がってたんだわ。
それでベンチ入りするアクティブロースターには、俺以外の若手ピッチャーが3人ほど入ってたんだ。
まあ、こいつらは最初はセットアッパーかロングリリーフで出場するんだろう。
ついでにクリーンナップ3人の平均年齢が全28球団中21番目に高いこともあって、GMさんなんかは相当にチーム若返りに尽力しなきゃなんなかったらしいな。
ということで、去年の順位が低かった俺たちギガンテスは、開幕から3連戦3カード終わるまではホームゲームはお預けっていうこった。
開幕戦は惜しくも1-2で負けちまったよ。
ピッチャー陣は2失点で頑張ったんだけど、いかんせん得点がジョーのソロホームラン1本じゃなぁ。
第2戦は打撃陣が奮起してなんとか勝ったんだけど、第3戦はやっぱり打線が打てなくって負けちまったわ。
これで3連戦を1勝2敗で終えて、次はアトランタに移動してすぐブレーブス戦だ。
その第1戦も、ジョーが頑張ってホームラン2本打ったんだけど、他の打撃陣が打てずに惜敗だった。
そういえば、外角低めのストレートをジョーにホームランされた相手ピッチャーが首を傾げてたぞ。
はは、きっと去年までのジョーの弱点を突いたのに、打たれて不思議だったんだろう。
でもジョーはティーバッティングで外角低め対策さんざんやってたからな。
動体視力ポイントも40まで上がって来てるし。
2月下旬から『ユーキメソッド』やってたジョーは、どうやら打撃開眼していたらしい。
もともとパワーはとんでもねぇから、動体視力上げて首回しても眩暈がしなくなってるせいで、どうやら本当にインパクト直前まで球を見られているようだ。
おかげでパカスカ打ってたよ。
次話より、いよいよ第5章メジャーリーガー篇が始まります。
お楽しみに!




