*** 74 原宿研究室メジャー進出 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
翌朝、ジョー・キングはアリゾナ州のギガンテスキャンプ地に電話をかけていた。
「ああ、ブレットか、ジョーだ」
「なんだジョー、まだサクラメントにいるのか?」
「うむ」
「ということは、あの査定5000ポイント超えの男が本物だったということか……」
「そうだ。俺の想像の遥かに上を行っていた。
それですまんが、俺はあと5日ほどここにいる」
「まだ確認することがあるのかね?」
「あんたも知っての通り、エリックが日本からトレーニングコーチを招聘しているだろう」
「2人に1年で10万ドルもの大金を払ったそうだな。
メジャーの新人並みの年俸を払うとは……」
「いや、そいつらはただのトレーニングコーチじゃねぇんだ。
日本最高峰の大学の研究室に所属していて、日本の医師免許と博士号も持っている。
まあアメリカで言えば、ハーバードかスタンフォードの医学部に所属する博士号持ちの講師と助手という立場の奴らだ」
「なんだと……」
「そんな連中が、たかが1人5万ドルでコーチングに来てくれたのは、ワイルドキャッツの選手たちを題材にして論文を書くためらしい」
「そうだったのか……」
「あんたも知っての通り、ワイルドキャッツのチーム打率が急上昇しているだろう。
おかげでウエストコーストリーグの首位争いに加わっているが」
「それがそのコーチングのおかげだというのか……」
「そうだ。間違いないだろう。
そして、そのコーチングの元になった論文は、なんとユーキが書いたものだったんだよ」
「な、なんだと……」
「ヤツぁそのまま日本に居れば博士号も取れていたはずなんだ。
だが年棒たった2万ドルのマイナーの入団テストを受けるために、アメリカに渡って来たんだ」
「凄い男だな……」
「ああ、凄ぇ男だ。
それからな、今のワイルドキャッツの打率上位4人は、ユーキを筆頭に、加えてドミニカン3人なんだ。
そしてそのドミニカンたちは、このウィンターホリデーにユーキと一緒にドミニカでキャンプを張っていたそうだ。
そうしてその間、『ユーキメソッド』を叩き込まれたんだとよ。
打率が30%に乗った時、みんな泣きながらユーキに礼を言ったそうだ」
「なんと……」
「それで俺はあと5日ほど連中のコーチングを見てからアリゾナに行く。
場合によったらあのコーチたちと契約してギガンテスに来て貰おうと思っている。
それでけっこうなカネがかかっちまうと思うんだが、構わねぇか?」
「先日も言ったとおり、君には引退前からGM補佐としてトレーニングマネージャーを任せたいのだ。
GMの私は球団経営や市やスポンサーとの折衝に専念するつもりだ。
おかげで現場に出る時間があまり取れないのだよ。
だから、実際のゲームはGM補佐として現監督のガイエルに任せ、選手のトレーニングは同じくGM補佐になる君に任せたいと思っているんだ。
このことはもちろんオーナーの了解も得ている。
やはり球団の収入アップには、チームの勝ちが欠かせないからな。
君たちには期待しているんだ。
それで先日君に選手のコーチング費用として200万ドルの自由裁量権を渡すと言ったはずだ。
その範囲内ならば使途は君の自由だ。
その金額を超えそうなときだけわたしに相談すればいい」
「わかった、ありがとう」
「礼を言う必要は無い。
そうしたカネを使うことこそが、君のプレーイングマネージャーとしての役割なのだから」
「了解した」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はエリックに頼まれてジョーのおっさんの首と手首をマッサージしていた。
(やっぱり相当に痛んでいるなぁ……
こんなんでよくキャッチャーなんかやってられるよ。
まああと5回ぐらいマッサージしながら『キュア(超勇者級)』を少しずつかけて治してやるか……)
その日のマッサージが終わった。
「ミスター・キング、首と手首の具合はいかがですか」
「ジョーだ」
「は?」
「俺のことはジョーと呼べ」
「は、はぁ」
「今度ミスターなどと呼びやがったらブン殴るぞ」
(ほんっと愛想の無いおっさんだわー……)
その日の夕方、宿舎に帰ったら八王子製作所から荷物が届いていた。
おー、さすがは専務さんだ。いーい仕事だねぇ。
俺が頼んでいたのは、まずはキャッチャー用の新型ネックガードだった。
首に衝撃を受けても後ろには倒れないようになっているのは前の通りなんだけど、前部に少し隙間があって首を前には倒せるように改良してある。
今までのものだと前に零した球を拾い辛いからな。
また、打者用のネックガードは、上下2段に分かれた構造になっていて間にベアリングが入っているんだ。
これによってデッドボールに備えつつ、首を左右に回しやすくなったな。
ついでにストッパーもついてるから、左は120度まで回せても右は60度までしか回せないようにとか調節出来るし。
俺は翌日のウインターリーグでまた先発を命じられた。
最長6回まで、もしくは60球以内という条件だ。
まあたったの60球だから、いつも通りにノーヒットに抑えたよ。
ホームランと2塁打も打ったし。
ミゲルもホセもサンディも打ちまくってたわ。
3人合わせてヒット8本だもんな。
それで気分よくサクラメントに帰って来た俺は、ジョーのおっさんに最後のマッサージをしてやって、首と手首を完治してやったんだ。
おっさんは長いこと手首も首も動かしてたよ。
「そうそうジョー、日本から新型のネックガードが届いたんですけど使ってみてくれませんか。
守備用と打席用の両方ありますんで」
「………わかった………」
そしたらおっさんが打者用ネックガードつけて首の筋トレを始めたんだ。
そうか、こんな使い方もあったんだなぁ。
ティーバッティングやメトロノームトレーニングや動体視力訓練は毎日やってるみたいだし。
『ユーキメソッド』をよっぽど気に入ってくれたようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
「なあ、エリック。
あの『ユーキメソッド』を教えられるトレーニングコーチなんだが、ギガンテスのキャンプに連れて行きたいんだ。
代わりにワイルドキャッツはあと2人ほど日本からコーチを呼べるか?」
「はは、とうとうユーキの研究室もメジャー進出か。
ところでコーチングフィーはいくらぐらいを考えているのかね」
「一人当たり年俸10万ドルでどうだろうか」
「そんなに払うのかい」
「うむ、その代わり、メジャーとの契約はウチとの独占契約にしてもらうつもりだ。
もちろん『ユーキメソッド』のコーチングも非公開にしてな」
「はは、もうとっくに論文誌で公開されてるテクノロジーなのにな」
「それだけ俺たちが勉強不足だったってぇこった」
「うん、その通りだ」
「さらにチーム打率が26%に乗ったら、コーチたちにはあと5万ドルずつのインセンティブボーナスも考えている。
それから、日本から呼ぶワイルドキャッツのコーチたちの年俸も10万ドルに上げたらどうだろうか。
もちろん差額分はギガンテスが持つ」
「それはそれは……
随分と『ユーキメソッド』に惚れ込んだもんだね」
「今日打席に立ってみたんだが、信じらんねぇぐらいボールがよく見えた。
苦手にしてた外角低めでも柵越え5本打てたしな……」
「そうか……
ユーキが『野球上級者ほど効果が大きい』と書いていたのは本当だったんだな……」
「ところでその論文誌とやらはどこで買えるんだ?」
「ウチはスタンフォードの購買部で買ってきた。
もちろん定期購入の手続きもしてある。
アシスタントにもう一度行ってもらって、バックナンバーはギガンテスのクラブハウスに届けさせよう。
君の名前で定期購読も契約するかい?」
「頼む」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日俺はエリックに呼ばれた。
俺以外にもミゲルたちを含めて20人ほどの選手がいる。
「きみたちには、明日アリゾナに行ってギガンテスに合流してもらいたい。
そこでオープン戦に参加することになるだろう。
メジャーのロースターに入るのは実に狭き門だが、是非その栄誉を勝ち取って来てくれたまえ」
はは、みんな嬉しそうな顔しちゃってまあ。
そしたらそのあとジョーのおっさんに呼び止められたんだ。
「おいユーキ、俺の分の防具を注文しておけ。打席用も含めてフル装備だ」
「ラジャー」
「ところでデザインはあれだけしか無ぇのか?」
「ええ、今のところ」
「防具の性能はいいが、デザインが地味でいけねぇ。
もっと派手で厳ついもんを特注出来るか?」
「ええまあ……
ですがあの防具、チタン合金を使ってるんですわ。
それが特注となるとかなりの金額になりますけど……」
「お前ぇ、俺の年俸がいくらか知らねぇんか?
そんなもんはヒット1本余分に打ちゃぁつりが来るわ。
ウチのチームカラーの黒とオレンジ色を使ったもんを頼む」
「それじゃあいくつかデザイン画を用意させますんで、その中から選んでください」
「おう」
それで神保さんにデザインを頼んでみたんだけどさ。
神保さん張り切って2030年に飛んでって、プロのアニメデザイナーにデザインを注文しちゃったんだよ。
防具の実物とチームの旗と札束渡して……
なんでもメカデザインの専門家2人と武器デザインの専門家に2人に、厳ついデザインを注文したんだとさ。
5日以内に描けって言ったそうなんだけど、前金で300万円も渡したんで、みんなすっげぇ張り切ってたそうだ。
まあいちおう尖った突起物なんかは選手の安全のために付けないようにっていう条件は付けたそうなんだけどな。
それで出来上がったデザイン画見て驚いたよ。
みんななんてカッコいいんだ……
俺、常々考えてたんだけどな。
俺が今いる1980年代と2030年って何が一番違うのかって。
そりゃまあ1980年代にはネットもスマホも無いけど、そんなもんよりなにより大きく違っているのは『デザイン』だと思うんだ。
服にしろ建物にしろ車にしろ、デザインがぜんぜん違うんだよ。
みんなも80年代の写真とか見てみ。
特に髪型や服なんかすっげぇダセぇから。
デザインの進化って凄かったんだな。
その2030年のプロのアニメデザイナーが描いたさらに未来的なデザインだからさ、そりゃもう全然違うんだ。
特に暗黒騎士風のデザインは、真っ黒に塗られたゴツい防具にエアブラシでボカした「S」と「G」の文字が浮かび上がるように描かれてて、実に厳つくてカッコよかったよ。
チタン合金製の防具には肋骨みたいにところどころ隙間が空いてるんだけど、その隙間もガンメタのグラデーションで強調されてて、まるで鋼鉄で出来た肋骨みたいに見えるし。
防具の周囲もランドドラゴンの甲羅の周囲みたいに見えるし。
そのデザイン画を見せたら、さすがのおっさんも目が真ん丸になってたわ。
その中でおっさんが選んだのは、モビルスーツ風のデザインと暗黒騎士風のデザインの2つだったよ。
どうやらホームゲーム用とビジターゲーム用にするつもりらしい。
それで神保さんがそのデザイン画を持って日本に『転移』して、あの専務さんのところに持ち込んでくれたんだ。
そしたら専務さんも会長さんも硬直して、しばらく口も利けなかったそうだわ。
それで、量産体制を整えるには1年近くかかるそうなんだけど、1点ものだったらすぐに作ってくれるって言うんだ。
それで神保さんが1000万円の札束渡して、さらにデザインの使用権を譲って作ってもらうことにしたんだと。
こんなに貰うわけにはいかないっていう会長さんに、『なにしろメジャーリーガーが使うもんですから』って言って無理やりカネ置いて来たそうだわ。
そしたら専務取締役さん自ら工房に籠って作り始めてくれたんだ。
どうも自分が作ったもんがメジャーで使われるかもしてないって思って、ワクテカだったらしいな。
塗装については、出来るだけデザイン画を忠実に再現するために、エアブラシ画専門のイラストレーターに注文するそうだ。




