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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第4章 メジャー挑戦篇
73/157

*** 73 『威圧』対『覇気』 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 そのときおっさんがまた吼えたんだ。


「待て、俺が受ける。ミットを貸せ」


「あー、ダメっすよ、特殊防具装備してくださいよ」


「なんだと……

 お前ぇ、俺のキャッチングに意見しようってのか……」


 おいおい、すんげぇ『威圧』かましながらずかずか近づいてくるぜ。

 ふーん、『威圧Lv5』ってとこか。

 この地球じゃあかなりのもんじゃね?

 魔法じゃなくって、地の迫力だけでこんだけの『威圧』出せるのは大したもんだよ。


 しょうがねえな、それじゃあ俺も『威圧Lv5』で……

 いや違うな…… そうだな、『覇気』で行くか……


 俺は『威圧』を発散しながら近づいて来るおっさんに『覇気Lv5』をぶつけた。


 俺の2メートル前で立ち止まるおっさん。

 ほほー、『威圧』がさらに膨れ上がったか。

 それじゃあ俺も『覇気』をLv10まで上げてみますかね。

 あんまり上げ過ぎないように気を付けないとな。

 うっかりLv100とか発動しようもんなら、半径30キロ以内の生物が全部気絶しちまうから。

 そんなことになったら、近所のインターステートで交通事故の嵐になって、1000人ぐらい死んじまうから気を付けてと。


 あ! やべぇ!

 上空飛んでた鳥が気絶して落ちて来た!

『転移』! そんでもって『キュア』!

 あー、100メートル離れたところに転移出来て無事飛んでったよ。

 よかったよかった。



「もう一度言ってやる。すぐに投げろ!」


「ダメっすよ。ヘタすりゃアンタ死にますぜ」


「…………」


「…………」


 あー、また『威圧』が上がったよー。

 額中に青筋立てちゃってまぁ……

 いつまでやんだよこんなこと。

 おっさんとにらめっこしててもツマンネエって。

 仕方ないんで俺も『覇気』をLv20まで上げたんだ。



 ふいにおっさんが『威圧』を解除した。


「ふん、お前ぇのそのツラ構えに免じて防具をつけてやる。

 だが俺のサイズに合う防具があるのか?」


「ええ、どんなデカいキャッチがいても投げられるように、各種サイズを持って来てますんで。

 今倉庫から特殊防具取って来ますから、ミスター・キングもその間に体温めといて下さい。

 ミットも慣れた自分のミットがいいですよ」


「…………わかった…………」



 あははは、周りにいた連中がみんな盛大に息吐いてるわ。

 きっとみんな呼吸止まってたんだろうな。


 そうだ、倉庫に向かいながらおっさんを少し『鑑定』してみるか……

 どれどれ……

 あ! このおっさんも『鑑定』持っとる!

 この地球じゃあ魔法は発動出来ないだろうけど、いわゆる相当に『カンのいい』ヤツなんだろう。


 それにやっぱり首に故障抱えてたか……

 それもこれは昨日今日の故障じゃないな。

 それこそ過去20年以上、日常的に殴られたり交通事故に遭って来たようなヒデぇ損傷だわ。

 これじゃあ左には首回せても、右には回せないんじゃないか?


 そうか、だから首の筋トレはやらなかったのか……




 特殊防具を装着するのを手伝ってやってたら、おっさんは防具を興味深そうに撫でていた。

 特にネックガードに興味を持っていたのが気になったけど。


「随分と頑丈そうだな……」


「.22口径の弾までならどの防具も弾きますよ」


「そうか…… これは日本のメーカーのものか?」


「そうです。

 最初は俺が依頼して作ってもらったものを改良して来たものです」


「お前ぇが作らせたのか……」


「ええ、キャッチャーが怪我しないようにですね。

 それにこれぐらいの防具を身に着けてると、みんな安心して俺の球受けてくれるんですわ」


「そうか…… そうだろうな……」


「それじゃあこの手袋を左手に嵌めてください。

 前と左右には動きますけど、後ろには動かないようにガードが入っています。

 今日はグローブの上からテーピングもしますんで、少し手首が動かしにくくなりますから気を付けてくださいね」


「なんのためにそこまでする」


「俺はキャッチャーが構えたミットに収まるように変化球をコントロールして投げています。

 ですがどうしても上下左右に5センチほどの誤差もありますんで、キャッチャーが球をミットの土手に当てて手首を痛めやすいんですよ。

 これはその対策です」


「そうか……」


「ついでにこれも着けてください」


「なんだそれは」


「これは背面ガードです。

 もし球がマスクやメットに当たったら、無理せずに後ろに倒れて下さい。

 これはそのときに背中を守るためのものです。

 試合中にファウルチップが顔面に当たった時でも、これがあれば後ろに倒れることで首への衝撃を減らせます」


 おっさんの目が光ったように見えた。


「これもお前ぇが考えたんか……」


「ええ、俺の球を受けてくれるキャッチャーのために、メーカーさんに頼んで作って貰いました」


「よくそんなものを開発してくれたな……」


「そのひとたちは根っからのクラフトマンでしてね。

 選手の安全に繋がると思ったものはなんでも作ってくれるんです。

 それに、こうした防具を使ってる俺たちのチームが活躍したんで、同じ製品が日本中で売れるようになって、その会社は売り上げが7年前の50倍になってますから」


「そうか……

 日本ではもうそんなに使われてるんか……」




 おっさんがファウルカップも含めて特殊防具を全て装着し、キャッチボックスにしゃがんだ。

 変化球のメニューは開いたまま左側の地面に置いてある。


「俺の言う球種をミット目掛けて投げてみろ。

 最初は50%の力のストレートからだ」


「はい」



 それで俺、ど真ん中やや高めに構えられたミット目掛けて125キロのストレートを投げたんだ。

 そしたらびっくりしたよ。

 投げた途端におっさんがミットを降ろして、マスクで球を受け止めて後ろにひっくり返ったんだ。

 マスクに球が当たる直前に、おっさんが歯を喰いしばってたのも見えたし。


「だ、大丈夫っすか!」


 おっさんはむくりと起き上がった。


「気にするな。続けろ。次は球速140キロだ」


「はい……」


 おっさんは、またミットを顔の前に構えてたよ。

 そうして再度俺の球をマスクで弾いたんだ。

 次はメットで、その次は腹で、それからも下腹部、大腿の内側、膝、脛、脚の甲。

 全ての部分に俺の球を当てていたわ。


 はは、エリックが後ろでおろおろしとる。

 それでだんだん球速を上げて行ったんだけど、最後は時速175キロのストレートを腹に当てて前に弾き返してたよ。


 それにしても……

 俺も今まで15人以上のキャッチャーを訓練して来たけど、球を防具で弾く練習を自分から始めたのはこのおっさんだけだな。

 さすがはメジャーのチームキャプテンだわ……



「これがあのミゲルとかいうキャッチャーがミットを動かさずにいられる理由か」


「ええ、そうです」


「ふん、それじゃあ1番から順に変化球を投げてみろ」


「はい」



 これもさすがだよ。

 ほとんど初見だろう俺の変化球を、最後にミット数センチ動かすだけで全部捕球しやがったわ。

 ま、まあさすがにナックルは弾いてたけど……


 はは、なんか俺も楽しくなってきたぞ。

 こんな感触は久しぶりだな。

 まるで上野に投げてるような……

 いや、違うわ。

 上野に投げるときは、俺から一方的に話しかけるのをあいつが聞いてくれてる感じだったからな。

 これは…… そう、吉祥寺先生に投げてた時の感触だ。

 ボールを通じてキャッチャーと会話しているような……


 ははは、おっさんもこの会話を楽しんでくれてるかな……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その日の夜遅く。

 エリックの質素な執務室には大男2人の姿があった。


 春が近づいたとはいえまだまだ気温は上がらず、夜ともなれば寒さを感じるほどだったが、部屋の隅では薪ストーブが暖かそうに赤く光っている。



「ジョー、今日はお疲れさん。

 今晩はウチの宿舎に泊まっていくんだろ?」


「そうさせてもらおうか……」


「それじゃあ少しならいいだろう」


 エリックは棚からザ・〇ッカランの18年物を取り、封を切って2つのグラスに注いだ。

 彼のとっておきの酒である。



「それにしても首は大丈夫かね?」


「ああ、なんともねぇ。

 あのとんでもねぇ防具のおかげだな……」


「そうか、それはよかった……」


「それにしてもだ。

 あのユーキとかいう若けぇのは何もんなんだ?」


「アンジーが見つけて来た選手だよ。

 アンジーに言わせると、彼の35年間のスカウト人生で最高の逸材だそうだ」


「そうか……

 実は俺ぁ、あんたの選手レポートを読んだブレットから頼まれてな。

 あの若けえのを見に来たんだよ」


「やはりそうだったのか……」


「それでついでにガッツを試してやろうと、ヤツを威圧してみたんだ。

 どんなにすげぇ球投げるピッチャーでも、強烈なプレッシャーのかかるピンチでチキンになる野郎は使いもんになんねぇからな」


「ふふ、それであんなにユーキに対して威圧的だったんだね」


「だがよ、あの野郎、俺の最大限の威圧を平然と受け止めやがった。

 それどころか、とんでもねぇ気合を放って来やがったんだ。

 いや…… あれは気合じゃねぇな。

『覇気』ってぇやつだろう。

 冷や汗が止まらなかったぞ……」


「そうか、ジョーの威圧すら弾き返したか……」


「そうだ。

 俺ぁあんときあのニーチェの言葉を思い出したぜ」


「『善悪の彼岸』第146節、『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』か……」


「それにしてもとんでもねぇ深淵だったわ。

 俺だけじゃなく、この世の全てを呑み込んじまうような深い深い淵だった……

 その巨大な深淵の奥底にいた怪物から俺は睨まれちまったんだ……」


「わたしもときどき彼には底知れないものを感じるよ……

 まるで人を超越した何かのような目をすることがあるんだ……」


「そうだ。あの凄まじい目だ。

 ありゃあ尋常な目じゃねぇ。

 あの野郎はな、間違いなく殺しも経験しているはずだ」


「!」


「それも一人や二人じゃねぇ。何十人、何百人ってぇ数だ。

 もちろんただの殺人や虐殺じゃねぇぞ。

 例えて言えば、そうだな、後方の仲間や民を守るために前線に立って命を懸けて戦った兵士のそれだな」


「そうか……」


「俺の従兄がベトナムで待ち伏せ攻撃に遭って、小隊の部下を逃がすために殿しんがりで最後まで戦ったんだ。

 たったひとりで敵2個小隊を釘づけにして、その後奇跡的にヘリに救出されたんだが。

 アメリカ陸軍最高名誉勲章の授章式のために帰国したときに会ったが、同じような目をしてたぜ……」


「だが日本は大戦後には紛争を経験していないぞ。

 それにユーキのIDチェックのためにパスポートを見せて貰ったんだが、海外渡航歴はオリンピックのときが初めてで、去年の秋の入団テストのときが2回目だったようだ」


「俺の気のせいか……」


「いや……

 こんな風に考えてみたらどうかな。

 日本には『輪廻転生』という死生観があるそうだ。

 生前に善行を為した者は次の生でも人間に生まれ変わり、悪行を為した者は動物や虫に生まれ変わるという考え方だ。

 つまり彼は前世ではとんでもない英雄だったんだろう。

 それこそ侵略者とひとりで戦って数千の民を守ったとか」


「それで褒美として、あの『ゴッドハンド』や神の肉体を授けられて、今の生を生きているってぇことか……」


「ふふ、わたしはユーキの『ゴッドハンド』は野球のためだけじゃないと思っているんだ」


「………………」


「わたしは最近走りすぎて膝を壊してしまっていたんだが……

 ユーキはその膝をたった6回のマッサージで完全に治してくれたんだ。

 おかげで年末のマラソンレースにも出場出来たよ」


「なんと……

 そこまで神に愛されているというのか……」


「だから君の首と手首も彼にマッサージしてもらったらどうかな」


「あ、ああ…… 今度頼んでみるか……」


「それにしても、君は随分とあの防具を気に入っていたようだったね」


「………あれは全部ユーキがメーカーに頼んで作らせたものだそうだな」


「そうらしいね」


「ピッチャーってぇのは自尊心の塊だ。

 そうじゃなかったら打者を圧倒するような球なんざぁ投げられねぇ。

 だが、その分キャッチャーのことなんか考えちゃいねぇんだ。

 全部自分の手柄だと思ってやがる」


「………………」


「だがあいつは違った。

 相棒のキャッチャーのためにあれだけの防具を作らせたんだ。

 俺ぁ最初思っちまったよ。

 ああ、俺も若けぇ頃こんなピッチャーに出会っていたらな、って……」


「……………………」


「だが違うよな。

 ファウルチップで首やられたとか、手首が逝っちまったとか泣き言言う前に、俺が自分でクラフトマンに頼んで作りゃあよかったんだ。

 なんでそうしなかったんだろうなぁ……

 そうすりゃあ俺もあと3年はメジャーにいられたのによ」


「そうだな。

 怪我をしてチームを去っていくキャッチャーを気の毒に思う前に、わたしもそういうクラフトマンを探すべきだったな……」


「あいつにゃあ、さぞかし男気のある優秀なクラフトマンがついているんだろうなぁ……」


「そういう男をその気にさせるだけの何かがユーキにはあったんだろう」


「俺もフロント側に立つようになったら、一度日本に行ってみるかね」


「はは、そのときはわたしも一緒に行くか」


「ところで、あの打率を上げるための妙なトレーニングとかいうもんも、あの男が考えたというのは本当かね」


「ああ本当だ。

 ユーキは日本最高峰の大学で、スポーツ医学研究室に所属していたんだよ。

 そこで研究生として書いたのが、あの打率アップトレーニングの論文だったんだ。

 それがアメリカのスポーツ医学学会の論文誌にも掲載されたんだが、ということはアメリカの学会もその論文の正当性を認めたっていうことだね」


「とんでもねえ奴だな……」


「ああ、とんでもない奴だ。

 そうそう、ところで君のその従兄は今は何をしてるんだい?」


「自分の会社を経営しながら、いつも元気に草野球で走り回っているよ。

『敵を殺さずに済む闘争は最高だ』というのが口癖だ」


「それでユーキも今世では野球を選んだっていうことか……」



 エリック・オーディンは、執務室の中央に飾ってあるミラクルボーイのサインを見た。

 そうして微笑みながらグラスを掲げる。


「前世の英雄に……」


 ジョー・キングも微笑みながらグラスを掲げた。


「今世でも英雄になるかもしれない男に……」


 静かな執務室にグラスの重なる音が響いた……





 そのころ、地球名神保と名乗る大天使も微笑んでいた。


(ふふ、下界にも実に勘の鋭い男たちがいるものですね。

 特に『神に愛された男』という洞察は秀逸です。


 ただし、あの偉大なる勇者さまが前世で救った民の数は1500万人、最前線にひとり立って屠った侵略者の数は80万でしたけどね……)





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