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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第1章 転生~中学生篇
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*** 7 マラソンレーススタート ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 とうとうレース当日になった。

 コース上には、5キロおきに大会本部の用意した水と、10キロから10キロおきに選手の用意したスペシャルドリンクが置かれる。

 俺は、神保さんがスペシャルドリンクにこっそり『エリクサー(大天使級)』を入れようとしたのを『気配察知』で見つけて阻止した。


 そんなもん、万が一他の選手が間違って飲んだらタイヘンでしょ!

 このレベルのエリクサーを普通の人が飲んだら、体光ったまま3日ぐらい消えないよっ!


 でもまあ、俺が『合成』の魔法で作ったスペシャルドリンクには、21世紀のエネルギージェルとおんなじ成分に加えて、アミノ酸と塩化ナトリウムとクエン酸が追加で入ってるけどね。

 まあでも体光らないからいいだろ?



 スタート時間が近づいて来た。

 スタートは現地時間日曜日の午後3時。

 暑さを避けるためと、男子マラソンでオリンピック競技のフィナーレを飾り、そのあとすぐに閉会式を始めるために、この時間になっている。


 そして、このスタート時刻は日本では午前4時でしかも月曜日早朝になる。

 俺や他の代表の前評判が低かったこともあり、視聴率は相当に低そうだな。



 スタートピストルが鳴った。

 俺は人の少ない後方からスタートする。


 おー、フランク・ロンガーが最初から飛ばしてるわ。

 選手たちは細長い列になり、競技場を1周したあとロードに出て行く。

 選手たちの列がさらに長くなりつつある中、俺は体感で1キロ3分のペースを維持した。

 徐々に第1集団が形成され、それを追いかけるように第2集団も形成されているようだ。


 1キロ地点通過。

 俺のタイムはジャスト3分。

 こりゃ先頭集団は2分50秒ぐらいのペースで走ってんぞ。


 その後も俺は3分のペースを維持した。

 ややばらけた第3集団の後方に位置している。

 この時点で、早起きしてMHKのナマ中継を見ていた日本人も、がっかりして大半が2度寝に入ったと後で聞いた。



 最初の5キロ通過。

 俺のタイムはジャスト15分。

 はは、3分走の練習ばっかりしてたからな。

 ペースが体に染みついてるよ。


 最初の給水。

 喉は乾いていなかったが、俺は120ccほどの水を飲む。

 俺は今、汗で80ccほどの水分を失っているからな。

 まだけっこう暑かったし、脱水症状による途中棄権だけは避けたかったから。

 水って、喉が渇いてから飲んでも遅いんだよ。

 喉が渇かないように余裕を持って飲むべきなんだ。


 8キロ通過。

 ペースはまだ1キロ3分。

 なんか余裕だな。

 2分50秒ぐらいまでは余裕で上げられそうだが、ここは逸る気持ちを堪える。


 意外に知られてないんだけどさ。

 1キロ3分のペースを最後まで維持した時のタイムって知ってるかい?

 2時間6分30秒なんだ。

 つまりこの時代だったらダントツの世界新記録になるんだ。

 今の世界記録は2時間8分35秒だからな。


 ということは、如何に30キロの壁が厚くてみんなが減速してしまっているか、っていうことなんだ。

 つまり、30キロを経過した時点でどれだけ体内にグリコーゲンを残していられるか、それからその後に如何にスムーズに脂肪や筋肉や骨を燃やして走ることにチェンジ出来るか。

 それがマラソンレースの本質なんだ。



 10キロ通過。

 タイムは29分57秒。

 いかんな、快調すぎて3秒もペースアップしてたか。

 自重自重……


 ようやくスペシャルドリンクの給水。

 はは、集団がこれだけバラけてると、ドリンクが取りやすくていいわ。

 俺は200ccほどのドリンクをゆっくりと時間をかけて飲み干した。

 ややどろりとしたドリンクは相当な高カロリーだ。

 すぐに大会本部が用意した水も少し口に含む。


 ふむ、グリコーゲン残量が65%から68%に上がったか。

 よし、このペースなら30キロ地点で10%近く残っているかもしらん。

 出来れば5キロごとにスペシャルを飲みたかったが、まあ仕方ない。



 15キロ通過、タイムは44分57秒。

 よし、キロ3分ペースを守れたな。

 筋肉内のATP量は予定通り。

 疲労物質の蓄積も想定内。

 はは、常人の15倍もあるヘモグロビンくんが大活躍しているわ。

 まだほとんどミオグロビンくんの出番は無し。

 上腕三頭筋も三角筋も問題なし。

 ATPも十分に残っている。

 これなら腕振りも問題無いな……



 ところでなんで走るときに『腕を振れっ!』っていうか知ってるかい?

 それから、なんで陸上短距離の選手がウエイトトレーニングで腕を鍛えているか。

 特に腕の裏の筋肉である上腕三頭筋と、肩の三角筋や棘上筋や棘下筋も。


 ん?

「腕を振ると推進力になるから」?


 うん、そうだよね。

 それけっこうみんな知ってるよね。

 でもさ、じゃあなんで「腕を振ると推進力になる」のかな?

 これって、あんまり知ってるひといないんだ。


 たとえばさ、ふつーに立って腕を伸ばした状態で両腕を後ろに上げてみ。

 ほら、体幹が前に傾いたろ。

 これは、腕の重さが後ろに言った分、体全体を前に傾けてバランスを取って、体が後ろに倒れないようにしてるんだ。

 な、ヒトの脳ってすごいよな。

 こうやって前傾姿勢を保つことによっても腕は推進力の一部を担ってるんだ。


 ん?

「それじゃあ腕を前に持ってきたら、その分後ろ向きになっちゃうじゃん!」だって?


 そりゃそうだよね。

 例えばその場に立ったまま肘を曲げて腕を前後に動かしても体は前に進まないよね。


 だけどさ、腕を後ろに動かすときにはやや肘を伸ばして大きく速く振ってみ。

 前に動かすときは肘を曲げて小さく少しゆっくり目に。

 ほら、体が前に傾いたろ。

 っていうことは、体の重心が前に移動したっていうことなんだ。

 これが推進力になるんだよ。


 だからよーく見てごらん。

 短距離の選手が腕を振るときって、後ろに引くときはやや肘を伸ばしながら速く大きく引き、前に出すときにはやっぱりやや肘を畳みながらわずかにゆっくりと前に少し出してるから。

 


 ん?

 分かりにくいって?


 それじゃあ、もう少しわかりやすい実験を考えてみよう。

 まずは池の上で小さなボートに乗る。

 そして、その上で立ち上がって重いバットを全力で振るんだ。

 進行方向後ろに向けて。

 そうすると、反動でボートが少しだけ前に進むだろう。

 次にそのバットをゆっくりと元に戻すんだ。ゆっくりとね。

 そうすると、反動が小さいからボートはあまり減速しないんだ。

 水の抵抗でだんだん減速していくけど。

 それで、これを繰り返せばボートはどんどん進んで行って、反対の岸に到着出来るだろうね。

 バランス崩して池に落ちない限りは。


 こうすれば、バットを振るエネルギーをボートの推進エネルギーに変換出来るんだ。

 難点があるとすれば、小さなボートの上で全力でバットを素振りしているキの字のお兄さん、って思われることぐらいかな。

 それからボート重量+キミの体重と、バットの重量比があまりにも大きいから、ボートがあまり速く進んで行かないことぐらいか……


 でもこれで腕を振るエネルギーを体を前に移動させるエネルギーに変換出来たって、なんとなくわかるだろ。


 だから、走るときの腕振りのコツは、

 ・引くときは勢いよく大きく、前に出すときには少しゆっくり小さめに。

 ・引くときにはやや肘を伸ばして、前に出すときには肘を畳む。

 っていうことかな。

 これだけでびっくりするほどタイム短縮出来るから、試してみそ。


 ただし、これが出来ないといくら腕振ってもムダだからね。



 あ、こんなことを考えてるうちに、もう20キロ地点か……

 今の俺、無意識に近かったな。

 この5キロのタイムは……

 おっ、ちょうど15分か。

 なんかゾーンに入ってたせいか、体に覚えさせていたキロ3分のペースで走れてたよ。

 さて、スペシャルドリンクでも飲むか。


 この20キロ地点のスペシャルは、10キロ地点のものよりやや量を多くしてある。

 これもすべては30キロ以降のためだから、時間をかけてでも全部飲もう。

 せっかくレースの途中でエネルギーを補給出来るチャンスなんだから、有効に活用しないとな。


 それにしても、さっきの5キロ、ほんと完全にゾーンに入ってたなぁ。

 へへ、俺今日調子いいわ。

 そういえばこのゾーンの境地って、もし歩いてたとしたら『歩禅』って言うんだそうだ。

 禅宗の坊さんの修行のひとつでもあるらしい。

 つまり、『すわる禅』と対比しての『あるく禅』だな。

 俺の場合は、『走禅』か……

 座禅を組むと心がすっきりするっていうけど、21世紀のランニングブームって、エンドルフィン出す以外にも禅の効用があるから、あんなに流行ってるのかも。


 とか言ってる間にまた5キロ走ってたか。

 あー、記憶が飛んでてコース覚えてないわー。

 まあ、俺はコース覚えて無い時ほどタイムいいからな。

 大歓迎の状況だ。

 さて、水分を少し補給して……


 あ、いつのまにか第3集団を抜けて集団の先頭に立ってたわ。

 おー、あの遥か前方に見えるのは第2集団かな。

 まだ相当に距離あるみたいだけど。



 後で録画見たんだけど、この時のMHKの解説者とかいうエラそーなおっさんは、ここまでは終始退屈そうに俺の走りに文句ばっかり言ってたよ。


「先頭集団に喰らいついていく根性がありませんな!」とか、

「水を飲む量が多すぎます。そんなことだから根性が養えなかったのです!」とかの精神論を振りかざして。

 まあこの時代の典型的な無能指導者の発想だな。

 精神論以外に語る知識の無い不勉強な脳筋の。


 さて、そろそろ30キロか。

 それじゃあグリコーゲンの残量をチェックして……

 おお! 8%も残ってるわ!

 これはひょっとして……


 ヘモグロビンくんは……

 あ、相変わらず絶好調ね。

 疲労物質の量は想定の上限に近いか。

 ちょっと溜まってるかな。



 30キロ地点でタイムチェック。

 この5キロのタイムも15分ジャスト。

 あー、ほんとに今日の俺は絶好調だわ。


 ということで、またもやスペシャルドリンクをぐびぐび。


 あ、沿道に市ヶ谷先生が立ってる。


「3分25秒っ! 48人っ!」


 俺は微かに親指を立ててコンディションが良好なことを伝える。


 この「3分25秒、48人」って、もちろん先頭までのタイム差と、前にいる人数なんだ。

 よく沿道で応援してくれるひとがいるけど、みんな「がんばれー」とか「かんだくーん!」とかしか言ってくれないんだ。


 まあ、2010年代の箱根駅伝ぐらいになると、沿道でずっと1位や直前の走者からのタイム差を読み上げてるひとも多いけど。

 あれきっとOBかマラソン経験者だよな。

 これ、ランナーにとって実にありがたいことなんだぜ。

 きっと心の中で感謝してるぞ。


 お、30キロ過ぎて第2集団から落ちてくるやつが出始めたか……

 あ、途棄(途中棄権のこと)もいる。

 でも、ここで抜いた人数を数えちゃダメなんだ。

 そうするとたくさん抜きたくなって、ペースを乱しちゃって、これが30キロ過ぎて大幅に失速する原因になるんだ。

 まあ、苦しいもんだから、そういう「何人抜いた」っていう目標でも持ちたくなる気持ちはわかるんだけど。


 でもここは我慢だ。

 順位は後からついて来るもんであって、俺は今世界新のペースで走ってるんだから……


 それにしても前の集団からの脱落者が多くなったな。

 やっぱり前半のキロ2分50秒のペースが速すぎたんじゃないか?

 数えないようにがまんがまん……

 前に追いつこうとしないようにがまんがまん……


 あ、グリコーゲンがそろそろ底をつきそうだ。

 筋肉に溜まったカリウムイオンが邪魔をするもんだから、同じペースで走るためのATP使用量が増加してるんだな。

 この分だと35キロ地点でグリが無くなるペースか。


 でも、30キロの壁から5キロも保ってくれたよ。

 残りの7キロちょっとは、残された脂肪と筋肉と骨を燃やせばなんとかなりそうだ。


 35キロ通過。

 よし、ここからは、まずわずかに残された脂肪を使おう。

 俺の今の体脂肪率は6%だから、3%ぐらいになるまで使うつもりだ。

 それ以下になると、命の危険があるから。

 ついでにそろそろ筋肉も燃やし始めるか。

 まずは顔面の表情筋からだな。

 続けて広背筋、次に僧帽筋。

 いつも思うんだけど、大きな大臀筋をもっと燃やしたいんだけどさ。

 なんでか分からないけど大臀筋って燃えにくいんだ。

 なんでだろ?


 あー、なんかぼろぼろ脱落者がいるわー。

 やっぱトラックならいざしらず、マラソンでキロ2分50秒は速すぎだよー。

 みんな「根性で集団についていく」ってことばっかり考えてて、レースコントロール出来てないよー。


 あれ? 周りにあんまり人がいなくなった。

 あ、あの遥か前方に見えるのって、もしかして先頭集団か……










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