*** 66 上野と渋谷の婚約 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
ワイルドキャッツの首脳陣がようやく正気に返った。
エリックGMが最初に求めたのは俺のサインだったよ。
最初に「エリック・オーディンさんへ」って書いてやったらワクテカになってたし。
でもYUUKI・KANDAって書いたら少し残念そうな顔してたんで、その下にMIRACLE・BOYって書いてやったら、涙目になって喜んでたわ。
GMがテスト入団生のサイン貰って喜んでていいんか?
その後、契約交渉が始まった。
まあ、正式入団は1月にもあるMLBドラフトでギガンテスの指名を受けてからになるんだけどな。
(註:ドラフトで指名されても、最初は全員マイナー契約)
交渉だけは早めにやっておいて仮契約書にサインしておくわけだ。
それで条件は通常のテスト入団生と同じなんだけど、契約金が2万ドルもあったんだよ。
年俸は1万ドルだけど。
当時の為替レートで約500万円と250万円な。
「君ほどの逸材に契約金2万ドルとは少なすぎて申し訳ない。
だが球団の規定でテスト生はこれが上限なんだ。許してくれ」
(まあこれだけあったら当面の生活費は大丈夫だろう。
俺ももう社会人なんだから、いつもいつも神保さんを頼るわけにはいかないし。
でもめーちゃんと結婚するにはちょっと足りないかな……)
「わかりました。これでけっこうです」
「あ、ありがとう。
それで君はこれからどうするかね。
いったん日本に帰国するにしても、またすぐに帰って来てもらいたいんだが。
秋のマイナーリーグの試合で投げて貰いたいと思っているんだ」
「それは構いませんが…… でも……」
「ああ、わかっておる、キャッチャーのことだろう。
あの球を捕球出来るようなキャッチャーがそうそういるとは思えん。
そこでキャッチャーの君、名前は何と言うんだね?」
「あ、はい、シンヤ・ウエノです」
「それではシンヤ、君にも正式にオファーを出したい。
我が球団に来てくれんかね」
「!!!!」
「どうかね、年俸は1万ドル、契約金も1万ドル出そう」
「あ、あのミスターオーディン……」
「エリックと呼んでくれたまえ」
「それではエリック……さん。
お誘いは大変嬉しいんですけど、わたしはまだ大学3年生なんです……
そ、それで……」
「そうか、それは残念だ……
では是非来年また来てくれたまえ。
そのときに改めて正式にオファーを出そう」
「は、はぁ……」
「それにしても困ったな……
ユーキの球を受けるキャッチャーをどうするか……」
「あ、あの、エリックさん……」
「ん? なんだね?」
「こちらの神田先輩は、ピッチングもさることながら、コーチングも天才なんです。
高校時代は弱小野球部をコーチして全国優勝まで導きましたし、大学に入ってからも万年リーグ最下位のチームを優勝させています。
特にキャッチャーの指導については完全に天才です。
わたしは最初、神田先輩の投げる球を全く捕れなかったんですけど、3か月でほとんど捕球出来るように指導してもらえました。
今のチームのキャッチャーも、早い人で1か月、遅い人でも半年で受けられるようになっています。
もちろん熱心に練習した場合ですけど」
「なんと……
野球の超天才はコーチングの超天才でもあったというのか……
それでユーキ、君はいったん帰国するのだろうが、いつまた来てくれるかな?」
「そうですね、帰国してあいさつ回りをして……
2週間後には戻って来ます」
「そうか、それではシンヤ。
そのときはまたユーキと一緒に来て貰えないだろうか。
こちらに2週間ほど滞在してもらって、チームの皆の前でユーキの球を受けて欲しいんだ。
むろん渡航費も滞在費もウチが持つし、少ないが日当も出す」
「は、はい、わかりました……」
「ありがとう!
それじゃあ2週間後を楽しみにしているよ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日本に帰国した俺はまず神界に転移した。
「めーちゃん! 俺アメリカで野球出来ることになったよ!」
「おめでとうございます、私の愛しいひと……」
「それでさ、もっと頑張ってメジャーに上がれて給料いっぱい貰えるようになったら俺の子を生んでくれないか!
もちろんそのときは結婚して一緒に暮らしてくれ!」
そしたらさー、めーちゃんがわんわん泣きながら俺の胸に飛び込んで来たんだわー。
もー涙と鼻水で顔ぐしゃぐしゃにしながら。
…………女神さまも鼻水出るんだな…………
あ、そうか。
今は俺の子を生んでくれるためにヒト族の体になってくれてるからか……
そんでもって「鼻水が恥ずかしい」とかいう羞恥心も無いんだろうな……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はそれから下界に戻って挨拶回りを始めた。
まずは東大の原宿先生や野球部の新宿監督と代々木ヘッドコーチ。
野球部の後輩たちが3A入団を祝って胴上げもしてくれたけど。
次に今は別の都立高校の校長先生になってるけど日比山高校時代にすっげぇ世話になった吉祥寺先生。
それから日比山高校の御茶ノ水先生。
全体大元名誉教授の信濃町先生。
全体大陸上部の市ヶ谷先生と四谷先生。
全体大付属高校野球部の水道橋監督。
最後は八王子製作所の会長さんと専務さん。
そういったお世話になった方々に、就職というか3A入団を報告に行ったんだ。
ついでに専務さんにはいくつかの新防具のアイデアとラフスケッチを渡しておいたよ。
なんかすっげぇ感激してたから、すぐに開発してくれるんじゃないかな……
そういえば、上野も渋谷涼子とデートしてるときに3Aからオファー貰ったことを言ったらしい。
ついでに来年もオファーを貰えそうだって。
そしたらさー、突然渋谷が泣きながら上野に抱き着いて来たんだと。
「やだやだやだやだ―――っ!
上野くんがアメリカ行っちゃうなんてやだ―――っ!
わたし上野くんじゃなきゃいや―――っ!
わ、わたしのおっぱいあげるから!
ば、バージンもあげるからっ!
だから日本でず―――っと一緒にいてよ―――っ!」
それで上野が優しく渋谷の背中をさすりながら、「ああ、ずっと一緒にいようね」って言ったら、周りにいたカップルたちから大歓声と拍手が沸き起こったそうだ。
2人とも超顔真っ赤になったらしいな……
それで俺も上野も知らなかったんだけどさ。
渋谷ん家って、渋谷物産っていう超大企業のオーナーだったんだよ。
爺ちゃんが会長で父ちゃんが社長で。
しかも上場してないから、従業員持ち株会の保有分以外は渋谷一族でほとんど全株を保有してるそうだ。
まあ、親父さんのこと「お父さま」とか言ってたから、いいとこのお嬢だとは思ってたけどな。
それにしても渋谷物産の社長令嬢かよ……
渋谷物産は渋谷涼子のひい爺ちゃんが起こした会社だそうだ。
それでそのひとり娘が婿さん取って社長を継がせ、そのまたひとり娘が婿さん取って社長を継がせ、それで生まれたのが渋谷涼子なんだと。
それでまたも渋谷が一人娘だったもんで、渋谷家では跡継ぎになる婿さん候補を探し始めてたそうだ。
もっともけっこうまともな家で、第1条件は「渋谷涼子が惚れた男であること」で、第2第3が無くって、大卒であること、さらに出来ればリーダーシップを持っていて、何故かついでにガタイがいいことなんかが条件になっていたらしい。
まあ上野も東大生だしなー。
それに、高校野球界の伝説を作った日比山高校野球部の元キャプテンだし、ついでに第1期黄金時代の東大野球部の次期キャプテンだからなぁ。
しかも身長184センチで体も超ムキムキだし。
まあすべての条件をカンペキに満たしていたわけだ。
それで渋谷涼子が、爺ちゃん婆ちゃんと両親に「結婚したい人がいる」って上野のこと伝えたら、全員が諸手を上げて大賛成してくれたんだそうだ。
それですぐに上野を郊外にある家に招待したんだけど、そこで上野はびっくりと疑問の連続だったそうなんだよ……
(な、なんだこの家は……
これ、野球のグラウンドが作れるぐらい敷地が広いぞ……)
「まあまあまあまあ、上野さんようこそいらっしゃいました♪
わたくしが涼子の母の圭子でございます。
さあさあ、どうぞお上がりくださいな♪
家族みんなでお待ちしておりましたの♪」
「う、上野信哉と申します。よ、よろしくお願い致します……」
「そんなに固くならなくてもよろしいことよ。
これからわたくしたち家族になるんですもの♪」
「やあ上野くん。よく来てくれた。
わたしが涼子の父の啓治だ。これからよろしく」
それで家族全員を紹介されたそうなんだけどな……
(お、お祖母さんの胸が一番デカい……
つ、次に大きいのがお母さんで、涼子さんは一番小さい……
な、なんという遺伝子だ……
そ、そしてなんだこの筋肉ムキムキのお爺さんとお父さんは……
しかもみんな異様に若く見える……
そ、そうか、みんな跡継ぎを作るために結婚が早かったんだな……)
「それにしても涼子さん、素晴らしい殿方を見つけられてよかったわね♪
ねえお母さま、スーツの上からでもはっきりと分かる上野さんの大胸筋が素晴らしいと思われません♪」
「圭子さん、上野さんの大胸筋が素晴らしいのはもちろんですけど、大胸筋に拘っているうちはまだまだ素人ですわよ」
(なんの素人なんだろう……)
「それよりも御覧なさいあの見事な胸鎖乳突筋を。
あれはウエイトトレーニングだけではなかなか育てられない筋肉ですよ♪」
(なんでそんなマニアックな筋肉の名前を知ってるんだろう……)
それでそれからも筋肉談義が続いてたらしいんだけどな。
上野が勇気を奮い起こして、「あ、あの、うちは実は母子家庭でして……」とか言ってもさ。
「そんなことはどうでもいいじゃないか。
それより君はいつもどんなプロテインドリンクを飲んでいるのかね?」
とか言われるんだと。
ま、まあさすが渋谷物産のオーナー一族だけあって、上野のことはもう調べつくしていたんだろう。
それでそのうち爺ちゃんが言い出したそうなんだ。
「それではそろそろ上野くんが家族になる記念に、みんなで筋トレをしようじゃないか」
「まあお父さま、素晴らしいことですね♪」
そうしてみんなで部屋を移動したそうなんだけどな。
(な、なんで家の中にこんな立派なトレーニングジムがあるんだろう……
しかもなんでお祖母さんとお母さんが座る椅子もあるんだろう……
そしてなんでサイドテーブルにティッシュの箱が3箱もあるんだろう……
あ、涼子さんも椅子持って来た……)
「うふふ、これからは涼子さんもここで筋トレ見学の仲間になってくれるのね。
お母さま嬉しいわぁ♪」
「お母さまもきっと上野くんの筋肉見たら驚くわよ♪」
「まあ、あなたもう見てるのね♪」
「うん、上野くんのナマ大胸筋とわたしのナマ乳とを見せっこしたの♪」
ぶふぉあぁぁ―――っ!
突如むせ返る上野くん。
「まあ♪ お母さまとお父さまの婚約時代と同じことしてたのね♪
いいわねぇ。青春ね♪」
(青春って…… 胸の見せあいっこするんだ……)
「それじゃあ信哉くん、そちらの更衣室でこのトレーニングウエアに着替えてきてくれたまえ」
(なんでブーメランパンツ1枚だけなんだろう……)
上野が更衣室から出てくると、渋谷の爺ちゃんと父ちゃんは既にブーメランパンツ姿になっていたそうだ。
(なんでもう着替えてるんだろう……
あ、そうか、下着代わりにもう服の下に穿いてたのか……)
「うーむ、信哉くんの大腿四頭筋群は素晴らしいですなぁお義父さん」
「うむ、特に内側広筋が素晴らしいのぉ。
この筋肉は筋トレだけではなかなか育たんぞ。
野球という実戦で鍛えたものに違いない!」
「仰る通りですな。
それでは信哉くん、少しポージングしてみてくれるかい。
ウチの女性陣に君の筋肉から挨拶をしてやって欲しいんだ」
(なんで筋肉が挨拶をするんだろう……)
「あ、あの……
ポージングをしたことが無いんでよく分からないんですけど……」
「そうか、それでは私がやってみせるから同じようにポージングしてくれたまえ。
まずはフロント・リラックスからだ。
ああ、女性陣の方を向いてな」
「は、はい。こうですか?」
「そうそう、もうすこし大腿四頭筋群に力を入れて」
(あ、涼子さんが鼻血出した!
ああっ! お、お祖母さんもお母さんも鼻血出してるぅっ!
みんな鼻にティッシュ詰めたっ!
だ、だからサイドテーブルにティッシュの箱があったのかぁっ!)
「うーん、さすがだ……
早くも女性陣全員が流血したか……
やはり若い筋肉は素晴らしいのう。
それでは次にサイド・チェストをやってみよう。
このポーズだ。
これは大胸筋を美しく見せるためのポーズだから、より一層胸に力を込めるのだぞ!」
「は、はい……」
(あああっ!
じ、女性陣がティッシュの隙間から鼻血垂らしてるぅっ!
ティッシュを倍にして詰め替えてるぅっ!)
それで上野は各種ポージングを教えられた後に、最後はベンチプレスをやらされたそうなんだよ。
渋谷一族に取り囲まれて。
そして上野が220キロを8回挙げると、全員が目をキラキラさせながら拍手喝采してくれたそうなんだ。
「涼子よ、お前はなんという素晴らしいきん、い、いや男を連れて来たのだ!」
(今筋肉って言いそうになってた……
あ、涼子さんがドヤ顔しとる……)
「信哉くん! これからも娘を頼むよ!
そして我々とも家族として一生の付き合いをよろしく頼む!」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いいたします……」
「それでは夕食は2時間後としようか」
そしたらさ、祖母ちゃんが祖父ちゃんの腕を抱いておっぱい押し付けて、母ちゃんも父ちゃんの腕を抱いておっぱい押し付けて、どっか行っちまったんだと。
「さあ上野くん、わたしたちもわたしの部屋に行きましょ♡」
「み、みなさんどうしたのかな……」
「あら、お祖父さまやお父さまが全身の筋肉を見せて下さったんで、お祖母さまとお母さまも全身を見せて差し上げるのよ。
だからわたしの体も見てね♡」
「!!!!!」
「それじゃあ一緒にお風呂に入りましょ♡」
「で、ででで、でもお祖父さまたちやご両親が順番に入るんじゃ……」
「あら、うちは夫婦の寝室にはそれぞれお風呂がついてるの。
もちろん私の部屋にもあるわよ♡」
「………………」
それで上野と渋谷は鼻血出しながら風呂でお互いを洗いっこしたんだとさ……
「うふふ、今頃お祖母さまたちやお母さまたちはベッドの上で夫婦仲良くしてるはずよ♡」
(そうか……
この一族にとっての筋トレって、男性陣から女性陣への求愛行動みたいなもんなのか……
それに今女性陣が応えてるんだな……)
「それじゃあ上野くん、約束通りわたしのバージンもらってくれる?」
「そ、そそそ、それはまだ……
い、いくらなんでも初めてお邪魔した家で……」
「うふ、それじゃあそのときを楽しみにしてるわ♡
それじゃあもう少し上野くんの筋肉を触らせて♡」
夕食の席に集まったとき、女性陣はみんなツヤツヤになってたそうだわ……




