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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第3章 大学野球篇
63/157

*** 63 読買ラビッツからの勧誘 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……






 ワシントン氏が耳にしているイヤホンに、神保さんがゴーサインを出した。

 氏は立ち上がって演壇中央に来ると、にこやかにマイクに向かって話し始める。


「日本のみなさんこんにちは。

 初めまして、アンジェルア・ワシントンと申します」


 壇上の大きな2枚のスクリーンには、片一方には予め渡されていた原稿の日本語訳が、もう一方にはワシントン氏の表情が大きく映し出されている。

 ワシントン氏は時折原稿に目を落としながら話し始めた。


「わたくしは、かれこれ35年に渡って野球選手のスカウティングを行って来ました。

 フリーのスカウトと言うと、まるで人身売買のような印象を持たれるかもしれません。

 まあ、実際にはそのような悪辣な者もいるのですが……


 ですが、最後まで残れるのは、やはり信頼を得たスカウトだけになります。

 高校生を発掘するときの交渉、移籍先を相談された時の紹介、特に遠く離れた日本に野球をしに行かないかという勧誘には、選手との絶対的な信頼関係が必要になるのです。


 わたくしは、そうした選手たちとの信頼関係を維持するために、日本のプロ球団と選手との契約に際して、ある条項を絶対に付随させるようにしています。

 この条項が無ければ私は選手を紹介しませんし、選手にも契約しないよう強く勧めています。


 そして、その条項とは、『1軍2軍を含めて、監督やコーチがその選手に練習方法や調整方法を強要しない』というものであります」



 ワシントン氏は静まり返った会場を見渡した。


「最初のうちはこの条項が守られないことも多かったです。

 そこで、この条項に違反した場合には、罰金の支払いや違約金なしの帰国を認めるとの文言を付け加えることによって、ようやく最近遵守されるようになりました。

 そのせいか、日本のマスコミの皆さんは、『大リーガーはワガママだ!』という記事をよく書いておられますが」


 氏はここで会場を見渡してウインクをした。


「それではわたしはなぜそのような条項を付加したのでしょうか?

 それは、監督やコーチの指導があまりにも愚かで理不尽で、かつ選手に害になるものばかりであったからです。

 曰く『練習中は水を飲むな!』『1日最低10キロは走れ!』『俺が1000本ノックをしてやる!』『投球練習は最低300球だ!』などですね。

 これはもう選手を壊そうとしているとしか思えません。


 しかも当初は、そうした無理を言って無謀な練習を押しつけた監督やコーチが、『なぜお前は、ホームランが打てたのは俺のおかげだと言わないのだ!』と怒っていたのですから」


 あれだけ騒がしかった会場が今は静まり返っている。



「それから、ドミニカやベネズエラの才能ある高校生たちで、不幸にもドラフトで指名されなかった子が、わたしに相談して来ることがあります。

 母国の野球リーグは給料が低いので、日本や韓国や台湾のプロ野球チームを紹介してくれないかというものです。

 そこでわたくしは10年前、3カ国を巡って各国の各球団のファームの若手育成状況を視察してみました。


 その結果として、残念ながらわたくしは、才能ある若い子たちに日本の球団には絶対に行かないようにと強く意見しています。

 なぜなら、若い才能が無知で無謀な練習によって壊されて行くのが我慢出来ないからであります。


 日本のマスコミのみなさん。

 各チームが毎年ドラフトで採用する新人の内、1年後に残っている選手の比率をご存じでしょうか。

 実に50%が重度の肉離れや膝肘の故障で退団しているのですよ。

 3年後に残っている選手は僅かに10%しかいないのです。


 いったいどれだけの才能が無知で無謀な『特訓』とやらのせいで潰されていったことでしょうか……」



 突然会場が凍りついた。

 大スクリーンに映し出されたワシントン氏が大粒の涙をボロボロと零し始めたからだ。


「実はこの日本の2軍球団の実情は、あのキューバ軍の新兵訓練よりも遥かに酷く残酷なのです。

 もちろんキューバ軍の新兵訓練は非常に過酷なものです。

 ですが、訓練担当軍曹が最も気をつけていることとは、『過酷過ぎる訓練で故障者を出さない』ことなのですよ。


 例え1年後に新兵のレベルが基準まで達していなかったとしても、せいぜい上官に叱責されるか異動させられるだけで済むでしょう。

 ですがもしも100人の新兵を訓練して、1年後に半数が重大な故障で離脱していたとしたら……

 その訓練担当軍曹は軍法会議にかけられて降格させられることは間違いありません。

 場合によったら営倉に投獄されるか軍籍剥奪になります。

 なぜなら、貴重なキューバ軍の新戦力を無能な軍曹の怠慢と過失によって失ってしまったのですから」


「「「「 ……………… 」」」」



「日本の球団経営者のみなさん。

 わたくしの心からのお願いです。

 この過ちを是正してください。

 そうして正しい練習方法を学んだ真摯なコーチングスタッフを雇用し、才能ある若い選手たちをこれ以上コーチや監督の無知と私欲によって壊させないでください」



 会場の記者たちは痺れたように聞き入っていた。

 ワシントン氏はハンカチを取り出して涙を拭い、ようやく笑顔になった。


「最後になりましたが、ここにおられる神田選手はわたしの35年間のスカウト生活の中でも間違いなく最高の逸材です。

 もしも日本の球団に行こうとしていたのなら、DOGEZAしてでも思いとどまってもらおうと日本にやってきました。


 ですが、ありがたいことに神田選手も日本の実情を深く理解しており、メジャーに挑戦するために渡米すると言ってくれたのです。

 ここにわたくしは、神田選手に最良の育成環境を持つ最高の3A球団をご紹介申し上げることをお約束致しましょう。

 それではご静聴ありがとうございました……」



 記者会見が終了した。

 会場は最後まで静まり返ったままだった……




 それで俺、ちょっと心配になったんだ。

 これ、ワシントンさんが、日本のプロ球団との契約を全部切られたらどうするんだって……


 でも、ワシントンさんもそんなことは承知で語ったんだろうな……



 その後、6球団のうち2球団は契約を破棄したらしい。

 球団オーナーのジジイが激怒してたそうだからな。

 ジジイって、例えどんなに正しいことでも年下から諫言されると自動的に激怒するから。


 でも後日、残りの4球団の内パンサーズとラクーンズが、ワシントンさんに『ファーム是正アドバイザー』の契約を要請して来たそうなんだ。

 それこそ全権を委任するっていう条件で。


 それでワシントンさんは、その球団の2軍首脳陣の大半を解雇すると同時に、若手のコーチたちを東大の原宿研究室に研修生として送り込んだんだよ。

 まあ、原宿先生も『研究助成金』を各球団から受け取れたから喜んでたしな。

 それで早速最新鋭の筋トレマシンを買い込んでたけど……

 それもどうかと思うぞ。


 この2球団は同時に2軍にもGMゼネラルマネージャー制を導入してたわ。

 これは球団のフロントから派遣された管理職で、監督やコーチの人事評価体制を根本的に変えるための人員だ。

 特に選手の故障については重大なマイナス査定にすることにしたらしい。


 さらにワシントンさんが原宿先生に相談した結果、原宿研究室の助手さんたちがプロの2軍のトレーニングコーチとして、1年とか2年の契約で招かれるようになったんだ。


 これには助手さんたちも喜んでたなあ。

 まずは基礎が出来上がっている上級アスリートを研究対象に出来るし、実地経験も積めるし、給料まで貰えるんだもの。

 しかもときどき1軍の超一流選手もやってくるし。


 でも、最初の内は選手たちにトレーニング方法とその目的を教えるのが大変だったみたいだわ。

「根性を鍛えるためにはどうしたらいいんですか?」って聞かれて、「ボクシングジムか空手道場に行って殴られまくって来てください」って答えてたそうだけど……


 まあ選手たちにとっても、酷使されて来た筋肉を休めるために、そういう座学もいいんじゃないかな……




 因みに神保さん情報によると、ウチの両親は俺が日本のプロ球団を蹴ったことに激怒していたそうだ。

 どうやら契約金の分け前を狙ってたかららしいけど……




 そうそう、その後3球団ほどアンジーにアドバイザリー契約を求めて来たそうなんだけどさ。

 よくよく条件を見たら、ファーム首脳陣の人事に口も出せないし、練習内容に助言する契約だけで練習を変える権限は無かったそうなんだ。

 どうやら東大のスポーツ医学研究所からトレーニングコーチを派遣してもらうことで箔をつけることだけが目的だったらしいわ。


 それでアンジーが断ったら、またオーナーのジジイが激怒してたそうだ。

 次は原宿先生のところに直接依頼して来たそうなんだけど、先生は「ワシントン氏の推薦が無ければトレーニングコーチは派遣出来ません」って言ってやっぱり断わったそうだ。

 あはははは。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 2日後に渡米するっていうときになって、読買新聞の国分寺記者が俺を訪ねて来た。

 そうしてちょっと憔悴した顔で俺の前でテーブルに頭つけて言ったんだ。


「す、すまない神田くん。

 うちの新聞社の社主がどうしても君に会いたいって言うんだ……

 そ、それで……」


 読買新聞の社主って言えば、あの『さべつね』って言われる佐田部恒夫か……

 読買ラビッツのオーナーでもあるな……

 俺に会うために懇意にしてた国分寺さんに無理言ったのか。

 まあ、このひとには例の大日本大学野球連合事件の時に世話になったし、顔を立ててやるか……

 それにしてもサラリーマンは大変だね。



「顔を上げてください国分寺さん。

 明後日の飛行機でアメリカに向かいますんで、明日なら都合はつきますよ」


「あ、ありがとうっ!」



 それで翌日、俺は国分寺さんに連れられて読買新聞本社に向かったんだ。

 俺は重厚な社主応接室に通された。


(おいおい、正面に座ってるエラそーなジジイはともかくとして、その左右に座ってるのはラビッツの監督とNさんとOさんじゃねぇか。

 壁の周りにはこれもエラソーなジジイたちが並んじゃってまあ……

 こりゃもう側近っていうより茶坊主集団だな……

 それにこういう豪勢な部屋に引っ張り込んで、大勢で取り囲むって、ヤクザがシロウト衆を脅すときの常套手段じゃねぇか……)



「いやよく来てくれたね神田くん。まあ座ってくれたまえ」


「はい……」


「なんでも君は本当にマイナーリーグの入団テストを受けるために明日アメリカに向けて出発するそうじゃないか」


「ええ」


(なんだよコイツ、気持ち悪いニタニタ笑いしやがって……)


「そんな無駄なことをしないで済むように、今日は君に特別なオファーをしてあげようと思ってな。

 それでこうしてラビッツの監督やON諸君も来てくれているわけだ」


(恩着せがましいジジイだぜ……)


「単刀直入に言おう。

 現在4年連続で日本一に輝いている我がラビッツに来たまえ。

 君ならすぐに大活躍出来るだろう。

 年俸はプロ野球協定で決められた500万円しか出せんが、契約金として5000万円出そうじゃないか。

 どうだね、一流サラリーマンの10年分以上の所得だぞ」


「あれ? ドラフト制度はどうなったんですか?」


「そんなものはなんとでもなる」


(なんとでもなるのかよ……)



「あの、私は記者会見でも申し上げた通り、カネのために野球をやっているつもりは無いんです。

 単に優れた環境で野球を続けて行きたいだけなんですよ」


(あー、このジジイ、早くも額に青筋浮かべてるよ。

 きっと今まで反論されたことなんて一度も無かったんだろうな……)


「き、聞けば君の家はさほどに裕福ではないそうじゃないか。

 5000万円もあったらご両親に相当な親孝行が出来るぞ」


(する気ねぇよ……)


「いえ、カネの問題ではありません。

 単に最高の環境で野球を続けて行きたいだけですから」


「き、君は我がラビッツの環境が最高ではないと言うのかね!」


「あれ?

 お気づきでは無かったんですか?

 あの記者会見で流した録音は、ラビッツの2軍監督とコーチ陣の会話だったんですよ?」


「な、なんだと!」


(あはは、サベツネが周りを見渡しても、全員目を伏せとるわ。

 そうか、親玉の逆鱗に触れるのを恐れて誰も教えてやってなかったのか……)



「私が何よりも恐れているのは、無知で無謀な練習を押し付けられることによって怪我をすることなんです。

 あのように一流選手に『恩師』と呼ばれたがっている監督やコーチたちに、よってたかって『特訓』とやらを押し付けられて壊されるのは御免こうむります」


「な、何を言うかね君ぃ!

 一流選手には一流の恩師が必要なのだよ!

 N君の砂引監督といい、O君の荒山コーチといい」


「ははは、あれはあなたの指示で書かれた新聞記事用の美談のデッチ上げでしょうに。

 そんなことは誰でも知っていますよ。

 当のNさんやOさんは困惑されてたようですけど」


「な、なんだとぉっ!」


(お、NさんとOさんが微かに微笑んどるわ……)


「き、貴様には恩師はいないと言うのかぁっ!」


「ええ、恩人はたくさんいますけど、野球の恩師はいません。

 選手は自分自身が恩師になるべきですから」


(あはは、NさんとOさんが微笑みながら頷いてるわ)


「き、ききき、貴様ぁぁぁ―――っ!」


「それに私の恩人たちは、口を揃えてあの2軍監督とコーチのいるラビッツには絶対に行かないでくれと私に懇願してくれましたしね」


「!!!!!」


「ということで、あのような日本最低のコーチ陣のいる球団には行きたくないんです」


「そ、それはだな……

 こ、これからおいおいと2軍の環境を整備して行ってだな……」


「あれ? 

 確かラビッツさんはオーナー命令でワシントン氏との契約を打ち切っていましたよね。

 他の球団は2軍改革のためにワシントン氏とアドバイザリー契約を結んだところもあるっていうのに。

 それで本当に2軍を改革する気がお有りになるんですか?」


「ぐぎぎぎぎぎぎ……」


「それでは他にご用件が無ければこれで失礼しますね」


「ま、待てっ!

 そ、そうだ! は、8000万出そう!

 こ、これはN君やO君の年棒を上回る大金だぞっ!」


「私はカネには興味が無いと申し上げたはずですが……

 それでは……」


 そうして俺は席を立って入り口に向かって歩き始めたんだよ。


「おい若造ぉ――っ!

 キ、キサマ、このワシに逆らってタダで済むとでも思っているのか!

 に、二度と日本で野球が出来んようにしてやるぞっ!」



 俺はその場で立ち止まり『威圧Lv1』を発動した。

 そうして全員に背を向けたまま低い声で言ったんだ。


「おいジジイ……

 お前ぇ、なんか勘違いしてねぇかぁ……」


 俺はゆっくりと振り返った。


「「「 ひぃぃぃっ! 」」」


「この世の中にゃあなぁ、カネと権力だけじゃあどうにもならねぇもんがあるんだぜぇ。

 その最たるもんが野球を始めとするスポーツってぇもんだろうが。

 その野球の親玉がなにフザケたことヌかしてやがるんでぇ!

 もういっぺん人生勉強やり直して来いやぁぁ―――っ!!!」


 同時に『威圧』をレベル10に引き上げる。


(((( ……ぁぅ…… ))))


 ブリブリブリブリ……

 ジョジョジョジョジョ―――……



 あー、その場にいた連中がみんな腸と膀胱に入ってたもん全部噴出してるわー。

 こりゃあソファと絨毯は総取っ換えだなー。

 はは、ほとんど全員白目になっとるわ。


 お、NさんとOさんだけはアブラ汗かきながらも俺の威圧を受け止めてるじゃねぇか。

 さすがだな……





 それから30分後……


「なあOちゃん。あいつの気迫、凄かったな……」


「ええNさん、とんでもない威圧感でしたね……」


「あの気迫で球投げてたとしたら、打つのはさぞかし大変だろうなぁ……」


「ええ、途轍もなく大変でしょうね……」








次話より、いよいよ第4章メジャー挑戦篇が始まります!






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