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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第3章 大学野球篇
62/157

*** 62 進路記者会見2 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……






 秋の6大学野球が閉幕し、プロ野球ドラフト会議まであと3週間ほどになったころ、俺の進路記者会見が開催された。


 もー、デカい東大の講堂が記者たちでいっぱいよ。

 しかもテレビカメラまで入ってるんだもんな。

 なんでも生中継で1時間番組が組んであるそうだ。

 そうして、全国のプロ野球関係者が全員、オーナーから2軍コーチまで固唾を飲んで見守っているらしい。


 みんなヒマなんか?



 俺とワシントン氏が登壇すると、目が開けていられないほどのフラッシュの洪水が起きた。

 これ、俺たちが目ぇ瞑っちまったんで、写真のほとんどがボツになったんじゃねぇか?




「えー、本日はわたくし神田勇樹の進路記者会見にお越しくださいまして、誠にありがとうございます。

 高いところから恐縮ではございますが、これからわたくしの希望する進路につきましてご報告させて頂きたいと思います」


 その瞬間、500人を超える記者たちが一斉に質問を始めた。

 もちろん何を言っているのか全くわからんわ。


「あー、どうか静粛にお願い致します。

 ご質問には後でお答えさせていただきますので」


 それでようやく少しは静かになったんだけどさ。

 まだザワついてるもんで、俺は少し大きな声を出したんだ。


「それでは、まず結論から申し上げさせて頂きますと、わたくし神田勇樹は日本のプロ野球球団には行きません」


 あー、すんげぇ声だー。

 なんか質問と怒号が混じっててわけわからんわー。

 神保さんが配置してくれた天使さんたちが「御静粛にお願いします」っていう札30本ぐらい上げてるのに、ぜんぜん大声が収まらんわー。

 後で聞いたけど、その瞬間のテレビ視聴率は50%を超えたそうだし。

 なんで一介の大学生の進路にみんなそんなに興奮するんだ?



 神保さん情報によると、この時点で全12球団のオーナーと球団幹部は全員額に青筋立ててたそうだ。


 俺が上を向いて目を閉じていると、5分ほども経ってからようやく少し場が静かになった。



「ですから、プロ野球各球団のみなさまに於かれましては、どうかわたくしをご指名頂かれないようにお願い申し上げます」


 あー、また質問と怒号の嵐だわー。


 それでようやくマスコミ各社の幹部たちが協議して、予め決められていた通り順番に1社ずつ質問を始められるようになったんだ。



「プロ野球には行かれないということですが、ということは社会人野球ですか、それとも就職ですか?」


(はは、この時点でみんな俺の大学名を思い出したみたいだわ)


「そ、それとも大学の研究職ですか?

 ま、まさか上級公務員試験を受けられたとか……」


「いえ、野球はずっと続けたいと思っています」


「それではどこで野球をするというんですか!」


「明後日の飛行機でアメリカに行って、3A球団の入団テストを受けます」


「「「「「 !!!!! 」」」」」



「そ、そんな『すりーえー』なんていう名前の大リーグ球団ってありましたっけ?」


(マジかよ!)


「いえ、3Aと言うのは、マイナーリーグのことです。

 みなさんが『大リーグ』と仰っているメジャーリーグの下部組織に当たります。

 実際には少し違うんですけど、メジャーの2軍と言う側面もありますね」


「大リーグのドラフトで指名されたんですかっ!」


(今入団テストつったろ! 人の話聞けよ!)


「いえ、3Aの入団テストを受けに行くんです。

 わたしはアメリカでは完全に無名ですからね」


「テスト生なんですかっ!」


「今そう申し上げましたが?」



「あの…… 

 失礼ですがそのマイナーリーグの契約金はおいくらぐらいなんでしょうか……」


「あー、テスト生ですから75万円ぐらいでしょう」


「日本の球団の裏契約金3000万円を蹴って75万円の球団に行くんですかっ!」


「はい」


(ああそうか…… 

 3000万円って言ったら当時の一流企業の若手サラリーマンの賃金の10年分以上だもんな。

 ムキになるのも当然か)


「なんでですか!」


「あの、わたしはおカネの為に野球をしてきたつもりは全く無いんですけど。

 単に優れた環境で超一流の選手たちと野球がしたいだけですよ?」


「そ、それにしても有り得ない……」



「あー、次の方ご質問をどうぞ」


「日本の球団で一人前になってから大リーグに挑戦してもいいのではないのでしょうか」


「いえ、それは不可能です」


「な、なぜ不可能なんでしょうか」


「日本の球団は選手の意思による移籍を認めていません。

 入団当初に契約金を受領した段階で、移籍の自由を放棄させられますから。

 わたくしは常々あの契約内容について、職業選択の自由を保障した憲法22条に違反するのではないかと考えているのですが、まだ誰も違憲訴訟を起こしてはいないですよね。

 不思議でなりません。


 そうして、もしもわたくしが契約書に移籍の自由を盛り込むことになった場合には、たぶん契約金は100万円程になることでしょう。

 つまり契約金3000万円の内、2900万円が奴隷契約の代償ということになります。

 ですから3Aに挑戦することと金銭的には同じです」


(この時代にはまだFAとかポスティングシステムとかカケラも無いからな)


「入団テストに合格する自信があるんですか?」


「ええ、たかが一大学生の進路会見にこれだけのマスコミの方々が来てくださったおかげで、さらに自信がつきました」


「………………」



「それでは次の方ご質問をどうぞ」


「それにしてもなぜアメリカなんでしょうか。

 言葉や食べ物に不安はないんですか?」


 俺は英語に切り替えた。

 もちろん発音もネイティブ並みだ。


『はは、なにしろ中学生時代から10年間も英語を勉強して来たわけですからね。会話に不自由はありませんよ。

 それに今やもう全米どこの都市に行っても日本食レストランはありますからねえ。

 それからオリンピックでカナダに行ったとき、いつかこんな人も街も素晴らしい国々で暮らしてみたいと思っていましたから』


 ほとんどの記者の頭の上に「?」マークが出てたんで、俺は発言を日本語で繰り返した。

(オマエラだって大卒だろうがよ!)



「それにしても、日本中のファンがあなたの日本での活躍を待ち望んでいますよ」


「ははは、本当にわたくしの活躍を望んで下さっているのなら、ファンの方はわたくしがどこで活躍しようが気にされないと思います。


『日本での活躍』を望んでいるのは、ワシントンDCにしか特派員を置いていない新聞各社さんと、MLBに払う放映権料が惜しいテレビ局さんだけでしょう。

 ついでに海外通信社の書いた英語の原稿が読めない記者の方もですか。

 つまりはここにおいでの方々のみですね」


「「「「……(くっ)……」」」」



「それからもうひとつ。

 わたくしには絶対に日本の球団には属したくない理由があります」


「そ、それはどんな理由なんですか?」


「端的に言って、日本のプロ球団の練習環境、特に監督・コーチ陣が最低最悪だからです」


「「「「 !!!!! 」」」」


(あはは、これで日本のプロ球団幹部全員のヘイト買っちまったな……)



「た、たとえばどういう点なんでしょうか……」


 俺は大きくため息をついた。


「毎日取材をされているマスコミさんでもお気づきになられていませんでしたか。

 まず、練習内容の98%が野球選手に不要であるばかりか害になるものばかりです。

 第1に、ピッチャーを1日20分以上走らせてはいけません」


「そ、それはなぜですか?」


「日に20分以上走ると、遅筋は鍛えられますけど、野球選手に必要な肝心の速筋は走るためのエネルギーに変換されてしまい、足が細くなってしまいます。

 もちろん瞬発力もガタ落ちです」


「あの、チキンてなんですか? なぜここで鶏肉の話になるんですか?

 それから即金とは? なぜ野球のためにすぐにお金が必要なんでしょうか?」


(マジかよ2!)


「ご自分で調べてください。それでは次の方どうぞ」


「ピッチャーに必要な持久力を鍛えるためには、長距離のランニングは欠かせないのではないでしょうか……」


「長距離走で鍛えられる持久力はほとんど心肺持久力だけで、野球に不可欠な筋瞬発力も筋持久力も鍛えられません。

 そして野球の動作の中で20分も走り続ける動作は有り得ません。

 したがって無意味です」


「は、はぁ……」


「つまり、この程度の常識も知らないコーチや監督しかいないのですよ。

 日本のスポーツ指導者はまるで勉強していません。

 せめてマスコミさんから指摘して欲しいとも思うんですが、それもありません」


「………………」


「それ以外にも、例えば日本のプロの2軍では練習中に水を飲ませません。

 これは、体内の水分低下により体の運動機能を著しく低下させます。

 つまり、わざわざ練習の効果を落とす愚かな方法なんです。


 それから、1000本ノックや日に500球もの投球練習。

 これは筋疲労状態での練習となるため、ほぼ全く効果がありません。

 単に『苦痛に耐える根性』を養っているだけで、そんなものは格闘技の選手には必要でも、野球選手には必要無いのです。


 さらにファームには筋トレ施設が全くありません。

 つまりスイングスピードを上げたり、より速い球を投げるための鍛錬が出来ないのです。


 ついでにファームの食事も最悪です。

 米と肉しか食べさせないために、せっかくトレーニングして身につきつつある筋肉がビタミンやミネラルの不足で萎んでしまいます。


 ですが……

 そんな無知から来る無意味な練習よりもさらに最悪な『育成方針』があります」


「そ、それはどのような方針なんでしょうか……」


「それではこれからある録音を聞いて頂きたいと思います。

 このテープは、わたくしの友人がわたくしの為に各球団のファームを回って視察していてくれた際に、偶然飲食店で隣り合わせた2軍監督とコーチたちの会話を録音したものです」



 俺はテープレコーダーのスイッチを入れた。

 会場のスピーカーから大きな声が流れる。


「おい! どうなっているんだウチの育成は!

 去年1軍に上がった3人のうち、1人がすぐ故障で2人は全く成績を残せずにやっぱりすぐ2軍に落とされたぞ!

 一昨年もその前の年も同様だ!

 このままだと俺たち2軍首脳陣は全員クビだぞ!」


「そ、そんなぁ。今首にされたりなんかしたら、メシの喰い上げですよぉ」


「お前たちだって現役時代にはそれなりの年棒貰ってただろうに!」


「そんなのとっくに使っちまってますってば。

 クルマとか銀座のねえちゃんとか……」


「だったらなにがなんでも2軍から一流選手を出すんだ!」


「「「へぇ~い」」」


「(ピー)は明日からノックを800本にしろ!

(ピー)は腕立て伏せ500回やらせろ!

 ピッチャーは全員20キロ走らせた後、投球練習500球だ!

 なにがなんでも根性つけさせて、1軍に上がれるようにしろっ!」


「「「へいへい」」」


「もしひとりでもレギュラーを育てられれば、それだけで5年はクビにならんのだぞ。

 しかもそいつが活躍すれば、俺たちも『恩師』と呼ばれて1軍コーチに上がれるかもしらんのだ!

 だから明日から練習量を倍にしろ!」


「そんなことしたら、全員ぶっ壊れるかもしれませんぜ」


「もうみんな膝も筋肉もボロボロになるまで追い詰めてますからねえ」


「そんなことは知ったこっちゃねぇっ!

 何人ぶっ壊れようが、1人だけでも1軍選手が出せればいいんだ!

 1軍選手が出れば俺たちの査定は大幅アップだが、2軍選手が何人ぶっ壊れようがフロントは知りもしないんだ!

 だから明日から全員特訓で追い詰めろ!

 そして1軍に上がらせて、『私が1軍に上がれたのは2軍監督のおかげです』と言わせるんだ!」


「「「わかりましたー」」」



 俺はレコーダーのスイッチを切った。


「如何でしたでしょうか。

 これが日本のプロ野球の『若手育成』の実態なんです。

 視察に行ってくれた私の友人は、『お願いだから日本のプロ球団には行かないでくれ!』と涙ながらにわたしに言っていました」


「「「「「 ……………… 」」」」」



「あ、あの…… 

 本当に日本のプロ野球の『若手育成』はそんなに酷いんでしょうか……」


「それにつきましては、こちらにいるワシントン氏が皆さまにお伝えしたいことがあるそうです。

 ワシントン氏を簡単に御紹介申し上げますと、氏は主にドミニカ、ベネズエラ、プエルトリコなどの国々を廻り、優秀な高校生を発掘されて来たスカウトであります。

 過去その中からメジャーに昇格した人数は300名を超え、アメリカでも最も著名なスカウトのお一人でもあります。


 また、日本のプロ球団6球団とも契約されていて、日本球団が助っ人としてメジャーリーガーを必要とした際には仲介もされています。

 現在では、パンサーズの○○選手、エレファンツの○○選手、ラクーンズの○○選手、スパローズの○○選手がワシントン氏の仲介で日本で活躍されていますね。

 それではミスターワシントン、お願い致します」





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