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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第3章 大学野球篇
60/157

*** 60 またも論文執筆 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……



 


 また、俺は新たなトレーニング方法も開発したんだ。

 具体的には動体視力を高めるための訓練だな。


 当時は研究者の間でようやく動体視力っていう言葉が使われ始めたころで、まだそのトレーニング方法までは確立されていなかったんだ。

 電車に乗ってるときに窓の外の電柱を見ているとかの訓練をしていた有名野球選手もいたけど。



 まずは準備運動からだ。

 これは紙に直線やギザギザ線や曲線を鎖線で書いて、それを鉛筆でなぞって行くものになる。

 2019年の今だと老人のボケ防止なんかに使われる方法みたいだけど、これはアスリートの動体視力鍛錬にもなるんだよ。

 次にどの方向に鉛筆を動かせばいいかって、目が必死に鎖線を追うんだ。

 それに加えて目と手の連動訓練にもなるしな。

 因みにこの練習の成果を数値化したかったら、隙間が埋まってない鎖線の数と、全体の達成時間から求めるんだよ。


 次は眼球の焦点の追従性運動になる。

 これ、最初はメトロノームを動かして、その先端を見てたんだけどさ。

 でも成果を数値化出来ないんで、ちょっと面白くなかったんだ。


 そしたら、原宿研究室のコンピューターオタクの先輩が、当時発売されたばかりのパソコンでソフトを作ってくれたんだわ。

 因みにまだ〇インドウズなんか存在してないから、BASICでプログラム組んでくれたんだけど。

 まあ、俺もすぐ自分でプログラミング勉強してソフト作れるようになったよ。


 それでどんなソフトかっていうとさ。

 画面上では最初ゆっくりと緑色の丸が左右に動いてるんだけど、その丸が一番右とか左に来た時にエンターキーを押すんだ。

 それからだんだん丸の動きが速くなったり上下に動き始めたりするんだけど、そのときも折り返しのタイミングでエンターキーを押すんだよ。

 これで、PC上の折り返しタイミングとエンターキーを押したタイミングのズレを計測出来るようになったんだ。


 次は左右に動く丸の間に目隠し部分を作って、その部分に入った丸が目隠しを抜け出た瞬間にエンターキーを押すトレーニングだ。

 これは目隠し前の速度から、再出現ポイントを予測する練習にもなる。

 この時もタイミングのズレを数値化出来るよな。

 もちろんだんだん丸の移動速度を上げて行くんだけど。


 そうしてこれらは上下左右方向の動体視力のトレーニングになる。

 ボクシングに例えていうなら、フックやアッパーの軌道を見切る動体視力だ。



 でもさ、ジャブやストレートを見切る動体視力、つまり前後方向の動体視力のトレーニングも必要だろ。

 特にバッターにとっては。

 それで、画面に大きな円を描いて、その中心にあらわれた小さな緑色の丸がだんだん大きくなって行くソフトも作ったんだ。

 それで緑色の丸が最初の円と重なったときにエンターキーを押すんだよ。


 それ以外にもいろいろ作ったなぁ。

 紙の上に①から㉚までの数字を書いて、それを順番に指で押さえて行く全体視練習方法とか。


 それからPCの画面に9つぐらいの絵を1秒だけ表示させて、何が書いてあったか当てさせる瞬間視練習方法も。



 そうして、これらの動体視力鍛錬の結果を数値化して、『動体視力基準』も作ったんだ。

 まあ、俺の動体視力を100として、後は細かく分けて行ったんだけど。

 それで部員みんなの動体視力を計測したんだけど、最初は動体視力0.1とかいうヤツまでいたんだぜ。


 それにこうした実験の結果が実に興味深かったんだ。

 まずは通常の視力検査で計測される静止視力と動体視力の間には、全く相関関係がないことがわかった。

 もちろん眼鏡なんかをかけた時の矯正視力とも。


 次に面白かったのは、この動体視力と公式戦や紅白戦の打率がかなりの相関関係を持っていたことだったんだ。

 選球眼がいいやつっていうのは、やっぱり動体視力が良かったんだな。

 ついでに首の筋トレの負荷重量も点数化して動体視力と掛け合わせた数値も作ってみたんだけど、こっちはほぼ完全に打率と比例してたんで驚いたわ。


 それから、この動体視力は、静止視力と違って訓練時間に比例して伸びていくこともわかったんだ。

 真面目に訓練してたら、0.5だった動体視力が1か月で2.0になったとか。

 これにはみんな喜んでたなぁ。

 まるで筋トレみたいにやればやるほど成果が上がるんだもの。



 それでさらに何人かの協力で実験してみたんだけど、この動体視力トレーニングって、20分以上やると数値がみるみる落ちて行くんだ。

 それで『サーチ』で見てみたら、眼球周りの小さな筋肉にヤタラに疲労物質が蓄積してたんだよ。

 だから、1回のトレーニングは絶対に15分以内にするようにしたんだ。

 回数も1日2回までで、練習前と練習後とか。


 それで寄付金が激増していた東大野球部は、PCを5台買ってみんなで動体視力トレーニングも始めたんだ。



 そしたらさ、また原宿先生が論文書けって言うんだわ。

 それで日本語と英語の両方で『動体視力の鍛錬と測定、並びにその効果』っていう論文書いて日米それぞれの学会に送ったんだけど、どっちもすぐに論文誌に掲載されてたわ。

 どうやら動体視力の数値化っていう試みが、当時は相当に画期的だったそうだ。


 それで驚いたことに、アメリカの大学から教授だの博士だのが何人も原宿研究室に見学に来るようになったんだよ。

 中には俺にアメリカの自分の研究室に来て博士号論文を書かないかとか言ってくれたひともいたし……

 どうやらみんな、もっといろいろな動体視力測定方法を試して、検査内容をより精緻化する研究も始めているそうだ。



 こうして東大野球部のメンバーたちの動体視力はみるみる上がって行ったんだ。



 次はピッチャーが投げた球をインパクト直前ぐらいまで見るために、首の筋肉、つまり僧帽筋、斜角筋や胸鎖乳突筋なんかを鍛えるトレーニングだな。

 これはミニ体育館のマットの上で、ネックローテーション、ネックフレクション、ネックエクステンション、ブリッジなんかをするわけだ。

 あとヘッドハーネスなんかも。


 それらのトレーニングが或る程度進めば、首を左右に素早く動かす練習に入る。

 これは最初の内は結構気持ち悪くなるんだけど、毎日コツコツやってるうちに三半規管が慣れて来て普通に出来るようになるんだよ。


 ただし、こういう首周りのトレーニングなんかは、素人がやるとけっこう危険なんで、コーチがつきっきりで補助してやるんだ。

 そうしてこのとき最も重要なのは、選手がなぜこのトレーニングをするのかということを完全に理解していることなんだわ。

 ただコーチに言われた通りの練習をするっていうのは、非常に効率が悪いって言う研究成果も出てたしな。


 それで、『これら全てのトレーニングは打率を上げるためのものである』っていうことを理解すると、もうみんな目の色が変わるんだ。



 そうしたトレーニングの仕上げは実際の投球を見ることだ。

 最初は俺以外のピッチャーが投球練習をするときに、完全装備でアンパイアの位置に立たせてストライクボールの判定をさせる。

 次にバットを持って打席に立ち、ピッチャーの投げ出しからストライクゾーンまでの球筋を観察させる。

 もちろんスイングは禁止してな。

 そうして最後には俺の投球を見せてやるんだ。


 その結果、びっくりするほど打率が上がって来たんでみんな驚いてたよ。

 おかげでますます熱心に練習するようになってたわ。



 それでまたも原宿先生にこうした成果について論文書けって言われちまったんだ。

 それで『野球に於ける打率アップの試み』っていう題で書いてみたんだけどさ。

 まあ、『スタンドティー・バッティング』と『三半規管トレーニング』と『首の筋トレ』と『動体視力トレーニング』をセットにすると、どれだけ打率が上がったかっていうことについて詳細に書いたわけだ。

 被験者は東大野球部と日比山高校野球部の新人野球部員中心に100人で。


 これもすぐに日米の論文誌に掲載されてたんで驚いたぞ……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 東大野球部はそんな練習を続けていたんだけどさ。

 俺はそろそろ次の段階のことも考えてみようと思って、それでまた神保さんを頼ったんだ。


「神保さん、また折り入ってお願いがあるんですが……」


 神保さんは微笑んだ。


「なんなりとお申し付けくださいませ」


「あの、出来れば野球に詳しい天使さんたちに、日本のプロ球団の2軍の練習を偵察に行って貰えませんでしょうか。

 念のためどのような練習をしているのか調べてみたいんです」


「畏まりました。

 全ての天使たちが野球に夢中でございまして、練習方法にも相当に詳しくなっておりますのでお任せくださいませ♪」


(だいじょーぶか地球の神界……)




 それからの俺は、毎日のように届く分厚い報告書を読み耽るようになったんだ。


 それにしてもヒデぇな日本のプロは……

 特に2軍の練習環境は最悪だわ……


 毎日12時間もの練習。

 ピッチャーは日に10キロも20キロも走らされる。

 ノック500本は当たり前。

 練習中に水が飲めるのは昼メシのときだけ。

 2軍寮の食事は米と肉ばかり、それも調理の簡単な揚げ物ばっかしで野菜はほんの少々。

 筋トレ施設は全くなし。

 専門のトレーナーも皆無。

 さらに2軍監督やコーチ陣は全員元選手たちで脳筋ばっかし。


 あー、だからか。

 12球団ともドラフトで毎年新人を8人取ってるけど、1年後に残ってるのは半分以下か。

 3年後にはひとりも残って無いことも珍しくないのか。

 それも能力不足での解雇はほとんどなくって、ほぼ全員が「故障」という名のケガばかりだ……

 重度の肉離れや靱帯断裂や肩周りを痛めて投げられなくなったとか。



 特にヒデぇのは、この飲み屋でやってた2軍監督とコーチ陣の会話だよ。



【2軍監督】

「おい! どうなっているんだウチの育成は!

 去年1軍に上がった3人のうち、1人がすぐ故障で2人は全く成績を残せずにすぐ2軍に落とされたぞ!

 一昨年もその前の年も同様だ!

 このままだと俺たち2軍首脳陣は全員クビだぞ!」


「そ、そんなぁ。今首にされたりなんかしたら、メシの喰い上げですよぉ」


「お前たちだって現役時代にはそれなりの年俸貰ってただろうに!」


「そんなのとっくに使っちまってますってば。

 クルマとか銀座のねえちゃんとか……」


「だったらなにがなんでも2軍から一流選手を出すんだ!」


「「「へぇ~い」」」


「○○は明日からノックを800本にしろ!

 ○○は腕立て伏せ500回やらせろ!

 ピッチャーは全員20キロ走らせた後、投球練習500球だ!

 なにがなんでも根性つけさせて、1軍に上がれるようにしろっ!」


「「「へいへい」」」


「もしひとりでもレギュラーを育てられれば、それだけで5年はクビにならんのだぞ。

 しかもそいつが活躍すれば、俺たちも『恩師』と呼ばれて1軍コーチに上がれるかもしらんのだ!

 だから明日から練習量を倍にしろ!」


「そんなことしたら、全員ぶっ壊れるかもしれませんぜ」


「もうみんな膝も筋肉もボロボロになるまで追い詰めてますからねえ」


「そんなことは知ったことじゃねぇっ!

 何人ぶっ壊れようが、1人だけでも1軍選手が出せればいいんだ!

 1軍選手が出れば俺たちの査定は大幅アップだが、2軍選手が何人ぶっ壊れようがフロントは知りもしないんだ!

 だから明日から全員特訓で追い詰めろ!

 そして1軍に上がらせて、『私が1軍に上がれたのは2軍監督のおかげです』と言わせるんだ!」


「「「わかりましたー」」」




 マジ酷いなこれ……

「育成」とか言っておきながら、考えてるのは自分たちのことだけじゃねぇか。

 しかも練習方法が全部間違ってるわ。

 ああ、だから今の日本のプロ野球ってレベル低いんだな……




「神保さん、またお願いがありまして」


「喜んで承ります」


「あの、天使さんたちにお願いして、今度はアメリカの3A球団の調査をお願い出来ませんでしょうか。

 特にナショナルリーグチーム傘下の。

 遠くて大変でしょうがなにとぞよろしくお願い致します」



 神保さんは嬉しそうに微笑んだ。


「おまかせくださいませ勇者さま。

 それに、上級天使であれば『転移』が使えますので距離は関係ございませんよ」


(そ、そういやそうだった……)


「それにこれは上級天使たちにとってはむしろご褒美です。

 勇者さまのお役に立てるだけでなく、なにしろ本場アメリカの野球を間近で見ることが出来るのですから」


「あ、ありがとうございます……」



 それで今度は3Aチームの練習内容報告書を読んだんだけどさ。

 俺もうずっと唸りっぱなしよ。

 なんてすげぇ育成システムなんだ。

 こりゃあアレだな、日本のプロがMLBにまったく歯が立たないのは単に体格やパワーが違うからじゃないな。

 そもそもアスリートに対する考え方がまったく違っとるわ……





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