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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第1章 転生~中学生篇
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*** 6 オリンピックへ ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 数日後の日曜日、俺は市ヶ谷先生と一緒に全体大のグラウンドに行った。


「やあ四谷、長距離走班ヘッドコーチにもなっているお前に急に無理を言ってすまんな」


「市ヶ谷先輩お久しぶりです。

 全体大箱根駅伝優勝時のキャプテンの頼みを断るやつはいませんよ。

 しかもこの子って、全中の1500メートル優勝者ですよね。

 それも中学生新記録で。

 大歓迎ですよ」


 まあ、箱根ランナーの中には1500メートルや3000メートル障害専門のひともけっこういるからな。

 だから優秀な中学生を今のうちに囲い込んでおこうっていう思惑もあるかもしらん。


 そうして俺は、3軍の1年生たちと一緒に記録会に出ることになったんだ。


 走る前に、市ヶ谷先生は3回も言ってたよ。


「いいか神田! 

 途中少しでも足が痛くなったら無理せず走るのを止めるんだぞ!」って。

 また、四谷ヘッドコーチも大学生たちに、「中学生にぶつかってケガでもさせたらただじゃおかないからな!」とか言ってたし……


 それで俺、5キロまでは1キロ3分のペースでゆっくり走って、残りの5キロはマジで走ったんだ。


 記録は…… 28分15秒。

 これは当時の全体大では歴代3位の好記録だそうだな。


「な、なんということだ……」

「ち、中学生、そ、それも1年生が……」

「か、怪物だ……」

「今でも箱根で通用する……」

「2区でも行けそうだ……」



 その後の俺は、平日は北の丸公園で練習、土日は全体大のグラウンドに行って大学生に交じっての練習を重ねたんだよ。


 ハーフマラソンなんかにも出たな。

 特別推薦で一般の部とか。

 それでとうとう3月には、全体大の1軍選手3人と一緒に、試しにびわ湖毎日マラソンに出場することになったんだ。

 まあ、当時はマラソンなんか走るやつほとんどいなかったし、参加定員とかも無かったから、2019年と比べたら出場自体かなり容易だったんだ。


 親には交通費と宿泊費は学校が出してくれるって言っといたけど、実際に出してくれたのはもちろん神保さんだ。

 市ヶ谷先生の分も出してくれて、相当に立派なホテルを予約してくれてたから、先生もずいぶん恐縮してたよ。


 で、結果はなんと日本人1位。

 まあ、優勝はアフリカからの招待選手だったんで全体では2位だけどな。

 それでも記録が2時間10分台後半だったんだ。

 そう、10年前の東京オリンピックの優勝者、あの裸足の王者アベベの記録より1分以上も良かったんだぜ。


 一部報道ではけっこう話題にもなってたんだけど、まだマラソンブームは先の話だからそれほどまでには騒ぎは拡大しなかったよ。


 で、その後は本格的に走り込んだんだけどさ。

 市ヶ谷先生が「絶対に1日に30キロ以上走ってはいかん!」って言うんで結構時間が余るんだ。

 でもまあ、この30キロまでっていう制限は、けっこう理由がしっかりしているんだよ。

 長距離ランナーって、ある程度以上のペースで走ってると、だいたい30キロで体内に蓄えた炭水化物を燃やし尽くしちゃうから。

 だから30キロ以降は、わずかに残った脂肪や筋肉や骨をエネルギーに換えて走るんだ。

 まあ、これがいわゆる『30キロの壁』っていうやつだな。

 だからまだ体の出来上がっていない中学生が30キロ以上走ると、途端に筋肉を傷めたり、疲労骨折したりしちゃうんだ。


 市ヶ谷先生は、「いいか、根性は出さんでいいからな。10キロしか走っていなくっても、少しでも足に異常を感じたら走るのを止めろ」っていつも言ってたよ。

「お前の根性だと足が折れても走り続けそうで心配なんだ」とも。

 この時代には珍しいコーチだよなあ。



 それで毎日けっこう時間が余るから、野球の練習もしてたんだ。

 ピッチングとかバッティングとか。

 でも筋トレは当分先送りかな。

 筋トレして速筋つけちゃうと、すぐに体重に跳ね返って長距離のスピードが維持出来なくなっちゃうから。


 そう、俺はこのとき、翌年のモントリオールオリンピックを目標にし始めていたんだよ……




 夏は市ヶ谷先生が全体大の高地合宿にも連れていってくれた。

 この時の30キロ記録会には、全体大陸上部総監督の信濃町名誉教授も来てたよ。

 そうして、俺が大学生と互角以上に走っているのをにこにこしながら見ていたんだ……



 そうそう、この練習期に、俺は走りながら魔法で自分の体をチェックしてたんだ。

 今の体内グリコーゲン残量とか、ヘモグロビンの酸素運搬状態とか、脂肪燃焼の量とか燃焼している脂肪の部位とかを。


 そしたらさ、なんと魔法を使っていないときにもそういうデータが分かるようになって来たんだ。

 しかもそのうち、グリが減って来た時に、どの部位の脂肪を燃焼させるかコントロール出来るようにもなったんだぜ。

 なんでそんな能力を獲得できたかはわからないんだけど、それにしても便利な能力だよなぁ。



 そうしたハードなトレーニングの末に出場した12月の福岡国際マラソンでは、またもや日本人1位、全体で2位。

 惜しくも当時世界記録保持者のフランク・ロンガーに8秒差で負けちまったよ。

 記録は2時間10分15秒。

 これは当時の日本新記録になる。

 でもさ、詳細鑑定してみたら、その日のロンガーのコンディション偏差値が40しか無かったんだ。

 つまり彼の体調は相当に悪かったんだよ。

 だから俺もまだまだだな……


 でも、3月のびわ湖毎日マラソンで俺はとうとう全体1位。

 記録は遂に2時間10分を切って2時間9分55秒。

 俺は日本人初のサブテンランナーになれたんだ(当時はそんな言葉無かったけど)。


 でも、5月の大陸連(大日本陸上競技連合)のマラソンオリンピック代表選考会は紛糾したそうだ。

 なんでも俺が若すぎるとか、レース経験がとか言って、俺を排除して自分の息のかかった選手を推薦するジジイ共が多かったそうだな。

 まあ、当時は今みたいに『サブテン且つ日本人1位』みたいな代表選考基準が公表されてなかったし。


 でも最後にさ、大陸連の大重鎮、信濃町名誉教授が発言したそうなんだ。


「わかりました。

 みなさんはご自身の権力によって、なんの後ろ盾も無い、すなわち推薦しても礼金を貰える可能性の無い天才ランナーを排除し、自分が既に『選考援助金』を貰っている選手をオリンピックに出場させたいと仰るのですな。

 それも3月に日本記録を更新したばかりの選手を差し置いて。


 それではわたくしは、わたくし自身の手で今回の代表選考会の議事録を公表させて頂くと致しましょう。

 きっと数か月後には、この選考会の委員諸氏は、世論に押された文部省から全員退任勧告を受けていることでございましょうな。はっはっは」



 それでまあ、モントリオールオリンピック、マラソン日本代表2人のうちの1人は俺に決定したんだよ。

 あとの1人はやっぱりジジイたちの醜い争いの末に、現金が飛び交って決定したそうだけど。

 まあ、後進国生まれの連中には当然のことなんだろう。


 とにかく、これで俺もオリンピアンになれるのか……




 さすがに今回は少しは騒ぎになったかな。

 まあ、中学生のオリンピック出場は当時は珍しかったから。

 でも俺がインタビューで、「モントリオールオリンピックでの目標は?」って聞かれて、「完走することです」って答えたら急速に鎮静化してたけど。




 それからの俺は通常の練習に加えて短距離の練習も始めたんだ。

 速筋が増える分体重も少し増えちゃうけど、自分のラストスパート能力に不満があったから。

 おかげで100メートル10秒78の自己新が出たぜ。

 はは、これで俺も「豪脚」を名乗れるかな。



 その後俺は一応親には言ってみたんだ。


「今度カナダで大きな大会があるんだけど、見に来るかい?」


「カダナってどこにあるんだ?」


「カナダだよ。北米大陸の北の方」


「遠いのか?」


「遠いね」


「特急電車で何時間ぐらい?」


(マジかよ!)


「いや、電車じゃ行けないな。飛行機じゃないと」


「飛行機なんぞに乗せるカネは無いぞ!」


「いやたぶん、飛行機代はJOCっていうところが出してくれるよ」


「そ、それって一緒に行く親の分も出してくれるの?」


「いや、親は自費だね」


「じゃあ行かない」


「そうか、まあホテルでも街の店でも日本語は通じないから行かない方がいいかもね」


「なんで日本語が通じないんだ」


「だってカナダ人には英語かフランス語しか通じないもの」


「なんでカダナ人は日本語を喋らずにそんな言葉を喋ってるんだ!」


(マジかよ2!)


「そ、それは仕方が無いんじゃないかな。

 元々フランス語や英語を喋る人たちの国だから」


「だからなぜ日本語を喋れないのかと言ってるんだ。

 カダナ人は皆バカなのか?」


(マママママジかよっ3!

 あ、そうか……

 だから俺が英語の勉強してるの見て、「またカネの無駄遣いしおって!」って怒ってたんか! ようやく納得したぜ!)


「まあバカなんじゃないか?」


(たぶんあなたたちが。

 なんだか初めて日本に来て中〇語が通じないんで怒ってる中〇人みたいだわー)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 俺はレースの1週間前にモントリオールの地に降り立った。

 JOCのくれた飛行機チケットはレースの2日前に到着するものだったが、神保さんがそれを返却して、時差ボケ解消のために1週間前に着くチケットを買ってくれたんだ。

 それもファーストクラスだったよ。

 まあ俺も『状態異常耐性』持ってるから時差ボケとか有り得ないんだけど、念のためだということだ。


 今度も神保さんと市ヶ谷先生が同行してくれたんだけど、先生はファーストクラスに案内されて、ひたすら恐縮していたわ。

 モントリオールには既に大勢の天使たちがサポートとして派遣されているそうだ。



 現地では俺の調整も無事進んでいる。

 カーボローディングについては、毎食俺の部屋に大量のスパゲティやうどんやラーメンや野菜ジュースが届くんで、市ヶ谷先生が驚いてたよ。

 レストランなんかのパスタは油が多くって消化に悪そうだったからな。


 そうそう、軽く走って調整したあと、神保さんが買ってくれたウ〇ークマンで音楽聞きながら、ストレッチしてたんだ。


 そしたら日本の記者が強引に話しかけて来たんで、「お話はストレッチが終わったら聞かせて頂きます」って言ったらむっとしてたよ。

 それでも記者は気を取り直して、ストレッチ後に少し質問をして来たんだ。


「ところでさっきは誰の歌を聴いていたんですか?

 やっぱり山〇百恵ちゃんですか? それとも桜〇淳子ちゃんですか?」


「いえ、ニール・ヤン〇です」


「は?

 そ、それってビー〇ルズの曲でしたっけ?」


(ったく、この時代の日本人は海外ミュージシャンはビー〇ルズしか知らないんだよな。

 中学生がビー〇ルズ聞いてると、「この不良がっ!」って怒られたし。

 やっぱり後進国世代って、自分の理解出来ないもの見たり聞いたりすると、バカにされてるって思って怒り出すんだよ)


「いえ、カナダのミュージシャンです」


「は、はぁ」


「やっぱりカナダに来たんですから、カナダに馴染むためにもニールの声を聴こうと思いまして」


「…………」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 レース3日前。

 俺は21世紀のヘアカタログを天使たちに見せて、髪型を『ソフトモヒカン』にしてもらった。

 70年代に流行ったパンクロック風の側面を剃るモヒカンじゃあなくって、側面から中央にかけて徐々に毛足が長くなっていくタイプのやつだ。

 中央部も少しだけ短くして俺の硬い毛が自然に立つようにしてある。


 市ヶ谷先生は絶句したが何も言わなかった。

 ひょっとして、「後ろ刈上げだけじゃなくって横刈上げも追加しました」って言ったのがよかったのかな?

 俺に「なんで後ろ刈上げは良くって、横刈上げはダメなんですか?」って聞かれるのを恐れたんか?

 まあ、21世紀のアスリートの間では大流行している髪型だから構わないよね♪


 でも、選手村の外国人選手たちからは、「なんて精悍に見える髪型だ!」とか「なんてカッコいいんだ!」とか言われて、「一緒に写真撮らせてくれっ!」って頼まれて大変だったわ。


 でもこれさ……

 まさか……

 21世紀にこの『ソフトモヒカン』が流行ったのって……

 お、俺のせいじゃないよねっ!






明日から1日1回20:00に投稿させていただきますです……

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