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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第3章 大学野球篇
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*** 59 上野東大合格 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……






 俺も東大野球部のメンバーも地道に毎日練習を続けていた。

 そうして春の6大学開幕まであと1カ月になったころ、ビッグニュースが飛び込んで来たんだよ。


 そう……

 あの上野が東大に合格したんだ。

 あいつ、元々けっこう頭良かったんだけど、なんとしてでももう一度俺の球を受けたいって思って、狂ったように勉強してたんだと。

 さすがは意思力レベル102だよな。


 それで神保さんなんか大喜びしちゃって、奨学金として神保通商が学費全額負担の上、生活費に充てる特別奨学金まで毎月5万円も支給してたわ。



 上野は俺と同様に、合格発表日にそのまま野球部に入部したいって言って来たんだけど、野球部のみんなは胴上げして大歓迎してくれてたよ。

 でもちょっとキャッチャーの先輩たちが浮かない顔してたんだ。


 それで俺、練習終わったあとに上野に話をしてみたんだよ。



「それにしても合格おめでとう。

 これでまた3年間一緒に野球が出来るな」


「あ、ありがとうございます……

 一生懸命勉強頑張った甲斐がありました……」


「それでな上野。

 トーナメント方式の高校野球とリーグ戦方式の大学野球との違いってわかるか?」


「もちろんですよ。

 神田先輩が投げたのは、いつも第1戦と第3戦でしたよね。

 第2戦は先輩ピッチャーさんが投げてましたし。

 それ以外にもキャッチャーさんは交代で受けてましたよね」


「そうなんだ。

 たとえ1試合負けてもあと2試合勝てば勝ち点がもらえるからな。

 だからお前も毎試合俺の球受けられないかもしれないんだよ」


 上野が微笑んだ。


「ボクが必死で勉強したのは先輩の球を受けたかったからであって、神宮球場で野球がしたかったからじゃあありません。

 別に誰が先輩の球受けても構いませんよ。

 あ、その代わり練習では毎日30球ぐらいは受けさせてくださいね♪」


「お、おう、もちろんだ」



 上野は大学の野球にも東大の練習にもすぐ馴染んだよ。

 まあ、練習のスタイルは日比山とまったく同じだからな。

 大豆ドリンクや野菜ジュースの味まで同じだし。


 

 それで俺も少し日比山高校のこと心配したんだよ。

 上野がキャプテンやってたときは春の甲子園にも選ばれて、夏の大会でも東東京の決勝戦まで行けてたけどさ、俺や上野がいなくなった後は大丈夫かなって。


 そしたら一浪して見事志望校に合格してた田町先輩が監督に、品川先輩がコーチに就任したんだと。

 ついでにあの新橋も。


 まああいつらなら大丈夫だろうな。

 あの3人が今更『根性練』とかやるはずないし……



 それでもあの3人が大学卒業したらどうなるのかってちょっと心配してたんだよ。


 でも田町先輩と品川先輩の実家は結構な規模の会社を経営してたんだ。

 新橋の家も大きな商店だし。


 会長やってる爺ちゃんとか社長の父ちゃんとか専務の母ちゃんとかは、甲子園で息子の晴れ姿を見て大泣きしながら大感激してたんだと。

 役員さんたちも生まれたときから知ってる坊ちゃんの活躍見てスタンドで号泣してたそうだし。

 しかも新橋なんか3連覇のレギュラーメンバーだしな。


 それで『この上は後輩たちも甲子園に連れてってやれ!』って応援してくれてるそうだ。

 大学卒業しても、平日は2時まで家業の手伝いをして、それから後輩たちを指導する予定だそうだわ。

 これなら日比山も大丈夫そうだな……




 そして迎えた春の6大学野球。

 東大はまたしても勝ち点5で優勝を飾ったんだ。

 それからは野球部のみんなは更に練習に励んだよ。

 コーチも原宿ドクターも、過度な練習にならんように必死で抑えてたわ。



 そんな或る日、俺は練習後に懐かしい顔がグラウンドの外にいるのを見つけたんだ。


(あ、あれは…… 「おっぱい星人」渋谷涼子……

 な、なんかまた更に胸部装甲が充実しとるぞ……

 あ、上野が近寄って行った。

 こ、こいつらもう付き合ってるのか?


 ああっ! 上野が渋谷になんかノート渡したっ!

 渋谷が嬉しそうにお礼言っとる!

 ま、ままま、まさか交換日記かぁぁっ!


 お、お前ら中学生かぁぁぁ――――っ!



 日記は日記でも、『神田勇樹観察日記』であることには気づいていない神田くんであった……




 後日の上野くんと渋谷さんの会話。


「ねぇ、ところで神田くんにカノジョは出来たの?」


「い、いえ、そんな形跡はまったくありませんけど……」


「そう…… これはわたしの女の勘なんだけど……

 神田くんって、ものすごく親しい恋人とか婚約者がいるような気がするの。

 それでいつもどこかから見守っているような気がするのよ。

 しかもきっととんでもない巨乳の持ち主よ」


「そ、そうなんですか?」


「だって神田くんぐらいよ、わたしの胸見ないの。

 上野くんですら少しは見るのに」


「すっ、すすす、すいませんっ!!!

 も、もう見ませんっ!」


「あら、上野くんだったらいいのよ♡

 なんだったらナマで見てみる?」


「!!!!!」




 さすがは渋谷涼子であった……

 超爆乳の女神さまがいつもうっとりしながら神田くんを眺めていることに気づくとは……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 2年生の秋の6大学でも東大が優勝し、併せて明治神宮大会も制して「第1期東大黄金時代」という言葉が使われるようになった頃、俺の身長は2メートル3センチ、体重は115キロになっていた。


 その時点で俺は更なるトレーニングを開始したんだ。

 筋トレの重量アップを目指し、特に握力の増大を目標にする。

 そう、俺ぐらいのレベルになると、筋トレは毎日やる方が効果的になって来てるんだよ。

 或る程度筋肉量を増やすには3日おきのトレーニングが有効なんだけど、それで筋肉がついたら、今度は筋力そのものを上げるために毎日トレーニングした方がいいんだ。

 もっともやっぱり数回でいいんだけどな。


 また、特注のやや重いボールを使って筋持久力の増大と共に、球速の上昇も目指した。

 そうしたハードトレーニングの結果、俺の野球能力はさらに伸びていったんだ。

 上野もそんな俺を見ながら各種のトレーニングに付き合ってくれてたし。

 それにもう、チームのみんなに俺の能力を隠す必要も感じなかったし。


 その結果半年に一度の測定会では……


「神田勇樹くん、握力右250キロ、左240キロ」


「「「「 げげっ! 」」」」


「神田勇樹くん、ベンチプレス320キロ8回」


「「「「 げげげげげっ! 」」」」


「神田勇樹くん、背筋力550キロ」


「「「「 うげげげげげげげっ! 」」」」



 それで俺、原宿先生に勧められて、「全日本パワーリフティング選手権大会」に出場することになっちまったんだわ。


 この大会、体重別に分かれてるんだけど、ベンチプレス部門はバーベルを1回だけ挙げる競技なんだ。

 ルールも、「バーベルをラックから外した後は腕を伸ばして一旦静止させる」、「バーを胸まで下げて静止、コールがあるまで動かさない」、「フィニッシュも腕を伸ばして静止」、「腰や足を浮かせてはならない」とかだな。


 ついでにこの競技には「ノーギア部門」と「フルギア部門」っていうのがあるんだ。

 ギアっていうのはベンチプレス専用のシャツのことで、肘や手首なんかの関節を保護するためにガチガチに固めたもののことだ。

 試しにそのギアを使ってみたんだけど、関節の保護がほぼ完璧だったんで、すっげぇ安心感があるんだよ。

 そのせいか、ノーギア部門とフルギア部門の記録の差も大きいしな。

 まるでウチの野球部のキャッチャー用防具みたいだわ。



 それで、つい調子に乗っちまった俺は、MAXパワー出しちゃって「ノーギア」で400キロ、「フルギア」で520キロを挙げちまったんだ。

 まあ、挙げるのは1回だけでいいからなんとかなったんだけどさ。


 これ、因みに120キロ超級も含めて日本記録どころか世界記録な。

 2019年の今でも破られてないぞ。


 日本パワーリフティング協会の人たちからは、世界選手権への出場を随分と勧められたけど、丁重にお断りしたよ。

 だって野球の練習は毎日やるべきものだから。

 まあ、おかげで俺の記録も「日本国内参考最高記録」のままで、あんまり騒がれずに済んだわ。


 因みにこのレベルの重量を持ち上げると、一発で腕の筋肉や毛細血管がブチブチに切れて内出血起こして腕が真っ青になるんだけどさ。

 まあ、『キュア(超勇者級)』ですぐ治るから問題は無いわな。



 さらについでに「日本ボディビルディング選手権大会」にも出場させられたけど、こっちでも優勝しちまったぜ。

 なんでも、ウエイトトレーニングでは鍛えにくい細かい筋肉が隆々と育ってるって、審査員たちに絶賛されたみたいだ。


 まあ、ベストテンのうち俺を入れて原宿研究室のメンバーが5人も入ってたから、騒がれたのは俺じゃなくって原宿研究室だったけど。



 それで研究室のみんなで「誰でも出来る筋トレ入門」っていう一般向けの本を書いたんだ。

 その本…… 

 著者紹介のページに俺以外の4人が笑顔のままブーメランパンツ一丁でボージングしてる写真が載ってるんだぜ。

 トレーニング開始前の超貧相なカラダの写真も載ってるし。

 しかも著者たちは「東大医学部大学院」の研究生たちだろ。

 監修は医学部助教授だし。


 おかげでその本、「ボディビルディング界のバイブル」って言われるようになって、スーパーロングセラーになっちまったよ。

 俺の写真もけっこう載ってたんで、世の中の「神田勇樹おっかけ女子」たちも相当買ってくれたらしいし……


 面白いことに、女の子って3割ぐらいの筋肉フェチと、それ以外の「ムキムキ男子はキモイ」っていうのにはっきり分かれるらしいな。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そう言えばこの頃、俺は原宿先生に勧められて卒業論文を書き始めたんだ。

 まだちょっと早いとは思ったけど、4年生の秋にはメジャー挑戦のために渡米したかったから、全ての単位は3年生までのうちに取っておきたかったし。

 それで原宿先生に勧められたテーマが、『トレーニング前後に於ける動的ストレッチと静的ストレッチの比較研究』っていうものだったんだ。


 当時って、ストレッチ運動そのものは広まり始めてたんだけど、静的ストレッチも動的ストレッチも混同されてたんだ。

 でも俺は21世紀の知識として、『動的ストレッチは、休んでいた筋肉を目覚めさせ、同時に体を温めて関節の可動域を広げるもの』『静的ストレッチは酷使された筋肉の回復を促進してかつ筋肉疲労物質の代謝を促すもの』っていうことを知ってたろ。


 それからさ、大きな声では言えないんだけど、俺は自分の体内の化学物質の動きを『詳細鑑定』で知ることが出来るわけだ。

 それもマラソンやってたときに使いまくってたおかげで、Lvが12000まで上がってたし。

 この能力に『サーチ』を組み合わせると、『どんな運動をすると、どの部位の筋繊維やその周囲の化学物質がどう動くか』っていうのがわかっちゃうわけだ。


 それでもう何年も各種ストレッチを続けて来た俺にとっては、どのストレッチにどんな効果があるかなんていうことは、既に生化学レベルでわかってたんだな。


 だから、後は血液検査や組織標本検査で客観的なデータを取って、既にわかってる結論を裏付けていくだけだったんだよ。



 特に俺自身の貢献としては、筋肉疲労の鍵になる物質がカリウムイオン(K⁺)であることをつきとめたことと、乳酸はむしろこのカリウムイオンを中和させて疲労回復を促していたことを実証したことかな。

 ついでに、筋収縮によってATP(アデノシン三リン酸)が分解されて出来るリン酸が筋肉運動に必須のカルシウムと結びついてしまって、さらに筋運動を阻害することも明らかに出来たんだ。


 そうして、それらを実験を通じて実証して行くと同時に、100種類ほどのストレッチについて、その効能と注意点を指摘して分類していったんだよ。


 例えば、動的ストレッチの前後で、

 ・関節の可動域がどれぐらい違っているか。

 ・体内体温がどれぐらい上昇しているか。

 ・筋肉のパフォーマンスがどれぐらい変化しているか。

 ・俊敏性(筋収縮速度)がどれほど変化しているか。


 それから静的ストレッチ前後で、

 ・筋肉疲労のキー物質であるカリウムイオン(K+)やリン酸の排出がどれほど促されるか。

 ・ストレッチ時間の変化とその後の筋肉収縮力の関係。

 ・同じ負荷の運動を長期間続けていた場合、静的ストレッチの有無による筋肉量の変化。

 ・ついでに、カルシウム摂取による筋肉パフォーマンスの回復過程。


 そんなことについて論文を書いてたんだ。



 それになにしろ俺のおかげで優勝出来たって思ってるから、野球部員が全員実験に協力してくれたんだ。

 しかもひょろひょろの1年生から既にマッチョになりつつある4年生までが。

 おかげで筋肉量の多寡によるストレッチ効果の違いみたいな検証も出来たし。


 もちろん論文の結論は、

『トレーニング前には動的ストレッチが好ましい』

『トレーニング前に静的ストレッチを行う際には、20秒以上行うと却ってトレーニングの効果を落としてしまう』

『トレーニング後には静的ストレッチが好ましい』

『筋肉量の増大につれて静的ストレッチの効果は大きくなる』

『ストレッチと併せて各種ビタミンやミネラルの補給が重要だが、特にカルシウムの摂取が望まれる』

 っていうものだったけどな。



 それで論文の出来を褒めてくれた指導教官の原宿先生の勧めで、日本のスポーツ医学学会に論文を提出したら、すぐに論文誌に掲載して貰えたんだわ。

 どうやらストレッチの分類と効果っていう発想が、当時は相当に斬新だったらしい。


 それで気をよくした原宿先生に言われて、俺は論文を英訳してアメリカの学会にも送ったんだ。

 そしたらなんと、3年生の5月にその論文がアメリカスポーツ医学界の論文誌に掲載されちまったんだわ。

 びっくりしたよ。

 おかげで狂喜した原宿先生に卒論として『S+評価』貰えたけど……




 このころになると、原宿研究室の院生さんたちが野球部の練習にトレーニングコーチとして参加するようになったんだ。

 もちろん野球そのもののコーチングは出来ないんだけど、フィジカルトレーニングや体のケアなんかについてコーチするんだよ。


 東大野球部に入る1年生って、高校時代まで運動部の経験が無かった奴が多いんだけど、それが効率的なトレーニングでどこまで運動能力を上げられるかっていう点で、格好の研究対象でもあったらしい。


 まあヒョロヒョロの1年生にとっても、筋トレを指導してくれるひとがムキムキマッチョマンだと信頼感がスゴいらしいな……





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