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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第3章 大学野球篇
54/157

*** 54 春の6大学野球(対早大戦)2 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 2回の表の東大の攻撃は三者凡退。

 まあ仕方が無い。

 まだ本格的な打撃練習を始めて間がないからな。


 さて、2回の裏は4番さんからの攻撃か。



【早大4番くん】

(それにしても皆不甲斐ないわい。

 なにが消える球じゃい。漫画じゃあるまいし。

 よし! わしが手本を見せちゃる!)



 おー、初球のサインはやっぱりジャイロね。

 それも落ちるのみのジャイロだから、相手のタイミングとバットコントロールをチェックしようっていうわけか。

 なるほどよく考えておられますな。

 それじゃあ、うりゃっ!


 あー、タイミングがぜんぜん合ってないよー。

 バットとボールもかなり離れてたし。



【早大4番くん】

(な、なぜ伸びるんじゃ……

 い、いや、落ちながら伸びる球なぞあるはずがない!

 きっとわしの勘違いじゃ!)




 まあ仕方ないよ。

 この時代のピッチャーの配球って、8割近くがストレートだもんな。

 後はカーブとスローカーブぐらいで、たまにスライダーもどきが混じるだけ。

「豪速球投手」っていうのが持て囃された時代だし。

 でも『豪速球』って言ってもせいぜい140キロ台後半だけどな……


 だから強打者って言われるバッターは、ストレートには滅法強かったんだ。

 つまりまあ、俺みたいな変化球投手はこの時代のバッターには天敵なんだろう。

 この時代はヘタすると、「豪速球の投げられない可哀そうな投手が変化球投手になる」って言われてたし……


 そうそう、大昔の野球でも、日本で初めてカーブを投げた投手が「卑怯者っ!」って言われて非難されてたんだぜ。

 不思議なセンスだよなー。



 それじゃあ4番さんへの第2球は……

 ありゃ、またチェンジアップのサインか。

 まあ、今の伸びる球見た後だし、どうやらストレートを待ってるみたいだからいい配球かな。


「ストライーク!」


 お、今度は球審さんも手を動かさなかったか。

 はは、4番さんは顔真っ赤にして怒ってるよ。

 額に青筋も立ってるし、今にも「卑怯者―――っ!」って叫びそうな顔しとるわ。



【早大4番くん】

(な、なぜ堂々とストレートで勝負して来んのじゃ!

 落としたり緩いボールを投げたり、なんという女々しいやつじゃ!

 こ、この卑怯者―――っ!)



 それじゃあ3球目は、ああ、カットボールね。了解しました。

 それじゃあ、うりゃっ!


「ストライーク、バッターアウト!」


 うわー、すげぇスイング。

 でも、バットはボールの遥か上。

 あれ、手首とか肩とか痛めてないんかねぇ。



【早大4番くん】

(なぜだ! なぜ当たらん!

 なぜあんな棒球がバットに当たらんのじゃ!

 わしのバットに当たらん直球を投げるとは、この卑怯者めが―――っ!)



 5番さんへは……

 初球は50センチ縦ジャイロね。


「ストライーク!」


 うーん、みんなストレート狙いみたいなんだけど、いいんかそんなことで。

 俺もうたぶん今日はストレート投げないぞー。


 で、2球目はチェンジアップと。


「ストライーク!」


 そして3球目はやっぱりカットボールね♪


「ストライーク、バッターアウト!」


 6番さんもぶんぶんバット振り回して来たけど、ジャイロとフォークとカットボールで敢え無く三球三振。



 あー、早大の監督さん怒ってる怒ってる。

 3塁側の東大応援席の大歓声にかき消されてみんなには聞こえないだろうけど、俺にはばっちり聞こえてるもんねー。


「なんであんな棒球とスローボールが打てないんだっ!」


 お、なんか選手たちが小声でごにょごにょ言ってる……。


「言い訳をするなぁ―――っ!

 言い訳するならあの新入生を打ち崩してからにしろぉ――――っ!」


 あーあ、無茶言ってるよ。

 たぶん「あれはストレートじゃなくって変化球なんです」って言ったんだろうなぁ。

 まあ、ベンチからカットボールを見て、落ちる変化球だって見破ったやついないもんな。


 あ、そうか。

 チェンジアップも、ベンチから見てると平凡なスローボールに見えるのか。

 へへ、これは当分俺の変化球が通用しそうだな♪



 3回の表の東大の攻撃、8番9番は凡退。


 さて、俺の第2打席か。

 果たして勝負してくれるんかな?


 あ、内角低めのストライクゾーンに速いストレートだ。

 たぶんこのピッチャーの全力の球だろう。


 それじゃあバットの先端が地面を擦らないように気を付けてー。

 ごっつあんですっ!


 バキィ―――――ン!


 あー掬い上げたもんだから、打球が高く上がって……

 うわっ! や、ヤベぇっ!

 レフト場外に消えてっちまったよっ!


 わー、この球場の周り、人通りそれなりにあるからなー。

 死人とか出てないだろうなー。


(ご安心くださいませ勇者さま)


(あ、神保さん)


(場外に出た後は、我らが誘導して被害の無いところに落としております)


(あ、ありがとうございますぅ―――っ!)


(いえいえ、それでは引き続きご活躍下さいませ♪)



 さっすが大天使とその部下たちだわー。

 おかげで助かったよ。

 これでもう気兼ねなく思いっきり打てるな。



 俺はベースを回りながら考えていた。

 それにしても、相手バッテリーは勝負して来たか。

 まあ、2アウトランナー無しで敬遠も無いもんだけど。

 あ、そうか。

 あの監督の激怒状態で、1年生相手に敬遠なんか出来なかったんだ。

 それに例え四球でも、逃げたって思われるのが嫌だったのか。

 っていうことは、これからも勝負してもらえるんかな♪



 俺、この時は知らなかったんだけどさ。

 当時の大学野球で敬遠四球ってかなりのタブーだったらしいんだ。

 そりゃあ勝ち点がかかった場面とか、優勝がかかった試合とかは別にして、敬遠四球なんぞしようもんなら、「学生らしくないっ!」ってOBなんかに叩かれるらしい。

 そうか、これが甲子園なんかのトーナメント制と違った、勝ち点制のリーグ戦の特色なんだな……




 3回の裏の早大の下位打線も、俺はストレート狙いをことごとく変化球で躱して三者連続三振に打ち取った。


 さて、ここまでは順調だったけど、打者一巡後にはどうなるか。


 東大三者凡退のあと4回の裏、早麦田大学の攻撃。


 あー、1番打者がまた振り回して来てるよー。

 初球のカットボールを空振りだ。

 2球目のカーブもボールを見失って見送りストライク。

 錦糸町先輩が少し前に弾いたけど全く問題なし。


 さらに3球目もカットボールで……


「ストライーク、バッターアウト!」


 うんうん、今日はカットが冴えてるわ。

 なんか最近球速が上がったせいで、ベース手前2.8メートルぐらいから落ちてるのかもしらん。


 さて2番さんは……


 初球の縦ジャイロに空振り。

 2球目のカーブは、ようやく見失わずにバットを出したけどファール。

 そして3球目のカットボールは……


「ストライーク、バッターアウト!」



 次の3番さんも、初球の80センチ縦ジャイロに空振り。

 あー、タイミングもぜんぜん合ってないわー。


 2球目のチェンジアップは……

 あっ、予想されてたのか!

 でもファウルで一安心。

 こりゃ組み立てももう少し変化つけた方がいいな。


 3球目のカットは……


「ストライーク、バッターアウト!」


 ふう、やれやれ。


 はは、3塁側応援席はもうノリノリだわ。

 こりゃみんな帰りはのどガラガラなんじゃね?

 あー、相手の監督さんも絶叫しとるわー。

 もうひとりガラガラが出来そうだわー。



「神田、すまん。俺のサインが単調すぎた」


「いえいえ、俺も首横に振りませんでしたからね」


「それじゃあ次の回からは、もう少し配球に工夫して行こう」


「そうですね、チェンジアップは減らしましょう」



 5回の裏、早大4番からの攻撃。


【早大4番くん】

(今度こそ、今度こそ卑怯者の球を打ち崩しちゃる!

 上級生の力を1年坊主に教えちゃるっ!)



 さて、第1球はいきなりライズのサインか。

 うりゃっ!


 ぶん!


「ストライク!」


【早大4番くん】

(なっ!

 たかが高めに浮くだけの球がなぜ消えた!

 そしてただのストレートをなぜわしが打てんのじゃ!

 こ、こやつ、またなんぞ卑怯な真似をしたのか!)


 あー、実に豪快な空振り。

 ところでこの球、途中までど真ん中の絶好球に見えるのはわかるんだけどさ。

 でも変化が始まるのはベース前8メートルぐらいだろ?

 それでなんでみんな振っちゃうんだ?

 途中でバット止めて見送りでボールにしたやつ、今まで一人もいないぞ?

 自分で投げててナゾだわー。

 まさか上に変化し過ぎて消えて見えるとか……


 でも…… っていうことはあれだな。

 もっと球速上げて変化が始まるのをベース前6メートルに出来たら、メジャーでも通用するかも。

 うん。これから4年間の課題にしよう。



 それじゃあ2球目は……

 なるほどカットボールね。


 あー、途中までおんなじ軌道だったもんだから見送ったか。

 でも……


「ストライーク!」


【早大4番くん】

(投げ出しが同じだったので球を見てみたが……

 単に力の無い棒球にしか見えん。

 そのため最後は球がお辞儀をしていたではないか……)



 3球目は80センチ縦ジャイロか。

 うん、そうだな。これもある意味タイミングを狂わす球だわ。

 よし!


「ストライーク、バッターアウト!」


【早大4番くん】

(ま、また落ちる球……

 こやつはなぜ正々堂々と豪速球で勝負して来んのじゃ!

 しかもなぜか球速が上がったかのように見える誤魔化しまでしちょる!

 どこまで卑怯なガキなんじゃ!)



 5番さんに対しては初球縦ジャイロね。


「ストライーク!」


 お、球を見始めたか。最後まで首が動いてたもんな。

 で、目がちょっと丸くなってびっくりしてると。

 それなら今度は同じ投げ出しでフォークだろ。


「ストライーク!」


 はは、また球見てたけど、投げ出しは同じでも終速がぜんぜん違うもんだから驚いてるわ。

 さらに目が真ん丸になってるよ。

 それじゃあまっすぐ落ちる球に慣れたところで、カーブなんかどうだ?


「ストライーク、バッターアウトっ!」


 はは、空振りか。


 6番さんは……

 初球は50センチ縦ジャイロを見送り。

 うんうん、最後まで首を動かして球をよく見てたね。


 2球目も80センチフォークを見送り。

 これも首を動かして球をよく見て見送り。


 そして3球目。

 カットボールを大きく空振りして三振、チェンジ。



 うん、なんとなくわかってきたぞ。

 今の空振りは首をあんまり動かしてなかったもんな。


 そう……

 ヒットの多い好打者の中でも、実は「最後まで球を見ている打者」はいないんだ。

 最後まで球を見るのは、途中まで見ていた球の軌道とインパクトゾーンを通過する球の軌道の違いを確認するために、見送ることを決めていた場合だけなんだ。

 まあ俺の場合は、インパクトの瞬間までボール見る訓練してるから出来るけど。


 ん?

 どういう意味かわからないって?


 例えば右打者が、ピッチャーが投げる瞬間をよく見ながらテイクバックする時って、テイクバックに引かれて左肩が少し前に出てるだろ。

 その状態で首を動かさずに目だけで球を見ようとすると、目玉を相当に左に向けなきゃなんないわけだ。

 これやってみればすぐわかるけど、すっごく見づらいんだよ。

 だからよく見るためには当然首も左に捩じってるんだ。

 そうしないと投げ出しが良く見えないから。


 そして人が動体視力を最大限に発揮出来るのは、目玉の動きが上下左右にそれぞれ15度ほどの動きの中でしかないんだわ。

 しかもそれ以上の眼球運動を繰り返すと、気持ち悪くなってくるし。

 だから当然左にめいっぱい捩じってた首も、球を見続けるためには元通り正面に戻さなきゃなんないんだ。


 そして時速150キロの球が、投手からベース上までに移動するのには、たったの0.45秒しかかからない。

 その間に首を90度近く回すのって、やってみればわかるけどたいへんなんだぜ。

 あんまり繰り返すと脳が揺さぶられて眩暈がするし。

 これ平気で出来るのって、ピルエット連続10回転以上出来るプリマドンナぐらいなもんじゃないか?


 しかもスイングしようと思ってると、ボールが近づいてきたときに先に腰を回してるだろ。

 そうするとさ、肩も少し開いてるわけだから、インパクトの瞬間を見ようとすれば、首は正面からやや右を向かなきゃなんないんだ。

 0.45秒の間に首を120度近く回すって、首の太さが頭の太さとおんなじぐらいになって、シルエットがマッチ棒みたいになるまで首の筋肉つけないと出来ないぞ。


 だから、打者はボールの投げ出しから13~15メートルほどの動きを見て打とうと決めた時には、首と眼球の動きを最小限にするために最後の3~5メートルほどはボールを見ていないんだ。

 というか見られないんだ。

 単にそれまでのボールの動きを延長して、インパクトゾーンでの位置を予測してバットを振ってるだけなんだな。


 そうして、この予測が上手なやつが、「好打者」って言われるんだ。


 まあこの時代の投手の配球は8割がストレートだったからそれでも通用したんだろうけど。


 ということで、好打者と言われるやつほど初見の変化球には弱いわけだ。

 予測が出来ないから。

 特に、最初の13~15メートルと最後の3~5メートルの動きの違いが大きい変化球には対応出来ないんだよ。


 だから俺のカーブなんかは、100球ぐらい見れば打てるようになるやつも出てくるだろうね。

 もちろんチェンジアップも、チェンジアップ自体を狙っていれば打つのは簡単だろう。


 でもさ、最初の13~15メートルだけ見て、フォークかジャイロか見分けるのは難しいぜ。

 どっちも落ちる球としか認識出来ないだろうから。

 でもこれも、言ってみれば二択だから慣れれば打たれるかもしれないな。


 だからこそ、俺は50センチフォークと80センチフォークと120センチフォークを投げ分けられるように練習したわけだ。

 もちろんジャイロの落ち幅も2種類。

 これだけ選択肢があると予測するのは難しいだろうねぇ。


 だから、初見相手ばっかりの甲子園とかでは打たれなかったんだ。

 それじゃあ6大学野球はどうかっていうと、今打席に立ってる対戦相手ってほとんど3~4年生だろ。

 だから、多くてもせいぜい2年間で30打席ちょっとぐらいしか対戦しないんだよ。

 4年生だったら15打席ぐらいな。


 だからそうは打たれないだろう。

 初見の変化球の軌道に慣れるのに、15打席や30打席では無理だろうし。

 人の記憶力もそんなに続かないから。


 さらに俺には伝家の宝刀、カットボールとシンカーがあるからなぁ。

 ああいう変化の始まりが遅い変化球は、軌道の予測が難しいぞぉ。


 ということでさ、実は変化球投手って、持ち球が多いほど有利になって行くんだ。

 だから俺はこんなにたくさんの変化球を練習して来たんだよ。





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