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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第3章 大学野球篇
50/157

*** 50 東大野球部、『神田メソッド』導入決定 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……



 


「おーい、3時になったんで、練習終わるぞー」


「「「「「 うぃーっス! 」」」」」


「それじゃあ、いつもの練習後のルーティンを始めるぞー」

 それが終わったら、当番はグラウンド整備とボール磨きだー」


「「「「「 うぃーっス! 」」」」」


 それからは1時間近くかけて、入念なストレッチとアイシングが始まった。

 その合間に、部員たちはプロテインドリンクと特製野菜ジュースを飲んでいる。



「みなさんも特製ジュースお飲みになりますか?」


「ああ、是非頼む」



「お、野菜ジュースだ……」


「で、でも異様に酸っぱいぞ……」


「はは、練習の後だとこの酸っぱさが実にいいんですよ。

 きっと疲労した筋肉が、クエン酸サイクルのためのクエン酸を欲しがってるんでしょうね。

 人間の味覚ってすごいと思います」


 あ、マネージャーさんが日比山のマネージャーに頼んで、水筒に大豆ドリンクと特製ジュース入れてる……

 きっと他の後輩マネージャーにも飲ませてやりたいんだろうな……



 当番たちがトンボを持ってグラウンド整備を始めた。

 別の当番は、固く絞った雑巾でボールを拭き始めている。


「な、なあ神田くん、上野くんがボール拭きしてるんだが……」


「新3年生のレギュラーもグラウンド整備しているぞ……」


「ええ、日比山では全員が平等です。

 まあレギュラー以外の1年生には、大豆や野菜なんかの買出し当番があるぐらいです。

 もっとも買出し当番は、その日のグラウンド整備やボール拭きから免除されますけど。

 私はもう引退したんで許されていますが、去年の秋まではみんなと一緒にボール拭きしてましたよ」


「なんと…… そうだったのか……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その日、俺からのヒアリングを終えて大学に帰った東大野球部の幹部たちは、夜遅くまでミーティングをしていたそうだ……



 翌日。

 俺はまたバッティングピッチャーをするために新木場グラウンドに行った。

 でも、東大野球部では、急遽全体ミーティングが開かれていたんだ。



 まずは監督が話し始めた。


「みんなも知っての通り、昨日我々は日比山高校の練習を見学しに行った。

 そこで見たものは、想像を遥かに超える高校生たちの身体能力、野球能力と、それをもたらした徹底的に合理的なトレーニングだった。

 あのチームに神田くんがいれば、甲子園3大会連続優勝は当然のことだっただろう。

 神田くんの能力に限って言えば、私の想像の10段階ぐらい上を行っていたがな……」


 ヘッドコーチが補足する。


「なにしろ神田くんは、50メートル走は日本記録にあと0.25秒、ベンチプレス220キロ、ウエイトスクワット300キロだからな。

 しかも受験勉強のブランクの後にだぞ」


 悲鳴に近いどよめきが広がる。


「ついでに握力は右180キロで左175キロだった。完全なる怪物だ……」


 今度は悲鳴のみだ。


「あの握力こそが、あれほどまでにキレのある変化球の秘密なんだろう。

 正式に入部して貰った後は、皆の前でも投げてもらうとしよう」



「そして私が神田くんの実力以上に感銘を受けたのは……

 彼らの練習には、『根性を鍛える』とか『先輩後輩の序列を確認する』とかいう要素が皆無だったことなんだ。

 つまり彼らの練習は、100パーセント『野球能力の向上』に向けられていたのだよ。

 これには私も大いに考えさせられた」


「それでみんなに相談なんだが……

 あの日本野球界の至宝が我が東大野球部に来てくれる今、我が部の悲願である『6大学野球での優勝』を目指してみないか?」


 大きなどよめきが起きる。


「それでも困難はあるだろう。

 特にキャッチャーはたいへんだ。

 果たしてあの神田くんの全力変化球を捕球出来るようになれるものだろうか」


「だが日比山のキャプテン上野くんは、2年前は全く捕球出来なかったそうだ。

 それが今では全ての球を捕れるようになっている。

 きっとまたなにか、神田くんが考えた特別なトレーニング方法があるのだろうが……」


「1年生のときの夏の大会が2回戦敗退で終わるまで、神田くんは威張ることしか考えていないコーチに反発したせいで、試合に出るどころかベンチ入りすらさせてもらえなかったそうだ。

 当時キャプテンでピッチャーだった3年生がコーチの言いなりだったせいもあったそうなんだが。

 だが、教頭先生と顧問の先生の協力で甲子園常連校との練習試合を組み、そこで相手をノーヒットノーランに抑えたことで仲間の目を覚まさせたそうなんだ」


「そして3年生が引退をした後、無能なコーチを排除して1年生ながらトレーニングコーチとなり、徹底的に科学的で合理的な練習を導入したそうだ。

 その結果があの日比山の驚異の甲子園3連覇だな。

 神田くん自身も、高校時代には練習試合を含めた195試合で自責点ゼロ、ノーヒットノーラン&完全試合120という不滅の超絶大記録を打ち立てたが」


「それで冒頭に戻るんだが、神田くん一人の力に頼るだけでなく、我々もあの合理的なトレーニング方法を導入して、本気で初優勝を目指したいのだよ。

 そのためには、まず我々首脳陣が意識を変える。

 だから諸君らにも意識を変えて貰いたいと思ったのだ」


「それからこれは、私が日比山高校の練習を見ていて思ったことなんだが……

 高校生たちは誰も辛そうに練習していなかったんだ。

 あまりにも合理的な練習のせいで、練習時間そのものが短いこともあるんだろうがな。

 ピッチャーには、全力投球は本当に1日100球までにさせているそうだし。

 しかも100球投げた投手は強制的にその後3日間キャッチボールしかさせないそうだ」


 またどよめきが上がった。


「神田くんに言わせるとな。

 野球に必要な動作は非常に難しいものが多いため、その動作を体に覚えさせるには、あらゆる動きを毎日反復することが重要らしい。

 だが、疲労した状態でそれを行うのは却って動作の形を崩してしまうので、最高でも1種類の動作につき1日30回程度までの反復に抑えるべきだと言うのだ。

 つまり1000本ノックなどはもっての外だそうだな。

『筋肉痛だったり疲労度が高いやつには、練習をさせずにストレッチだけやらせている』とも言っていたが……

 しかも、彼自身がオリンピックドクターに教わったマッサージの名手だそうで、筋肉が痛んだ部員のマッサージまでしていたそうだ。

 おかげでみんな恐縮して、筋肉痛にならないように体のケアは異常なほど熱心にやっていたよ」



「もうひとつ彼から驚くべきことを聞いた。

 神田くんは、中学生時代にあの論文誌を読んで知識を得ていたが、それを実践して確認までしていたそうなんだ。

 つまり、『自分が挙げられる最大重量でのベンチプレス8回を2日おきに2回ずつ1か月続ける』という鍛錬と、『1日1000回の腕立て伏せを1か月続ける』という鍛錬を比べてみたというんだ」


 悲鳴が上がった。


「因みに『自分は何回腕立て伏せが出来るのだろう?』と疑問に思ってチャレンジしたそうなのだが……

 2時間かけて5000回行った段階で、まだまだ行けそうだったために限界調査は諦めたそうだ」


 絶叫が上がった。


「ただ、やはり負荷が足りなかったために、筋肉は育たなかったそうなのだ。

 そしてベンチプレスの方が遥かに筋肉がついたので、論文の正しさに納得出来たそうだな。

 それ以外にもプロテインやクエン酸摂取の効能も、すべて自分で実験して確認していたそうだ。

 中学生時代にだぞ」


 また大きなどよめきが上がった。


「それからもうひとつ感銘を受けたことがある。

 日比山では、練習終了後に3年生のキャプテンやレギュラー陣もボール磨きやグラウンド整備をしていた」


 再度どよめきが上がった。


「信じられるか?

 あの神田くんですら、去年の秋に引退するまではボール磨きやグラウンド整備をしていたんだぞ。

『日本野球界の至宝』と言われる彼がだ。

 神田くんに言わせれば、『これは野球能力の向上には関係のない雑用ですから、大勢でやってなるべく早く終わらせたいんです』だそうだ。

『そうすれば全員が平等に勉強のための時間が取れますから』とも言っていたが……

 つまりだ、彼らの練習には『根性を鍛える』『先輩後輩の序列を確認する』という要素が本当にゼロだったのだ。

『最高の体調を維持して、野球能力の向上を目指す』という練習しか無かったのだよ……」



 沈黙が広がった。



 監督が口を開く。


「意識改革が必要なのは、まず我々首脳陣だ。

 次に必要なのは、多少気の毒ではあるが3、4年生だな。

 なにしろようやく雑用から解放されたと思ったら、またボール磨きをすることになるんだから。

 だが、どうか納得してもらえんだろうか。

 そうして、我が東大野球部も『日比山メソッド』、いや『神田メソッド』を導入して、部創設以来の悲願である『6大学野球初優勝』を目指してみようではないか」


 そのとき、全員の目が輝いていたそうだ……




 翌日からキャプテンやレギュラー陣も参加して、徹底的に練習メニューの変更が行われた。

 もちろん俺も呼ばれている。


 大学生って3、4年生になれば授業時間も減って、練習時間はけっこうあるからな。

 専用のグラウンドもあるし。

 だからまあ、練習時間は高校生の3倍ぐらいは取れそうだ。

 でも、それだとオーバーワークになっちゃうんだ。

 講義の少ない3、4年生は昼前から練習に入って3時過ぎには終える。

 そうして、必修科目を終えた1、2年生が3時ごろにグラウンドに来ると、3、4年生がその面倒を見てやることになったんだ。

 守備練習のノッカーとか、球拾いとか、バッティングピッチャーとかだな。


 でも困ったのはウエイトトレーニング用の機器だったんだ。

 まああの機器は高いからなぁ。

 ただ、俺の東大野球部入りを喜んだ野球部OBからの寄付金が激増しているそうなんで、そのうち少しずつ買いそろえて行けるかもしらん。

 それとも、またあの手作り風マシンでも作ろうか……


 と、思っていたらさ、東大野球部OBでもあるあの八王子製作所の会長さんがやって来たんだ。

 そうして東大野球部に、今は八王子製作所でも作り始めているウエイトトレーニング用の機器を、全種類プレゼントしてくれるって言うんだよ。


「そ、そんな高額な機器を寄付して下さるって仰るんですか!」


 会長さんは満面の笑みを浮かべた。


「わが社は、日比山高校と君の活躍、それからあの『日比山モデル』という商標のおかげで大躍進を遂げた。

 今期の経常利益は5年前の20倍以上にもなっているのだよ。


 それに、あの商標については高野連合との取り決めで、君や日比山高校には一切の対価が渡せなかったではないか。

 だが、ここは東大野球部だ。

 わたしたちが寄付をすることに何の問題も無い。

 これでようやく君に恩を返せると思って、全ての役員が同意してくれているよ」



 会長さんから聞いたところによると、あの開発部長さんなんか今や『専務取締役用具開発統括』だそうだからなあ。

 なんか毎朝日比山高校の方角に向かって手を合わせてるんだってさ。

 ベッドの方角も変えて、日比山には足を向けないようにしてるそうだし。

 まあ俺もお世話になった人たちが幸せになって嬉しいよ。



 ということで、東大野球部は最新鋭最高級のウエイトトレーニング機器をすべて手に入れたんだ。

 会長さんはそれらの機器を使うためのミニ体育館まで建ててくれたよ。

 それ以外にも大型の製氷機とか大豆ドリンク用のミキサーも。

 それから全員分の野球防具までくれたんだわ。


 こうして東大野球部には、あっという間に全ての練習用機器が揃うことになったんだ。




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