*** 44 夏の甲子園大会終了 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
5回の表の日比山の攻撃。
ポテン気味のヒットが出て1塁にランナーが出るも、後続続かず3アウトチェンジ。
さて、5回の裏はあの4番からか……
さっきの打席に敬意を表してカーブ投げてやろう。
投げ出しは内角高めに外れるボール球に見える。
というよりも、コースはともかく明らかに打者の頭の高さを超える球。
バッターは思わずやや後ろに仰け反った。
だが……
中間付近から急速に曲がり落ち始めた球は、ストライクゾーンをかすめた後、ワンバンして遥か外角低めに構えた上野のミットに収まった。
というよりも、上野はキャッチボックスから横っ飛びして横になったまま捕球している。
「ストライーク!」
へへ、さすが準決勝審判だな。
初見の球でもちゃんとコール出来てるじゃねぇか。
打席で仰け反っていた比嘉高校の4番新大久保くんはさらに仰け反った。
(な、なんというカーブを投げるんだこの投手……
こ、こんなカーブ、誰も見たことが無いぞ!
しかも見事にコントロールされたストライク球だった……
『変化球怪獣』『ウルトラ変化球マン』の異名は伊達では無かったか……)
知らないところでヘンな厨2ネームを奉られている勇樹くんであった……
2球目は俺の全力、50センチ落ちて50センチ曲がるジャイロ。
(なんという…… なんという変化球だ。
しかも、変化球であるにも関わらず、初速より終速の方が速くなって見えるほどに異様に伸びる球!
これは打てんな……
きっと今すぐプロでも十分に通用することだろう……)
そして3球目は……
全力投球したかのようなフォームの後、急に俺の頭上に現れたように見える球が120キロほどの速度で進んでからフラフラと落ちて行った。
俺の渾身のチェンジアップだぜ!
「ストライーク、バッターアウトっ!」
可哀そうに、新大久保くんは打席で完全にタイミングを外されてがくがくしていたよ。
(こ、これもなんという球だ……
最初思わずシャド―ピッチングされたと思ってしまった。
こ、これはもしや最近大リーグで流行り始めたというチェンジアップ……
こ、この投手、そんな球まで投げられるのか!
まさにバケモノ!
超高校級どころか完全にプロ級! い、いや大リーグ級っ!
このチームのキャッチャーが、ここまで大げさに見える防具をつけている理由がよくわかったわい……
これはしがない高校生が打てるピッチャーではないな……)
主審も思った。
(あーよかった。
危うく偽投球でボールを宣告するところだった……
それにしてもこの日比山の投手、なんという恐ろしい球を投げるんだ……
これは高校生では打てんな。
いや、プロでもまず打てんだろう。
鳥肌が止まらんわ……)
そう、実は21世紀に、あるバッティングセンターが「時速200キロの球が打ち出される特別打席」っていうのを作ったんだよ。
それで近県から大勢の野球猛者が集まるようになって、常に順番待ちの大人気になったんだ。
でも……
10球目ぐらいからヒット性の当たりを打つ奴がけっこういるんだ。
打つたびにギャラリーから大歓声が上がるんで、それでますますみんなチャレンジするようになって、さらに当たるようになっていったんだわ。
ということはだ。
たとえ時速200キロの球を投げても、投げ続けたらスピードに目が慣れて、素人でもヒット打てるんだよ。
(時速200キロの球、たぶん投げられるけど……
でも、『身体強化』かけてないと一発で筋繊維ブチブチに切れて、1球で終わるけど……)
あ……
相手の4番打者が帽子のへりに手をかけて俺にお辞儀した!
ああっ!
こ、こいつ…… 泣いてるっ!!!
な、なんだなんだ?
俺なんかイジめたか?
(あ、この『超高校級の4番打者さん』、神田センパイの球見て泣いてる……
きっとこの超絶変化球見て感激したんだろうな……
よし! これも『神田センパイ観察日記』に登録だな♪)
まったくブレない上野くんであった……
相手ベンチ内から会話が聞こえて来た。
「キャプテン、次の神田選手の打席なんですけど、どうしましょうか……」
「お前がそれを聞いて来るということは、勝負したいということなんだな」
「は、はい。
2本もホームラン打たれてて言えた義理じゃあないんですけど……
で、でも……」
「わかった。
すまんが俺ではあのピッチャーの球は打てん……
悔いの残らないように思いっきり投げて来い!」
「はいっ!」
「だが内角のボール球は投げるなよ。
あいつは将来日本プロ野球界の至宝となる男だ。
万が一にもケガをさせてはならん……」
「はいっ!!!」
おー、こいつらほんっといいやつだな……
これぞ「爽やかな高校野球」だわ。
よし! その心意気に感じ入って、俺も出し惜しみは無しにしよう!
そして迎えた第3打席。
ピッチャーは宣言通り勝負して来た。
真ん中から外角に逃げるカーブ、スライダーもどき、そして渾身のストレート。
俺もその心意気に応えてストレートを本気のフルスイング。
芯の下2ミリを捉えた球は、レフトスタンドを超えてライナーのまま場外に消えて行ったよ……
なんかそのままお星さまになっちまいそうな打球だったわ……
ああっ!
バットがひん曲がっちまってるっ!
た、たった2ミリでも芯を外すとこうなっちまうのかぁっ!
俺は曲がったバットをそっと置いて、ベースを回った。
相手キャッチャーは、キレイにバナナみたいに曲がったバットを、ずっと見つめていたっけか……
次の比嘉高校、4番新大久保の打席。
この回から上野には例の規定上限いっぱいの大きさのミットをつけさせている。
放送席にて。
「さあ4番新大久保くん、3回目の打席に入りますっ!
あ、日比山のキャッチャー上野くん、随分と大きなミットに換えて来ました!
解説の東中野さん、これにはどういう意図があるんでしょうか……」
「ま、まさか……
こ、これ以上の変化球を投げるつもりだとでもいうのか……
で、でもそんなことをしたら、キャッチャーの手首が……」
俺の選択した第1球はライズボール。
投げ出しは真ん中やや低めに見える絶好球を見て、新大久保くんは思った。
(こ、これは失投か? こ、これほどの投手が……
だがチャンスだ、全力で打たせてもらうぞっ!
う、うおおおっ!
た、たたた、球が浮き上がるっ!
どんどん浮き上がっていくぅっ!
だ、だめだ、今スイングを止めたら手首を捻挫する……
このまま振り続けよう……
それにしてもなんという奇跡を見せてもらったのだろうか……)
ベース前8メートル辺りから上昇を始めた球は、キャッチャー上野の頭上を遥かに超えてバックネットの地上8メートル部分に突き刺さった。
もちろん上野は微動だにせず。
ああっ、このバッター、もう泣いてるっ!
初球で1メートル上昇のライズ投げて、次に1メートル落ちのフォーク投げたらバッター泣いちゃうって言われてたのに、もう1球目から泣いてるぅっ!
そのころ放送席では。
「は、初めて見た…… う、浮き上がる球……
そ、それもこれほどまでに……」
「解説の東中野さん、今のは単なる暴投ではなかったんですか?」
「いえ、投げ出しは普通の低めストレートに見えました。
それがあれほどまでにホップして、キャッチャーの頭上を遥かに超えて行くとは……
これでは間違いなくバッターも空振りするでしょう。
見た目は絶好球ですから。
そしていくら振っても絶対にヒットになる可能性の無い恐ろしい球ですね……」
2球目は俺の渾身、投げ出し遥か高めから1.1メートル落ちてストライクゾーンを通り、ワンバンしてキャッチャーに届くフォーク。
バッターはこれも強振した後に茫然としている。
再び放送席から。
「変化高低差合計2メートル以上の配球ですか……
自分の目で見たのでなければ絶対に信じられないでしょうね……」
「さてマウンド上のピッチャー神田くん。
いつものノーワインドアップアップモーションから……
えっ……」
「えっ……」
俺の左腕から放たれた球は、時速120キロほどのスピードでフラフラと上下左右に動き、そのまま上野のミットに収まった。
よし、今日のナックルはよく変化してるな。
この球って、その日の調子によってはあんまり変化しないからな……
「ぴ、ピッチャー神田くん!
な、なんと左投げですっ! 左腕でスローボールを投げましたぁぁぁっ!
バッターは茫然と見送って見逃し三振っ!」
「いや……これは……
すいません、スロー再生をお願いします……」
「間違いありません、これはただのスローボールではありません。
大リーグでも現在投げられる投手が2人しかいないという『ナックルボール』です。
去年アメリカに野球のコーチ留学をさせてもらったときに、この目で見ました。
10センチから20センチほどの変化を上下左右ランダムに繰り返す球です。
ま、まさか高校生がナックルを投げられるとは……」
「東中野さん、日比山高校のグラウンドのブルペンは、ブルーシートで覆われていて報道陣には見ることの出来ない環境だったそうですが……
この球を練習していたんでしょうか?」
「それも間違いないでしょう。
プロも含めて日本球界初の左右投げ、しかも球種はナックルボール……
そんな超弩級の秘密兵器を事前には誰にも見せたくなかったんでしょう。
そうか!
あの大きなキャッチャーミットもナックル対策か!
普通のミットでは、到底取れない球なんでしょう……
ということは、バッターも到底打てないでしょうね……」
相手のベンチで4番が感激のあまり号泣する声を聴きながら、俺は次の5番打者にも本気の勝負球を投げたんだ。
1球目は高低左右とも変化幅1メートルのカーブ。
「ストライーク!」
放送席:
「なんという…… なんというカーブだ……
しかもキャッチャーがミットを動かしていない。
こ、これほどまでの変化球をコントロール出来ているというのか……
どれだけ投球練習を重ねればここまでのコントロールが身に着くというのだ……」
2球目は同じカーブを左腕で。
「神田投手、今度は左腕でカーブを投げましたぁっ!
東中野さん、神田投手が左腕で投げられるのはナックルだけではなかったんですね」
「そ、そんな……
それでは変化球の種類が倍になってしまうではないか……
ということは練習量も倍になるのだぞ。
この投手はまだ2年生だろうに……」
3球目はまた右腕から投げた投げ出しギリギリ高めストライクから低めギリギリに落ちるジャイロ。
減速するカーブに目が慣れていたバッターは、ほとんど上野が捕球するタイミングで空振りしてたよ。
「す、すみません、またスローVTRをお願いします」
「間違いありません……
これは先ほどまでのフォークとは全く異なる球種です。
同じような軌道で落ちるように見えて、フォークは減速しながら、そしてこの球はまるで増速して伸びながら落ちているように見えます……
これではバッターもタイミングを合わせるのは不可能でしょう……
先ほどのチェンジアップも見事に打者のタイミングを外していましたが、それでも予想していれば打てる打者もいると思われます。
ですがこれは、途中まで同じ軌道に見えながら、最後は減速する球と増速している球のように見えるコンビネーションなのですね……
これならば偶然打たれる可能性も限りなく減らせるでしょう。
それにしても高低差2メートルの配球の次は終端速度変化極大の配球ですか。
素晴らしい……
我々は今21世紀のピッチングを見せてもらっているのです……
野球とはここまで進化出来るものだったのですね……」
アナウンサー:
(あ、解説の東中野さんの頬に涙が……)
その後の打者も、俺は全く出し惜しみをせずに打ち取っていったんだ……
そして回は進み、最終回。
相手の27人目のバッターを打ち取った俺は、静かにマウンドを降りた……
そうそう、試合終了後の挨拶が終わったら、相手バッテリーが俺に頭下げに来たんだよ。
「あの…… 申し訳ないんですけど……
あの曲がってしまったバット、頂戴出来ませんでしょうか……」
「甲子園の記念に欲しいんです……」
「一生の宝物にします」
「あ、ああ、いいっスよ……」
比嘉校バッテリーは嬉しそうにバナナバットを持ち帰っていったよ……
その後の勝利インタビューはたいへんだったわ。
もー質問が1時間近く続くんだもんな。
次の試合のチームに迷惑がかかるからっていうんで、場所を室内練習場に移してアイシングとストレッチしながら質問に答えたんだけどさ。
返事のほとんどは、「まだ決勝戦がありますので、すみませんがそのご質問にはお答えできません」だったけどな。
報道陣のギラギラした目を見ると、明日勝った後のインタビューは逃がさないぞ、って言ってるみたいだったけどさ。
でも明日の試合後のインタビューのお返事は、「すみません、すぐに秋の明治神宮大会の予選があるので、そのご質問にはお答えできません」だけどな。
悪しからず!
翌日の決勝戦。
俺はまだサイレンの鳴り止まぬうちに初球ホームラン。
打球はまたレフトスタンドを超えていったよ……
その後の俺の打席は全打席でキャッチャーが立ち上がったけどさ、俺もなんなく相手打線を抑えて2塁どころか1塁も踏ませず。
でも、さすがの俺もちょっと肩が重かったんで、左投げもけっこうやったよ。
まあやるたびにウチの応援席から大歓声が上がってたけど。
相手側応援席からも少し……
ん?
『治癒』は使わないのか、って?
い、いやまあ、高校野球だからな。
野球に関しては、魔法は使いたくなかったんだ。
放送席覗いてみたり相手チームの暴動を抑えたりする以外は。
終わってみれば俺の初の甲子園は優勝で幕を閉じた。
俺の成績は、
投球成績
・6勝0敗(内、相手の試合放棄勝ち1)
・自責点0
・防御率0.0
・被安打0
・ノーヒットノーラン3
・パーフェクトゲーム2
打撃成績
・ホームラン8(内、場外3)
・被四球12(内、ほぼ敬遠とみられる四球12)
・打撃機会8
・打率10割
・ホームラン率100%
ま、まあこんなもんかな……
で、記者会見とか祝勝会とかを無難に終わらせたあと、俺は神界の女神さんとこにもお礼を言いに行ったんだ。
そしたら天使さんや可愛らしい天使見習いたちにせがまれて、俺のピッチングを実際に披露することになっちまったんだわ。
それも真新しい新球場で。
あちこちに天使や神獣の彫刻があって、まるで美術館みたいだったぜー。
相手は選ばれた9人の打者なんだけど、そのうち6人は天使さんで、3人は天使見習いだった。
この天使見習いってさ、身長120センチぐらいでどう見ても小学生にしか見えないんだ。
そんな子が大きなバットを一生懸命振ってて実に微笑ましいんだわ。
俺はまあ80%ぐらいの力で投げ始めた。
絶対にデッドボールはならないように外角中心の勝負だ。
それで、1番から3番までは無難に打ち取ったんだけどさ。
そのたびに観客席からは大歓声が沸き起こるんだけどさ。
ところでなんで4番が可愛らしい天使見習いなんだよっ!
どう見たって小学校高学年ぐらいだろこいつ!
俺はイヤな予感を抑えつつ、90%ぐらいの力でジャイロを投げたんだ……
「えいっ」
ドギャッ!
可愛らしい声とともに振られたバットは、ボールの芯を喰った。
凄まじい打球音を残して飛んで行った球は、センターバックスクリーンに突き刺さっている。
俺がマウンドに両手をついて項垂れる中、その天使見習いは超絶大歓声を受けて笑顔で手を振りながらベースを回っていたよ……
ああ、俺もまだまだだな……
もっと練習しなきゃ……
そんなことを思いながら、俺は涙目のまま下界に帰って行ったんだ……
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