*** 40 甲子園1回戦突破 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
ベース1周終わってベンチに帰ったらさ、ようやく渋谷が笑い終わってたんだ。
「さっきはごめんねー。もーあの解説者がおかしくっておかしくって……」
「お前、ラジオ聞いてたんか……」
「うん。
あ、お父さまがビデオ買ってくださって録画もしてくださってるから、夕食のときにみんなで見ましょ♪」
「お父さまがビデを買ってくれたの?
それ俺たちに見せるの?」
「あほ―――――っ!」
あー、なんかベンチのみんなが口開けて俺たち見てるよー。
ま、まあ初出場校の初戦の初回ベンチでの会話とは思えんかったんだろ。
でもこれでちったぁほぐれてくれるかな……
(今のスーパーエッチ発言も「神田勇樹観察日記」に載せちゃうからね!
ふっふっふ、いつか出版して後悔させてやる……)
相変わらずみょーな趣味を持つ渋谷涼子であった……
さて、俺の後は3人凡退か。
よっし、あと8回頑張ろう!
って思ってたらさ。
ツーストライクから力入りすぎて投げたジャイロが曲がりすぎて、空振りさせたのはいいんだけど、上野の膝に当たってサード前に転がって……
それで振り逃げ喰らって、サード有楽町が慌てて1塁に投げたもんだからワンバンになって、それをファースト田町センパイが後ろに逸らしちまったんだ……
まあ、ライトの大崎がバックアップ頑張ってくれたんで、ランナー1塁で済んだけど……
タイムを取った後、みんながマウンドに集まって来た。
「すまん神田……」
あー、田町センパイ蒼ざめてるわー。
上野も顔面蒼白かー。
仕方ない、ちょっと早いけどアレやるか……
「いえいえ、全然かまいません。
それよっか、あの牽制球やりますからヨロシク♪
ライトもセカンドもバックアップ頼んだぞ」
「「「 お、おう…… 」」」
それで俺、次の投球前にまずはプレート外して1塁に向き直って緩い牽制球投げたんだ。
すっごく緩いやつ。
そして……
次もプレート外した瞬間、1塁をまったく見ずに体も動かさずに、肘から先だけを動かして1塁に牽制球を投げたんだ。
1塁ランナーから見たら、手首から先しか見えなかったんじゃないか?
それとも、先にボールが見えて、手首はそのボールに隠れて見えなかったかも。
そして、140キロ近い速度の牽制球は、1塁ベース横に構えた田町センパイのミットに見事に収まったんだよ。
「アウトォォォ―――――っ!」
可哀そうに……
タッチされたランナーは何が起きたか分からないまま茫然としてたわ。
相手ベンチから堪らず伝令が飛び出て来た。
まあ当然ボークだって抗議する気なんだろう。
でもさ、ルールブックにははっきりと、「プレートさえ外していれば、投手はどのように牽制球を投げてもボークにはならない」って書いてあるからな。
へへ、どうだい俺の『ノールッキング牽制球』。
サッカーでもバスケでもノールッキングパスがあるのをヒントにしたんだけどな♪
ん?
暴投の危険が大きすぎるって?
そんなことないぞ、ホームベースと1塁間の白線よく見てたら、1塁の位置なんかすぐ分かるだろ?
直前に1度見直して確認もしてたし。
だいたいサッカーでもバスケでも、ノールッキングパスって動きの中でやってるじゃないか。
それを静止した姿勢でやるんだからカンタンだよ♪
まあ、肘から先だけで140キロぐらいの球投げる筋瞬発力が要るけどね♪
この牽制もそのうちみんなマネし始めるんじゃないか?
「ただいま連絡が入りました!
やはりプレートを外した後ならば、投手はどのように牽制球を投げてもボークにはならないそうです!
いやそれにしても驚きました!
それではスロー映像の準備が出来たようですので、今の牽制球を見てみましょう!」
(そうそう、このころようやくテレビでスロー再生が見られるようになったんだけど、再生前にけっこう時間がかかったんだよな)
「はい、確かにここで神田投手はプレートから足を外しています。
そして…… おおっ!
ひ、肘から先だけで1塁へ牽制球を投げていますっ!
そ、それもこれほどまでに速い球を!」
「ば、バカな…… こ、こんなことが出来る分けが無い……」
「いやぁ大久保さん、まるでサッカーやバスケットボールの高等技術、ノールッキングパスを見ていたかのような、素晴らしい牽制球でしたねぇ」
「あ、有り得ない…… あんなクソ生意気なガキが……」
「ぴー」
<ただいま番組内で不適切な表現が為されたことをお詫び申し上げます>
あ…… またベンチで渋谷が爆笑してる……
またあのクソ生意気なおっさんがなんかやらかしたな……
それにしてもよかったよ。
この牽制アウトで、上野とサード有楽町とファースト田町センパイの顔色が戻ったよ。
さて、これでもう大丈夫そうだな……
その後の俺は無難に兵兵高打線を抑えていったんだ。
まあその後の俺の打席はまた全打席敬遠だったけど……
ところでさ、高校野球精神って、アタマ坊主にするだけでいいんか?
デカいホームラン打たれたら後は全打席敬遠って、それが高校野球精神なんか?
っていうことで、ちょっとアタマに来ちゃった俺は、またもや力投してノーヒットノーランを達成しちまったんだ……
さてと、試合も終わったことだしストレッチしてシャワー浴びてアイシングするか……
そう思って、用具しまってロッカールームに向かおうとしたら、廊下におっさんたちが待ち構えてたんだわ。
(なんだこいつら……
あ、そうか、勝利インタビューか……)
俺の横では御茶ノ水先生も記者団に囲まれていた。
俺の前にもマイクが突き出される
「甲子園初出場初勝利おめでとうございます!
今のお気持ちは?」
(むさ苦しいおっさんたちに囲まれてウザイです、って言ったらマズイかな?)
「まあ、勝ててよかったです」
「ノーヒットノーラン達成もおめでとうございます」
「はあ、ありがとうっス」
(おめでとうございます、って言われたら、「ありがとう」以外の返事ってあるんか?)
「ノーヒットノーランは何回ぐらいから意識してましたか?」
「いえ最後まで意識してませんでした」
(まあ、もう特に感慨は無いわな)
「見事な先頭打者ホームランでした」
(それ質問か? 感想か?
もし質問だったらちゃんと最後まで聞けよ。
「どんな球でしたか?」とか「嬉しかったですか?」とか)
「はあ、ありがとうっス」
「予選の時の9番から1番に回って緊張しませんでしたか?」
(まあ、打順決めたの俺だからなぁ)
「いえ、特には」
(あ、隣で御茶ノ水先生が、「監督の神田くんの1番起用が大当たりでしたね」って聞かれて「打順を決めているのも全て生徒たちですから」って答えてるわー。
それ以外も全部「生徒たちです」って答えてるし……)
「それにしても素晴らしい牽制球でした」
「はあ、ありがとうっス」
(だからそれ以外の答え方あるんかよ!)
「あの牽制球は随分練習してたんですか?」
(練習しないであんな牽制球投げられるわきゃないだろ!
アホかこの記者!)
「はい」
「報道陣をシャットアウトした練習もあったそうですが、ああした牽制球を練習していたんですね」
「もちろんっス」
(他にもいろいろあるけどね♪)
「最後に、今日の勝利を誰に伝えたいですか?」
(いつも思うけどヘンな質問だよなコレ)
「はぁ、関係者にはみんなもう伝わってると思います」
(親は俺が甲子園にいることも知らないだろうけど……)
「どうもありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
(これもそれ以外に答えようが無いよな……)
「朝〇新聞です。
今日の三振を取った決め球はストレートが多かったですね」
(なんだもう終わったんじゃないのかよ。
あ、そうか、MHKの放映用のインタビューだけ終わったのか)
「そうですね」
(いえ、変化球です、とか言ったら次の対戦相手に警戒されちゃうだろ!)
「あの大きく落ちる球はドロップだったんですか?」
「まあ、そんなようなものです」
(正直に答えて俺になんかメリットあんのか?)
「伸びるストレートと伸びないストレートがあったようですが、あれは球種だったんでしょうか?」
(お、初めてのまともな質問。でも……)
「次の試合もあるのでお答えできません」
(あー、なんかむっとした顔してるけど……
でもそんなことに正直に答えるやついんのか?)
「毎〇新聞です。
日比山高校の選手は試合中にずいぶん水を飲んでいたようですが」
(まだ続くんかよ)
「はい」
「水を飲んでバテませんか?」
(またこの質問かよ……)
「いいえ?」
そのとき渋谷がアイシングバック持って来てくれたんだ。
「神田くん、そろそろ20分経つわよ」
「お、サンキュ」
「それはなんですか?」
「アイシングバックです」
「見たところただの『かちわり氷』に見えるんですが」
そうなんだよ、わざわざ氷買いに行かなくっても甲子園には「かちわり氷」があるって渋谷が喜んでたんだ。
ちょっと割高なのにはブーたれてたけど。
「はい、そうですね。ちょっと失礼します」
俺はユニフォームを脱いで、アンダーシャツの上から肩にアイシングバッグを当てた。
「肩を冷やすんですか!」
「ええ」
「そんなことして肩は壊れないんですか!
プロのピッチャーは肩を冷やさないように、水泳すらしないそうですよ。
それにもうここは廊下ですからそんなに暑くないですよ」
「肩を冷やすと壊れるというのは無知から来る迷信です。
それにこのアイシングは暑いからやってるんじゃありません。
筋肉をケアするためにやってますから」
「そんなこと誰もしていませんけど……」
「いえ、あと20年したら、少なくともピッチャーは全員これやってると思います」
「本当ですか?」
「少なくとも今では欧米のアスリートはかなりの人がやってますよ」
「少なくとも野球選手ではプロを含めて誰もやってませんが」
「そうですか。それはもったいないですね。
それでは選手寿命が短くなってしまいますから」
「そ、そうなんですか?」
「そうだ、今度あなたが激しい運動をしたときに、試してみたらいかがでしょうか。
やり方としては、運動の20分ぐらい後から始めます。
そして15分氷で冷やした後は15分おいて、また15分冷やします。
本当は肌をダイレクトに冷やした方がいいんですけど、今はカメラがあるのでこうしてアンダーシャツの上から冷やしてます」
「あの、アイ〇ノンとか水枕ではダメなんですか?」
「ヤメたほうがいいですね。
氷の温度が最適だという研究発表があります」
「誰の研究発表ですか?」
「西ドイツのスポーツ医学学会の論文集です」
「それが神田くんの好投の秘密なんですか?」
「そうかもしれません。
あ、そろそろもうひとつの筋肉ケアであるストレッチをしなければなりませんので失礼します」
「そ、それはどこで何をするんですか?」
「室内練習場を使わせてもらえることになっています」
「拝見させて頂いてもいいですか?」
「どうぞ」
「秘密練習ではないんですか?」
「もう欧米のスポーツ界では常識になりつつあることですから構いません」
っていうことでさ。
俺、記者さんたちを引き連れて室内練習場に行くハメになっちまったんだわ。
そこではもうチームのみんながストレッチやアイシングしてたんだけど、それからまたバシャバシャとフラッシュ焚かれちまったわー……
ま、まあこれで少しは野球選手の選手寿命長期化に貢献出来るだろうからそれでいいか……
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