*** 39 ど厚かましい解説者自爆 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
「それじゃあみんな。
ドルチェも食べ終わったようだからミーティングを始めよう。
明日はこの部屋に朝8時に集合して、朝食後は2時間の守備練習だ。
またこの部屋での昼食後は、1時間休んでそれから2時間のバッティング練習だな。
夕食もいつもの通りここで頂いて、その後は23時まで自由時間な。
何か質問は?」
「あの、明日空き時間に筋トレしてもいいっスか?
ちょっと筋肉なまっちゃったみたいなもんで」
「「「 俺も俺も 」」」
「試合まで3日あるから構わんぞ。
ただし、いつものように必ず3人一組で補助員をつけて筋トレすること。
プロテインドリンクは事前に用意しておけよ」
「「「 うぃ~っす 」」」
「それじゃあミーティングは終了で、後は自由時間な」
ミーティングの合間に、ホテルのスタッフさんたちが食器やテーブルクロスを片付けてくれていた。
みんなはわいわい言いながら、部屋の隅のカバンから参考書や問題集を持って来て、それぞれの席で勉強を始める。
「あ、あの……」
レポーターさんが小声になっているわ。
「も、もうミーティング終わりなんですか?」
「ええ」
「あの…… 対戦相手の研究とかしないんですか?」
「自分の目で見た相手ではないので研究のしようがありません」
「そ、それでも甲子園まで来て勉強とは……」
「我々は全員進学希望の受験生ですからね。
それに勉強は高校生の本分ですから、いつでもどこでも勉強するのは当然なんじゃないんですか?」
「は、はぁ……」
MHKの取材クルーはなんか元気が無くなったまま、とぼとぼと帰って行ったよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とうとう俺たちの初戦の日になった。
当然チームの面々はガチガチに緊張している。
(まあ、上野だけは結構落ち着いているのが救いかな。
でもまた3回ぐらいまでは全員三振狙いで行くか……
なんか最近いつもこれだよなぁ……)
あ、でもよく見たら相手もガチガチだわ。
そうか、こいつらも初出場だったか……
おー、日比山の応援団もすっごい数だわ。
そういえば神保さんの協力で、PTAと野球部父母会がバス80台を手配したって言ってたっけ……
そういえば、ウチの親にも聞いてみたんだ。
「今度関西で大きな大会があるんだけど見に来るかい?」って。
そしたら、お袋も親父も交通費が自費だって聞いて「行かない」って言ったんで仕方ないよな。
そんなカネがあったら親父は競馬に突っ込みたいし、お袋はデパートで散財したいんだろうし。
まあ我が家も見栄で新聞ぐらいは取ってるけど、お袋はテレビ番組欄しか見ないし、親父はプロ野球記事しか見ないから、日比山の甲子園出場も知らないか。
特に親父は週末は競馬新聞しか読んでないし。
あ、そうか。
こないだ俺の行ってる高校名を「ひやまこうこう」って言ってたから、高校野球の記事見てもわからんかったのか。
神保社長と会社の従業員の天使さんたちには、俺の野球の話は両親にはしないでくれって言ってあるしな。
ん?
なんで両親に甲子園のこと話してないのかって?
そんなもん、「息子をプロ選手にしてお金持ちになろう!」って大騒ぎするのがウザイからだよ。
もちろん俺は進学希望だし、大学出ても日本のプロ野球に行く気無いし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いよいよ俺たちの試合が始まろうとしている。
そうそう、放送席に『遠隔聴力&視力』の魔法を仕込んでおいたんだ。
あのおっさんがどんな解説するのか面白そうだったから。
ベンチにラジオ持ち込んでもよかったんだけど、そんなことしたらチームのみんながますます緊張しちゃうから、俺だけ聞くことにしたんだ。
「それでは甲子園2日目、第2試合の放送です。
実況はわたくし日野、解説は大大大野球部監督の大久保さんです。
大久保さん、よろしくお願いします」
「よろしく」
「それではまず兵庫県代表兵庫兵部高校の紹介VTRをご覧ください」
いつもの通り、音楽とともに兵兵高校や野球部の紹介映像が流された。
学校の建物や高校生たち、それから野球部の練習の様子。
兵兵高校は甲子園からさほど離れていないので、宿舎には泊まっていなかったようだな。
まあ、ごくごくふつーの紹介映像だわ。
「さて大久保さん、地元兵庫県代表の兵庫兵部高校と東東京代表の日比山高校の対戦になりますが、両校とも初出場ということで、フレッシュな対戦が楽しみですね」
「兵兵高校はともかく、日比山高校は高校球児らしからぬ髪型ですからねぇ。
とてもフレッシュとは言えないんじゃないでしょうか」
(おほっ、しょっぱなからヘイト全開っ!)
「見て下さいよあの日比山のレフトのお下げみたいな長髪を。
更にはあのキャッチャーのハデ過ぎるロボットみたいな防具。
目立つことに熱心になる前に、野球に熱心になれって言ってやりたいですな!」
「は、はぁ」
「それにあのピッチャーは、野球帽を被っている今こそ坊主頭に見えますが、帽子を脱げば信じられないほどふざけた髪型です。
あれではまともな野球なぞ出来ません!」
(おい新橋、「お下げ」だってよ……
そうだ! 今汗拭くフリして帽子脱いでみるか!)
「あ、マウンド上の神田くんが帽子を取りました!
な、なるほど変わった髪型ですねえ……」
「変わっているというよりフザケています!
高校野球の尊い精神をナメているとしか思えません!」
「ですが確か神田くんは、モントリオールオリンピックのマラソンで金メダルを取ったときもあの髪型でしたよね。
その際は海外の選手たちにも、『実に爽やかな髪型』だとして絶賛されたそうなんですが……」
「ふん、所詮は精神の尊さのわからん毛唐どもです!
そもそも……」
「ぴー」
(お、なんだなんだ? 音声が途切れたぞ。
よし、モニター画面を見てみるか……)
<ただいま番組内で不適切な表現が為されたことをお詫び申し上げます>
(わははははは、あのおっさん、ディレクターから「注意!」とかいうカード見せられてやんの!
お、放送再開か。
サイレンも鳴ったし、そろそろピッチングに集中するか……)
「さて日比山高校の神田くん、振りかぶ…… い、いやノーワインドアップポジションから第1球投げました!
真ん中高めのストレートが惜しくも外れて判定はボール!」
「ふん、よほどコントロールに自信が無いか、根性が足りないのでしょう。
せっかく偶然甲子園のマウンドに立てたのですから、ここは思い切ってワインドアップから投げるべきです!」
「ですが、神田投手は東東京大会では、8試合で四死球ゼロという快挙を成し遂げたと……」
「えっ……」
(だ、ダメだこの放送、面白すぎっ!
仕方ないから魔法遮断して試合に集中!
『録画魔法』に記録して後で見ようっ!)
いや実際にはさ、ワインドアップモーションとノーワインドアップって、球威に与える影響に全く違いは無いんだよ。
これはそれぞれ千球以上投げ比べて実験した結果なんだけど。
21世紀のWikiとか見ると、ワインドアップのメリットは『体を大きく見せて打者を威圧するため』とか書いてあるし。
要はサルがケンカするときに立ち上がって手を挙げて体を大きく見せようとするのとおんなじなんだ。
猿山のサルじゃねぇんだからそんなんで威圧してどうすんだ?
バカじゃねぇか?
威圧するなら球威で威圧しろや。
それにさ、試合中に投球フォーム変える奴っていないだろ。
初球はオーバーハンドスローだけど2球目はサイドハンドで3球目はアンダースローとか。
もちろんそんなことしたらフォームが安定しなくってコントロールがメチャクチャになるから。
だからランナー出てセットアップポジションで投げる時も、普段と似ているフォームにしたいわけだ。
ということでワインドアップって、チビが見栄張る効果しかなくって他に意味は無いんだよ。
なのになんでみんなワインドアップとかしたがるんだろうな。
そんなことするよりも、いつもマウンド上でウォークライ踊ってるとか歌舞伎みたいな化粧してるとか雄叫び上げてドラミングとかする方がよっぽど威嚇になるのに。
「ピッチャー、ノーワインドアップモーションから第2球投げましたっ!
ああっと、大きく落ちたボールがワンバウンドしましたが、キャッチャー上野くんがなんなく捌きました。
あ、主審の判定はストライク!」
「なんだと!
クソ審判がなんて判定しやがるっ!」
「ぴー」
<ただいま番組内で不適切な表現が為されたことをお詫び申し上げます>
「兵兵高ベンチから伝令が出て審判に判定の確認が行われましたが、もちろん判定は覆らずストライクのまま。
どうやら、ストライクゾーンを通過した球は、その後ワンバウンドしてもストライクだそうです」
「…………」
(解説者はしばらく黙ってろだと!)
「さて第3球……
伸びのある素晴らしい球が外角低めに決まってストライク!」
「………………」
(俺を誰だと思ってるんだ! テレビ屋風情が!)
「第4球は…… 内角ベルト付近を通る球をバッター空振りして三振っ!」
「あ、あんな打ちごろの甘い直球を……」
「(解説はしばらく無視しろの指示か)
さて2番打席に入った兵兵高校のショート武蔵境くん、兵庫県大会では出塁率4割5分を誇ります!
ピッチャー神田くん、第1球、投げました!
ややスライドしながら落ちる球が外角低めいっぱいに決まってストライク!」
「ああ、もっとピッチャー寄りに立って、曲がりっぱなを叩かないと……」
「第2球は……
真ん中高めから大きく落ちてワンバウンド!
あ、これもストライクの判定ですっ!」
「ぐぐぐぐぐぐ……」
「第3球、先ほどとおなじ内角真ん中のストレートをバッター空振り三振!」
「な、なんであんな棒球が打てないんだ……」
「(そろそろ解説解禁か……)
大久保さん、ノーワインドアップモーションからでも神田くんの球威はかなりあるのではないでしょうか……」
「そんなことはありません!
ランナーもいないのにノーワインドで投げるなどという根性の無いピッチャーが、球威のある球なぞ投げられるハズがありませんっ!」
(やっぱり解説者は無視したままの方がいいんじゃね?)
「三番レフト東小金井くんが打席に入りました。
ピッチャー神田くん、やはりノーワインドアップから第1球、投げました!
今度は外角高めから内角低めに曲がっていく球でストライク!」
「ぐぐぐぐぐ……」
「2球目は外角に直球で空振りっ!」
「な、なんで……」
「3球目はまた内角真ん中の球で空振り三振っ!
日比山高校のピッチャー神田くん、兵兵高の1番から3番を三者連続三振に抑えましたっ!
大久保さん、やはり神田くんの球は打ちにくいのでしょうね」
「そ、そんなことはありません!
ノーワインドアップからの棒球ストレートなぞ、打者の目が慣れれば簡単に打てますっ!」
「でもあの三振を取った決め球は、本当にストレートなのでしょうか。
わたしの目には少し落ちているように見えたのですが……」
「それこそが球威の無い証拠です!
球威が無いせいで、球がお辞儀をしてるんですっ!
打者の目が慣れれば滅多打ちされるに決まっていますっ!」
俺がベンチに帰ったらさ、渋谷涼子が爆笑してるんだ。
ハラ抱えてひーひー言いながら。
「どうした渋谷?」
「ひぃ~っ! く、苦しぃっ!」
しょうがねぇなぁ~。笑ってる理由は後で……
ああっ! こ、こいつ、イヤホンでラジオ聞いてやんの!
それもMHKに合わせて!
そーか、あのおっさんの「ぴー漫才」を聞いてたんだな……
それじゃあ無理無ぇか……
おっと、今日の俺の打順は1番だからな。
急いで打者用防具つけねぇと。
まあ初出場の高校が、初回の1番バッターからあからさまに敬遠するのは逆に勇気がいるこったろう。
だから俺を1番にしてみたんだ。
「さあ東東京代表、都立の星、日比山高校の1番バッター神田くんが打席に入ります!
東東京大会の終盤では9番に入っていた神田くんですが、今日は1番に起用されました!
お、神田くんは体に多くの防具をつけていますね……
足の甲と脛と左手の上腕にスクールカラーのエンジ色の防具をつけています!」
「ふん! カッコだきゃあ一人前だの!」
「さあ、兵兵高校ピッチャー豊田くん、振りかぶって第1球、投げましたっ!
外角に大きく外れてボール!
バッターボックスの神田くんは、脚を伸ばして立ち、バットの先を右肩の上に置いたまま動きませんでしたねぇ……」
「まったく打つ気が感じられませんね。
せめてもう少し集中して欲しいもんです」
「ピッチャー第2球、投げました!
お、神田くんセンターに弾き返したっ!」
「ふん、ただのセンターライナー……」
「ああっ!
ライナーがそのままバックスクリーン上部に突き刺さりましたぁっ!
超々特大の先制ホームランっ!!」
「げっ!」
「いやあ大久保さん、素晴らしいホームランでしたねぇ!」
「…… ちっ ……」
「これで神田くんは予選から9試合全試合で14本目のホームランを打ったことになります!」
「…… えっ ……」
「それ以外の16打席のうち敬遠のフォアボールが14ですから、打席機会でのホームラン率が8割を超えていますっ!」
「…… ええっ! ……」
(日比山だの神田だのと聞くと、血管切れそうになるから、全く調べて無かった……)
「日比山高校の神田くん、評判通りの素晴らしいパワーを披露してくれました!」
「……ふんっ……」
(おいっ! この馬鹿解説者に神田投手の予選の記録メモを渡せっ!)
(はいっ!)
(それからこの阿呆をブラックリストに載せておけ! 二度と解説に呼ぶな!)
(はいっ!!!)
(なんだこれ……
日比山高校神田投手東東京大会の記録だと……
なになに?
予選8試合通算投球成績
・完全試合3
・ノーヒットノーラン4
・与四死球0
・自責点0
・被安打数合計1
・奪三振191
打撃成績
・ホームラン13
・被敬遠四球14
・打率8割7分5厘
ばっ、バケモノ……)
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