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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第2章 高校野球篇
38/157

*** 38 萎縮するMHK取材陣 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 甲子園到着後、しばらくして組み合わせ抽選会が行われた。

 俺たちは2日目の第2試合からか……

 まあ無難だな。


 

 それにしても新聞各社の記事は酷かったよ。

 特に朝〇新聞なんか、『なぜあのような連中を代表にしたのだ!』とか『まさに東東京の恥だ!』とか『あのような髪型の高校生が甲子園で勝てるはずが無い!』とか言いたい放題だったわ。

 やっぱり取材の内容じゃあなくって、取材した記者の心証で記事って変わるんだなあ。

 まあそのせいで取材先はみんなヘーコラするから、記者もどんどん増長して行ったんだろうけど。 


 でも、おかげで俺たち日比山は全国でもすっげぇ注目されてるらしいわ。

 ははは、これで俺たちが活躍したら笑えるよな。




 翌日の練習。

 ホテル横にあるこの球場は、小さいながら観客席で覆われているために安心してナイショの練習も出来る。

 それで俺は例の『必殺牽制球』の練習をしてたんだ。

 これは俺の練習でもあるが、もちろん内野陣のための練習でもある。


「マジかよ……」

「こんなん見たことねぇよ……」


 はは、味方がこれだけ驚いているっていうことは、敵さんも驚いてくれそうだな。

 先日吉祥寺先生にチェックしてもらったけど、ボークではないってお墨付き貰えたよ。


 その後俺は、対戦相手のエースを想定したバッティング練習でピッチャーを務めた。

 初戦の相手ピッチャーは右サイドスローでカーブとスライダーらしき球を得意にしているそうだ。

 だから俺もサイドスローでカーブとスライダーを投げてやっていたんだよ。



 そのとき、ベンチから渋谷の声が聞こえて来た。


「待ってください! ここは部外者立ち入り禁止ですっ!」


「いや、いいからいいから」


 おいおい、なんか厚かましそうなおっさんがずかずかグラウンドに入って来たぞぉ……


「うんうんキミタチ、わたしに構わず練習を続けたまえ」


「おーいみんなー、小休止だー。

 水分と塩分を補給しておいてくれー」


「「「「「 おー! 」」」」」


「だから練習を続けろと命じただろう!」


 あー、こりゃまた堪え性の無いおっさんだなー

 きっといつも命令しなれてるんだろうなー。



「失礼ですがどちらさまですか?」


「うむ、わたしは大坂大丸体育大学野球部監督の大久保という者だ。

 キミたちは知らんだろうが、関西リーグでは優勝5回の有名監督でもある!」


「はぁ……」


(大坂大丸体育大学って…… それって略称が「大大大」か?

 その監督で大久保だったら「大大大の大さん」か?)


「このたびMHKよりキミタチの試合の解説を依頼されての。

 そこで真面目なわたしとしては、キミタチの練習風景を取材しに来たのだ。

 なにしろ関東のチームなぞ見たことは無いからの」


「はぁそうですか……」


「だから早く練習を再開したまえ!

 ああ、キミはここに残って私の質問に答えてもらおう」


「お断りします。

 また、せっかくお運び頂いたのに恐縮ですが、取材もお断りさせて頂きます」


「なっ!

 わ、わたしが解説者だというのが聞こえなかったのか!」


「だからですよ。

 この場にお見えになったということは、相手チームのところにも行きますよね」


「当然だ!」


「そのときに我々の練習内容をお伝えになられるとたいへん困ります。

 ですからお引き取り下さい」


「そ、そのようなこと、するわけが無いだろう!」


「なにせ対戦相手は関西圏の学校ですしね」


「だからそのようなことはしないと言っておろうが!」


「わたしはあなたを存じ上げません。

 ということは、あなたの言動にも判断材料がありません。

 相手チームの偵察かもしれない人をグラウンドに入れるマヌケはいませんでしょう。

 フェンスの外からならともかく。

 まあ、たまに堂々と入って来るど厚かましいおっさんはいますけど。

 ですから最良の方法は、あなたにお引き取り頂くことになります」


「な、なんだとこのガキャあっ!」


「なんだとこのデブジジイが」


「が、がぎぐぐぐぐ……」


「それでは遺憾ながら不法侵入ということで警察に通報させて頂きますね。

 おーい、渋谷―っ。

 ホテルのフロントに言って、警察を呼んでもらってくれー」


「はぁ~い♪」


「お、おんどれーっ! こ、後悔するなよぉっ!」


「あーそれ以上仰ると、不法侵入に加えて脅迫の容疑も付きますよ?」


 おっさんは、ツラぁひん曲げて俺に893顔負けのガン飛ばしたあと、デコを青筋だらけにしたまま帰って行ったよ……




(勇者さま……)


(あ、神保さん。なにかありましたか?)


(今の無礼者ですが……

 どのように始末致しましょうか……

 交通事故で即死させますか?

 それともファウルボールを頭に直撃させて頭蓋骨を陥没骨折させますか?)


(な、何もしなくていいからっ!)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その日の夜。

 俺はホテルのロビーで、野球部顧問の御茶ノ水先生と一緒にMHKのクルーを待っていた。


 MHKから学校側に正式に(かつ丁重に)依頼が来てたんだけど、どうやら「初出場校の宿舎訪問」っていう企画らしい。

 夜遅くまで宿舎の庭で素振りしているとか、近所の路上で街灯の明かりを頼りにキャッチボールしているとか、相手チームのことを研究しているとか、監督が精神論を怒鳴り散らしているとか……


 とにかく、そういった初出場校の初々しい緊張ぶりを紹介する録画撮りだそうだ。

 実際の試合前に学校紹介で流す映像らしい。



 約束の時間2分前にMHKのクルーが到着した。

 うん、礼儀正しいね♪


 俺と御茶ノ水先生とホテルの支配人は玄関先であいさつし、ホテルの中にクルーを案内する。

 館内の撮影許可はMHKが既に取ってあるそうだ。


 でも……

 たぶん電話で撮影許可取ったんだろうな。

 もしくは事務方が取って、クルーはこのホテルのことを知らなかったとか。


 ホテルの玄関をくぐったMHKのレポーターが立ち竦んだ。

 広大なロビーに敷き詰められた赤い絨毯を凝視し、並んで出迎える制服姿のホテルマンにビクつき、天井の巨大なシャンデリアを見上げて硬直している。


 可哀そうに……

 特にまだ若い女性レポーターは、こんな高級ホテルには来たことが無かったんだろう。



 これもまだ若いディレクターらしきヤツが、支配人に小声で聞いた。

「あ、あの…… このホテルは一人一泊おいくらぐらいなんですか……」


「はい、食事別でツインルームが一泊3万円からでございます」


「ひっ!」


 まあ、大卒初任給がようやく10万円に乗った時代だからなあ。

 2019年だったら食事別で5万円っていうとこか。



 俺たちはロビー横のカフェテリアに移動して取材を受けた。


「あ、あの…… 

 都立高校の野球部の予算でこんな超高級ホテルに泊まれるんですか?」


「いえいえ、ほとんどすべて篤志家のご厚意によるものです」


「はぁ。それにしてもなぜこのようなホテルにされたんでしょうか?」


「その篤志家の方によれば、ホテルの横に素晴らしい球場があったからだそうです。

 その球場も借りて下さっています」


「あの、大変不躾なご質問なんですけど、その球場はいつまで……」


「はは、その方はなんと決勝戦当日まで貸し切りにして下さってます。

 1週間しか借りないのは縁起が悪いと仰ってました」


「…………」


 レポーターが自分の頬を両手で叩いた。

 きっと気を取り直そうとしたんだろう。


「初出場ということで、みなさん緊張されていますか?」


「予選のときに、球場で大観衆を目にしたときにはさすがに緊張していたようですが、それ以外の場所では驚くほどリラックスしています」


「そ、そうなんですか……

 神田キャプテンは緊張していますか?」


「すみません、ほとんど緊張ってしたことがないもんですから、緊張しているかどうか自分でもよくわからないんです」


「そ、そうなんですか……

 それにしても地区大会では素晴らしい活躍でしたね」


「これもすみません、夢中だったんでよく覚えていないんです」


「そ、それでは甲子園の初戦に向けて抱負を聞かせて頂けますか?」


「はは、まあどこでどんな試合をしようとやることは野球ですからね。

 みんなも私も自分の一番得意なことをするだけですよ」


(この子…… なんという落ち着きなのかしら……

 まるでプロの10年選手にインタビューしてるみたい……)



「日比山高校の快進撃の秘密は何なんでしょうか?」


「それはまず効率的な練習にあるのでしょうね」


「練習の効率ですか?

 どのような効率なのでしょうか」


「まずは練習中に小まめに取る水分と塩分です。

 それにより体が常に正常な状態に保たれて、効果的な練習が出来ます」


「あの、多くの野球指導者によれば、練習中はバテないために、それから根性を鍛えるためにも水は飲ませないのは常識とのことなんですが……」


「それは常識ではなく非常識です

 水だけ大量に摂れば確かに眩暈がします。

 ですがそれは血中塩分濃度が低下してしまうからです。

 ですから我々は水分を摂ると同時に必ず塩分も補給します。

 また、みなさん『根性』を鍛えるために水を飲ませないと仰りますが、それは『苦痛に耐える根性』です。

 格闘家以外のアスリートにそんな根性は必要ありません。

『負荷に耐える根性』の方が100倍有用です」


「ですが指導者の方はみなさんは……」


「それは単に指導者の方々の勉強不足によるものですよ。

 みんなと同じ精神論を振りかざして、みんなとおなじことをしていれば安心出来るからです。

 日本が太平洋戦争を起こしたときとおんなじですね♪」


「そ、それでは『負荷に耐える根性』とはどうやって鍛えるのですか?」


「もちろん筋トレです」


「あ、あの。

 東京ラビッツの長島選手は、『せっかくついた柔らかい筋肉を固い筋肉にしてしまう筋トレはしない』と仰っていましたが……」


「それは天才長島選手だからですよ。

 われわれ凡人には『柔らかい筋肉』はありません。

 ですからせめて『固い筋肉』をつけて速い打球を打てるようにしています。

 それに実は筋肉というものは、力を抜いていれば必ず柔らかいんですよ。

 ですからきっと長島選手は筋トレが嫌いだったんでしょう。

 言い訳も天才的ですね、はは」


「そ、そうなんですか……

 それでは毎日何時間も筋トレしてきたんですか?」


「いえ、多くても日に1時間ほどです」


「そんなに短い時間で筋肉は鍛えられるものなのですか?」


「これも誤解が多いようなのですが、筋トレを長時間行うのはほとんど意味がありません。

 腕立て伏せを500回するよりも、自分が6~8回上げられる限界の重量でベンチプレスをする方が遥かに効率的です」


「はあ、そうなんですか……」


「それから毎日同じ部位で筋トレするのは完全に逆効果です。

 最低でも3日おきにすべきです」


「そ、それは何故なんですか?」


「筋繊維とは酷使しているときに太くなるのではなく、酷使されて痛んだ筋繊維が修復されるときに太くなるからです。

 毎日酷使していては修復するヒマがありません。

 そして、この修復には通常3日かかるからです」


「はぁ」


「それから筋トレに本当に必要なのは食事です。

 激しい運動の後には数時間以内に良質なタンパク質を大量に摂取しなければなりません」


「練習後すぐにお肉を食べるんですか?」


「いえ、植物性タンパク質で十分です」


「えっ……

 し、植物にもタンパク質って含まれてるんですか!」


(バカじゃねこいつ?)


「もちろんです。

 我々はミキサーで砕いた大豆に水と塩と少々の砂糖を加えたものを飲んでいます。

 このタンパク質こそが筋肉の元になりますから。

 筋トレとは、『トレーニング3割食事7割』と言われていますし」


「は、はぁ」


「それから忘れてはいけないのが運動後のストレッチとアイシングです」


「アイシングってなんですか?」


「筋肉を氷で冷やすことですね」


「! 投手は肩を冷やしてはいけないんじゃないでしょうか……

 水泳は絶対にしないプロの投手もいるそうですし……」


「それも無知から来る迷信です。

 筋繊維は冷やすことによって修復物質を集めようとしますから」


「あの…… 神田投手は誰にそのようなことを聞いたのですか?」


「いや人に聞くのは危険です。

 そのひとが無知と妄信の人かどうかはわかりませんから。

 こういうことは正式な論文誌で勉強するべきです。

 論文誌に載った論文は、世界中の研究者の厳しいチェックに晒されますから」


「ということは……

 神田選手はその論文を読んだんですか?」


「もちろんです」


「どこに行けばその論文誌があるのでしょうか?」


「主にアメリカと西ドイツのスポーツ医学会の定期刊行物ですね。

 私は西ドイツのものを送ってもらって定期購読しています」


「あの…… 日本語訳ってあるんですか?」


「もちろんありませんよ」


「………………」


「ところでそろそろ夕食の時間になります。

 確か我々の食事風景もご取材になられたいとか……」


「は、はい。構いませんか?」


「ええ。ちょうど今皆ミーティングルームに集合している頃でしょう」



 それで俺は、一行をミーティングルーム兼我々のダイニングに案内したんだけどさ。

 またもやレポーターやディレクターがフリーズしちゃったんだわ。


 大きなミーティングルームにはやはり赤い絨毯とシャンデリアがあり、5つほどの丸テーブルには高校の制服を着た選手たちやマネージャーが座っている。

 たぶんここ普段は結婚式の披露宴とかしてる部屋なんだろうな。

 だからこんなに豪勢なんだろう。



 ディナーがちょうど始まったところだったようで、みんな食べ始めていたようだ。


「これこれ、このシュリンプカクテルってほんっと美味しいよね」


「うん、エビの甘みとソースの酸味が抜群に相性いいよね」


「このコンソメスープも本格的ねぇ。

 きっと3日ぐらいかけて作ってるわ」



 レポーターがごくりと唾を呑み込む音が聞こえて来た。


 それからはカメラマンだけが動き回っている。

 ホテルスタッフが全員にステーキの焼き加減を聞きに回り始めると、レポーターが大きくため息をつくのが聞こえた。


 さらにワゴンに載った各種大量のケーキが運び込まれて来る。

 いつものドルチェのケーキバイキングだ。



 レポーターが涙目になった……










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