*** 35 群がるクズども撃退1 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
キャッチボールで肩を作った俺はマウンドに立った。
「おーい1年、4人ほどベースの周囲でアンパイアに立ってくれ。
危ないからキャッチの後ろには立たずにベースの周りにな」
「「「「 はい! 」」」」
「荻窪センパイ。
俺がこれから投げる10球は、すべてストライクゾーンを通過するようにします。
それから投げる前に球種も変化パターンも全て言います」
「おお、全部ストライクでコースも宣言通りか……」
(それなら楽勝だな)
「それじゃあ初球はフォークです。
投げ出しは高めに外れるように見えて、ストライクゾーン通過後にはワンバンします」
「ワンバンしたらボールじゃないのか?」
「いいえ、ストライクゾーンさえ通過していたら、その後ワンバンしようがなんだろうがストライクになります。
準決勝や決勝戦の審判のコール見てなかったんですか?」
「そ、そうか……」
「それじゃあ投げますよ」
1球目は俺の渾身のフォーク。
コースはど真ん中ながら、投げ出しは大きく上方。
だが、ホームベース8メートルほど手前から急激に落ち始めてストライクゾーンを通り、ベース後方でワンバンする球。
荻窪センパイは低めに構えた。
だが……
投げ出しの方向があまりにも高かったせいか、すぐに中腰になり、そして立ち上がる。
ミットは完全に頭の高さにある。
だが急激に落ちたボールは、宣言通りワンバンしてセンパイの股間を抜けて行った。
「ず、ずるいぞ神田! 今のはどう見てもボールだろう!」
「いえ、高さはストライクでした」
「僕もストライクだと思います。ゾーンの真ん中を通過してます」
「俺は横から見てましたが、もしコースが外れてなかったら、見事なストライクです」
周囲に配置した部員たちが口々に言った。
「…………」
「次の球は縦ジャイロです」
「ジャイロか……」
「ええ、真ん中やや高めから80センチ落ちて低めに決まります」
「わ、わかった……」
投げ出しは宣言通り真ん中やや高め。
その球がベース前8メートルからするりと落ちて、加速しているように見えながらベース後ろでワンバンする。
低めに構えていた荻窪先輩はいったんミットを上げてまた下げたが、減速しない球に間に合わず、ボールは股間を抜けて行った。
「い、今のもストライクだって言うのか!」
「もちろん、ゾーンのど真ん中を通過してますよ」
「はい、完全にゾーンを通っていました!」
「見事なストライクです!」
「………………」
「次は左ジャイロです。
内角高め方向から落ちながら曲がり、外角低めに決まります」
「わ、わかった……」
センパイは外角低めにミットを構えたものの、投げた直後のボールを見て腰を浮かせ、内角に移動した。
そしてストライクゾーンを通過したあと、無人のキャッチャーボックスを抜けていくボール。
「………………」
「4球目はカットボールです」
「…… カットボールだな ………」
「はい、カットボールです。
出だしはど真ん中ですが、ベース手前で急激に落ちる球です」
「わ、わかった……」
今回もセンパイは低めに構えた。
だが……
投げ出しど真ん中の球は、キャッチャーのマスク目掛けて進んで行く。
堪らずにミットを上げるセンパイ。
ボールはベース手前で激しく落ちて、ストライクゾーンまでで20センチ下降し、その後も落ち続けてセンパイの股間を直撃した。
「ぐううううううううううっ……」
タオルを当てた上からファウルカップをつけていたようだが、その場でうずくまるセンパイ。
ボールの行方を追う気は無いらしい。
しばらく沈黙の時間が過ぎる。
ようやく顔を上げたセンパイに、俺は無情に言った。
「次はベース手前から20センチ落ちながら、俺から見て右に20センチ曲がるシンカーです。
センパイから見れば左に曲がります」
「わ、わかった……
20センチしか曲がらないし、20センチしか落ちないんだな……」
「ええ。ベースまでの変化はそうなります」
やはりど真ん中方向に向かっていたボールに対し、無意識にミットを動かしてど真ん中に構えてしまったセンパイ。
だが、宣言通りの変化をした球はセンパイの左足太もも内側を直撃した。
「ぎゃ――――――っ!」
その場でのたうちまわるセンパイ。
ボールは後方を転々としている。
俺はそんな先輩に近づいて行った。
「これで5回連続パスボールですね。
あと1回パスボールしたら不合格になります」
涙目のセンパイが叫んだ。
「あ、あんな球捕れるわけないだろうっ!」
「いえ、上野なら捕れますよ」
「そ、そんな……
神田、お前半年前はあんなに変化する球投げてなかったじゃないか!」
「いえ、投げようと思えば投げられました。
ただ先輩が捕れなかったから投げてなかっただけです。
でも上野は痛みをものともせずに頑張ってくれました。
おかげで今じゃほとんどの球を捕れるようになりましたよ」
「う、うそだ!」
「やっぱり俺たちの試合は見てなかったんですね。
それで新聞見て甲子園出場を知って来たわけですか……
それじゃあ上野、5球だけ受けてくれ」
「はいっ!」
「先輩は上野の後ろに立って、球筋をよく見ていてください」
俺は同じ配球で5回投げた。
俺のモーション開始からミットを微動だにさせない上野。
一方でぎゃーぎゃー言いながら上野の後ろで逃げ惑うセンパイ……
もちろん上野は5球とも完璧に捕球していた。
まあ、上野が体を低くして構えたままなのに、自分の顔面目掛けて球が向かって来たら、センパイも逃げたくなるわな。
「いかがですかセンパイ。
これが甲子園出場正捕手の実力です」
「でっ、でも上野に万が一のことがあったら……
だっ、だから控えの捕手でいいから……」
(俺の魔法があるから万が一も有り得ないんだよ!)
「上野に代わって出場した時に、全投球でパスボールするんですか?
それに5球に2球はさっきみたいに急所か脚に当たりますよ」
「そ、そのときには、4カ月前までみたいにお前が手加減して投げてくれれば……」
「嫌です。
手加減して負けるぐらいだったら、相手と審判に謝って試合放棄負けにして貰います」
「ううううっ……」
「ということで甲子園では後輩野球部員と一緒にスタンドから応援してください。
今からの努力次第では秋の明治神宮大会出場には間に合うかもしれませんよ」
「い、いや、やっぱり止めておく……」
センパイは涙目のまましょぼしょぼと帰って行ったよ……
「さて、それじゃあ邪魔者も帰ったし、軽く守備練習でもするか」
「「「「「 おうっ! 」」」」」
まあ、先輩の行動もセコさを別にして分らんでもないがな。
去年の秋に野球部辞めた先輩連中が、俺たちが甲子園出場決めたの見て、血の涙流して腸捩らせて呪ってるそうだから。
でも、それ自分が悪かったからだぞ。
俺にヘイト向けてなんか意味あるんか?
それからしばらくして、またあの会長さんと部長さんが来てくれたんだ。
新型キャッチャー用防具マークⅡと巨大ミットと俺の6本指グラブを持って。
会長さんたちとひとしきりお祝いとお礼を交換した後は、早速上野にマークⅡ防具をつけさせた。
まずはちょっとだけ薄手になったケブラーのアンダーウエアを着用したあと、新型マークⅡ防具が出て来たんだ。
これすげぇな。
まずはCの字型をした金属製の細い輪がたくさん見える。
そして、それらがやはり細い金属と硬質プラスチックの細長い無数の板で繋がっていたんだよ。
まるで戦国時代の甲冑みたいだ。
ちょっと隙間の空いた。
しかもその板が艶消しのメタリックっぽいエンジ色になってて、さらに強度を上げるために、縦方向に筋が通ってるんだ。
因みにエンジはわが校のスクールカラーな。
「動きやすさと軽さを追求したら、こんな形になったんだ。
さあ上野くん、このレッグプロテクターを嵌めてみてくれるかな。
C型の金属の輪は弾力性があるから着脱も簡単だよ。
打席に入るときには外せばいい」
すげぇよ……
それになんてカッコいいんだ……
まるで上野が下半身サイボーグになったように見えるわー。
「上野、それユニフォームの上から着けてみろ」
「はいっ!」
「「「「「 おおおおーっ! 」」」」
「す、すげぇ……」
「サイボーグ上野っ!」
「スーパーキャッチングマシーン上野っ!」
「これなら打席に入るときには外せるし、盗塁も出来るようになるな」
「でっ、でも目立ちすぎませんか?」
「部長さん、これユニフォームの上から着けてもルール違反にはなりませんよね」
「そういう使い方も考慮して、光を反射するような素材は使用していないよ」
「それじゃあ上野、甲子園ではそれユニフォームの上に着けてみろや。
目立って楽しいぞ」
「は、はいっ」
「今からその防具でキャッチングしてみようか……」
そしたらさ、上野がすっごく動きやすいって言うんだわ。
ついでに何発かダイレクトに脚に当ててみたんだけど、ぜんぜん痛くないって言うし。
すっかり気に入ったようだ。
はは、サイボーグ上野爆誕だな!
でもこの方がきっといい宣伝にもなるだろう。
ひょっとしたら、会長さんの八王子製作所に注文が殺到するかも……
ただ残念ながら、新しいミットや手首ガードには慣れるのに時間がかかるだろう。
部長さんの部下が、わざわざたっぷりとオイルを塗って柔らかくしてくれてたようだけど。
もちろん俺はすぐに6本指グラブを練習し始めるけどな。
そしたら開発部長さんが、それからもさまざまな防具を見せてくれたんだ。
まずはバッター用のレッグガード。
次に同様に打席に入るときに使うアームガードやショルダーガード。
しかも部長さんは上野のために新しいネックガードギプスも作ってくれてたんだ。
これもチタン合金製で、内側には厚くクッションも入っている。
これもなんかメカニカルでカッコいいわ……
上野もすっげぇ安心感があるって言ってるし。
極めつけはたくさんのヘルメットだった。
何と素材はチタン合金だそうだ。
もちろんサイズは俺たちが使っているものと同じなんだが、メット内側のクッションも全てケブラー繊維になっている。
もはや軍用ヘルメットだな。
耳当ても大きいし、これなら例え頭部死球を受けても大丈夫かもしれん。
なにしろ小口径弾なら銃弾でも防げるんだから。
俺たちは心から会長さんたちにお礼を言ったんだ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちが昼メシを喰ってたら、御茶ノ水先生が俺を呼びに来た。
「神田くん、本当に申し訳ないんだが、ちょっと来てくれないか?」
「もちろんいいスよ。どうかしたんスか?」
校長のいる部屋に向かう道々、御茶ノ水先生は小声で事情を話してくれた。
「実は今、校長先生のところに招かれざる客が来ててね。
まあ都議会議員をしている政治家なんだが……
それがどうしても応援団長にしろって言って聞かないんだ。
わたしも校長先生も丁重にお断りしたんだけど、なにしろ我々は都立高校だからね、あまり強いことも言えずに困ってるんだ。
そうしたらその政治家が、『キャプテンを連れて来い! キャプテンに言ってお前たちを説得させる!』って喚き始めたんだ。
だから一応顔だけ出してくれないかと思って……
いやこんな大事な時に迷惑をかけて申し訳ない……」
「わかりました」
(高校生のガキなら簡単に脅せると思ったんか……)
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