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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第2章 高校野球篇
31/157

*** 31 変化球のキレ ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 まずは田町先輩が打席に入った。


「最初に普通のストレートを投げますね。

 そのあとにチェンジアップを投げますから」


「チェンジアップ?」


 そう、この時代だとまだチェンジアップっていう言葉は無かったんだよ。

 近い意味で「スローカーブ」っていうのはあったけど。




 俺はまず150キロほどのストレートを投げた。

 田町先輩はバットは持っていなかったものの、テイクバックからスイングの動作をする。


 次に俺はストレートと全く同じフォームでチェンジアップを投げた。

 俺の投球の動作が終わった後に、突然俺の頭上に現れたように見える球が時速120キロほどの速度でホームベースに向かう。


 実は俺は右腕が頭上に来た段階で、ほとんど手首を使わずに押し出すように球を投げている。

 そうしてそのまま全力投球のフォームを続けていたわけだ。

 これにより、打者は俺が投げ終わってから遅れてボールが現れるように見えるだろう。

 打ち気に逸る打者相手には実に有効だろうな。



 回転のほぼ無いチェンジアップは、小さく曲がりながらフォークのようにストンと落ちた。


「な、なんだこの球は……」


 俺の投球フォームに合わせてテイクバックしていた田町先輩は、打席内でガクガクしながらテイクバックを3度も繰り返していた。

 まああれじゃあ打てないだろうな。



「次は普通のカーブです」


 俺がカーブを投げた途端に、田町先輩は完全にボールを見失ったようだ。

 まあ投げ出し方向は先輩の身長+30センチだからな。

 すぐにボールが見えなくなって、冗談でシャドーピッチングをされたと思ったらしい。


 だが……

 先輩の5メートル手前で視界に入った球は、大きく曲がり落ちながら外角低めに構えた上野のミットに収まった。

 先輩は、いやチーム全員が無言になった。



「最後はシンカーです」


 一見棒球に見えるストレートが、打者の手前で右に曲がりながら急激に落ちて行く。

 上手なピッチャーがこれを投げると、まるでボールが消えたように見えるそうだ。

 はは、消える魔球か。



 俺は続けて品川先輩にも持ち球を披露した。




 しばらく蒼い顔をしていた先輩たちも、ようやく口がきけるようになったようだ。


「これが神田が言っていた、俺たちが守備とバッティングさえ普通に出来れば、それだけで甲子園に連れて行ってくれるっていう根拠だったのか……」


「お前、こんなすごい変化球投げられたんだな。

 どうして今まで投げていなかったんだ?」


「それはもちろん上野にあれ以上ケガをさせたくなかったからです。

 でも、あの会長さんたちが作ってくれた防具のおかげで、上野がケガをする可能性が無くなりました。

 また、防具に安心した上野のキャッチング技術も、毎日驚異的な進化を遂げつつあります。

 だから俺も全力の変化球を解禁したんですよ」


「そうか…… 防具のおかげか……」

「防具って大事だったんだな……」


「ところで神田、変化球って肘や肩に負担がかかるんだろ。

 これから中1日とか連投が続いて、お前の肘や肩は大丈夫なのか?」


「はは、ジャイロの投げ方はストレートとほとんど変わらないんで大丈夫ですよ。

 ですからイザとなったらジャイロ主体の投球に切り替えます」


「それでももしお前が肩でも壊したりしたら……」


「そうだ。お前の変化球なら今でもプロで通用すると思う。

 そのお前が肩を壊してプロを諦めることになったりでもしたら……」


 ああ、この先輩たちってホントいいひとたちだよな……

 あ、他の野球部員も全員頷いているわ。

 こいつらみんないいやつだったか……


「それでは俺のとっておきをお見せしましょう。

 ナックルという球種です。

 ですがこれは極秘ということでお願いします。

 よほどのピンチになったとき、または過激な連投を強いられることになったときしか使うつもりはありませんから」



 はは、「俺のとっておき」と聞いて、また全員が唾を呑んでるわ。


「それじゃあ恵比寿、ちょっとお前のグラブを貸してくれるか。

 どうもグラブをしてないとしっくり来ないんでな」


「も、もちろん構いませんけど……

 でっ、でも俺左利きですから、これ右手用のグラブですよ……」


「いいからいいから」



 俺は恵比寿に借りたグラブを右手に嵌め、マウンドに立った。

 そうしてゆっくりとしたフォームで左腕で・・・ナックルを投げる。

 ほぼ無回転のボールが、フラフラと揺れながら時速120キロほどの速度でキャッチャーに向かって飛んで行く。

 はは、さすがの上野もこの球は捕れなかったか。

 まあ、今会長さんと開発部長さんに頼んでる最大サイズのミットだったら、なんとか前に弾けるようになるかもだ。



 その場が一瞬静まりかえり、そして爆発した。


「「「「「 うおおおおおおお―――っ! 」」」」」


「か、神田っ! お前なんてことするんだっ!」


「ひ、左投げも出来るなんて……」


「な、なんて非常識なことを……」


「お、お前これ本当に公式戦でやるつもりか!」



「いやそれほど非常識じゃあないと思うんですけど……」


「だってお前、こんなこと誰もやってないじゃないか!」


「ですけど、バッターにはスイッチヒッターっていますよね。

 それも結構な人数が。

 ですからピッチャーにもスイッチピッチャーがいてもいいんじゃないですか?」


「うっ、だ、だけどお前……」


「これたぶん、将来はかなりたくさんのピッチャーがやるようになると思いますよ。

 バッターが右打席に入ったら右投げにして、左打席に入ったら左投げにして。

 バッターはいったんプレイボールのコールがされたら打席は変えられませんから、常にピッチャー有利ですね♪」


「そ、それにしても、もしも甲子園に行けたとして、あの大観衆のなかでこれやるつもりか……」


「前から思ってたけど、神田ってホントに肝太いよなぁ……」


(まあ、80万の魔人魔獣軍団相手に30年も殺し合いしてたら、肝も太くなるわな……)



 1年生のピッチャー2人が近寄って来た。


「あ、あの、神田センパイ……

 左右投げってどんな練習をすれば出来るようになるんでしょうか……」


「そ、それからあんなすごい変化球、どうやったら投げられるようになるんでしょうか」


「「 ど、どうか教えて下さい! 」」


「そうだな、それじゃあ練習方法を教えてやろう」


「「 あ、ありがとうございますっ! 」」


「まずは左右投げの練習方法なんだが……

 俺は左右どちらの手でも字を書くことが出来る。

 もちろん同じ速さでだ。

 だからまあ、最初は利き腕の反対側の手で字を書く練習をしてみろ。

 それがスムーズに出来るようになったら次の段階を教えてやる」


 へへ、これ簡単そうに見えてかなり難しいんだぜ。

 まあ俺がこんなこと出来るようになったのは、3歳のころから練習してたからだけどな。

 まあピアニストとおんなじだわ。

 だから左右の手で同時に違う文章も書けるんだけどな。



「それからキレのある各種変化球についてなんだが……

 おーい渋谷マネージャーっ!」


「なーにー?」


「今お前財布持ってるかー?」


「持ってるよー」


「じゃあ10円貸してくれー」


「はい10円、ちゃんと返してよね!」


「はいはい。

 あ、これからやることは、実は違法行為だから内緒で頼むな」


「えー、甲子園を目指す青少年が違法行為ーっ!

 それって猥褻物陳列罪とかじゃないでしょうねー!」


「んなわけあるかアホ!

 じゃあお前たちよく見てろよ」


 俺は右手の親指とひとさし指で、立てた10円玉を挟んだ。

 同時に指に『硬化』の魔法をかける。

 これ実際にやると指の腹が痛くなるんだよ。


 俺は目の前に掲げた10円玉に力を込めた。

 まるでボール紙で出来ていたかのようにくしゃっと二つ折りになる10円玉。

 部員全員が驚愕に沈黙する中、俺は10円玉の位置を変えるとさらに四つ折りにした。

 その後も力を加えられて、四つ折りのまま平らになっていく10円玉。



「いいか、実は変化球のキレって、握力と密接な関係があるんだ。

 俺の握力は左右とも170キロになったからな」


「「「「「 !!!!! 」」」」」


(『身体強化』使えば1000トンぐらいまでイケるけど。

 たぶんマンホールの蓋だって八つ折に出来るけど……)。


「だから手の筋トレ頑張って、握力左右80キロ以上になったら、次の練習方法を教えてやろう」


 あー、またみんな黙っちゃったよ。



「おーい渋谷―っ!

 10円玉返すぞーっ!」


「なによこれーっ!

 こんなんでどうやって自販機でジュース買えっていうのよーっ!」


「えーっと……

 ペンチで広げて金づちで叩いて平らにしたら買えるようになるかもー」


「ばか!」


 なんかばかとか言いながら、けっこう嬉しそうに四つ折り10円玉を財布にしまってるわ。


「なんだ渋谷、そんなに俺が曲げた10円玉が嬉しいのか?」


「ううん、これ神田くんのファンの娘たちに1000円で売りつけようかと思って……」


「あ、あほーっ!

 あ、でも本当に1000円で売れたら教えてくれ。

 あと10コぐらい四つ折り10円玉作っておくから。

 儲けは山分けな♪」


「あほーっ!」



(でも、うふふ。

 これでまた「神田勇樹観察日記」のネタが増えたわ♪

 しかも実物つき♪)



 みょーな趣味を持つ渋谷涼子であった……







 ――――― ある審判たちの会話 ―――――



 あまり知られていないことだが、高校野球の審判というのはほぼ完全にボランティアである。

 交通費や僅かな日当などは大日本アマチュア野球連合から支給されるが、そんなものは炎天下の長時間労働にはとても見合うものではない。

 さらにプロテクターやマスクなどの用具は全て自前の持ち出しとなっている。

 しかも定期的に行われる審判研修会にも参加しなければならない。


 つまり、アマチュア野球の審判員とは、本当に野球を愛する者たちが行っている奉仕活動なのである。


 夏の大会は平日でも行われるため、彼らはよほどに理解のある経営者の下で働いているか、もしくは公務員や自営業の者が多い。

 そして、それぞれの都道府県で審判員を務める者たちの中から、選ばれた者だけが甲子園に呼ばれて審判を務めることが出来るのだ。

 彼らにとっても甲子園は狭き門であり憧れなのである。




「高円寺さん、第2試合の主審お疲れさまでした。

 それから甲子園派遣審判員候補の連絡が来たそうで、おめでとうございます」


「おお、立川くんか。キミも第1試合の主審お疲れさま。

 でも君だって派遣審判員候補の控えなんだから、私がケガでもすれば甲子園に行けるかもしらんぞ」


「はは、私は来年か再来年でけっこうですよ」


「ところで、私もスタンドからちょっと見させてもらったが、あの日比山高校のピッチャーは凄かったね」


「さすがは高円寺さん。スタンドからでもお分かりになりましたか。

 いやあんなに緊張した審判は久しぶりでした。

 なにしろホームベース手前8メートルでは明らかに高めに外れそうな球だったのが、ベース通過後にはワンバンしてキャッチャーのミットに収まっているんですから。

 それも見事にストライクゾーンを通過して」


「そうか、立川くんがそこまで言うほどのものか……」


「ええ、間違いなく超高校級です。

 というか落ちる変化球に関しては、今すぐにでもプロで通用するかもしれません」


「そうか……

 若いころは二軍だったとはいえプロのキャッチャーだった立川くんがそういうのなら間違いないな」


「あれではキャッチャーのパスボールが多かったのも当然でしょう。

 あのパスボールの多さこそがあのピッチャーの超変化球の証だと思います。

 もし日比山の守備がまともで多少打てるのなら、甲子園でもかなりのところまで行けるでしょうね」


「これは準決勝の日比山高校の試合で主審をする予定の私も、気を引き締めてかからんといかんな」


「ええ、若いころ審判研修会で、いつも『キャッチャーの捕球位置だけ見てストライクボールのコールをするな!』と言われていた意味がよくわかりましたよ」


「はは」


「わたしはたまたま2回戦の日比山の試合でも塁審を務めていたんですが……

 キャッチャーが弾いたり、ストライクゾーン通過後にワンバンしたことだけをもってボールと判定する球審の判定には暗澹たる思いでした……」


「審判にもまだまだレベルが低い者が多いということか……

 ジャッジをしているということだけで自分に酔ってしまって、研鑽を怠る者も多いからな。

 これは我々審判研修会講師の責任でもあるか」


「まあこれからも努力して教育して行きましょう。

 出来ればあの日比山のピッチャーを審判研修会に呼んで実際に投げて貰いたいものですが……」


「はははは」


「それにしても、プロも含めて日本最高峰と言える超変化球を間近で見ることが出来て幸せでしたよ……」


「それではわたしも楽しみにするとしようか……」










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