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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第2章 高校野球篇
28/157

*** 28 上野の進化 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 その後、開発部長さんが部下を3人ほど呼び、上野の体をメジャーで測り始めた。

 立っているときの脚の各部位のサイズ、キャッチング姿勢のときのサイズ。

 それからキャッチング姿勢の写真を山ほど撮っていたよ。


 上野は、元々は柔軟な下半身の関節を生かして、足幅を広くとるキャッチング姿勢を取っていた。

 その体勢からでも内ももから尻までを地面にぺったりとつけて、低いボールを後ろに逸らさないように出来たからだ。


 でも俺はその姿勢を止めさせたんだよ。

 タマがタマに当たって、将来上野に子供が出来ないようになったら可哀そうだから。

 でももし完璧な防具が出来たとしたら、低めの球も投げ放題だな。

 ストライクゾーンからワンバンになるフォークやジャイロとか……

 ま、まあ後は審判の能力次第か……




 部下たちが上野の各種サイズを計測するのをにこにこ眺めていた会長さんが、俺に聞いて来た。


「そうそう神田くん、キミはさっき開発して欲しい用具が3つあると言っていたようだが……

 あとの2つはどのような用具なのかね?」


 はは、開発部長さんも相変わらずギラついた目で俺を見たわ。


「ありがとうございます。

 それではお言葉に甘えまして……

 2つ目はルール上限ギリギリ最大の大きさのキャッチャーミットです。

 もちろんこれもパスボールを減らすための試みですが、どうも最大サイズのものは店で売ってないんですよ」


「だが、それではキャッチャーの手首に負担がかかってしまうぞ。

 特に網の先端部で捕球したときなどは」


「ええ、ですから同時に手首を保護するガードも欲しいんです。

 手を前や左右には自由に動かせても、後方には一定以上動かないようにするガードが」


「ふむ。それならば、アメリカ製のゴルフ練習用品の中に類似品があるな。

 手首を後ろに曲げるのを抑止して、スライスを矯正するのに使われているものだが。

 もちろん前や左右には曲げることが出来る。

 それではそうした器具を付けたままミットに手が入るように、手を入れる部分も少し大きめに作っておくか」


「そんなものがあるんですか」


「ゴルフのルールではラウンド中に使用するのは禁止されているものなんだが、野球のルールにそんなものは無い。

 それどころかね、実は最近大日本アマチュア野球連合からのお達しで、野球選手のケガを減らすための用具の開発を求められているのだよ。

 だから我々が開発した新防具をつけた上野くんが活躍してくれたら、我々の会社の宣伝にもなる可能性があるんだ」


(さ、さすがは経営者だ……)



「それで3つ目の用具はどんなものなのかな?」


「それは実は私のグラブなんです。

 まあ失策を減らすためというよりは勝つための物なんですが」


「ほう、詳しく聞かせてくれたまえ」


「はい……」


 俺は簡単に説明した。




「うーん、神田くん。

 そのグラブにどんな使い道があるというのかね?」


「やはり作るのは難しいですか?」


「いや技術的には難しくはないだろう」


「それではよろしければ、実際に使用する場面をご覧になられますか?」


「ということはキミの生の投球を間近で見られるということかね?」


「はい」



 他の野球部員たちは、秘書さんに連れられてありとあらゆる種類の野球用具の見学に行った。

 そうして俺は、にこにこ顔の会長さんと開発部長さんの目の前で、実際に投球を見せることになったんだ。

 もちろんキャッチャーは置かずに。





「こ、こここ、これは……」

「な、ななな、なんという……」


「いかがでしょうか、ご納得頂けましたでしょうか?」


「あ、ああ、わかった……

 それにしても、キミはこれを実際の試合で試してみるつもりだというのか……」


「実はこの球は、今まではキャッチャーが捕れないために使えなかったんです。

 でも、先ほどお願いしたキャッチャーミットがあれば、実戦でも使えるかもしれません。

 まあ、たぶん東東京大会では使わないと思いますが。

 ですが、もしも甲子園で勝ち進めた場合、最悪3日間で3試合が行われますからね。

 6日間で4試合とか。

 控え投手に不安のあるわが校にとっては、これが最適解だと考えました」


「か、会長……

 もしもそうなれば、野球の歴史が変わるかもしれません……」


「うむ……

 ワシらは野球の大変革に参加出来るのかもしらんの……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 開発部長さんは、なんと2日後の夕方には「新型キャッチャー用防具マークⅠ」を持って来てくれた。

 ちょっと目の下に隈が出来てたから徹夜でもしてくれたんだろう。

 もちろんにこにこした会長さんも一緒に来てくれている。

 俺はロッカールームで早速上野に防具をつけさせた。


「まずはこのアンダーウエアを着用してくれたまえ」


 かなりの厚手のキルティングで出来ているようなアンダーウエアが出て来た。


「クッション材を防具の裏につけようとしたんだが、それよりもこうした形の方がいいかと思いついてね」



 なんとこのウエアにはケブラー繊維が使用されているそうだ。

 そう、あのアメリカのSWATなんかが防弾ベストに使用している素材だ。


「キャッチャーや審判のプロテクターに使えないかと、いくつか防弾ベストを輸入してテストしていたんだが……

 それを切り貼りしてアンダーウエアにしてみたんだよ。

 元の防弾ベストは、たとえ銃弾を受けてもせいぜい軽く殴られた程度にしか感じないそうだ。

 また、上野くんの体形に似たウチの部下に穿かせて試してみたんだが、ピッチャーの球をダイレクトで当ててもアザはつかなかったよ。

 衝撃はあるものの、ほとんど痛くはなかったそうだ」



 すげぇな。

 この時代にこんな先進的な工夫をしていた企業があったのか。



 ケブラー繊維のアンダーウエアの上から、さらに大型のファウルカップがつけられた。

 裏にはゲル状の衝撃吸収材が分厚くつけられている。

 それから薄くて柔らかそうな皮に、弾力性のある小さな金属をたくさん張り付けたプロテクターが上野の太ももの全周に巻かれた。

 はは、まるでドラゴンの鱗だな。


 その上から体格の大きなヤツのユニフォームを借りて穿く。

 裾が余っているが、それは次の試合までになんとかなるだろう。


 よかったな上野。

 お前のちんちん、とんでもなくデカく見えるぞ。

 肉食系女子が集まって来そうだな。



 最後はユニフォームの上から、市販のものに比べて倍近い大きさの膝用プロテクターがついたレガースをつけた。


「どうかね上野くん。

 うちの野球部のキャッチャーによれば、少し動きが阻害されるかもしれないが、慣れればそれほどの負担にならないそうなんだが……」



 その場で立ったり座ったり体を動かしていた上野が笑顔になった。


「なんだかすっごく守られている気がします……」



 その後は、ブルペンの照明だけつけて、試しに上野に投げてやったんだ。


 上野のヤツ……

 ワザと手を上げて内ももにボールを当てて前に弾いてるんだぜ。


「神田先輩。

 肩が暖まったらもう少し速い球をお願いします」



 最後には俺の今の最速、時速158キロのワンバン球を投げ込むハメになっちまったよ。

 その球を急所で止めた上野が俯いたまま動かなくなったもんで、俺は慌てて駆け寄ったんだ。


「上野っ! だ、大丈夫かっ!」


 そしたらさ。

 顔を上げた上野が泣いてるんだわ。


「……ありません……」


「な、なにが無いんだっ!

 キンタマ取れて無くなっちまったのかっ!」


「い、痛くありませんっ!」


「そ、そうか……」


「これならもうワンバン球も怖くありませんっ!

 地面に下半身を着けてキャッチング出来ます!

 だからパスボールを無くせますっ!」


「そ、そうか!」


「あ…… でもセンパイが本気で投げた変化球だったら……

 一試合1つぐらいはパスボールを許して頂けませんでしょうか……」


「今までのお前の頑張りに免じて3つまで許すっ!」


「えへへへ。ありがとうございます……」



「会長、それから部長さんも。

 本当に素晴らしい防具をありがとうございました」


「「「「「 ありがとうございましたっ! 」」」」」



「うん…… うん……」


 あー、会長さん泣いちゃったよ……

 会長さんが泣くほどの防具を作れた部長さんも嬉しそうだわ。



「あの…… 開発部長さん。

 もうひとつ厚かましいお願いがあるんですが……」


「なんでも言ってくれたまえ」


「このケブラー繊維のアンダーウエアなんですけど、胴体と急所が守れるようなタイプの薄手のものを、内野手用に開発して頂けませんでしょうか。

 そうすればボールを体に当てて前に落とすという動作に恐怖心が無くなって、内野のエラーが減るかもしれません。


 あ、甲子園に出場が出来たらの話なんですが……

 それに代金を教えて頂ければ、寄付金からお支払いさせて頂きたいと思います」



 部長さんが会長さんを見た。


「うん…… うん……

 なんでも作ってやってあげてくれ……」


「はっ!

 それにそのアンダーウエアは、今後少年野球チームなどに流行るかもしれんな。

 よし! 薄くて防御性の高いものを開発しよう!」


「それからもう一つ、新用具のアイデアがあるんです」


「ほう!」


「これは急いで必要としているわけではないんですが……

 足の甲や脛に当てる簡単なガードなんか如何でしょう。

 ベルクロテープなどで着脱が簡単な」


「それはひょっとして……」


「はい、内角球を引っ張ったときなんかに、よく自打球が足の甲や脛に当たります。

 あれは痛いですし、場合によっては骨折もするでしょう。

 それをガードするための防具です」



 そうなんだよ、この1970年代って驚くべきことにバッター用のレッグガードが普及してなかったんだよな。



「ふむぅ…… 

 その商品なら、一度でも自打球で痛い思いをした選手は買ってくれるかもしれないな……

 材質は硬質プラスティックとクッションとベルクロテープで十分か……」



「そうそう神田くん、もしよければみんなの使っているヘルメットを見せてもらえないかな」


(他にもなにか防具を作ってもらえるのかな?)


「もちろんです」



 また開発部の若い社員たちが、ヘルメットのサイズをチェックし始めた。

 それも終わると、なにやら考え込んでる部長さんを連れて、にこにこ顔の会長さんは帰って行ったよ。




 その日は、俺は夜遅くまで上野のキャッチング練習に付き合ったんだ。

 ただ、不思議なことに上野のキャッチングが急に上達してるんだ。

 防具に安心感があるだけで、ここまで上達するんかっていうぐらい……

 なんでだ?


「神田先輩…… ちょっとお願いがあるんですけど……」


「なんだ?」


「あの…… 

 変化球を投げるときに声を出してみて頂けませんでしょうか……」


「ん? ま、まあ全然かまわんぞそんなこと」


「それじゃあまず50センチフォークからお願いします」


「わかった。それじゃあ行くぞ。おりゃっ!」



 そしたらさ、上野がミットを微動だにさせないんだよ。


 バシッ!


「ど、どうしたんだ上野!

 ミットを全く動かさずに捕れたじゃないか!」


「もう1球お願いします……」


「あ、ああ。それじゃあ行くぞ、おりゃっ!」


 ビシッ!


 や、やっぱりミットを動かさなかったぞこいつ……


「もう1球……」


「ああ、それじゃ行くぞ、うりゃ!」


 ズバーン!


 うおっ!

 ミットの芯で捕りやがったっ!


「もう1球お願いします。

 あ、今度は声はけっこうです」


「あ、ああ。それじゃあ投げるぞ」


 ズバーン!


「もっとお願いします。

 今は感触を忘れたくないんです」


 ズバーン!

 ズバーン!

 ズバーン!

 ズバーン!

 ズバーン!



「い、いったいどうしたっていうんだ上野!

 なんで急にミットを動かさないでいられるようになったんだ!」


「あの……

 僕、夜暗い中で、照明の光の下で先輩の球受けるの初めてだったんです。

 それで、球が少し見えにくかったんで、あんまりミット動かさなかったみたいなんです。

 それで、投げるときに先輩に声を出して貰って目を瞑ってみたんです」


「!!!

 な、なんちゅーことすんだお前っ!」


「そしたら、ミットを動かさずにいられたんです。

 捕球出来たのはミットの土手でしたけど……

 そ、それで今度は目を開けたら、最後に2~3センチミットを動かすだけで、芯で捕れたんです…… 

 うううっ……

 うわぁぁぁぁぁ~ん!」


 あー、泣いちゃったよこいつ……

 そ、それにしてもなんちゅー信頼感だ。

 それも防具に対する信頼感と、俺の変化球のコントロールに対する信頼感とダブルで……


 こいつ、とうとう「プラトー」を抜けたな……

 とんでもないレベルに進化したわ……


 そうか、きっかけは薄暗い中でのキャッチング練習だったのか……



 そして、その夜俺たちは遅くまで練習をしたんだ。

 俺がありとあらゆる変化球を投げて……










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