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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第2章 高校野球篇
24/157

*** 24 夏の全国高等学校野球大会開幕 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……





 新入部員が日比山の練習に馴染んだ頃、俺は上野と2人でブルペンにいた。


「それじゃあキャッチングの練習を始めよう」


「はいっ!」


(こいつ、目をキラキラさせちゃってまあ……)


 そうして上野に例の防具を全部身に着けさせたんだ。


「まずは防具を信頼する練習だ。

 俺が緩いストレートを投げ込むから、防具に当てて弾いてくれ」


「はいっ!」


 最初の5球ほどは怯んでいた上野も、どんどん体に当てることに慣れて行った。

 そして、2日もすると、堂々と座ったまま体のどこに球が当たっても動じなくなったんだ。


 次はストレートのキャッチングの練習だ。

 これも上野は上手だったよ。

 さすがの「キャッチャー適正」偏差値102だ。

 俺が投げる150キロまでの球は、ほとんど捕球出来てたしな。

 でも158キロになって、少し球が浮き上がるとミットの上側の土手に当てることが多くなったが。

 でも前に弾くんで特に問題は無かった。

 1週間もすると、スパンスパンといい音がするようにもなったし。



 でもさ、思わぬ障害があったんだ……


 こいつ、変化球に対しては、どうしてもミットを動かしちゃうんだ。

 例えば投げ出し真ん中高めに投げたフォークに対して、せっかく低めに構えていたミットを上に上げちゃうんだよ。

 カーブなんか投げ出し方向が右打者の内角高めなもんだから、思わず立ち上がって内角高めにミットを持ってっちゃうし。

 それか、いつでも立ち上がれるように中腰になるとか。


 それで不思議に思って聞いてみたんだけど、上野が中学生時代に球を受けてたピッチャーって、球威はけっこうあってカーブもそれなりに曲がったんだけど、コントロールが悪かったんだと。

 だから上野は投げ出し方向を見て、急いでミットをそっちに動かすことに慣れていたんだ。


 それで、見たことも無いほど大きな変化を見せる俺の変化球に対しても、どうしてもミットを動かしちゃうんだそうだ。


 でも、そんなのは慣れの問題だろうから、俺の球をたくさん捕球すれば進化していくだろう。

 俺たちはそう思っていたんだよ。



 でも……

 中学の3年間で身についた技術を、たったの数週間で覆すのは容易じゃなかったんだ。

 キャッチャー適正が高いのもむしろ逆効果だったのかもしれん。

 どこに来るか分からないノーコンピッチャーの球を後逸しないために、ミットを縦横無尽に動かすことに適応しちゃってたんだものな。


 中学生の投げるような遅い球だったらそれでもなんとかなるんだろうけど、俺の変化球はカーブですら140キロは出てる上に、変化幅が1メートル超えてるからなぁ。

 投げ出しから捕球まで0.5秒でミットを1メートル以上動かすのって、まあ無理だわ……



 上野は随分と悩んでいたよ。

 吉祥寺先生もしょっちゅうブルペンに来て上野にアドバイスをしてくれていたし。

 俺は、ゴールデンウィーク中は50%の力の変化球を毎日200球ほど投げ込んでやったけど、それでもまだ上野のミットは動いちゃったんだ。


 でも俺は気にしなかった。

 こいつの根性と向上心なら、遠からずミットは動かなくなっていくだろう。


 ただ、俺は上野に対して、下半身の柔らかさを生かして太ももからケツまでを地面にぺったりと付けるキャッチング姿勢は止めるように言ったんだ。

 上野は股間を抜けるパスボールを避けるためにそうした姿勢を取りたがったんだけど、タマにタマが当たってケガでもされたら、1か月は練習が出来なくなるだろうからな。

 万が一将来子供が出来なくなったら大変だし。



 それでもどうやら5月末ごろには、上野も50センチフォークを5割ほどの割合で捕球出来るようになってきたんだ。

 残りの4割は防具に当てて弾いて、1割は股間を抜けるパスボールだったけど。


 まあ、2ストライクまでかランナーがいなければ、これでどうにか実戦でも50センチフォークは投げられるだろう。

 80センチフォークもなんとか。


 でも、20センチ落ちのカットボールはさらに大変だったよ。

 ベース手前3.5メートルから変化するんで、いったん上げたミットを下げるのが間に合わないんだ。

 だからいつもミットの下側の土手に球を当てていたわ。

 それが跳ねて股間や太ももにもよくボールを当ててたし。



 このころの上野は少し焦ってたな。

 脳がミットを動かせって指令するのに逆らえないんだったら、いったん動かしたミットを球の変化に合わせて速く動かせばいいと思ったようで、肩や腕の筋トレを随分頑張っていたんだ。

 もちろんその努力も少しは実っていたけど。


 その点、チェンジアップはなんとかなったよ。

 球速そのものが遅いから。


 カーブは難しかったわ。

 球速はそんなに速くないけど、変化そのものが大きいから、ほとんどがパスボールになっちゃうんだ。

 それにカーブって、曲がりを小さくするとコントロールが難しくなるし。

 ついでに球速まで遅くなって打ちごろの球になっちゃうから。

 ということで、カーブはランナーがいないときの2ストライクまで限定だな。


 そしてジャイロはさらに難しかったんだ。

 曲がり始めてから伸びるから、どうしてもミットの移動が間に合わないんだよ。

 いくら頑張ってもミットの芯で捕球は出来なかったわ。

 土手に当てて弾くことも多かったし。



 そんなある日、俺はロッカールームで上野の脚を見て心底驚いたんだ。


「おい上野! そこに立ってよく脚を見せてみろ!」



 悲惨だったよ……

 太ももや脛の横に大小さまざまな青アザが無数についてるんだ。

 中には同じところに当たったのか、紫色や黒くなってる部分もあった。


「上野…… どうしてお前、痛がらなかったんだ……」


「こ、こんなアザ、大して痛くありませんっ!

 そ、そんなことよりパスボールの方がよっぽど痛いですっ!」



 あー、上野の目の端に涙が滲んでるよ……

 今度は苦痛耐性のレベルの高さが裏目に出たか……


 俺は上野を横にさせて、マッサージで治してやろうと思った。

 でも……


 これ、やろうと思えばアザそのものを消すのは簡単だけど……

 ただそれはいくらなんでもマズイだろう。

 傍から見れば魔法みたいだから。

 ま、まあ実際に魔法なんだけど……


 それで俺はとりあえず苦痛だけを遮断して、後は大きな毛細血管だけを修復してやったんだ。



 それからは毎日練習後に上野の脚をマッサージしてやることになった。

 まあ実際には魔法だけど。

 練習のときにも『痛覚遮断50%』をかけてやってたし。



 そうこうしているうちに6月になった。

 夏の全国高校野球大会、東東京予選が始まるまであと1か月と少しだ。

 そして、とうとう実戦に備えた薄い防具での練習を始めざるを得なくなったんだ。


 まずは急所の保護だ。

 上野の母ちゃんが、8枚重ねのタオル地で相撲取りのまわしのようなものを作ってくれた。

 大事な息子の大事な息子を守るために、何度も工夫しながら作り直してくれていたらしい。

 その上から最も大きくて固いファウルカップに、さらに綿を張り付けたものを当てる。


 大腿部の保護については、最初は日本の鎧の佩楯はいだてって呼ばれる脚部ガードみたいなもんを作ろうとしてみたんだけどさ。

 これ大腿部の前面をカバーするためのもので、いわゆる内股部分は保護出来ないんで諦めたよ。


 次に、厚いジャージにたくさんの金属片を縫い付けたものを作ってみた。

 まあ、西洋甲冑の大腿部分を参考にしたりしたけどな。

 その上からもう一枚ジャージを穿いて、さらにその上からユニフォームを着させてみたんだ。


 でも…… やっぱり大した防御力にはならないんだ。

 まあ、なんにもつけていないよりはよっぽどマシだけど。


 それでも上野は頑張った。

 まあ『痛覚遮断50%』のおかげで痛みはそうでもないんだけど、でも青アザが出来るのは防げなかったんだ……



 つま先の保護については、やや薄い鋼鉄版を使うことにした。

 湾曲していてベルクロテープで靴の上から装着するものだ。


 アームガードはアイスホッケーのキーパー用のものを少し小さく削って使うことにしたし、ショルダーガードも同様だ。

 それから手首の保護には、今まで通り薄い革製手袋の上からガチガチにテーピングをする。


 ネックガードについては悩んだんだけどさ。

 万が一俺の最速ストレートがマスクに当たるとヤバイから、やっぱり使うことにしたよ。

 それでむち打ち症患者用のギプスを小さく削って、薄い鉄板を張り付けたものを作ったんだ。

 もちろんプロテクターの裏には細い鉄板を何枚も張ったし。


 見た目はちょっと大げさで恥ずかしくはあるんだけど、上野はそんなことぜんぜん気にしなかった。

 そんなことより如何にパスボールを減らすかに悩んでいたからな。


 この試合用の防具での練習も徐々に増やしていったし、上野のミットも少しずつではあるけど動かなくなって行ったんだ。




 とうとう夏の大会が始まった。


 俺は気合を入れるために、天使さんたちに頼んでモントリオール・オリンピックのときと同じ「ソフトモヒカン」にしてもらった。


 翌日新木場グラウンドの食堂で帽子を脱いだら、新橋が飲みかけの茶を吹いた。

 それから誰も俺の近くに寄って来なくなった。

 なんでだ?




 俺たちの初戦は7月10日、神宮第2球場で行われる。

 対戦相手は同じ都立の進学校だ。

 まあ、強豪校じゃなくってよかったよ。


 でも……

 俺もうっかりしてたんだ。

 俺たちって、練習に没頭するあまり、練習試合をしてなかったんだわ。

 俺も練習試合はもう少し守備が上手になってからって思ってたし。


 だから新チーム初の公式戦に、みんなガチガチよ。

 自分たち以外のユニフォーム見るのも、10か月前の全体大付属戦以来だし。

 しかもあのときは今の2年生は誰も試合に出てなかったし……

 あー、ベンチの御茶ノ水先生まで緊張で手が震えてるわー。



 まあ、俺のピッチングは無難だったよ。

 相手も打てないから、150キロのストレートで十分だったし。

 でもさ、初回に50センチフォークを投げたとき、完全にストライクゾーン通ってるのに、球審がボールって判定したんだぜ。

 上野の捕球位置が低かっただけで。


 こいつ……

 ストライクゾーンの通過を見ずに、キャッチャーの捕球位置だけ見てコールしてるな。

 なんて未熟な審判なんだよ。


 それで投げ出し真ん中高めのボール球に見えて、ど真ん中に構えた上野のミットに収まるフォーク投げて審判を試してみたんだけど、すっげぇ躊躇いながら「す、ストライク?」とか自信無さげにコールしてたし……


 やっぱり予選1回戦だと審判も未熟なんだな……

 まあ、フォークなんて見たこと無かったんだろうけど。


 カーブもダメだったよ。

 やっぱり上野の捕球位置見てコールしてるから、どんなにストライクゾーン通ってても、全部ボールってコールされるんだ。

 さらに上野が球を弾いただけで全部ボールって言うし。


 はぁ、まさか審判の未熟さでこんなに苦労するとはな。


 チェンジアップ投げたときなんか、ボールを見失ったせいで、すぐ「ボー」って言ったんだぜ。

 どうやら偽投球だと思ってボーク扱いの「ボール」って言いかけたんだけど、それからすぐに球が見えたんで、途中で止めたらしい。

 でも判定は変えずに結局ボールよ。

 顔が赤くなってたけどな。


 アタマに来たんでもう1球チェンジアップ投げてやったら、さらに真っ赤になってたわ。

 今度はなにも言わなかったけど……



 俺も審判の未熟さだけはどうにも出来ないから、それからはストレート主体に投げたんだ。

 145キロと150キロと155キロをコーナーに投げ分けるだけで、けっこう打ち取れるのな。


 5回からは、もうヒットは無理だと思った相手がセーフティーバント攻勢を仕掛けて来たんだけどさ。

 でも内角に155キロの球投げられたら、普通の高校生だとバントすらまともに出来ないんだ。

 それでも10回に1回ぐらいはバント出来るんだけど、それが俺の守備位置じゃなくって内野の前に転がると、緊張でテンパってる内野陣がエラーしまくるんだわ。

 俺の球が速すぎてボールの勢いが殺せなくって、速い打球が飛んだりするもんだから、内野が弾いてランナーが出ちまうんだ。


 そんなこんなで、両校合わせて15のエラーが飛び交う中、なんとか試合が終わったんだわ。

 ストレートが多かったから上野のパスボールは3つで済んだよ。



 ん?

 試合結果?

 俺がホームラン2本打ったんで、2-0でウチの勝ちだったぞ。

 まあ第3打席は敬遠だったんだけどさ。

 対戦相手は敬遠の練習すらしてなかったみたいで、ワイルドピッチまでしてたわ。

 ついでにエラーでランナーは出したけど、ヒットは打たれてないからノーヒットノーランか……



 それにしても……

 今日はなんとかなったけど、次の試合が思いやられるなあ。

 試合会場は観客席の小さい区営球場だからチームのみんなもあんまり緊張しないだろうけど、なんせ相手が第2シードだからな。

 また審判も未熟だろうし……










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