*** 20 新1年生練習見学会 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
校庭には40人ほどの新1年生がいた。
今日は新入生のための部活見学の日で、この1年生たちは野球部を見に来てくれている。
「ようこそ野球部の見学会へ。
俺がキャプテンの神田だ。
他の部員たちは新木場にあるグラウンドで練習しているので、今日の校庭での見学会は俺が対応させてもらう。
それじゃあみんな、簡単に自己紹介をしてくれ」
何人かが順番に名前と出身中学、そしてポジションを言った後、少し小柄なやつが大きな声を出した。
「○○区立○○中学から参りました上野信哉と申します!
ポジションはキャッチャーでした!
今日は部活見学の日ですが、実際に入部を希望しています!
よろしくお願いいたしますっ!」
お、キャッチャーか。
ちょっと期待しちゃうけど、期待しすぎるとガッカリも大きいから……
でもちょっと詳細鑑定してみるか……
な、なんだこいつ!
『キャッチャー適正』が偏差値96だと!
ま、まさにキャッチャーをするために生まれて来た男!
いやいやいやいや。
なんか問題もあるかもしらん!
もっと詳細に鑑定しよう……
『苦痛耐性』は…… うわっ! きゅ、95もあんのかよ!
じ、じゃあ『傷害耐性』は…… うわわっ! 98っ!
じゃあ『向上心』は…… こ、これも92っ!
ついでに『意志力』は…… ひ、102っ!
な、なんだこいつ…… バケモンか?
ま、まあ俺よりは劣るけど……
俺って勇者補正でこのテの数値は軒並み4ケタだから。
でもこいつも、フツーの人族の中ではかなりの高数値だよ……
な、なんか弱点は……
あ、『体力』が62ね。
でも優に平均以上だし、まだ15歳なんだから仕方ないよな。
『打撃適正』は59か。で、でも鍛え甲斐があるってことだ。
うーんうーん。
こ、こいつは大事に育ててやろう……
お、自己紹介が終わったか……
「新入生諸君、諸君を大いに歓迎する」
「おい、このひとだよな、マラソン金メダルの……」
「や、野球部にいるのか」
「なんかすっげぇガタイだ」
「今はマラソンやってないのか……」
「っていうことは、俺たち入部したらすっげぇ走らせられるのかな……」
「あー、静粛に。
それじゃあ君たちも知りたいだろうから簡単に自己紹介しよう。
俺は5歳のころから野球の練習をしていた。
それで中学に入ってから野球の練習の一環として長距離走を始めたら、たまたま適性があってそれなりに走れてしまったんだ」
((((( ……(それなりだって)…… )))))
「それでオリンピック後には本格的に野球の練習を始めたんだが、残念ながら去年の秋までは、アフォ~なコーチのおかげで日比山高校野球部は超弱小野球部だった。
そして俺も、コーチに逆らったおかげでベンチ入りすら出来なかったんだ。
だが、そいつを追い出してこの野球部は変わった」
((((( ……(追い出したのかよ)…… )))))
「それ以来、我々は極めて科学的で合理的な練習を重ねて来ている。
そして、今年の夏か来年の夏、本気で甲子園を目指しているんだ」
((((( ……(マジかよ!)…… )))))
「冗談ではない。
実は我々には他の高校には無い有利な点がある。
それはピッチャーである俺の存在だ。
したがって、部員たちの目標は、普通に守備が出来て普通に打てるようになることだ。
ファインプレーは要らない。打率も2割以下でいい。
それでも、甲子園に行ける可能性はかなりあると思っている。
これからそれを実証してみよう」
((((( ……(なんかすっげぇ自信だ)…… )))))
「それではそこのホームベースの横に引いた白線の左右に5人ずつ並んでくれ。
ちょうどバッターボックスの一番外側と同じ距離だからよく見えると思う。
そこで順番に俺の投げる球を見て欲しい」
((((( ……(お、いきなりキャプテンの投球が見られんのか)…… )))))
「あの、キャッチャーがいないんですけど……」
(ほう、上野くんが発言したか)
「実は困ったことに、つい最近3年生のキャッチャーが辞めてしまったんだ。
だから現状夏の甲子園出場に暗雲が垂れ込めている。
よって、もし君たちの中にキャッチャー希望者がいたら、すぐにレギュラーになれる可能性が非常に高い。
俺も期待している」
「あ、あの……
今日はミットを持って来ています。
もしも防具を貸して頂けたら、私にキャッチャーをやらせて頂けませんでしょうか……」
「いや、申し訳ないんだが、今日は遠慮してくれないか。
なにしろこれから俺はみんなに全力投球を見せるつもりだからな。
俺は人殺しにはなりたくないんだ」
((((( !!! )))))
「それじゃあ投げるぞ。
まず最初は俺の80%の力のストレートだ」
時速145キロの球が飛んでいき、ホームベースの後ろのマットに当たった。
あー、全員腰抜かしてるわー。
「次は90%の力だ」
時速150キロの球が唸りを上げて飛んで行った。
あはは、腰抜かした連中が後ずさりしてるよ。
「次は100%、俺の全力投球だ」
時速158キロともなると、空気中を進むだけでかなりの音がする。
あ、『気配察知』によると、何人かチビったな……
「ほんとは変化球もいくつか投げられるんだけど、打席から遠いと変化がよくわからないんだ。
もしくはベースの後ろから見るとかじゃないと。
だから今日はストレートだけな」
そうして俺は10球ほどのストレートを投げたんだ。
「それじゃあ次の10人と交代してくれ」
上野くんが打席近くに立った。
俺は同じように全力の球を投げ込む。
おー、他のみんなが同じように腰抜かしてるのに、上野くんだけは立ったままだわ。
しかも目がキラキラしてるぞー。
俺のデモンストレーションが終わった。
「今の球が、俺たちが甲子園に行くための最大の武器のひとつだ。
それでは、今度の日曜日には、新木場にあるグラウンドでの練習見学会を行うので、希望者は見に来て欲しい。
集合は有楽町線新木場駅の改札口を出たところで、朝8時半としよう。
俺とこちらの渋谷マネージャーが待っているだろう。
そのときは昼食の弁当を忘れずにな。
それでは今日は我が野球部の部活紹介に来てくれてありがとう。
諸君らが入部してくれることを心から期待している」
日曜の朝、新木場駅の改札に来た1年生は25人だった。
もちろん上野くんも来ていたよ。
でもこいつ、自転車で来たのか。家が近くなのかな?
どうやら校庭での見学会のときには、キャッチャー希望者があと2人いたようなんだけど、俺の球を見てとてもじゃないけどあんな球無理だって思って入部を諦めたらしい。
ま、まあ上野くんがいれば大丈夫だろう。
見学の新入生がグラウンドに揃ったところで田町先輩が声を出した。
「それじゃあ練習を始めるぞー。
その前に、筋肉にハリがあるやつはいるかー」
セカンドの大崎が手を挙げた。
「すんません、昨日から腿の裏側がちょっと張ってて……」
「よしわかった。神田、マッサージを頼めるか」
「了解です」
「他のメンバーは、まずストレッチから始めるぞー」
「「「「「 おう! 」」」」」
「それじゃあ1年生諸君。
今日の見学の案内は俺がするけど、その前にマッサージがあるから見ていてくれないか」
俺は室内練習場に向かった。
新1年生がぞろぞろとついて来る。
あー、大崎のヤツ、歩き方がかなりぎこちないじゃないか……
これ、筋肉の張りは少しじゃないな……
「すげぇ、室内練習場だ……」
「けっこう広いな……」
「これなら雨が降っても練習出来るのか……」
俺は地面にマットを敷いて大崎のマッサージを始めた。
「おい大崎、これけっこうキてるぞ。
今日は練習休んで補助に回ってくれ」
「すまねぇ神田。昨日ちょっと筋トレで無理しちまった」
「無理するとその分練習が出来なくなるからな。却って非効率だぞ」
「あ、ああ、これから気を付けるよ」
「キャプテンがマッサージとかしてるよ……」
「いつもしてるのかな……」
「俺はオリンピックの時に現地でスポーツドクターさんにマッサージを教えてもらったんだ。
そのとき他にもいろいろ教わったんでな。部員の体のケアは俺の仕事なんだ」
「すげぇ……」
「オリンピック仕込みのアスリートケア……」
10分ほどでマッサージが終わった。
「サンキュー神田。だいぶ楽になったよ」
「でも無理するなよ、今日はみんなの練習補助を頼んだぞ」
「おう」
グラウンドに戻ると、まだみんな練習前の動的ストレッチをしていた。
「な、なんか変わった準備体操だな……」
「うん、こんな準備体操見たこと無いよ……」
「これは動的ストレッチといってな、筋肉を目覚めさせるとともに、関節の可動域も広げる練習なんだ」
「あの、普通の準備体操はしないんですか?」
「いわゆるラジオ体操みたいな体操は、ほとんどが全く意味が無いかむしろ有害だったりするんだ。
だから、専門家に教わった動的ストレッチしかしてないよ」
「な、なんかすげぇ……」
「因みにヒトの体って、朝起きてから4時間は経たないと最高のパフォーマンスが発揮出来ないんだ。
だからみんな朝5時に起きて、勉強してから練習に来てるぞ」
「す、すげぇ……」
「そこまで考えてるんか……」
田町先輩が大きな声を出した。
「よーし、体を温めるためにランニンググラウンド1周だ。
それが終わったらキャッチボールを始めよう。
いつも通り最初は10メートルから初めて、徐々に間隔を空けて最後は40メートルキャッチボールな」
「「「「 うぃ~っす! 」」」」
ランニングが終わると、辺りにはスパンスパンといい音が響き始めた。
うーん、みんな少しはマシな音させるようになってきたなぁ……
「それじゃあ次はワンバンキャッチボールな。
最初は余裕を持ったワンバンで、だんだん相手に近いところでワンバンさせて、最後はショートバウンドだぞ」
「「「「 うぃ~っす! 」」」」
「よーし、それじゃあ次は守備練習を始めよう。
当番はマシンの準備をしてくれ」
「あ! ピッチングマシンだ!」
「こ、これもすげぇ!」
「そんなもんまであるのか……」
「公立高校なのに……」
「このマシンはアメリカから買って来た最新最高級のマシンでな。
守備練習にも使うことを想定して、最高速度200キロの球を打ち出すことも出来るんだ」
「「「 !!! 」」」
「あの、高校野球部ってそんなに予算があるんですか?」
「いや、ほとんど無いぞ。
でも実は我々には強力なパトロンがいてな。
神保通商株式会社の神保社長さんっていうんだけど、俺の両親はそこの社員なんで俺も生まれた時から世話になってるんだ。
この球場もそのほかの施設も、全部神保通商のものなんだけど、俺たちに貸してくれてるんだよ」
「そ、そんなすごいパトロンさんがいるんですね……」
「そのひと高校野球が大好きでな。
俺たちが甲子園に行くためだったら、なんでもしてくれるって言うんだわ」
((((( ……………… )))))
守備練習が始まった。
「それじゃあまずはサードから行くぞ!
最初はいつものように緩い打球でだんだん難易度を上げて行くからな。
それじゃあ大崎、頼んだぞ」
「はい」
ホームベース上に設置されたピッチングマシンがサードに向けて時速30キロほどの球を打ち出し始めた。
「ピッチングマシンを守備練に使うなんて……」
「ノックで守備練すると、余程のコーチじゃないと打球のコントロールが出来ないからな。
だからこの方が効率的なんだよ」
サードに向かって緩い球が転がって行く。
まあボテボテのゴロのスピードだな。
サードが数歩前に出て捕球し、1塁に送球した。
それが数回繰り返されると、徐々に球が左右に散らされ始めた。
これもサードはなんとか捕球している。
「おーい、ちょっと腰の位置が高いけど、筋肉痛でもあるんか?」
「い、いえすいません、つい……」
「それじゃあ続けてくれー」
「はい!」
15球ほど緩い球を捕球した後は、徐々に球速を上げていく。
最後はライナーが5回ほど発射された。
「よーしお疲れー。それじゃあ次はショートな」
「お、おい。守備練終えたひとが水飲んでるよ!」
「あ、なんか食べた……」
「練習中に水飲んでいいんだ……」
「それも勝手に……」
「食べてるのは食塩の塊だ、
それに、慣れてくると、今自分にどれだけ水分や塩分が足りないかわかるようになってくるんだ。
だから、自分で適量を摂取するんだよ。
でも最初のうちは、『のどが渇いてから水を飲むのではなく、のどが乾かないように小まめに水を飲む』っていうのを忘れんようにな」
((((( ……………… )))))
「あ、あの、神田さん。
サードの守備練習ってあれだけなんですか?」
「30本も無かったと思うんですけど……」
「あれ以上やると、疲れで捕球フォームが崩れて練習の意味が無くなるんだ。
まあ少し休んだらあとで60球ほど連携プレーの練習もするけど」
「そ、そんなんでいいんですか?」
「あー、よく考えてみ。
実際の試合でサードゴロが50本とか有り得ないだろ。
アウト27個で基本試合終了なんだから。
それに、試合前は激しい練習を控えるから、試合中のコンディションはほぼ最高なわけだ。
だから、『最高のコンディションで集中して行う練習』はせいぜい30回で十分なんだよ。
それプラス、ウォームアップもあるから今ぐらいでいいんだ。
その代わり、みんな試合中と同じようにかなり集中してるぞ。
それに30球しか練習出来ないと思うと、さらに集中するからな」
((((( ……………… )))))
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