*** 17 トレーニングコーチ就任 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
「さて、野球部の諸君。
これからはキャプテンの田町君を中心に、自分たちで考えて練習していきなさい」
あーなんか先輩たちが戸惑ってるよー。
やっぱり自分で考えた練習ってやったことがないんだろうなあ。
俺なんか野球に関しては自分で考えた練習しかしたことがないぞ。
「そこで神田くんから諸君に提案があるそうだ。
是非聞いてやってくれ」
「はい。
結論から言いますと、みなさん甲子園を目指してみませんか?」
「「「「「 !!!!! 」」」」」
「む、無理だ……」
「そ、そんなの才能のあるヤツが毎日何時間も練習して……」
「夏休みも正月も毎日練習して……」
「いえ、みなさんには非常に有利な点がひとつあります。
みなさんは、単に普通に練習して、普通に打てるようになって、普通に守備が出来るようになってください。
毎日夜遅くまでの練習は必要ありません。
だいたい我が校には照明設備がありませんからね。
それに打率3割も要りません。2割以下で結構です。
それから守備もファインプレーは要りません。
ただ、緩いゴロは確実にアウトにして下さって、平凡な外野フライを確実に捕球して下さるだけで十分です」
「そ、そんなんで甲子園に行けるのか?」
「あれ?
今日の練習試合ご覧になっていなかったんですか?
たぶん俺が投げて打ったら甲子園行けますよ?」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「それで、【甲子園に行くための練習】についても、俺からいくつかの提案があるんですけど聞いて頂けませんでしょうか」
田町キャプテンが俺を見た。
「是非聞かせてくれないか」
「ありがとうございます。
まず【甲子園に行くためにその1】なんですが……
実は野球の動作って非常に難しいものが多いんです。
特に守備のうちのいくつかの動作とバッティングですね。
これら動作を身に着けるためには反復練習が欠かせないんですが、これは週3回100回ずつ行うよりも、毎日30回ずつ行う方がずっと効果的なんです。
ですから練習は毎日にしてみたらいかがでしょうか」
「ま、毎日って……」
「そ、そんな……」
「第一練習する場所が無いじゃないか!」
「それにそんなに練習したら、疲れ切っちゃって他になんにも出来ないじゃないか!」
「練習場については、私の知り合いが今場所を探してくれています。
たぶんなんとかなるんじゃないかと言って下さっています。
それからこれは、【甲子園に行くためにその2】でもあるんですが、これからは疲れない練習メニューを考えたいと思います」
「そ、そんな練習方法があるのか?」
「あります。
これはアメリカの高校生やメジャーリーガーの練習方法を参考にしたんですが、彼らは決して疲れ切った状態では練習をしないんですよ。
ピッチャーは1日80球から多くても120球ほどしか投げません。
もちろん肩のウォームアップを含めてです。
また、個別の守備練習も日に30回程度しか行いません」
「そ、そんな方法で上達出来るのか?」
「そうした回数制限をされると、却ってひとつひとつの練習を大事にするようになって集中するようになるために、効果は高いそうです」
「「「「「 ………… 」」」」」
「それから、【甲子園に行くためにその3】として、世界最新のトレーニング方法を導入したいと思います。
まずはストレッチですね」
「ストレッチ?」
「それって準備体操みたいなものか?」
「準備体操とはかなり異なります。
例えばみなさんはアキレス腱を伸ばすときに、勢いをつけながら何度もかかとを地面に付けていますよね。
あれは効果が無いだけでなく、アキレス腱断裂の危険すらあります。
ですから、ゆっくりとかかとを地面に向けて降ろし、そのままの態勢を維持するんです。
これがストレッチです。
まあ、今度実際にわたしがやって見せましょう。
基本的には、全身の腱や筋肉を伸ばす動作と関節の可動域を広げる動作になります。
そして、このストレッチを練習前と練習後にみっちりと行います。
練習前の動的ストレッチはケガ防止と関節の可動域拡大のためであり、練習後の静的ストレッチは筋肉をケアすると共に溜まった疲労物質の排出を促す効果がありますので」
「「「「「 (知らない言葉だらけだ……) 」」」」」
「それからもうひとつ、疲れないで練習するための方法ですが、練習中は水を飲むのを自由とします」
「「「「「 !!! 」」」」」
「その代わり、水を飲んだ時には必ず塩分も取ってください。
塩分を取らずに水ばかり飲んでいると、すぐに体内塩分濃度が低下して、最悪気絶するか死にます」
「そ、そんな……
練習中に水を飲んでる高校生なんか、どこにもいないぞ!」
「それは日本だけの話ですね。
なぜ日本の指導者がそんな愚かなことをしているのか理解出来ません。
世界最高峰のマラソンランナーは、たった2時間少々のレース中に最高8回も水分を摂っていますよ。
もちろん練習中にも5キロおきに水分を摂っています」
「「「「 ……(そういえばこいつ、オリンピックマラソンの金メダリストだった)…… 」」」」
「そ、そんなんで根性が鍛えられるのか?」
「根性は鍛える必要はありません。
根性を鍛える必要があるのは格闘技ぐらいなものでしょう。
我々には単に野球能力を伸ばす練習が必要とされるだけです。
そういえば、わたしはマラソンのための練習をしているときに、コーチから何度も何度も言われました。
『足が痛くなったら根性を出すな! すぐに走るのを止めろ!』
『筋肉痛の時に根性を出すな! その日の練習を止めろ!』と」
「「「 !!!! 」」」
いずれも2つの目的があるそうです。
一つ目は言うまでもなく、故障しないため。
もう一つはそんな状態で無理をして練習をしても、効果が無いからです。
もちろん水を飲まなくても塩分を摂らなくても怒られましたよ」
「そんな練習で金メダルが取れたって言うのか……」
「はい、そんな練習だからこそ金メダルが取れました」
「「「「 ……………… 」」」」
「また、筋肉痛にならないためには、ストレッチだけでなく、練習後にクエン酸と野菜ジュースの摂取が重要でした」
「クエン酸?」
「ええ、夜の間に筋肉に溜まった疲労物質を排出するクエン酸サイクルのために必要なクエン酸の補給です。あとビタミンも。
クエン酸はレモンに多く含まれていますが、レモンは高いですからね。
薬局で売っているクエン酸粉末で十分でしょう」
「「「「「 (またぜんぜん知らない言葉だ……) 」」」」」
「それから、【甲子園に行くためにその4】として、筋トレを始めましょう」
「そ、それって腕立て伏せ100回を毎日とかか?」
「いえ、それはあまりにも効率が悪いです。
いま世界で最先端の筋トレは、『自分が6~8回持ち上げられる最大重量のウエイトを持ち上げる』というものです。
これを日に2セットやって2日休んで3日後にまた行います」
「たったそれだけで効果があるのか?」
「あります。
わたしは、そうしたトレーニングを1か月続けてみました。
そのときの筋肉量の増大幅と比べてみるために、日に1000回の腕立て伏せを1か月続けてみましたが、ウエイトトレーニングの方が遥かに効果がありましたね。
たぶん、自分の体重では負荷が足りないんでしょう」
「「「「「 !!! 」」」」」
「まあ、最低10か所、出来れば30か所の筋トレを行うために、それなりに疲労しますけど。
ただ、最も重要なのは、実は筋トレ後の食事なんです」
「食事?」
「はい、筋トレ後は大量のタンパク質を摂取する必要があります。
筋トレは、『トレーニング3割、食事7割』と言われていますから」
「に、肉を喰うのか?」
「いえ、大豆で十分です。
私は家で筋トレをした後は、ミキサーで砕いた大豆に水と牛乳と塩を加えたものを飲んでいます」
「そ、そうか……」
「以上が俺の提案する【甲子園に行くための練習】の方法です。
みなさん、甲子園に行ってみませんか?」
沈黙が広がった。
その沈黙を破ったのは田町キャプテンだった。
「お、俺は感動したよ。
確かに神田の言う練習と神田自身がいれば、東東京大会ベスト8も夢じゃないだろう。
俺たちが頑張ればその先も……
俺は是非その練習方法に取り組んでみたいと思う」
「ありがとうございますキャプテン……」
「それで俺からも提案があるんだが、聞いてくれるか?」
「もちろんです」
「なあ神田、お前キャプテンをやってくれないか?」
「「「「「 !!!!! 」」」」」
「いや、恥ずかしながら俺はいままで練習メニューなんて考えたことが無かったんだ。
さっき、吉祥寺先生にこれからは自分たちで練習方法を考えろって言われたときに、途方に暮れていたんだ。
それなのに、神田は中学生のころから自分で練習方法を考えて、それであんなに凄い球を投げられるようになったんだろ」
「ええ」
(実際には3歳のころからだけど……)
「だからさ、恥ずかしながらの追加で申し訳ないんだが、お前にキャプテンになってもらって、お前の練習方法で俺たちを導いてもらいたいんだよ」
「…………」
「どうかお願いできないものだろうか……」
「それではこういうのはいかがでしょうか。
田町先輩は今まで通り全体キャプテンでいてください。
そして俺がトレーニングコーチになります」
「トレーニングコーチ……」
「そうです、練習方法を設定するコーチです。
それで如何ですか?」
「そ、それならなんとか……
みんなもそれでいいか?」
「「「「「 はいっ! 」」」」」
「「「「「 ………… 」」」」」
あー、なんか1年生は目がキラキラしてるけど、2年生は複雑な表情だよー。
理由はよく分からないし推測するしかないんだけど、この時代のスポーツ界ってヤタラに『年功序列』を重んじるんだ。
実力が逆転していようがなんだろうが、1つでも歳が違うと必ず『命令する側』と『命令される側』に分かれてたし。
大学の体育会なんかでは、『1年奴隷、2年兵隊、3年将軍、4年神さま』なんていう言葉まであったんだぜ。
まあ、2019年の今でもアホな会社はそうだけどな。
まあたぶん、類人猿400万年の遺伝子がヒエラルキーを欲しているんだろう。
ったくサルどもめ……
ついでに言えば、不思議に思ったことないかな。
なんで9月のあの祝日って、『老人の日』じゃあなくって、『敬老の日』って言うんだろうって。
なんで老人を敬わなきゃなんないんだ?
それ、世界でも中国東北部と朝鮮半島と日本にしか無い極めて珍しい道徳だよな。
せめて『老人感謝の日』ぐらいでいいんじゃね?
つまり、年長者の命令に従うだけじゃあなくって、若年者は年長者に尊敬まで押し付けられてるワケだな。
だから、この田町キャプテンの発言は、当時の高校生にとっては相当に衝撃的だったんだよ。
まあ、「年長者がコーチになる」っていう時代が、これから「そのスポーツが上手な者がコーチになる」っていう時代になって行くんだけど、それでも十分じゃないよな。
あの長〇選手が子供たちに「どうしたらホームランが打てますか?」って聞かれて、「ボールをよく見て、腰をがっと回してそれをぐっと止めて、それからバットをぐわっと振ればいいんだよ」って答えてたそうだし。
その擬音だらけのコーチングでわかるんか?
ということで、名選手が必ずしも名コーチになれるとは限らないんだ。
つまり、正解は「正しいトレーニング方法を学んだ者」がコーチになるべきだっていうことなんだわ。
現代のJリーグチームにはトレーニングコーチっているけど、必ずしも名選手だったわけじゃないだろ。
むしろ、サッカー経験は少なくても、大学なんかでトレーニング理論を学んだ人たちだったりするしな。
ということで、俺はトレーニングコーチを引き受けたんだ。
その日の夜のこと。
「勇者さま」
「ああ、神保さん」
「ご用命のありました練習場所について目途が立ちました」
「おお! ありがとうございます!」
「有楽町線の新木場駅から徒歩10分ほどのところに手ごろな土地を見つけましたので、これより東京都との売買契約に移りたいと思いますが、一度ご覧いただけませんでしょうか」
「か、買うんですか?」
「ええ、その方が使い勝手がよろしいかと思いまして。
それに土地は無くなりません。
さらに今後10年で5倍の価格になることが確実な土地でございますので……」
(そ、そういや天使さんたちって、2021年までの歴史知ってたな……
あ、あれから13年経ってるから2034年までか……)
「それに東京都から買うんですか?」
「ええ、あの場所は東京都の臨海副都心構想の外れにありまして、東京都が主体になって埋め立てた土地ですので。
現在の臨海副都心はせっかく整備したにも関わらず船の科学館と各企業の倉庫などしかないために、広大な土地が空き地になっているのです。
ですから内々に打診しましたところ、都も大いに喜んでおりました」
「それじゃあ見せて頂けますか」
それで転移で現地に連れてってもらったんだけどさ。
当時、新木場駅周辺ってマジでなんにもないのな。
まあ有楽町線そのものが出来たばっかりだから仕方ないんだろうけど。
土地の広さは十分に見えた。
ってゆーかこれ、普通の野球場の5倍ぐらいあるんじゃね?
ま、まあ、値上がり確実物件だからいいか……
「それではこの土地でお願い致します。
草むしりや整地なんかは後で俺がやりますから」
「いえいえとんでもない。
すべて私共にお任せくださいませ」
「そ、そうですか。
それではお任せしますのでよろしくお願い致します……」
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